二章「過去より大事な今」3
「まさか、ラーメンを食べたいなんて言うとは思わなかったよ」
「あの魔法みたいな言葉の正体を知りたかったんだ。零児君噛まずに言えるなんてすごいよ。魔法使いだね」
「あぁ、バリカタヤサイマシセアブラオオメ。魔法を食らった感想はどうだった?」
「私は魔法使いには慣れそうにないな。十代にして胃がもたれるって感覚わかったよ」
ラーメンと食べる時には結っていた髪をほどき、芽衣はお腹をさすりながら、途中で購入したフルーツスムージーを啜る。
「女の子の友達同士だと中々食べないから胃もびっくりしているのかもね。でもあの量を食べるなんて普段の食事量からしたら食べすぎちゃったのかもね」
この他にもニンニクやカラメなどの派生魔法もあるんだけどデート向きではないのであえて外したのだが。やっぱり男の領域だよね。こういうのって。
「う、うん。あのね、零児君……私……」
前髪を触りながら挙動不審な様子の芽衣。
「どした?」
具合でも悪いのかと覗き込むと視線を逸らす。
「私ね……やっぱなんでもない」
「なんだよー気になるじゃないかよ」
「ううん、彼氏が出来たらしてみたいことがまた一つ叶ったって言いたかったの。彼氏様様だね」
芽衣は手帳を取り出し何やら書き込んでいく。
「へぇ……芽衣ってそんな可愛い妄想してるんだ。もしかして最近手帳買ったのって……」
「あ、い、今の聞かなかったことにしてぇ」
パタンと手帳を閉じて、わたわたと手を振る芽衣。可愛い仕草だ。好き。
「彼氏として聞き捨てならないですな」
「うぅ……そうですよ! 零児君としてみたいことリスト専用の手帳です!」
目をバッテンにしてぶんぶんと両手を振り回す芽衣。
「ふふ、乙女なんだね。芽衣はやっぱりお姫様だね」
スムージが飛び散ってしまうので手首を握りしめて落ち着かせる。
「私、恋の魔法には掛かってるみたい。零児君のおかげで人生が魔法にかかったみたいだよ」
僕はスムージの容器を手に取り、反対の手で芽衣の手を握る。
「芽衣はさしずめシンデレラってところかな」
「うぅ、キラキラとした目と奇麗な笑顔で見つめないでよぅ。また私がお姫様みたいなこと言うんだね。でも私がシンデレラなら零児君が王子様だね。零児君は魔法使いと王子様の二役をこなしてくれる……って、どうしたの? 笑顔で黙り込んで……」
見つめ合う。潤んだ瞳に僕の姿が映る。
「可愛いよ、好きだ」
「……ぁうぅ」
可愛い。顔を真っ赤に恥ずかしがっているが僕からは視線を逸らさない。強張った掌がゆっくりとほぐれていく。
「時間はまだ大丈夫? この後もデート続けていいかな?」
目的も果たしたし、腹ごしらえもしたので友達同士なら帰って午後は寝るか趣味に興じるかのどちらだが、まだ一緒にいたい。初めての不思議な感情だ。
「もちろんだよ。まだまだ帰りたくないよ」
「じゃあ、さっそくしてみたいことの一つをしてみようよ。『一緒に話をしながら買い物を楽しむ』ってのが見えちゃったんだよね」
「わあぁ! 中を見ちゃったの? ……うん、それじゃあお願いします」
僕らは特段目的もなくウインドウショッピングをしている。雑談も交えながらだと楽しいんだなこれが。
「店頭には冬物も並んでるんだな」
ジーンズにポロシャツ姿でアウターを眺める。試着するだけでも汗かきそう。
「季節に備えて先に流行を押さえておくのがファッションだからね」
「おっ、もしかして詳しい人?」
「人並程度にはね。悪目立ちしないように流行は押さえてるよ」
確かに今日の芽衣のファッションはよく街中で見かける類のコーディネイトで落ち着いた大人の印象を醸し出しているが。
うーん、でも芽衣らしさとは違う気がするけど。って、付き合って一週間程度の僕がどうこう言えないか。
「そうなんだ。僕は店員さんに僕に合う服選んでもらってるから疎いんだよなぁ」
おかげ様で周りからはセンスがいいと褒められるのだが僕のセンスじゃない。ちなみに僕のセンスだと襟立ノースリーブのサングラス姿がカッコいいと思ってるのだが。
街中で見かけないということはそういうことなんだろうなぁ……当たらなければどうとないんだ。
「零児君はコミュ力の塊だね。私は店員さんが近づいてきただけで逃げちゃう。お前が来るような所じゃねぇって笑われてそうだし」
「被害妄想が過ぎないか……店員さんは仕事で話しかけているんだから排除はしないと思うよ。そういえば、来週から冬服移行期間だけど芽衣はどうする?」
九月下旬から十月になるまで制服は夏服でも冬服でも組み合わせ自由らしい。
「どうしようっかなぁ。いきなりブレザー着てきたのが私だけだったら……ひぃぃぃぃ」
芽衣は頭を抱えて呻き声をあげる。
「じゃあまだ夏服でいいんじゃあ」
その方が個人的には眼福なのでありがたい。おっぱいおっぱい。
「朝晩は冷えるんだよ。ひぃぃぃぃ」
「そ、それじゃあ何か羽織るの買えば? 校則だと学校指定以外のカーディガンやセーター着込んでもいいらしいよ」
