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ハツカノデイズ  作者: ほしの
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二章「過去より大事な今」4

「あっ……」


「ん? 芽衣の知り合いかい?」


「うん、中学校の時のクラスメイト」


 芽衣は視線があちこちに泳いだ後に俯き袖をきゅっと握る。

 この反応からすると好意的な感情ではないようだが。それに芽衣の名字の呼び方間違えているし。『いずぶち』だぞ。


「え、この人カッコいい。でぶちのお兄さんとか?」


「モデルとかやってるんですか?」


「私たちとこの後遊びませんか?」


 猫撫で声で捲し立てくる芽衣の元クラスメイトとやら。

 確かにモデラ―ではあるけどどうしてわかったんだ。……たぶん、彼女たちの雰囲気からすると別のモデルだろうけどさ。


「えっと、零児君は、その……」


 幼子が親を縋るようにきゅっと僕の腕を掴みしどろもどろになる芽衣の代わりに自慢をする。


「僕は芽衣の彼氏だけど」


「か!」

「れ!」

「し!?」


 三位一体の連携プレーである。芽衣の発言にギャルの三連星の空気が張り詰める。


「そうなんだ。僕らデート中だから、さ」


 やんわりと邪魔しないでくれ発言をする。


「あ、そう」


 僕が芽衣の所有物であるとわかったとたんに声色が低くなったな。これが本性かな。


「つか、でぶち。それ似合ってないよ。うける」


 芽衣を指さしほくそ笑む。


「え?」


「わかる、でぶちのくせにピンクは生意気」


 捨て台詞を放って踵を返す三人。


「そう、だよね……」


「でぶちはそれを着ない方がいいって」


 芽衣は素早くカーディガンを脱ぐ。僕の手からハンガーを奪い取る。


「ちょっと待て! お前ら好き勝手に言いやがって。何様だよ」


 僕は背を向けた三人を引き留める。


 このままで終わらせたら一生後悔する。


「……は? アンタこそ何様」


「彼氏だって言ってんだろ。彼女を傷つける奴から守るのは当たり前だ」


「零児君ごめんね」


「どうして芽衣が謝るんだい?」


「私、零児君にたくさん気をつかわせちゃったから。それに零児君に本当の私を見せるのが怖くて」


「あれー? でぶち言ってないの。彼氏さんにいいこと教えてあげる。でぶちがでぶちと呼ばれている理由を」


 くいくいっと指を曲げる元クラスメイト。顔を彼女に寄せると耳打ちし始めた。


「やめて!」

「……ってな訳よ。どう? 失望したっしょ?」


 芽衣は中学時代太っていてでぶちと馬鹿にされていて友達がいなかった……だと!? 


