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地龍のダンジョン奮闘記!  作者: よっしゃあっ!
第十章 魔王と三人の転生者

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32.目覚め



「うわぁーお……」


 思わずそんな声が漏れる。

 地上へと上がったレーナロイドの目に映り込んだのは、怪獣映画だった。


 広大な砂漠で巨大な牛と巨大な黒蛇が戦っている。

 そしてその様子を、七つの首を持つ超巨大な、なんとも形容しがたい化物が見下ろしてる。


 黒蛇の方は魔王軍最高幹部ザハーク。

 牛の方はクシャスラだろう。

 奥の化け物はおそらく……。


「ブモオオオオオオオオ!!」

「シャアアアアアアアア!!」


 牛が突撃を仕掛け、黒蛇が躱しながら瘴気を吐き出す。

 戦況的には、ややクシャスラが有利か。

 彼女の戦法は何の種も仕掛けも無い突撃だが、シンプル故に強力だ。

 ただ単純に速く、硬く、重く、強い。

 一点突破の突撃力に関しては、彼女は星脈の眷属の中でも上位に入る実力者だろう。

 

 対してザハークの戦術は、瘴気を吐きだしながら魔術を併用した搦め手だ。

 こっちはハマれば強いが、クシャスラの戦術もへったくれもないごり押しの戦い方に、やや押され気味の様だ。


 二人が激突する度に、ビリビリと大気が震え、地形が変わってゆく。

 

(というか、二人とも元の姿で戦うとか、何考えてんのさ。大陸ひとつ海に沈める気かい?……いや、ちゃんと結界は張ってあるみたいだね)


 魔力感知を発動させれば、フォード沙漠全域を包み込む様に何らかの結界が発動しているのが分かる。

 張っているのはアジルだろうか。

 レーナロイドが自由に入れたところを見ると、純粋な破壊による余波のみを逃さないようにする結界か。器用な事だ。


(でも、空に浮かんだあの魔術陣とは別みたいだね……)


 夜空を覆い尽くす無数の魔術陣を見上げる。

 それはレーナロイドですら見たことがない術式だった。


(基本構造はエリちゃんの『聖域踏破』に似てるな……でも、細部が違う。回復……いや、再生か……?一体どんな魔術なんだろう?)


 ただ間違いないのは、それが霊王級を超える超大規模魔術であるという事。

 果たしてどんな魔術なのか。


「―――っ」


 突如、背筋に悪寒が走った。

 遥か彼方に居る筈の超巨大な形容しがたい化物―――アジルの七つある首の一つがこちらを見ている。

 距離が離れているので、気のせいかもしれない。

 だが頭の中に声が響いた、


『レーナ、やっぱり来たんだね……』


 それはひどく聞き慣れた声だった。


『やっぱり、アジルか。どうやってその姿に戻ったんだい?』


『エルド鉱山の星脈の力を利用したんだよ。星脈の莫大な魔力を奪って使った』


そう言われて、レーナロイドは思い出す。


『ああ、そう言えばアソコは星脈の魔力の排出口だったけ。すっかり忘れてたよ』


『いや、君ねぇ……そもそも、君が人間共と一緒にボルヘリック王国を造ったのだってそれを管理する為だろうに……。ホントに君は興味の無いことに関しては適当だな……』


 だが彼女が適当で放任主義だったからこそ、ボルヘリック王国は魔石産出国家として大陸有数の国家として大成したともいえる。彼女があれこれ口出ししていたら、国などとっくの昔に滅んでいただろう。それこそ、今の様に。


