33.魔王と三人の転生者
「アース……なの?」
エリベルは茫然としながら俺の方を見た。
『他の誰に見えるんだよ?』
「いや、だって……そうか、そう言う事なのね……」
まるで幽霊でも見たようなリアクションだが、何かを納得したかのように頷いている。
いや、あの、俺の方が説明してほしいんだけど?
どういう状況なのコレ?
「なっ……なななな……なんで、意識が、ひゅっ、ひゅー……!」
ん?
誰の声だ。
ていうか、なんか手が熱い……って、燃えてる!?
『俺の手が燃えてるうううううううう!?』
熱い、熱いーっ!
軽く手を振るうと、火は消えた。
ふぅー、びっくりした。
火傷はしてない。鱗がちょっと煤けた位だ。良かった。
んで、誰なんだ、目の前に居るコイツは……。
『なんだ、お前?』
睨み付ける。
火放ったの、多分こいつだよな?
敵……でいいんだよな?
「―――ッッ!あ……あぁぁぁ……ぉ」
すると、目の前の男は急に苦しみだした。
どうしたんだ一体?
『お、おいどうしたんだよ?』
思わずこちらの方が面食らってしまう。
「ッッ!!ぐあ……あがっ……嘘だろ。なんだよ、そのありえない魔力量は……か、体の中がかき回され……ひゅーひゅっく……あ……ッッ」
声をかけると、更にミイラ男は苦しみだした。
え、なに、どゆこと?
「……そうか、魔力による妨害」
『え?』
エリベルが急に何かを閃いたように呟いた。
「アースの馬鹿みたいにデカい魔力によって、あいつの中の魔力がかき乱されてるんだわ。ただでさえ、イレギュラーな稼働状態……なら、それをもっと乱してしまえば―――」
ぶつぶつと何かを呟く。
そして、俺の方を見る。
「アース!叫んで!思いっきり!」
『え?いや……』
「いいから早く!」
お、おう。
何だ急に。
まあ、いいか。
とりあえず、言われた通りに―――すぅ。
『―――がああああああああああああああああああああああああ!!!』
うっかりブレスを放たないように注意する。
自分でも驚くほどの声が出た。
大音量の声の振動が、監視室の壁や機材を震わせる。
そして、
「あが、ひゅー……ま、魔力が……魔力が乱され……る……」
目の前のミイラの様な男が更に苦しみだした。
それだけじゃない。
身体の所々が灰の様に朽ちてゆくではないか。
「よし、今なら!」
エリベルは駆け出し、ミイラ男に接近する。
そして、拳を思いっきり握りしめた。
「ひゅー……ちょ、待って―――」
「待つか、ボケ!!」
直後、ミイラ男の頭部を、エリベルの拳が粉砕した。
◇◆◇◆◇
頭部を砕かれたミイラ男の体が灰になってゆく。
「ふー……ハァ……ハァ……!」
エリベルは肩で息をしながら、俺の方に近づいてくる。
―――って、おい!?フラフラじゃないか!
よく見たら、エリベルの右手には切り裂かれたような跡があり、痛々しい傷跡からは今も血が垂れている。
『お、おい!大丈夫か、エリベル』
「この位、如何ってことないわよ………。ったく、コイツの所為で、余計な時間をかけたわ……。あーくっそ、血ィ流し過ぎたわ……」
忌々しそうに、今までミイラ男だった灰の塊を睨み付けながら、吐き捨てるように言う。
……ホントに大丈夫か?
