二章「過去より大事な今」1
「おはよ、芽衣」
乗車してきた彼女に手を振る。
「零児君、おはよう」
芽衣は僕を見つけると前髪を気にしながら早歩きで僕の隣に座る。
僕が笑顔で見つめると微笑み返してくれる。あぁ、朝から幸せだ。今日もまた一日楽しみになってきた。
そうだ、楽しみと言えばこれもなんだよね。隣に座った芽衣にこのワクワク感を伝えたくて、袋を広げる。
「見て、今日の昼の弁当。オムカラチャーハングラタン。コンビニの新商品なんだって」
オムレツの中にチャーハンしかも具は唐揚げ。それにグラタンソースをトッピング。僕の好みを網羅している。
「わわっ、すごいボリュームだね。零児君は毎朝、どこかしらのコンビニの袋持ってるけど、お昼はコンビニ弁当なの?」
「そうなんだ。前に少し話したけどさ、両親の忙しいからお昼はお弁当代を先に貰ってあるからそれで自由に食べてるんだ。今日は自分の中の上限の五百円ぴったりだからボリューミーだよ。お昼が楽しみ」
「そっか。味の感想聞かせてね」
「もちろん! そういや芽衣はお弁当持参だよね」
我が宮野高校は学食が無いし、購買も数多く仕入れておらず、上級生が利用するという暗黙のルールがあるので一年生は弁当持参派が多数を占める。
ちなみに秋田も弁当を持参しているが早弁しているので昼は一緒にコンビニ弁当を食べている。運動部だから沢山食べないと体がもたないらしい。
「うん……ねぇ、零児君さえよければ今度お弁当作ってこようか? お父さんの分もあるからそんな作る手間って変わらないらしいよ」
「いいの!? 是非是非、お願いするよ。やったー! 芽衣の手料理だ」
彼女の手料理。ベタなイベントだが熱くたぎるものがある。
お姉さんの芽衣なら両親姉妹に美味しいお弁当を作っているに違いない。
「え? 私の手料理!? あ、うん。そうだね。そうなるよね……うん!」
芽衣は何やら考え込んだ後にグッと両手を握る。気合入ってるな。楽しみだ。
「さすがにタダ飯をごちそうになる訳には行かないので材料費として五百円用意するね」
「それじゃあ明日、お弁当を用意するからどこかで一緒に食べようね」
「了解。あー、楽しみだなぁ」
今日は寝れないかもしれないな。楽しみだな。くぅー!
◇
―特別棟の空き教室は鍵掛かってないし、誰も来ないよ。先に待ってるね―
空き教室の場所をチェインで伝えて彼女を待つ。そわそわして落ち着かない。
今日は待ちに待った芽衣とのお食事会の日。ランチメニューは芽衣の手作り弁当。
時間差で教室を後にすることにした。あ、秋田に言うの忘れてた。
ま、いいか。一応、う〇このスタンプを送っておく。察してくれるだろう。返事早っ、サムズアップスタンプのあとに―気張れよ―だと。任せろ。
「お待たせー」
芽衣はこそこそと教室に入る。手には大きめのランチバッグ。鞄のとは別のどこかのご当地マスコットがついてる。こういうの好きなのだろうか。
「待ってる間に購買で飲み物は買ってきたよ。お茶で良かった?」
「うん、ありがとう。はい、零児君」
「おぉ! 開けていい?」
五百円を手渡して、色んな角度から弁当箱を眺める。
「……あまり期待しないでね?」
「彼女の手作り弁当ってだけでもわくわくするよ。期待しちゃうよ。どれどれ」
弁当箱を開く。
「おおおおおー!!!」
思わず感嘆の声を上げる。
ウインナーやら卵焼きに肉団子。野菜で彩られたいかにも家庭的な弁当だ。
「いただきます!」
「召し上がれ」
心なしか元気がない芽衣。こんなに良い弁当を作ってきたのに自信が無さそうな雰囲気だ。
「うまっ、え? これ、芽衣の手作りだよね?」
味覚音痴はヒロインが激マズな錬金術を生み出すといったベタな展開はない。
家庭的な味がする。……家庭的な味って味わったことないけど。こういうなんだろうなと思える。
「うん、一応ね」
芽衣は箸も手に取るが僕の反応をじっと見て自分の分を食べようとしない。
「卵焼きは甘いんだね。あぁ、肉団子のソースまで舐めちゃいたいくらいだよ」
僕が弁当を褒める度に元気が無くなっていく芽衣。
どうしたんだろう……こんなに美味しい手料理を僕は他に食べたことがないっていうのに。
って、……手料理食べたことないくせによく言うよ。それでも確かに言えることは、
「美味しい……美味しいよ……手作りの味って初めて食べたなぁ。生きてきた中で一番だよ……うん」
「え? 零児君!? 泣いているの?」
弁当を食べる箸が止まらない。そして、徐々に瞳が熱くなり記憶が込み上げてくる。
「……毎朝、五個入りの菓子パン一つずつ食べてさ、パンが無くなれば休みが来るって楽しみにしててさ」
