三章「変わっていく」1
「常盤君がうちのスーパーにバイトに応募した理由を教えてくれるかな?」
履歴書を眺めている店長さんからの質問に答える。
「はい、親から経済的にも自立したいからです」
精神的には自立させられてしまったので、と心の中で付け加える。
その他にも打算的な理由が色々とあるのだが一番の志望動機は嘘ではない。
「ほう、若いのに感心だね。人当たりも良さそうでやる気もありそうだ。うちの店は自宅から少し遠いけど通うのは大丈夫?」
「電車通学で必ず通る駅なのでご心配には及びません」
自宅か少し遠いがあえてこのスーパーがいいのだ。そう、イオソ佃川店のスーパーマーケットのバイトがいいのだ。
「問題は無さそうだね。よし、採用」
「ありがとうございます!」
まさかその場でバイトの採用が決まるとは思わなかった。高校生のバイトって募集も少ないし、学業優先されたら困るとかで見送るケースが多いと聞いていたが。
「それじゃあ来週の夕方からのシフトよろしくね」
店長さんが差し出してきた手を両手で握りしめる。
「よろしくお願いします!」
◇
「という訳で今日からバイトなんだ」
週明けの月曜日。昼休みに芽衣にバイトの採用を打ち明ける。
「そうなんだ。それにしてもいきなりだね。どうしたの?」
「芽衣を見てたら俺も変わりたいと思ったんだ。芽衣のおかげだよ」
「零児君……私が零児君のためになれたのなら嬉しいな。ささ、お昼にしよう」
季節は秋に変わり、空き教室から見える景色も紅葉が目立つようになった。
「はい、零児君の分」
僕のパーソナルカラーの青色のお弁当箱を手渡してくれる芽衣。手元にはカーディガンと同じ色のお弁当箱を広げている。
「ありがとう。零児君のお弁当は毎回開けるのが楽しみだなぁ」
長袖のシャツを腕まくりして臨戦態勢に入る。
「零児君のお弁当は要望に応えて豚の角煮を作ってみました」
芽衣はここ数週間で料理の腕前がかなり上達した。いわく僕のために毎日料理をお母さんから教わっているらしい。
「おぉ、見栄えもとても奇麗だ。写真に収めておこう」
「手先だけは昔から器用だからね。細かい所もこだわっちゃうんだよね」
携帯を取り出し撮影をする。……ふむ、この角度だと机の向こうの芽衣の胸元も……って、弁当以外のオカズを用意してどうするんだ。まぁ、保存したけどさ!
「そうだんだ。何か手先を使うことをやってたりるの?」
「手芸を趣味にしててね。って、あんまりおもしろい話じゃないし、そろそろ食べようか」
僕もダムプラの趣味にしてるのを異性にどういう風に説明すればいいか悩むんだよね。そういう感じなのかな。
「そうだね。いただきます。うまっ、とろっとろだ。ごはんも麦飯だと合うね」
「最近、お出汁の使い方を覚えてきたんだよね。この出汁巻き卵も食べてみて」
「おぉー! 美味しい! ゆで卵とスクランブルエッグしか卵の味は知らなかったんだけどこれは味わい深いね。卵パワーでバイトも頑張れそうだよ」
「バイト頑張ってね。でもバイト始まっちゃうと一緒に帰れなくなるのか……ちょっとだけ寂しいな」
飼い主が遊んでくれない子犬のようにしゅんとする芽衣。可愛い。愛でたい。
「その点は大丈夫だよ。今日も一緒に帰ろう」
「? 嬉しいけどいいの?」
「いいからいいから」
僕らは放課後一緒に帰る約束をして昼食を終えたのだった。
◇
『次は佃川、佃川』
恋人との時間は早いものでもう芽衣の降車駅である。
いつもなら扉が閉まるまで芽衣を姿を瞳に焼き付けるだけなのだが。
「あれ? 零児君どうして降りたの?」
芽衣と一緒に降車する。ここが芽衣の地元か。
「んー? バイト先って佃川なんだよね。駅からは少し歩くけど。だからもうちょっと一緒にいられるよ」
「嬉しいけどさ、バイト先ってどこなの?」
「それはだね、この前デートしたイオソなんだ。この前のデートで食品部門のバイト募集の張り紙を偶然見つけてね、応募したという訳さ」
「零児君のバイト先って私の家の近所だったんだ。最近、私もよく買い物に行くから零児君のことを見かけるかもね」
それが目的の一つでもあるんだけどな。芽衣との接点を学校外でも増やしたかった。
「バイトまでまだ時間があるから芽衣を家まで送りたいんだ。いいかな?」
芽衣への好きな気持ちが日に日に大きくなっているのを感じる。一秒でも多く一緒の時間を重ねたい。だからバイト先は芽衣の地元を選んだ。
「零児君の負担にならないなら。わ、私も零児君と一緒にいたいし」
「やった。じゃあ芽衣の家へと向かおう。芽衣がどんな家に住んでいるか一度見てみたかったんだ」
僕は芽衣の手を握りしめて歩き出す。
「ここが芽衣の家?」
「そうだよ。ね? 別に取り立てることのない普通の家でしょ」
歩くこと数十分。この二階建の一軒家が出渕家つまり芽衣の家らしい。
「芽衣さん。お帰りなさい」
玄関の扉が開きがばっと芽衣に抱き着く子供が。なんと羨ましい。もしかして妹さんかな?