『いやー、あの時は、君に一方的に契約を破棄さて、私の繊細な心は酷く傷ついてたからねー』


 おどけてそんな事を言うレーナロイドに対し、アジルは苦笑する。


『君、友達もいなかったしね。まあ、一方的に突き放した事に関しては悪いと思ってるよ。でも―――』


『あー、いーから、いーから。謝罪はノーサンキューだよ。何せ、そのおかげで、エリちゃんに会えたんだしね』


 契約を破棄され、地上に残されたおかげで、無二の親友(レーナロイド視点)であるエリベルに出会えたのだ。

 そう思えば、数百年のぼっち期間なんて安いものだ。

 ちなみに、その数百年間のぼっち期間の中で、そこそこ話が出来る様になるまで根気強く付き合ってくれたのが、先程封印された天龍ヤムゥである。


『賢者エリベル・レーベンヘルツか……。彼女には、感謝してるよ。彼女の開発したこの術式のおかげで、僕は元の体に戻る事が出来た』


『てことは、やっぱり使ったのは“聖域踏破”かい』


『ああ』


『うわー、パクリじゃん』


『まあ、否定はしないね』


 クシャスラの突進で、ザハークが吹き飛ばされ砂漠を転がる。

 余波を受けた砂が、まるで大津波の様に波打った。

 風魔術で結界を張り、砂埃を防ぐ。

 ついでに漏れた瘴気もガードする。

 こんなの喰らったら、体がドロドロに溶けてしまう。


『……ヤムゥはどうしたんだい?君が出てきたエリアには、彼が居た筈だけど?』


『ここ』


 レーナロイドは自分の持つ龍剣アスカロンを指差す。

 アジルの眼が大きく開かれる。


『……まさか、彼がやられるなんてね……』


『迷いに迷った戦い方をしていたからね。じゃないと、私がヤムゥに勝てる筈なんてないじゃんか』


『……』


『あれ?もしかして、気にしてたのかい?』


 あっけらかんと言うレーナロイドに、アジルは渋い顔をする。


「シャアアアアア!!」

「ガアアアアア!!」


 クシャスラとザハークの戦闘の余波を器用に躱しながら、レーナロイドは歩を進める。

 二体とも戦闘に夢中でレーナロイドが近づいてる事に気付いていないようだ。


『まあ、それはいいや。んで、アジル、一応聞いておきたいんだけど、君、何でこんなことをするんだい?星脈を……ギブルを殺して一体君に何のメリットがあるっていうんだい?』


『…………』


 アジルは答えない。

 だが、その表情はどこか―――。


『君は昔から、肝心な事は何も話してくれなかったよね?私と契約した時も、勇者と戦った時も、契約を破棄して私を捨てた時も……君は何も話してくれなかった』


『……そうだったかな?』


『そうだよ』


『……』


『話してよ、アジル。君の目的を、君が何を望んでるのかをさ』


 本心からの問いだった。

 二体の獣の叫び声や破壊音が響く中、彼らの会話は異常な程に静かだった。

 僅かな沈黙の後、アジルの思念通話が響く。


『……聞きたかったら、僕を倒す事だ』


『うわっ、ベタだねー』


 レーナロイドはにやりと笑う。

 どうやら、ヤムゥと同じ、アジルのもある程度余地はあるようだ。


「シャアアアアアア!!」

「ブモオオオオオオオオ!!」


 ズドォォォン!!

 ズガガガガガガガガガガ!!

 二体の戦闘は激しさを増す。

 遂に彼らは、レーナロイドのいる方へと突っ込んできた。

 その巨体が、レーナロイドを押しつぶそうとして―――。


「というか、さっきから、うっさいッ!二人とも!!」


「「ッッッ!?」」


 レーナロイドの叫びと共に、二体はコマの様に吹き飛ばされた。

 そのまま砂の上を転がり、気を失う。


 見ると彼女の腕―――正確には、その手に握った龍剣アスカロンから巨大な“腕”が出現していた。それは天龍の腕。

 アスカロンに備わっている力―――“龍殺し”の能力だ。


『龍殺しか……本当に忌々しい力だね』


『……私だって嫌いだよ、こんな力。でも、今だけは頼らせてもらうけどね』


 今、龍剣アスカロンに込められているのは、たった四匹しかいない『真の龍王種』天龍ヤムゥだ。

 つまり今のレーナロイドは、その力を自在に扱えるという事だ。

 だからこそ、神災クラスの力を持つザハークとクシャスラも瞬殺することが出来た。

 腕を消した瞬間、ピキッとアスカロンに亀裂が入る。

 