「するか。それがどうした」


 それででぶちってあだ名……つけた奴のセンスを疑うよ。


 だから服のサイズを気にしたり、友達の話になるとどもっていたのか。知らずに下手をうってしまったなぁ。後で謝らないと。


「はぁ?」


「僕達が生きているのは今だろ。過去に縛られてどうする?」


 そういう意味では僕は両親を尊敬している。結婚したという過去を捨ててお互い新たな愛を育んでいる。僕という足枷をつけながらも今を幸せに生きているんだ。


 僕も両親を見習って今を生きていたい。芽衣との幸せな今を

「それに芽衣は今を変えようとして今を手に入れたんだ。彼女は変わった。過去しか知らないお前らがどうこう言える筋合いはないだろう」


「なにを訳のわからないこと言ってんのこいつ? でぶちにお似合いの彼氏で笑える」


 論破したつもりだったんだけど。それすらも理解してもらえないか。違う目線で立っている同士では争いすらも起きないか。


「一番笑えるのはこの状況で何も言わないでぶちだよね」


 三人の視線が芽衣へと移る。芽衣は気まずそうに俯いてしまう。


「芽衣は変わったんだ。それに今だって新たに変わろうとしているんだ。それを邪魔するな」


 僕と付き合ってくれたり、僕の為に料理を作ってきたり、僕の買い物に付き合ってくれたり変わろうとしている人間を笑う権利が誰にあるというんだ。


「僕が魔法を掛けてあげる」


 先ほどのさくら色のカーディガンのワンサイズ小さいのを手に取り芽衣の肩に羽織る。


「似合ってるよ。芽衣」


 彼女だけに聞こえるように。耳元で囁く。


「零児君……うん! すみません、店員さんこの服買います。このまま着て帰ります」


 芽衣はカーディガンの袖を通して涙声でレジへ向かう。


「じゃあ僕らはデートを続けるんで」


 僕は芽衣の背中を追って歩き出す。


「「「カッコいー」」」


 三人シンクロした声が聞こえたがもはやどうでもいい。


   ◇


「零児君、さっきはありがとう」


 店を出てベンチで一休みをする僕ら。芽衣は僕の選んだカーディガンをひるがえしてご機嫌な様子だ。

 うん、サイズもぴったりだ。


「それと、零児君にプレゼント」


 先ほどの店の袋を手渡す芽衣。


「もしかしてこの中には芽衣が選んでくれた服が入ってる?」


「零児君に試着してもらう時間なかったけど零児君に似合うと思うよ」


「うぉぉぉ! 嬉しい。僕もさっそく着てみようかな」


「私と違ってタグ取ってないよ。恥ずかしいから帰ってから見てほしいな……それと私口からちゃんと言うね」


 芽衣は一呼吸を置いて僕の目をしっかり見つめる。


「私、いわゆる高校デビューなんだ。それまでは太っていて自信がなくて友達がいなくてさ。今でも上辺だけの友達と呼べるのか怪しい関係性の知り合いしかいないんだ。だから友達とも遊んだこともなくて。ごめんね、嘘ついてた」


「なんだそれくらい。これからは僕がいるじゃないか。むしろそういう遊び慣れていないところも好きだよ」


 ずっと見てきたから分かっていたことなんだけどね。移動教室も一人だし、体育も余りの人と組んでいるし。お昼だって席を移動することなく一人黙々と食べてるし。


「も、もう臆面もなく言えるのはずるいよ。私だって……」


「芽衣だって? 何かな?」


「……やっぱりなんでもない」


 顔を真っ赤にして首を振る芽衣。


「今の芽衣が僕は好きだよ。いや、どんな芽衣だって僕は恋をしていたと思うよ」


「それでも私は零児君のために変わりたい。零児君のために自信を持ちたい。零児君の彼女だって自信を持てるようになりたい」


「変わろうと願った時点でもう変わっているんだよ。芽衣が気づいていないだけでさ」


 僕は未来の彼女をもっと好きになっているだろうな。僕の心を変えてしまったようだ。


「そっか、それもそうだね。よーし、私は変わったんだ。ねぇ、零児君」


「ん、なんだい?」


 僕の手をぎゅっと握りはにかむ芽衣。


「好き、だよ」


 彼女の口から初めて紡がれた『好き』の一言。


 たったその一言で僕は満たされた。


「僕も好きだよ、芽衣」


 満たされた感情が涙となり零れ落ちる。また芽衣に泣かされてしまったよ。


「あー、また泣いてる」


「芽衣が泣かせるような言葉をくれるからだよ」


「ふふっ、そう思ってくれるなら良かったよ。そうだ、月曜日の零児君のお弁当の為に食材買っていこうかな? 零児君も付き合ってよ」


「もちろんさ。……僕も自分を変えることにするよ」


 ふと見かけた貼り紙を見て僕はとある決意をする。


 いつしか両親から自立するために僕も変ろう。そして、いつかは……。


「何かするの?」


「まだ内緒。というか決意しただけだからこれから実行する予定」


「ふふ、楽しみに待ってる」


 今日デートをしている恋人たちはこの場にありふれているだろう。しかし、僕らにとってはかけがえのない変わりようのない恋愛なのだ。


   ◇


 未開封のパンの袋を開ける。一つ食べて残りの数に溜息をつく。早く休みにならないかな。


 週明けの月曜日。今日もまた取るに足らない日常が始まるのか。


 でも今日も彼女に会えると思えば――


 電車が停車して、人々が乗車する。


「おはよう、零児君」


 すぐにわかった。淡いさくら色のカーディガンを身にまとった僕の彼女が隣に座る。


「芽衣、おはよう。やっぱり似合ってるね。可愛いよ」


「ふふっ、良かった。周りの人も変な目で見られてないし、何より零児君が褒めてくれたのが嬉しい。ありがとう。零児君も、さっそく着てくれたんだね」


「うん、これなら半袖でも長袖でもどちらでも着れるからね。僕の好みをよくわかったね」


 僕の専用着はノースリーブの青色の薄手のニット。僕の好みのど真ん中を押さえた完璧なチョイスだ。運命めいたものを感じるよ。


「わかるよ……私だって零児君をちゃんと見てるつもりだから」


「ありがとう。でもさ、教室に行ったら着ているの僕たちだけだったらどうする?」


 意地悪な質問を敢えてしてみる。どんな反応をするか楽しみだ。


「零児君と一緒だったら自信を持っていられるよ」


「そ、そうか」


 迷いなき答えに僕の方がドギマギしてしまう。芽衣は変わったな。


「零児君、お昼は一緒に食べようね。お弁当作ってきたから」


 芽衣の手にはデートで買った弁当箱が二つ。


「うん、楽しみだなぁ」


 変わったと言えば僕の心境も変化した。さきほどまで苦痛だった月曜日がこんなにも楽しみになっていた。


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