「それよりも、アンタ、自分の現状は分かる?」
『えっ』
エリベルが顎で指す先にはダンジョンの映像。
そこには、雷の塊に突っ込む、俺―――正確には、地龍型ゴーレムの姿があった。
その瞬間、頭に痛みが走った。
針で刺されるような鋭い痛みが。
『あれ……?俺、確か、会議中に……』
アジルと魔王軍との対策会議中に急に意識が薄れて、それで―――。
『エリベル……俺は……?』
「……ちょっと待ちなさい」
ふらふらした足取りで、エリベルは監視室の中央に置かれてるテーブル。
その上にあるお茶請け様に用意した魔石に手を伸ばした。
バリバリと噛み砕き、飲み込む。
すると、顔色がかなり良くなった。
「ふぅー……とりあえず、これでしばらくは持つでしょ。悪い、待たせたわね」
『あ、いや、良いけど……』
やっぱ見た目は人間に戻ってるけど、アンデッドなんだなーと場違いな感想を抱いた。
「アンタが寝てる間に状況はかなり動いたわ。具体的には、魔王軍が攻めてきて、今はその最終段階ってとこかしらね」
『はぁ!?』
なんだ、そりゃ。
「つーか、聞いてないの?もう一人のアンタから?今、アンタの魂、分離してるのよ?」
『―――っ』
エリベルの視線は俺じゃなく、モニターに映る地龍型ゴーレムの姿を眺めていた。
「今ここに居るアンタは、人間の転生者としての魂。そして、あいつは、地龍としての……ギブルの本当の息子としての魂。あの糞ババアは、アンタ達の魂がきれいに混ざり合ってたって言ってたけど、違ったようね。正確には、アンタの魂が、向こうの魂を膜の様に覆ってたから、そう見えてただけだったんでしょうね……」
そう言いながらも、視線はモニターから逸らさない。
「んで、今の状況についてはこんな感じ」
エリベルが端末を操作する。
すると、ギジーを通じて、今までの情報が頭の中に流れ込んできた。
おう……おっふぅ……。
頭を抱えて目を背けたくなるような内容だった。
魔王軍隊長格と眷属達との死闘、アジルの覚醒、エルジャの負傷……そして、勇者カディアス。
何だよ、コレ……。
なんでこんな事になってんだ……?
「理解できた?」
『……理解したくないです』
「そ。んじゃ、次ね」
『スルーかよ!?じゃあ、何で聞いたんだよ!?』
「時間が無いのよ。アンタの現実逃避に、付き合ってる暇はないの」
本当に余裕がないのか、エリベルの表情は全くふざけていなかった。
そして、おもむろに端末を操作する。
すると彼女の手元に、小さな転移用の魔術陣が現れる。
光が収まると、そこには小さな独特の形をした魔道具があった。
「ほい、これ」
エリベルはそれを投げてよこす。
俺はそれを掴んでキャッチした。
『これって……』
これは知ってる。
黄金で出来た三鈷杵。
中央に柄があり、その上下に短い槍状の刃物がついている。
―――宝具ヴァジュラ。
かつて帝都で、死龍ウロヌスとの戦いの際に、この上なく役に立った神器。
「その中に“ある術式”を込めたわ。ずいぶん時間がかかったけど……」
『ある術式って?』
「―――“聖域踏破”」
『なっ……』
動揺して、一瞬ヴァジュラを落としそうになる。
「宝具ヴァジュラの能力は固有術式“強奪”。その特性を応用して、ギジーに“聖域踏破”の術式を込めて貰ったのよ。“聖域踏破”は、私の作った術式だからね。ヴァジュラを改良するのは楽だったわ。まあ、作業量自体は多かったけど」
相変わらずとんでもない事をしれっと行う賢者さんである。
『でも、これを俺に渡して、どうしろってんだよ?』
「決まってんでしょ。アンタのパワーアップに使うのよ」
『は?』
首を傾げる俺。
そして、エリベルはとんでもない事を言った。
「アンタがそれを喰って、“聖域踏破”を使うのよ。それでアンタの肉体を“成体の地龍”の姿まで、強制的に成長させるの」
『…………は?はああああああああ!?』
