七章「新婚旅行(仮)」7
がちゃりと扉が開く音で意識が覚醒する。
「……んう」
「あ、起こしちゃった?」
「芽衣こそもう起きてたのか?」
携帯で時刻を確認する。いつもより大分遅い朝である。
「うん、朝一番に温泉に入ってきたところ。零児君もどう?」
よく見ると芽衣の髪がまだしっとりとしている。
「ふぁ……僕は顔洗うだけでいいや。朝ご飯の時間もあるし」
温泉に入れば眠気も吹き飛びそうだが朝ごはんも僕にとって旅行の楽しみの一つなのだ。バイキングって書いてあったんだよね。
それにしても朝方まで眠れなかった。可愛い芽衣を抱いたままの態勢だぞ神経が興奮しまくりだ。
そのまま色々と将来のこととか考えているうちに楽しくなってきてしまった。
まだ覚醒していない頭を起動させるかのように障子を開け放つ。
「おー……積もってる」
外には雪景色と海が広がっている。
「一晩で雪景色に変わっちゃったね」
どうやら変わったのは僕たちだけじゃないらしいな。
「降り始めはテンション上がるんだけどな。積もるとテンション下がるよね」
「わかる。雪かきとか時間のこととか考えちゃうよね」
雪国の人間あるあるだ。履物や服装を準備しないと外に出られないし、交通もゆっくりになるのでまったく読めなくなるのだ。
「とりあえず顔洗ってくるから芽衣は朝食に行く準備しておいて」
「了解」
携帯で雪景色を撮影している芽衣を尻目に洗面台へ足を運ばせる。
「……はっ」
鏡に映るまぬけ面を見る。ぼさぼさの寝ぐせ頭、はだけた浴衣、見えてしまっているボクサーパンツ。
あられもない姿だったな。……あぁ! 早起きしてれば逆に芽衣のその姿を見れたのにぃ。見たかったな。見るまでは帰れないかもしれない。もう一晩泊まるか? いやいや、明日は学校だぞ。
そんな煩悩を洗い流すかのように熱めのお湯で顔を洗うのだった。
バイキング。語源は遊園地のあれなのか髭もじゃのあれなのかよく知らんが。最高の響きだ。
「とりあえず一回りしてから食べたいものをチョイスするか」
「えー、他のお客さんもいるし食べたいものあったら手に取る感じでいいんじゃないの?」
芽衣はお盆と何枚か小皿を手に取り、首を傾げる。
「これだから初心者は……好きにしろ」
あとから予期せぬヒットに出会ってもその小皿に置けないかもしれないというのに。
そもそも玄人は小皿ではなく小さい仕切りがたくさんあるプレートを選ぶのだよ。
「むー、なんかキャラが変わってない?」
「最優先は席の確保だ。席に飲み物を置くのが先決だ」
飲み物か……牛乳やご当地フルーツジュースも魅力的だがウーロン茶がすべてに相性がいい。
「座れないほど混んでないと思うけどなぁ」
「バイキングは言わば現代の狩りだ。休息の地を確保するのは当然のことだろう」
不満げな芽衣を尻目に腕組みをして客の流れに乗っていく。まずは様子見だ。
和洋中全部取り揃えている。ここは全部選択で問題ないだろう。
サラダやデザートは度外視だ。この状況で健康に気をつかう必要は無いし、デザートはたぶん他の場所でも食べることになる。
あぁ、芽衣はその二つを選んでいるのか。素人が。でもそういうとも好きだ。
「さてと。ドローしていくとするか」
トングを手に取りチョイスした食材を盛り付けていく。
「待たせたな」
「おかえりー。って、すごい量だけど食べきれるの?」
芽衣はパンとウインナーとスクランブルエッグ、それに飲み物はコーンスープかでフルーツを盛り合わせたヨーグルトがデザート。統一感の点では誉めてやろう。
「あぁ、お残しをするのはご法度だからな。それくらいは熟知している」
お盆二枚を丁寧に置いて席に座る。バイトでお盆二枚持ちは習得した。
色々な料理をちょっとずつ食べれるのがバイキングの醍醐味だからな。
「零児君、それは何?」
最後に持ってきた器を覗き込む芽衣。
「炊き込みご飯に魚介の出汁かけたお茶漬けだって。浅海のB級グルメだってホテルマンの人が話してたよ」
フロア内にいる料理スタッフの人におすすめの食材を聞くのもポイントだ。
「昨日の炊き込みご飯美味しかったよね。私もお茶漬けにすれば良かったな」
「ちょっと食べてみるか?」
僕はスプーンで一口掬い芽衣の口元へ運ぶ。
「うん、あ、あーん」
今気づいたがあーんしている。恋人っぽいな。恋人なんだけどさ。
「おいしー! ……零児君も食べてみる?