「ただいま、夢月」
夢月と呼ばれた子はすりすりと芽衣の胸元に頬ずりをする。代わってくれ!
「おや、芽衣さんそちらの方は?」
俺の視線を感じ取ったのか夢月ちゃんと呼ばれた女の子は口元に手を当てて微笑む。
見た目からすると小学高学年くらいの子だ。敬語調の話し方も相まって大人びた印象を持つ。
「お、お友達だよ。帰る方向が同じでお喋りしてたんだ」
眠たそうに見えるジト目を更に細める。一瞬、にやっとした微笑みを「なるほど」と頷く。
「そうですか。彼氏ですか。初めまして。芽衣さんの妹の夢月と申します。小学四年生です」
たぶん一月生まれなんだろうな。そして、芽衣の嘘はあっさり見破られていた。
「にゃ、にゃに」
噛み噛みの芽衣を尻目に目線を夢月ちゃんに合わせるようにひざまずいて握手をする。
「初めまして。芽衣の彼氏の常盤 零児だよ。よろしくね、夢月ちゃん」
「えぇ、噂には聞いておりましたが見た目だけじゃなく心も出来た方なのですね。それに対して芽衣さん、家族に嘘をつくものではありませんよ」
「……ごめんなさい。夢月にはまだ恋人って理解できないかと思って」
「言い訳はよろしい。それに芽衣さんに友達はいないでしょう」
「うぅ……放課後することないからこの後の晩御飯の買い物も芽衣と行ってもらうんだもんね」
一応、三姉妹の年長者なんだよな。姉の立場よ。そういえば威厳が無いって言ってたな。
「常盤さん、芽衣さんはあまり人付き合いが得意ではないので多めに見てやってください」
「あぁ、大丈夫だよ。そんな所も好きだからね」
「安心しました。良いお付き合いをしているみたいですね。芽衣さんがやたらめったらと尽くすので悪い男に騙されていないか心配でしたが常盤さんも心酔しているみたいで何よりです」
胸に手を当ててほっと撫でおろす夢月ちゃん。どうらやら僕も見透かされてたらしい。
「はは、そうだね。ベタ惚れだよ」
「こら、夢月。もう、零児君も恥ずかしいよう」
「っと、そろそろ時間だ。じゃあ、僕はこれで帰るよ。芽衣、夢月ちゃんまた明日ね」
「うん。またね。ほら、夢月も零児君にさよならを言いなさい」
もうすでに無い姉の威厳を見せつける芽衣。夢月ちゃんはゆっくりと僕に近寄ってくる。
「今度またうちに遊びに来てください。もっと深く芽衣さんを知りたいのでしょう」
夢月ちゃんは僕にだけ聞こえるように耳打ちをする。吐息が耳にかかり何故だがドギマギする。
「はい! 是非、遊びに行くね」
「お待ちしておりますね。ではごきげんよう」
夢月ちゃんは胸元で小さく手を振り微笑む。
芽衣はぶんぶんと力いっぱい手を振っている。おぉ、揺れる揺れる。
夢月ちゃんの方がお姉さんっぽいのはなぜだろう……。