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「なに驚いてるのよ?」
『いや、いやいやいや!だって、何だよそれ?出来んのそんな事?』
「出来るわよ。私やアジルはその効果を『対象の過去』へ向けて使用したけど、聖域踏破の効果範囲は、対象の過去、現在、未来も含めた同一線上に存在する全てに対してだもの」
『え、そうだったのか?』
「そうよ、つーか前に説明したでしょうが」
そう言えば、前にそんな事を言ってたような……。
つーか、あの時は戦いの最中でそれどころじゃなかったしなぁ。
『でも未来って……そんな……』
「もちろん、『過去』に比べて、『未来』の方が、格段に失敗のリスクは高まるけどね。なにせ、はっきりと思い描く対象がある『過去』に比べて、『未来』とはあくまでも可能性。対象にその思い描いた未来図が無ければ、不発に終わっちゃうもの」
なるほど、確かに。
「でも、その点で言えば、アンタは問題ないでしょう?」
『え?どうして?』
「だって、アンタには在るでしょうが、『確実な未来のイメージ』が。百年後の―――『成体』の地龍としてのアンタの姿が」
『あ……』
い、言われてみれば、確かに……。
なんか密度が高すぎて忘れがちだけど、俺まだ三歳だもんな。
確かに、成体の地龍に成れれば、それだけでも戦力は格段に上昇するだろう。
でも……。
「そう言う事よ。分かったら、早く食べなさい」
『…………』
エリベルは急かす。
だが俺は宝具ヴァジュラを眺めたまま固まっていた。
「どうしたのよ?まさか、この期に及んでびびってるんじゃないでしょうね?」
『あ、いや、そう言う訳じゃないんだけど……』
「じゃあ、なによ?言っとくけど、失敗はしないわよ。ギジーと私とで何度もシュミレーションはしたわ。それに消費魔力もダンジョンから補ってるし、外部の術式だから、解除後のリスクも無い。だから安心して―――」
『いや、違う。そうじゃくてだな』
煮え切らない俺の態度にエリベルの苛立ちは大きくなっていく。
「だったら、何よ?まさか、戦うのが怖いとか言うんじゃないでしょうね?」
俺は首を振る。
違うよ、戦う事が怖いんじゃない。
いや……やっぱり戦うのは怖いけど、そうじゃないんだ。
今、ダンジョンがどれだけ危機的状況下にあるかは知ってる。
このままアジルを放っておけば、ダンジョンや眷属のみんながどれだけ大変な事になるかも理解してる。
力が手に入るなら、みんなを守れるのなら、俺だって強くなりたい。
そう思える位には、俺にとってここは……お前たちは大切な存在なんだから。
だから、俺が恐れてるのはそんな事じゃないんだ。
「……だったら、どうしたっていうのよ?」
深刻そうな俺を見て、エリベルも表情を変える。
「……話してちょうだい、アース。何をそんなに悩んでいるの?」
真剣な表情のエリベルに対し、俺も真剣に答えた。
『あー……その……あれだ。怖いっていうよりもさ……俺、どんな顔でもう一人の俺に会えばいいのかなぁーって……思っちゃったりして……』
「……………………は?」
エリベルから表情と言う表情が消える。
『いや、分かってる。分かってるんだよ。俺も、あいつも“俺”である事には、違いないんだし、でも何というか、今までずっと、これ俺だよなーって思ってたのが、実はもう一人の俺が言ってたんだーって思ったりしてさ……。なんか、妙に気恥ずかしいというか、自分で、自分を眺めているようで―――ゴッフォォォオオオオオ!?』
エリベルのアッパーが俺の顎に命中した。
鬼のような形相の賢者が居ました。
「ばっっっっっっかじゃないの、アンタ!!んな、下らない事でウジウジ悩んでんじゃないわよ!心配して損したわ!」
『く、下らないとか言うなよ!俺にとっちゃ大事な問題なんだよ!』
あと顎が痛い!