昨日の帰りのホームルームで担任の先生が説明していた。
「僕はまだ暑いから半袖で登校するつもりだけど」
「やっぱり私だけが……ひぃぃぃぃぃ」
めんどくさ可愛い。この娘。
「そうだ! 僕も一緒に買うからさ。お弁当箱の時みたいにこっそりペアルックしよう」
同じブランドの店の服を着るくらいは露骨な『付き合ってますよ』アピールにならんだろう。中学校の時は羽織るのとか無縁だったけど芽衣と一緒になら着てみたい気もする。
「えへへ……それはいいかも。それなら大丈夫ぃ!」
ふんすっ、と荒げた息遣いで元気になる芽衣。
ここのブランドのお店なら男女どちらも取り扱っている。
「そうだどうせなら選びっこしようよ」
「んー?」
小首を傾げどういう意味と絡めた手をぶんぶんと振る芽衣。だから仕草が可愛いっての。
「僕は芽衣の、芽衣は僕のを。お互いの相手に着せたいのを選ぶはどうかな?」
「自分のじゃないくて、零児君に似合うのなら選べるかも。任せて!」
芽衣の性格からすると自分のだと選べないとか言って買わないか、もしくは無難なのを選びそうだもんな。
「参考までに好みや要望は聞いておこうかな? 芽衣は何色が好き?」
「私は……」
ちらっと視線を店内を巡らせる。そしてぶんぶんと頭を振った後に、
「私は悪目立ちしないのであれば何でもいいよ。零児君は?」
何でもいい。言質はとった。芽衣の良さを一番に知っているのは僕だ。ふふっ、きっと着たいのはあの色だろうな。
「僕はパーソナルカラーを重んじる」
ダムダム作品が如く零児専用着が欲しい。
そもそもカーディガンって、ガーディアンに響きがにててカッコいいしか思ってなかった。ロボット物で防御型に良くネーミングされるよなガーディアンって。
「ぱ、ぱーそなるからー? えっと、えっと」
携帯で『ぱーそなる 何色』と検索する芽衣。
「調べても出てこないって。芽衣が僕を芽衣色に染めてくれってことだから」
「え……零児君はカッコいいからクサい台詞も様になるけど自分で言ってて恥ずかしくないのかな?」
「んや。全然」
「曇りなき澄んだ瞳! と、とにかく零児君らしさを基準にして選ぶね」
その後、サイズ等の最低限の情報を交換して僕たちは別々に分かれて服を選び始める。
大きめの店内には様々なタイプの洋服が陳列されている。
『零児君のためなら苦にならない』
彼女の言葉を思い出す。
「……今ならその気持ちがわかる」
芽衣のためだけに。気持ちがぶれない。
「悪目立ちせずに芽衣らしさが出て好みに合ってると言えば……これだよな」
そういや、僕は服に関しては店員任せで自分で選んだことって初めてかも。
初めて自分で選び抜いた服を初めて出来た彼女に捧げる。
「芽衣はどうしてるかな……」
視線を男物の一角に送ると、ニコニコしながらハンガーに掛けられた洋服を物色してる。時々、店員さんや男性客が来るとキョドる姿が微笑ましい。
「決まったかい?」
少し時間を置いてから芽衣の所に近寄る。
「うん、零児君を想って選んだつもり」
芽衣は大事そうに胸の前で手に取った服を抱きしめる。すると盛り上がる胸の膨らみ。あぁ、その服になりたい。
「楽しみだなぁ。あ、僕も選んだから試着してみてよ。はい」
ハンガーからカーディガンを外して広げ、芽衣の体にフィットさせる。
「え? これを私に」
普段学校で使っている文房具や手に取る物は心理的に一番の好みを選んでいた。
「うん。芽衣に似合うと思うよ。好きなんでしょピンク系の色」
僕が選んだのは淡いさくら色のカーディガン。
芽衣が注文してきたサイズは少し大きい。これじゃああまりにもぶかぶかで芽衣の体型の素晴らしさが薄れてしまうのが難点だが。
「そうだけど、どうしてわかったの?」
ずっと君だけを見てるからかな。
って言ったらクサいとまた笑われてしまうだろうか。
「この色合いなら悪目立ちはしないと思うけど」
淡い色合いは儚さの中に凛とした芯がある彼女に合うと見立てたのだが。気に入ってくれるかどうかは別問題だ。
「この色って春を連想させるよね……メイつまり五月は桜が散った後。私みたいな地味は女の子には似合わないって。皆、受け入れてくれないよ」
「それでも僕は受け入れる。隠さないで自信を持って欲しいんだ。本当の芽衣の自身の魅力に。だからせめて試着してくれないかな? いい加減この態勢はキツイよ」
いつまで両手を広げてればいいんだ。このまま抱きしめちゃうぞ。
「あ、うん。ごめんね。零児君が選んだなら自信を持てる気がする」
ジャケットを脱ぎ、芽衣はブラウスの上からカーディガンを羽織る。
「ど、どうかな」
肩口にかかった髪をふわっと掻き揚げて微笑む。好きだ。好きだ。好きだ。
おっと、恍惚の表情で宇宙へ旅立っていたら芽衣が心配そうな目で僕を見つめていた。
「似合って……」
「あれー? もしかして『でぶち』じゃね?」
「たしかに『でぶち』だ。中学以来じゃん」
振り返るとイマドキらしさを醸し出している同世代の女子が三人。こちらを指さして何ならいっているが。でぶち?