休みになれば自分の世界に閉じこもることが出来る。
特に興味のない食事を食事を節約してお金を少しずつ貯めて買った憧れの強い強いロボットのプラモデルを僕の手で作れる。
ロボットがいれば僕は一人じゃないと耐えしのぐことが出来た。
「夜は半額弁当を探し当てて満足してた自分が馬鹿らしく思えるよ……本当に僕って」
生きてる価値が無いんだよな。
――あんたなんか生まなきゃ良かった。
親だって人間だ。生きるのに必死なんだ。僕を生かしてくれるだけでも役目は果たしてくれている。
その現実に涙をいくら流しただろうか。けれど枯れ果てることなく涙は流れていた。
「初めて生きていて良かったと思えたよ。ごちそうさま」
でもこの涙は流していい涙と思える。
心に刺さった棘が抜け落ちていく。
「手料理って初めて食べたよ。美味しかったー」
僕はお腹をさすり満面の笑みを浮かべる。
「まさかこれほどまでに喜んでくれるなんて……もっと頑張れば良かったよ」
「えーどうして。すっごい頑張ったのが伝わるよ。僕の彼女は料理も出来る最高の彼女だよ」
「そんなことない! 私は……」
声を上げる芽衣に思わず動きが止まってしまう。
「いつもはお母さんがお弁当作ってるんだ。でも零児君と約束したから……私は手料理を初めて作ったんだ。いや、手料理とは言えないよ。おかずのウインナーやミートボールはほとんどチンするだけの出来合えだし、卵や上手く巻けなくてお母さんにやってもらったし、野菜もちぎっただけ。それなのにこんな喜んでもらって申し訳が無くて……」
芽衣は僕の空になった弁当箱を見つめて糾弾すように呟き涙を流す。
「芽衣……」
僕は彼女の目尻をそっと指で撫でる。雫が指先から滴り落ちる。
「たしか、何人分も作るのは変わらないみたいなこと言ってたよね」
「あれはお母さんがそう言ってるのを話しただけなの。一人分が増えても手間じゃないみたいなんだって」
「ああ! ということは……ごめん! 僕の早とちりで芽衣に無理やり作らせたってことか」
芽衣に勝手な彼女像を押し付けた。勝手に妄想して独り相撲で盛り上がっていた。
「僕の中の彼女はこうであるべきというイメージで本当の芽衣を見ていなかったよ」
「零児君、本当の私は家では家事のお手伝いもしない、ぐーたら人間なんだよね。料理するなんて一番嫌い。手間だし面倒だと思ってた」
自己嫌悪に落ちる。僕って奴はこれだから。あぁ、また泣いてしまいそうだ。
「でもね、零児君のためなら不思議と嫌じゃない自分がいたの」
芽衣はふっと息を漏らし、前髪を撫でる。
「僕のためなら? ……僕なんかのために」
心が震える。
愛おしい。
彼女がただ愛おしい。
「要は零児君の前で良い私を見せたいだけなの。だから弁当作りも見栄を張って豪華なのを作ろうとしたけど、私の力量じゃあこれが今の精一杯だった」
ぐっと握った芽衣の掌を優しくほだす。初めて恋人握りをしてみた。彼女は拒絶することなく優しく握り返してくれた。
「そんなことないよ。きっと芽衣の想いが込められているから美味しいと感じたんだよ」
生きる術の食事という行為が味わい深いものだと知った。芽衣の愛のおかげだ。
「確かに零児君のことを想って造ったなぁ。それが伝わったとしたらとても嬉しい。今後も零児君のためにお弁当を作り続けたいな。しょ、将来の花嫁修業としても兼ねてさ」
顔を真っ赤にして話す芽衣。とんでもないこと言ってないか!?
「いいいいいいいの? 是非、お願いしたいところだけど。料理したことないからわからないけど結構手間暇かかるんでしょ?」
朝、準備するとしたら早起きもしないといけないし、前日から下準備とかあるかもしれない。それで学生の本分が疎かになるのは嫌だ。
「零児君のためだったら全然苦にならなかった。むしろ零児君のためなら何でも出来る気持ちになれた。私、零児君のためにもっと料理上手くなりたい。零児君にもっと喜んでほしい。押しつけがましいかな?」
芽衣は微笑み小首を傾げる。やっと心から笑ってくれた。
「そんなことないよ。芽衣の気持ちがとても嬉しい……でも毎日だと負担になりそうだし、じゃあさ、毎週月曜日は僕にお昼ご飯を作ってくれないかな? 朝から菓子パンがまだまだ残ってる憂鬱を晴らしたいんだ」
「私も一週間頑張る気持ちになれるよ! 月曜日は一緒にお昼食べようね」
「そうと決まれば、僕も自分用のお弁当箱買おうかな? 芽衣に作ってもらう用の。そうだ、今度の休みに一緒に買いに行かない? 僕、お弁当箱の売ってる店わからないしさ」
「……それはデートでありますか」
芽衣はピシッと敬礼をする。
「そうなりますね」
敬礼を返す。そしてなぜ敬語のやりとり?