『でも見ての通り、回数制限つきだよ。おまけに、強く力を引き出せば引き出す程、リミットは短くなる』


『いいのかい?これから戦うと言うのに、そんな事を教えてしまって?』


『別にいいよ、それに―――』


 レーナロイドは視線をアジルからは外し、別の方向を見る。

 アジルも釣られてそちらを見る。

 すると、視界の先の砂が巻き上げられ、そこから光の槍が発生した。

 いや、正確に言えば、雷撃だ。

 極太の雷が地面から撃ちだされたのだ。


『……!あれは―――』


 驚くアジル。

 にやりと笑うレーナロイド。


「どうやら、間に合ったようだね」


 雷が収まる。


 フォード沙漠にぽっかりと空いた巨大な穴。


 魔力の―――何者かの気配がした。


 そこから出てきたのは―――。



◇◆◇◆◇



 俺は雷の塊と化したカディアスへと突っ込む。

 放たれる雷は、凄まじい破壊力を誇っていた。

 武装化した皮膚が焼け、鱗が爛れる。


『~~~~ッ!効くッッ!』

 

 武装化を防御特化へシフトする。

 スピードは落ちるが、今のカディアスならば問題ない。

 雷の嵐の中を突き進み、カディアスへ接近する。


「―――アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 俺が近づくとカディアスが叫び声を上げる。

 来るな!と言わんばかりに、一層強く雷を放ってきた。


 ぐぅぅぅ、痛い!

 いくら武装化しようとも、痛いものは痛い。

 なんで、“錬金”って、絶縁体質作れないんだよ!……あ、金属だからか。

 ぐおおお……血液沸騰しそうなんですけど!


 あと数メートル………。

 ああ、もう!触れなきゃ発動出来ないってのが、地味にキツい。


『カディアス!いい加減にしろ!いい年こいて現実逃避して、暴走なんてするんじゃねぇ!』


 普段の俺にブーメランなセリフだけど、気にしてられるか!

 あともうちょっと……。

 雷の中を進む。

 熱で鎧が溶けてきてる。どんだけ熱いんだよ!

