七章「新婚旅行(仮)」2
「うーん、着いたー!」
背伸びをして駅前のロータリーに出る芽衣。熟睡したようで元気一杯の様子だ。
ダッフルコートを着込んでデニムのスカートにレギンスを履いている。靴はスニーカーで歩くことを想定しつつおしゃれをしている旅行モードの装いである。
「てか、寒っ。風が強いな」
吐いた息が白く浮かぶ。同じ市内なのに随分と寒い。海沿いの風は思った以上に冷える。
歩き回って熱くなるだろうと中に半袖を着込んできたが脱ぐ機会は無さそうだ。
「ねぇ、零児君。無事着いた記念に一緒に写真撮らない? どこか浅海とわかる所でさ」
周りを見渡す。道路を挟んだ先には砂に覆われた海岸と地平線の彼方まで海が広がっている。
「芽衣が写真撮影したいなんて珍しいね」
僕の写真は勝手に撮ってニヤニヤしてるけど、芽衣は自分が写真に写るのがあまり好きではないみたいだ。
それが自分から記念撮影をしたいなんてこれも旅行でテンションが上がっている効果なのだろうか。
「夢月に写真を送りたくてね。さっきからお母さんの携帯借りて連絡寄こせってうるさくてさ」
「そっかそっか。浅海らしさと言うならば海をバックにする?」
「いいかもね」
芽衣の返事を聞くと僕は芽衣の肩を抱き寄せ自撮りの体制にはいる。
「ふふっ、えいっ」
芽衣が慌てふためく姿を撮影してやろうと思ったが芽衣が腕に抱き着いてきた。
「はい、チーズ」
僕はおっぱいの圧力を必死に堪えている劇画タッチの表情になってしまった。
旅行でテンションが上がって芽衣も大胆になっているのか。それはとても嬉しいな。
「チェインで画像送るね」
何枚か見繕って画像を送信すると満足げな表情の芽衣。
「あ、あれでも撮ってみたいな」
芽衣が指さした先は駅前のお土産屋さん。そこには『ようこそ浅海へ』と書かれた顔はめパネルが。
「あ、あれかい?」
「だめ?」
上目遣いで言われるとダメとは言えんよ。
「いいけど。どっちがどっちの顔をはめるの?」
選択肢は波に乗るサーファーと、ジャンプしているイルカ。……サーファー一択だろう。
「私イルカさんが良いな。早い者勝ちね。それー!」
お土産屋さんへと走り出す芽衣。テンション高っ。
そもそも争う必要が無かったのだが空いているサーファーの前に立つ。
「んで、誰が写真撮るの? 店員さんにでも頼む?」
「そう言って私が離れてる間にイルカさん取るつもりでしょー。そうはさせないよ」
中腰で顔をはめたまま動こうとしない芽衣。あぁ、可愛いな。
「すみません。写真撮影お願いしてもいいですか」
携帯のカメラを押すだけにして店員さんは手渡す。慣れた様子で何枚か撮影してくれる。
「ありがとうございます」
……あぁ、これ絶対あとから見直すと恥ずかしくて悶える類の写真だ。
キラキラとした眼差しで写真を切望している芽衣。まぁ、この笑顔が見れるならいいか。
芽衣も旅行を楽しんでいるようで僕も笑みが溢れるのだった。
「それにしても芽衣は荷物が多いね」
屋根付きの商店街をキャリバッグをコロコロと転がしている。
一泊二日というか海外旅行出来ちゃうキャパシティーである。
「あれもこれもって考えていくうちに不安になって色々と多くなっちゃたんだよね」
「へぇ、例えば?」
「雨が降ったと時用に雨具だったり、酔い止めや胃薬の緊急用とかもあるね」
「心配性だなぁ芽衣は。そんなの現地調達すればいいのに」
「海の幸を堪能するのはいいけどもしも食中りしない可能性は否定できないよ。私に比べて零児君は逆に荷物少なすぎない? リュックサック一つだけで済んでるし」
「そうだよ。着替えくらいしか入ってないからね」
僕はくるっと翻してリュックサックをアピールする。
「風の勢いでへにゃ、ってなるくらい容量空いてるんだ」
財布と宿泊券はポケットに入れてるし、靴下とパンツを一組しか入れてないからなぁ。こういうのでもお互いの性格が出るよなぁ。
「私のキャリーバッグは中学の修学旅行の時に使ったのなんだ。なんかコロコロしてるだけで旅行気分が出るんだよね。形から入るのも旅行の楽しみの一つじゃないかな」
「なんかわかるかも。旅行気分と言えばさ、芽衣は今日髪型いつもと違うよね。それも旅行気分」
怪訝そうな顔をしていた芽衣は僕が自分の前髪をささっと手櫛をするとはにかんで言葉を紡ぐ。
「いつもは前髪に隠れてやり過ごせる捌け口を用意してたんだけど、今日は零児君の妻だから自信を持つ為の戒めと零児君との思いでを一つも見逃さないため、かな」
ピンで留められた前髪をなぞる芽衣。出会った時はあどけなさが残る雰囲気だったが顔立ちがはっきりと解る今ではどこか大人びているようにも見える。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。そうだよね……僕たちは今日から明日までは夫婦なんだ。形から入った方が旅行を楽しめるって言ってたよね」
僕らはこの旅行中は夫婦。それを証明する物があった方が雰囲気でるよな。
「ちょっとお土産屋さんに寄ってもいい?」
ふと、お土産屋さんが連なっている露天にキーホルダー等を扱っているお店を見つける。
「いいけど、お土産は帰りの方がいいんじゃないかな」
「いいからいいから」
弾丸に竜が巻き付いているものや日本刀や手裏剣のデザインのキーホルダー誘惑を必死に堪え目的の物がないか物色する。
中学の修学旅行にはこういうコーナーにあったんだよな。指にはめる類のアクセサリー。
「あったあった。僕はこれにするよ」
商品の中にあった一つ五百円安物のシルバー素材のガラス細工の指輪を指にはめてみる。ジャストサイズではないため簡単にはめ外しが可能である。
「芽衣、好きなデザイン選んでよ」
「え? 私も?……うーん……じゃあこのハートのピンクのデザインの」
「これだね。サイズは大丈夫そうだね。すみません。この二つをください。今、付けていくんで値札も取ってくれると嬉しいです」
店員さんに千円札を手渡し商品を受け取る。片方はすぐに装着する。防御力が少し上がったたかもしれない。
「芽衣左手出して」
「ん? はい」
僕の様子を小首を傾げてじっと見つめていた芽衣に膝まずく。
「え、ちょ、零児君、これって」
僕は芽衣の左手を手に取り、薬指に先ほどの指輪をはめる。
「これは僕からの魔法だよ。夫婦の証の結婚指輪だよ。明日まで僕と夫婦になってくれるかい? シンデレラ」
ガラスの靴ならぬガラスの指輪。夫婦になるという魔法を込めた。
「……」
芽衣は左手を見つめたあとに両手で顔を覆い隠して震える。
キザすぎてすべった……?
「ご、ごめん。芽衣はこういうノリ好きかなって思って…ガラスの指輪とかそれっぽいかなって」
「……ひっく、ひっく。大好きだよー! 零児君も大好きー!!」
嗚咽を漏らしながら号泣する芽衣。
「私、零児君のお嫁さんになりました。魔法にかけられました」
自分の左手の写真をとって満面の笑みを浮かべる芽衣。
店員さんが拍手で盛り上げてくれる。どうもどうも。