「どう考えても下らないでしょうが!なにアンタ、この一大事にそんなしょっぱい理由で悩んでんの―――よッ!」
『おごふっ』
今度は回し蹴りだった。
痛い。
『だ、だって、今まで全部自分の意志でやってたと思ってた行動が、別の奴がやってたんだぞ!そんなのそう簡単に受け止められる訳ねーじゃないか!』
「―――っ!」
再び蹴りを入れようとしたエリベルの足が止まる。
『俺だって分かってるよ……。向こうのアイツも、“俺”だし、本質的には同じだって事が。理解は出来るさ。でもさ、納得しろって言われて、ハイそうですかって言えるわけがないだろ。だって、結構きついんだよ……。それまでの自分が、全部否定されたような気がしてさ』
「…………」
『言い訳だって……バカな事言ってるって自覚はあるよ。それでも……俺にとっちゃやっぱ一大事なんだよ……』
「……」
最初に精神が反転したのは、龍殺しと戦った時だった。
それから何度も何度も、精神の入れ替わりをして、その度に危機を乗り越えて、ここまでやって来た。
白い粉に頼った馬鹿な戦い方だって思うかもしれないけど、それでもみんなを守れたって自覚はあったし、俺だって少しずつでも成長できたんじゃないかって思ってたんだ。
でも、違った。
それは俺じゃなかった。
俺の中に居る、もう一人の俺が頑張ってくれてただけだったんだ。
そして俺は目を背けていただけ。
戦う事から逃げて、全部もう一人の俺に丸投げして、意識の奥底で目を逸らしていただけだったんだ。
そんな俺が、どんな顔して、あいつに会えばいいんだよ。
そんな俺がどの面下げて、あいつを助けに行けばいいんだよ……。
そんな資格、俺にはねーだろ……。
丸まって、目を背けながら、震えて戦いが終わるのを待つ。
そんな姿がお似合いの俺に。
戦わなきゃいけないのは分かってる。
向かい合わなきゃいけないのも分かってる。
でも、
『分かんねーんだよ……俺には。どうやって、あいつに会えばいいか……』
「アース……」
エリベルは俺に右手を差し出し、ぐっと拳を握った。
「歯ぁ食いしばれ!!!」
『おごぁっ!!?』
再びアッパーカット。
しかも、さっきよりもずっと痛い。
「アンタは本当に馬鹿ね!」
『エリベル……』
「アンタ自分で言ったでしょうが!アンタも、もう一人のアンタも!本質的には同じ自分だって!」
『あ、ああ……』
「だったら、それで十分でしょうが!」
『え?』
「十分だって言ったの!アンタが、もう一人のアンタを助ける理由は、会う理由はそれだけで十分だって言ったのよ!」
エリベルの視線は真っ直ぐに俺を見て離さない。
「私はもう一人のアンタから、全部聞いたわ。アンタが転生した理由も、あいつが転生した理由も。カディアスがどんな扱いを受けて、アンタの体に入ったのかも。何もかもね」
『だったら―――』
「でも、それが何?それでアンタが否定される理由がどこにあるっていうの?このダンジョンを作り、私達と出会い、今日まで過ごしてきたのは、紛れもなくアンタでしょうが!それを否定する事に何の意味があるっていうの?」
『でも、それは俺じゃなくて、もう一人の……』
「それでも、それがアンタ自身を否定していい理由になんてならない!」
『エリベル……』
うっすらと、叫ぶエリベルの眼尻には涙が溜まっていた。
そこで俺は気付いた。
「少なくとも、私は否定しない。私とアンタと過ごしてきた今日までの日々は嘘でも虚構でもなんでもない。紛れもない、アンタ自身の生きてきた証なの。それを否定することは、私が絶対に許さない!」
そうだ……今までを俺を否定することは、エリベルも、アンも、ぷるるも、眷属みんなを否定するって行為なんだ。
俺と過ごしてきた眷属の想いを踏みにじる行為。
……だから、エリベルは本気で怒ってるんだ。
『…………』
「だから、アース」
一歩、エリベルは俺に近づく。
そして、俺の胸に手を当てる。
いや、俺の方がデカいから、正確には腹の部分か。
「アンタの……もう一人のアンタを、助けてあげてよ……」
『エリベル……』
「アンタも、あいつも、どっちもいなきゃ駄目なのよ。どっちかが否定されていい存在じゃない。どっちもいなきゃ、アンタじゃないの」
『…………』
「馬鹿みたいに考えが浅くて、どうしようもなくのんびりとして、それでも悪くないと思える時間を過ごしてきたアンタも」
『…………』
「眷属の為に、自分を犠牲にして矢面に立って戦って、ボロボロになっても私達を助けてくれたアンタも……どっちもアンタなのよ。だから……お願いだからさ……」
絞り出すような声。
俯いたエリベルの表情は分からない。
「もう一人のアンタを……助けてよ」
一言だけ。
聞こえるかどうかの小さい声で、確かにエリベルはそう言った。
はっきりと、エリベルは、俺に“頼んだ”。
その一言が、その想いが、どれだけ重みがあるか。
俺には痛いほど理解できた。
『なあ、エリベル……』
「なによ?」
『なんで……お前はそこまでしてくれるんだ?』
どうしようもない俺を見限る事もせず。
奮い立たせようとしてくれるのは、どうしてだ?