 手を伸ばす距離まで来た。


「クルナ……クルナ、クルナクルナクルナ!!!チィィガヅグナアアアアアアアアア!!!」


 激しさを増す雷撃。

 その中から聞こえる叫び声。

 それは拒絶の声だったが、俺には様々な感情が籠ってるような気がした。

 悲しみ、怒り、孤独感、そして……絶望。

 何もかも奪われて、何もかも失って、それでも足掻き続けてきた男の魂の叫びが聞こえてくるようだった。

 それも仕方ないか……。


 ただ勇者として魔王を退治するまでのカディアスならば幸せだっただろう。

 よくある物語の主人公の様な、幸せな人生を歩んだはずだ。


 だからこそ、ギブルに全てを奪われた反動は大きかった。

 ゼロになって、空っぽになって、その怒りすら忘れてしまって。

 新たに生まれ変わったキリシマ・アオバとしての人生も、偽りの人生だった。

 自分じゃない、別の人間の記憶を信じ、ありもしない目的を追い求めていた。


 カディアスにしてみれば、自分の全てを否定されたようなもんなのだろう。


 そりゃ、叫びたくもなる。

 暴走だってするだろう。

 むしろ、これで笑って「はい、そうですか」って言える奴が居たら、ソイツは絶対に正気じゃない。間違いなく、狂ってる。


 だから……ごめんな、カディアス。


『ウグッ……オオオオオオオオ!』


 ……距離が無くなる。

 俺の手が、カディアスに触れる。

 がっしりと、俺はカディアスの体を掴んだ。


「アア……アアアアアアアアアアアアアア!!」


 カディアスは雷撃を放ち、俺を振りほどこうと必死に抵抗する。


 でも―――もう遅い。


 俺は大きく口を開ける。

 俺が何をするのか悟ったのか、カディアスの放つ雷撃がより一層強くなった。


 そして―――ガブリ、と。


 俺はカディアスへ思いっきり食らいついた。


「グアアアアアアアアアアアアアア!?」


 ぐちゅり、ぐちゅりと、肉を喰らう。


「ヤメロ、ヤメロヤメロヤメロオオオオオオオオオオオ!!」


 カディアスが悲鳴を上げる。

 そりゃそうだ。喰われてるんだからな。


 でも離さない。

 より深く食らいつき、その体をかじりとる。

 咀嚼し、飲み込む。

 肉体を、魂を、全て食らい尽くさんとする。


「アアアアアアアアアアア!!」

 

 バリバリ!!バチバチ!!―――ごくん。

 

「アアア……アァァ……」


 バリバリ!―――ぼりぼり、ごくん。


「アァ――――ぁ……」


 ―――ぼりぼり、ごくん。


「―――」


 ぼりぼり、ごくん。


「」


 ぼりぼり、ごくん。




 途中から、雷撃が止んだ。

 それが何を意味するのか、分かった。


 カディアスが―――死んだのだ。


 俺に食われて、死んだ。

 カディアスだったものを咀嚼し、嚥下し、胃袋へと流し込む。

 全てを食べ終える。


『うっぷ……おえええっ!』


 凄まじい吐き気が込み上げてきた。

 でも耐える。

 耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて――――ようやく『暴食』の効果が発動する。この体でも『暴食』が発動できるように調節しておいてよかった。


『ウォォ……ォォォオオオオオオオオオオオ!!』


 カディアスの魂が、キリシマ・アオバとして過ごしてきたこれまでの記憶が流れ込んでくる。

 体の中でカディアスの魂が暴れてる。

 奴の感情が俺の心を刺激する。

 混ざり合い、溶け合って、新たな魂が誕生する。


『ハァッ……ハァッ……!』


 どうやら、成功したようだ。

 こればっかりは賭けだったが運は俺に味方した。

 悪いな、カディアス。

 この戦いが終わったら、必ず償いをする。


 だから―――お前の力貰うぞ!


 さっそく、俺は取り込んだカディアスの力を解放する。


『武装―――雷獣形態!!』


 俺の全身から雷が迸る。

 全身の武装が変化してゆく。

 紫電の雷光を纏った新たなフォルムへと変化する。

 カディアスの魂を取り込んだことで、本来の勇者の力―――雷撃の力を使う事が出来る。


『さあ、決着を着けに往こうか』



◇◆◇◆◇



 コキッと首を鳴らす。

 身体の感覚を確かめ、意識を集中する。

 大丈夫だ。―――いける!

 すぅっと息を吸い込み、


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 動く雷と化した俺は、天井へ向けてブレスを放つ。

 放たれたブレスはそれまでとは違い、巨大な雷撃の様になっていた。


 ズドォォォォォンッッ!!!!!

 放ったブレスは天井や岩盤を軽々と突き破り、地上への道を切り開いた。


 出来た穴を駆け上がる。

 発射の向きを調節して、少し斜めになってるから、あの場所に直通になってるはずだ。

 その証拠に、魔力感知にビンビンと反応がある。

 強大な魔力を感じる。

 

 地上に出る。

 砂漠が広がっていた。

 予定通り、フォード沙漠まで直通できたらしい。


 ―――居た。


 皇獣アジルと、魔女レーナロイド・レイノルズだ。


「やっほー、待ってたよ、アース君」


 レーナが俺の方へ手を振る。

 

『俺が来るって分かってたのか?』


「まあね。勇者やアジルの事を考えれば、それが一番可能性が高そうだったし」


『そうか……』


 コイツもしかして、大局的な視点に関してはエリベル以上なんじゃないか?

