七章「新婚旅行(仮)」1
アルバイトとして社会に出ての初任給。金額としてはそれほど多くはないが両親から与えられている最低限の生活費があるのでこのお金は自由に出来るのだ。
社会人としての初めての報酬。世の中では使い道の上位三つがあるみたいだ。
貯金。これはある程度将来のためにしてある。
生活費(食費)。これも鍋セットを新調して贅沢を尽くした。
そして、最後の使い道。
親へのプレゼントである。自分を育ててくれた労を労うのと感謝の意があるらしい。
「という訳で親に温泉宿泊旅行をプレゼントしたんだ」
経緯を説明したのだが芽衣は瞬きを何回かして口を開く。
「……相変わらず零児君の行動力には目を見張るものがあるよね」
「だが昨日送り返されてきた」
父親宅に送った。母親と一緒に行って仲直りでもしてくれればと思ったのだが。一応、バイトの初任給をはたいたのだが残念で仕方がない。
「それがこの宿泊券だったんだ。いきなり机の上に出した時は何事かと思ったよ」
僕は箸を持ち方を意識してグリーンピースを摘まむ。芽衣手作りのピラフも美味しい。
「もしかしたら予定が合わなかったのかもね。近場の温泉旅館を土日の一泊二日で予約してあるんだけど、一週間前を切ってるからキャンセル出来ないみたいなんだ」
今週末に控えている夫婦で予約している温泉旅行。もったいない。
「というわけで僕ら夫婦にならない?」
「ぬえ?」
妖怪か。
ぽろっと卵焼きが落とした芽衣は慌ててティッシュを鞄から取り出す。
「なななななんあななな、なんで私いきなりプロボーズされたの?」
ティッシュを持つ手が震えて卵焼きがぷるぷると揺れる。
「え? あぁ、ごめん言葉足らずだったね。夫婦になって温泉旅行に行こうってこと」
「結婚した上に新婚旅行に行っちゃうってこと!? はわわわわ」
芽衣は気が動転したのか手に持った卵焼きを口へ運び咀嚼した。床に落ちてないから大丈夫だろう。
「お父さん、お母さん、奈乃香、夢月。お姉ちゃんは嫁ぎます。さらば!」
芽衣は頬に両手を当ててくねくねとしてトリップしてしまった。
プロポーズする時はちゃんと意図を伝えなきゃだな。これだけは誤解されたくない。
キャンセルできない温泉宿泊を芽衣と二人で夫婦という体で旅行しようという意図をちゃんと伝えるのに昼休みを全部使った。
こうして僕ら疑似夫婦の疑似新婚旅行が始まったのだった。
◇
この度は打算的な計画があった。要は彼女と旅行をしてみたかったのだ。
きっと芽衣の性格からして僕からの旅行のプレゼントは直接は遠慮して受け取らないだろう。
彼女と旅行に行くために親を利用したのだ。受け取って使ってくれれば御の字だったが読み通りになったのはそれはそれでありがたい。
「今日からの旅行楽しむぞ!」
僕は駅のホームで小さくガッツポーズをするのだった。
待ちに待った土曜日。バイトは事前に休みを申し出ていた。店長に小言を言われたが芽衣との旅行を優先してしまった。仕事と芽衣どちらか選べと言われたら迷わず芽衣を選ぶだろうなぁ。
しばらくすると電車がホームに停車する。いつもの二両目の乗車口が開く。
「おっ、いたいた。芽衣、おはよ」
車内の見渡すと芽衣が座っていた。こちらに気づくと胸の前で小さく手を振る。
「おはよう、零児君。零児君を出迎えるのって新鮮な気持ちだよ」
付き合ったころよりも少し伸びた髪。今日は前髪をヘアピンで留めている。
「そうだね。ついつい反射的に学校へ行く方向のホームに行っちゃったよ」
今日の目的地は市街地の学校とは反対方向なので下り電車を利用している。
登校時の上り電車とは違い立地的に芽衣の方が先にいるという現象が起きるのである。
芽衣の隣に腰を下ろす。ラベンダーの香水は今日も落ち着きの効果を与えてくれ無さそうだ。
「浅海までは三十分くらいかかるかな? 山も越えるし歩きだとさすがに行けない距離だから行ったこと無いんだよね」
電車に揺られながら上に掲示された路線図を眺める。
目的地である温泉街の浅海は文字通り海沿いに立地している。
夏は海を利用する宿泊客で賑わうのだが、冬は寒いので割安で泊まることが出来る。
「私の小学生の頃に海に遊びに行った時いらいかな。家から車で一時間くらいだったから電車だと三十分はかかるかもね……ふぁ……」
話の途中で口に手を当てて欠伸を噛み殺す芽衣。
「もしかして眠い?」
時刻は十一時過ぎ。僕は朝は早起きせずに余裕のあったのだけれども。
「いやー、昨日は楽しみで眠れなくてね……」
電車の揺れに合わせて首が揺れる。芽衣はお眠のようだ。とういうかもう寝落ちしそう。
「今日は緊張してたんだけど零児君の姿見たら安心して眠くなってきちゃった」
「寝ててもいいよ。着いたら起こしてあげるから」
「えー……もう旅行は始まってるんだから……一緒に楽しもう……」
ぽむっ、と僕の肩に頭を乗っけて寝息を立てる芽衣。
僕はそっと芽衣の頭を撫でる。気持ちよさそうな寝顔だ。
すでに旅行が楽しんでいる僕がいた。




