七章「新婚旅行(仮)」6
ブクマありがとうございます。
夕ご飯はご当地食材をふんだんに使った御膳だった。海だけでなく山の幸も採れるみたいで炊き込みご飯や山菜の天ぷらは味わい深いものだった。
「まずいな」
いや、ご飯はとても美味しかった、だがこの状況、
「お布団が隣同士に敷いてあるね」
部屋に戻ってくると仲居さんが用意してくれたであろう布団が二組。びっちりとくっついた状態である。
「僕達は夫婦だからね。気を利かせてくれたんだろうね」
座椅子に腰を掛けて冷めたお茶をすする。
同じ部屋で寝たことすらないのに布団が密着しているというベタな展開をどうするべきか悩む所だ。
ううむ、少し離すべきか。それとも堂々とするべきか。
僕個人としてはこのままでいいけど……それってあれでこれをしようってサインに見えなくもないよなぁ。
……したくない訳じゃないが。そういうのはやっぱり段階を踏んでいきないよな。なんか今回の旅行を言い訳に初めてを強要したみたいで。
何より芽衣の気持ちが一番大事で、
「ん?」
ふと、芽衣の視線を感じる。
「っ」
目が合うと顔を真っ赤にして俯いて頷く。
……………………え?
「いいの?」
「いいよ……」
……。
「芽衣っ」
僕は芽衣の肩に手を置く
「はい!」
芽衣の体の震えが両手から伝わる。あぁ、僕はまだ本物になれていないだなと実感する。
「散歩に行こう」
「はい?」
と、とりあえず気持ちをいったん落ち着かせよう。
僕らは夜の砂浜を手を繋ぎ歩いている。
夜風は冷えるのでお互いを温めるように寄り添いながら。
「おー、これが有名な夜景なんだね。なるほどな、ここでしか見れないのも納得だね」
風を切る音と波が揺れる音が心地良い。
「水面に映る街の明かりが綺麗だね」
海面には温泉街の光が反射してきらきらと揺らめいている。淡くて儚い色だが心に深く刻まれていく。
「手に取ることは出来ないものだけど、手に入れたくなっちゃうね」
芽衣は写真で海面を撮影する。風になびいた髪をそっと掻き揚げる姿が艶やかだ。
「恋愛も似たようなものだよね」
「恋愛が? どうして?」
「一人じゃあ恋愛は手に入れられないだろう。けど欲しくて堪らないから誰かの手を取るんじゃないかな。それがいつの間にか恋愛になっていく」
「こういう風に?」
芽衣は笑顔で僕の手を握り頬ずりをする。僕は芽衣の頭を撫でて抱き寄せる。
「カッコいい言い回しだね。零児君がイケメンじゃなかったらそうとう恥ずかしいこと言ってるからね。もう慣れたけどさ」
波の揺れる音だけが二人の間を通り過ぎていく。
「僕は本物になりたかったんだ。と、言っても定義はわからないけど」
「本物?」
「何でも誰でもいいから本物とやらになりたかった。でもいつしか気づいてしまった。僕は僕でしかない。何者でもないのだと」
「……」
芽衣は無表情で僕を見つめる。
「愛されたかった。普通になりかった。幸せになりたかった。何にもなれなかった」
「零児君は私の恋人になれた。私にとっては零児君だけがありふれた恋愛の中の本物だよ」
「芽衣にとっても本物? この僕が」
そうか。
恋人になった時から僕は本物になれていたんだな。
あぁ、なんだこの形容しがたい心の揺さぶりは。熱い。内なる熱さがこみ上げてくる。
「零児君? 泣いてるの」
「そうみたいだ……泣いてる……みたいだ」
他人事のような反応をする僕に一雫が頬を伝う。
「っつ、あぁ、……くっ……」
堰き止めてた感情が溢れるように嗚咽を漏らして涙が止まらない。
こんな姿を芽衣に見られたくない。
「零児君、私がいるよ。私は零児君の本物になれているかな?」
芽衣が胸元に僕の頭をぎゅっと抱き寄せる。
「芽衣は僕の本物だよ。芽衣は僕だけの特別だよ」
僕は親に縋りつく子供の様に芽衣に抱き着いて泣きじゃくっていた。
しばらくして頬にまた雫が流れる。
「雪か」
空を見上げると白い粒がゆっくりと舞っている。海面に落ちる度に夜景が揺れる。
「本当だ。今日はすごく寒いもんね。そろそろ冬が来たって感じだね」
「そろそろ部屋に帰るか」
「そうだね」
びくっとする芽衣。ぎゅっと手を握り締めて意を決したような顔をする。
「芽衣。こういうのは本当の夫婦になってからの方がいいんじゃないかな?」
「でも零児君の気持ちを一番にしたいよ。私は零児君のためなら」
「ちょっと古風なのかな。イマドキっぽくないというのかな。なんというか結婚初夜にとっておきたいといいますか」
僕の一言に芽衣は吹き出す。
「ふふっ、零児君と一緒の気持ちだよ。私たちやっぱり運命の相手なんだね。大好きだよ」
芽衣は僕の頬にキスをして先を歩き出す。
雪がちらつく中で彼女の背中を追いかける。芽衣は変わった。僕も変われた。
◇
時刻はもうすぐ日付が変わろうとする頃合いである。僕らは布団に入り消灯をして眠る態勢に入った。
「ねぇ零児君、まだ起きてる?」
隣り合わせの布団の芽衣が問いかける。
「起きてるよ」
何だかんだ疲れていたのか意識が落ちそうになっていた。
「そっちの布団に入ってもいい?」
「んー。いいよ。んー!?」
「ダメかな?」
もぞっと起き上がる芽衣。月明かりに照らし出されたはにかんだ笑顔に拒否するとう選択肢は無かった。
「どうぞ」
僕は掛布団の半分をひらめかせて芽衣を招き入れる。
「失礼します」
浴衣と布団の擦れる音がして暖かな気配が懐に入ってくる。
「えへへ、ありがとう。私寝相悪かったらごめんね。狭くない?」
「一人分の布団だからね流石に狭いね。でもこうしていれば大丈夫でしょ」
僕は芽衣をぎゅっと抱きしめる。芽衣は頭を僕の胸に当てる。
「零児君、ドキドキしてる。なんか意外だな。クールにカッコいことばっかりするから全然動じてないのかと思った」
吐息が胸を撫でて更に鼓動が早くなるのを実感する。
「カッコくらいつけさせてくれよ。僕だって初めての体験だからこそ良い思い出にしたいんだよ」
「私は零児君の腕の中にいると安心するなぁ。零児君の優しさに包まれているからかな」
しばらくの間僕たちは抱き合ったままお喋りを重ねる。
「それでさ……芽衣? 寝ちゃったか」
すーっと寝息を立てる芽衣。
「まいったな……可愛い」
前髪で自分を隠していた芽衣が自信を持って自分を見せている。
「おやすみ、芽衣」
その寝顔が愛しすぎておでこにキスをするのだった。