 

「なるほど、待っていたのは、彼か……。その姿、アオバを―――カディアスを殺して、その魂を取り込んだんだね?」


 レーナロイドのはるか後方に居た巨大な化け物―――アジルが俺の方を向く。


『ああ、こうして会うのは初めてになるのかな、皇獣アジル』


 というか、さらりとコイツ今“カディアス”って言ったな。

 やっぱ、アオバの正体について知ってたのか。


「こちらこそ、君の事は色々と知ってるよ。神災龍王の息子アース君」

 

 七つある首が俺の方を見る。

 首の一つ一つが山の様な巨大さだ。

 ん?よく見ると、足元にでっかい黒蛇と牛が倒れてるな。

 なんだ、ありゃ?

 

「一応、ここへ来た理由を聞こうか?」


『当然、お前を止めるためだよ』


 俺は迷うことなく言い放つ。

 アジルの首の一つが、さも面白そうに笑った。


「そうか。いいだろう。じゃあ、始め―――」


『待った』


 動き出そうとしたアジルに対し、俺は待ったをかける。


「は?この期に及んで、何を待つというんだ?」


 若干、アジルが苛立ちを見せる。


『もう一人、ここへやってくる』


「……?」


 首をかしげるアジル。


「え?どういう意味だい?もう一人?」


 レーナロイドも俺の言葉の意味が分からないのか、同じく首をかしげている。


「あ、もしかしてエリちゃんかい?」


 レーナロイドがめっちゃ嬉しそうな表情で聞いてくるが、違う。

 俺が首をふると、露骨にがっかりした。


「……じゃあ、誰なんだい?」

 

『……』


 俺は答えない。

 ただ、黙って“ソイツ”が来るのを待った。


 アジルには分からないだろう。

 でも、まだいるんだよ。


 俺やレーナロイドと共にアジルを―――魔王を止める最後の一人が。


 俺やレーナロイドとは違う、三人目の転生者が。


 その為に、ギジーやエリベルに頼んで色々と細工をしてもらったんだ。



 だから―――早く来い、『相棒』。



◇◆◇◆◇



 深層監視室にて―――。


「ハァ……ハァ……まさか、あの状態で生きてるとはね……」


 エリベルは左手から血を流しながら、目の前の男を睨み付ける。


 その男―――魔王軍第二部隊隊長ウォフを。

 

 油断していた。

 確実に死んでいた筈だった。

 いや、アンデッドなのだから元から死んでいるのだが、ラセツによって魔核を砕かれ、完全にただの死体となっていた筈だ。

 肉体に何かしらの術式が仕込まれてる気配も無かった。

 だからこそ、エリベルも死体を回収して、解析していたのだが……一体どうして?


「ひゅーひゅー……死んでたよ、確実に。……ただ、アジル様の魔力を浴びて、一時的に動けるようになった………ひゅーひゅー」


「なるほど、そう言う事ね……」


 アンデッドに稀に起こる現象。

 仮死状態ならぬ仮動状態と言うヤツだ。

 魔核を失っても、あふれ出たアジルの魔力が、ウォフの肉体と意識をかろうじて繋ぎ止めているのだろう。

 恐るべきは、このダンジョンの最奥までとどくアジルの魔力か……いや、違う。

 ウォフの指先が輝いている。

 アレは転移の術式が込められた指輪だ。


(アレが原因か……)


 アレを触媒に、魔力がここまで送られてきたのだろう。

 これはエリベルにとって完全に想定外だった。

 