ちらっと僕のスプーンを見る芽衣。あぁ、そういうことね。
「う、うん。お願いしようかな」
僕は口を開けて待ちの態勢を作る。
「はい、あーん」
「あーん」
口に含んだ瞬間、出汁の香りが鼻から抜ける。ふやけた山菜の触感も中々である。
お腹いっぱい食べた中で一番美味しかったのはもちろん芽衣があーんしてくれた最初の一口であった。
◇
「芽衣、忘れ物はない?」
朝食を終えて、私服に着替えバッグを背負う。
「うん、大丈夫だよ。そんなに荷物広げてないし」
律儀に布団を丁寧に畳んでいる芽衣。
名残惜しいがチェックアウトの時間が近づいている。
「大変お世話になりました」
部屋のテレビを消して部屋を出る。
「チェックアウトをお願いします」
部屋の鍵を受付の和服の人に渡す。
「かしこまりました。……はい、承りした。追加料金は当旅館のプラモデル購入の三千円を頂戴いたします」
「結局買ったんだ」
手渡されたプラモデルの箱を興味ありげに覗き込む芽衣。
「自分のへのお土産ってことで。芽衣もご当地キャラクターのストラップ買ったらどうかな?」
「売店眺めたけど県内のキャラクターは網羅しているからね。浅海のご当地キャラクターはいないのかな?」
「それでしたらこの近くの水族館がおすすめですよ。水族館のマスコットキャラクターがいますからね」
受付の方が笑顔で水族館のパンフレットを渡してくれる。歩いて数分の所にあるのか。
「もし、水族館を観光するのであれば持ち物はこちらでお預かりしますよ」
「本当ですか? 助かります。夕方までに帰ればいいし、せっかくだから寄って行かないかい?」
「うん! 行きたいな。ご当地キャラ楽しみ」
僕らは荷物をフロントに預けて僕らは水族館へ足を運ばせることにした。
「零児君、浅海水族館のキャラクター『ラッキー』だって」
水族館に入場してすぐに僕らの目の前には星形の貝殻をお腹に乗せたラッコのモフモフした着ぐるみがあらわれた。
「まさか本物に会えるとは思わなかったよ」
芽衣は両手を広げてラッキーに抱き着く。
芽衣は着ぐるみを実体と思っている節がある。今日は日曜でお客さんが多いから出動しているのかもしれないな。
「何かシンパシーを感じる」
ラッキーに握手を求める。ラッキーは両手で僕の手を包み込む。頑張れ中の人。
「零児君三人で写真撮ろう」
芽衣は携帯をインカメラにしてラッキーにくっつく。あ、この野郎。芽衣に抱き着きやがって。
幸せそうな笑みを浮かべる芽衣とラッキーの両手をがっちりホールドし合う僕らの姿が撮られた。
「ラッキーのキーホルダーとクリアファイル買おうっと」
芽衣はさっそくお土産コーナーを物色し始める。ラッキーも後をついていく。おい。仕事しろ。子供が構ってほしそうにしているぞ。
「芽衣の趣味的にはぬいぐるみとかじゃなくていいのか?」
ラッキーがこの店で一番大きくて高いぬいぐるみを薦めてくる。こらこら。
「それは自分で作るから大丈夫だよ。資料を揃えて作るのも楽しみだからね」
ラッキーのぬいぐるみを携帯で様々な角度から撮影していく芽衣。
「完成したら見せてね。そういえば聞いてみたかったんだけど芽衣は自分で作った作品をこういう風に売ったりしてみたいと思うの?」
「自分で作った作品を誰かの手に渡るのは少し寂しいかなぁ。それで生計を立てている人もいるけど私は趣味で自分だけの物にしたいな」
「わかるな、その気持ち。自分の思い出がつまった作品を棚に飾るのって楽しいよね
結局ラッキーに勧められて掌サイズのぬいぐるみを買ってしまった。帰ったら思い出の品として写真と一緒に飾っておくか。
お土産を手にした僕らは水族館内デートと洒落こんだ。
まぁ、宿泊という目的を果たしたので消化試合感が否めないが。楽しいから良しとする。
「さかな、さかな、さかな、さかなーを食べーると~♪」
「懐かしい曲だね」
「スーパーにいると海鮮コーナーでエンドレスで流れるから魚を見ると口ずさみたくなるんだよね」
店内においてあるラジカセから流れる曲ってなんでキャッチで印象深いものばかりあるんだろうな。
冷凍みかんとかも食べたことすらないのに曲はわかる。
「一種の職業病だね。私も昨日食べたお魚にばっかり目がいくよ」
「てか、ここの水族館、魚の解説の他にスタッフの手書きで触感や味について書かれてるんだが」
水族館と食。結びつかないはずの点と点が線で繋がっている不思議な光景である。
しかも書いている内容がこちらの食欲をそそるのなんの。
「そういう手法で有名な水族館らしいよ。帰りに市場や食堂による人が多いらしいよ」
「そう言われると腹が減ってきた。食べ物が泳いでると思えば興味も一段と湧くね」
「私もお腹減ってきた。お昼は……あそこへ行っちゃう?」
「そうだな。隣にある回転寿司屋に行こう」
なんで隣接して通路繋げてるんだよ。行きたくなるじゃないか。