 だが、この事は魔王軍側にとっても予想外の事態だった筈だ。

 おそらくは、ウォフ自身にとっても。


「なんにせよ……動ける以上、僕は、僕の務めを果たす……ひゅーひゅー!」


 手に持ったナイフが怪しく光る。


「……っ」


 マズイ。

 エリベルはこの状況に歯噛みする。

 ギジーもベルクも、今は手が離せない。


 もし、こちらに救援を頼み作業が遅れたら、作戦に致命的な支障が出る。

 そうなったら終わりだ。

 でも、それ以上に厄介なのは―――。

 

(……私一人で何とかするしかないわね。)


 正確に言えば、深層のゴーレム達が駆けつけてくれるまで持ち堪える。

 おそらくはあと一分ほど。

 それまで何とか持ちこたえる。

 否、敵の注意を己に“引きつける”。

 手招きしながら、エリベルはウォフを挑発する。


「来るなら来なさい。遊んでやるわよ」


「……」


「どうしたの?手負いの女一人に随分な警戒のしようね?」


 だがウォフはエリベルから視線を逸らした。


「……君も厄介そうだけど、まずはこっちだ……ひゅーひゅー……」


「―――っ!?」

 

 ウォフの視線の先。

 そこに在ったのは―――抜け殻となったアースの肉体だった。


(―――マズイ!)


「ひゅー……地龍……このダンジョンの主。知ってるよ、この状態。いま、魂が無い抜け殻になってるんだろ?」


「―――っ」


 駄目だ、気づかれている。

 今のアースは完全な無防備だ。

 敵の攻撃を防ぐ手立てはない。


「ひゅー……魂が無くとも、この本体を消してしまえば……」


「やめ―――」


 エリベルが叫ぶより先に、ウォフの手から炎弾が発射される。


「―――っ!ぐあああああああああ!!」


 エリベルは反射的にアースの前に出て、その攻撃を受け止める。

 彼女が纏っているローブは、対魔術攻撃用に編み込まれた特製ローブだ。

 例えエリベルに魔力が無くても、多少の盾替わりにはなる。


「ぐっ……くそっ!」


 だが、それでも完全には防ぎきれなかった。

 ローブから漏れた炎が、エリベルの肌を焼く。

 びっしりと汗を浮かべながら、彼女は苦悶の表情を浮かべる。


「へぇ、庇うんだ……やっぱりソイツは抜け殻なんだね……ひゅーひゅー……」


「ハァ…ハァ…アンタ……ッ!」


 避けようと思えば、避けられる。

 だが、それだとアースが殺される。

 そして、彼女自身にも攻撃の手段がない事を、ウォフも理解したのだろう。

 そのミイラのような顔に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「ひゅー……君の仲間にやられた……お返しだ……!ここで、二人まとめて……殺してやる!!」


 ウォフの手に魔力が宿る。

 マズイ。先ほどの恐らく数倍の威力の魔術。

 ……防ぎきれない。

 救援のゴーレム達も―――間に合わない。

 このままでは―――。


「死ねッ!!」


 ウォフの手から炎が発生する。


「―――ッ!!」


 迫りくる炎弾に、思わずエリベルは死を覚悟した。

 

 だが……その瞬間は訪れなかった。


「……?」


 どういう事だ?

 エリベルは、ゆっくりと目を開ける。


「え……?」


 そこには壁が広がっていた。

 いや、違う。

 これは……腕だ。

 ザラザラとした見慣れた鱗が生えた地龍の腕が、エリベルを庇うように突き出されていた。


「ひゅー…ひゅー……ど、どうして……?」


 ウォフが驚きの声を上げる。


「な、なんで……?」


 エリベルにも理解できなかった。


 どうして―――抜け殻の筈のアースの体が、起き上がっているのか?

 

『…………』


 キョロキョロと、アースは周囲を見る。


「ア、アース……なの?」


 恐る恐るエリベルが声をかける。

 すると、彼は欠伸をしながら、ゆっくりと口を開いた。


『おー……おはよう、エリベル』




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