「そんなの決まってるでしょうが」
にやっと笑って、彼女は答えた。
「―――眷属だからよ」
ああ、そうか。
なら、仕方ないよな。
やれやれ、我ながらなんてチョロい精神だ。
こんな事を言われただけで、心がこんなにも落ち着くなんて。
こんなにも、心が奮い立つなんて。
『……やれるだけ、やってみるしかないよな』
ポイッと。
俺は迷うことなく宝具ヴァジュラを口に放り込んだ。
ぼりぼりぼり……ごくん。
咀嚼し、飲み込む。
うん、あんま美味しくないな。
やっぱ食うなら、魔石が一番だ。
『ふぅー……』
腹の中に熱がこもる。
その熱が血管を通じて全身に行き渡る様な感覚に陥る。
―――ドクン。
―――『暴食』の効果が発動する。
「……イケるわね?」
『ああ』
大丈夫だ。
絶対に成功する自信がある。
全身に魔力を込め、俺は術式を起動する。
―――『聖域踏破』発動。
『ぐああああああああああああああああああああああああ!!!?』
凄まじい激痛が体を襲った。
メキメキと体が内側から塗り替えられていくような感覚。
手足が大きくなる。
体がどんどん成長してゆく。
『あがっ……ぐあああ……ォォォォオオオオオオオオォォオオオオオオオオ!!』
「思ったよりもサイズがデカいわね。アース、そのままフォード砂漠まで転送するわよ!良いわね」
『お、おぅ……ぉぉぉおおおおおおおおお!』
「効果は三十分よ!それまでに全部終わらせて帰ってきなさい!いいわね?」
『―――っ……おう!』
足元に転移の光が満ちる。
俺は決戦の地へと転移した。
転移をしてる最中にも、俺の体はどんどん変化していく。
体の内側からどんどん魔力が溢れてくる。
俺は成体の地龍を参考にして地龍型を作ったけど、それがどれだけイメージ不足だったのか、改めて思い知らされる。
本物の地龍は、成体の体は―――化物だ。
体感時間にしたら、一秒にも満たない僅かな時間。
だが、それが俺には、何年にも何十年にも感じられた。
変化が終わる。
身体を組み替えた俺の目の前にフォード沙漠の景色が広がった。
◇◆◇◆◇
「ふぅ……ようやく、向こうに往ったわね、あのバカ……」
そして、静かになった監視室でエリベルは頬杖をつきながら溜息をつく。
「本当に世話の焼ける主様ね……あのバカ“共”は……」
これだけ発破をかけてようやくの出陣だ。
全く実に面倒で手間のかかるやつだ。
それに、だ。
「もう片方のあのバカも分かり辛いのよ。出撃前に言ってた、『俺が戻ってきたらヴァジュラを渡してくれ』ってそう言う意味だったのね……」
そう、エリベルがヴァジュラを都合よく準備していたのは、偶然ではない。
もう一人のアースに言われ、あらかじめ準備していたからこそ、この土壇場でアースに手渡すことが出来たのだ。
最初エリベルは、カディアスやアジルとの戦闘の際の保険としての意味だと思っていたのだが、違った。
アレは最初から、もう片方の自分に渡すために準備させていたのだ。
「説明が足らないのよ、ばーか……」
本当に、そろいもそろって馬鹿どもだ。
まあ、根っこの部分が同じなのだから、仕方がないだろう。
帰ってきたら、もう一度お説教だとエリベルは心に誓った。
『質問、怒ッテイルノデスガ?』
そう思っていたら、ギジーからのアナウンスが響く。
「当たり前じゃないの」
『……重ネテ質問シマス。デハ、ナゼ表情ガ、ニヤケテイルノデスカ?』
「に、にやけてないわよ!適当な事言うんじゃないわよ、ギジー!」
『……今ノオ怒リハ、些カ理不尽ニ感ジマシタ』
「そ、それよりも、早く作業の方を終わらせるわよ」
『……了解』
◇◆◇◆◇
ズズンと音を立ててフォード沙漠へと着地する。
うん、かなりデカくなってるな俺の身体。
『よう、やっと来たか』
声のした方を見ると、そこにはもう一人の……いや、もう一匹の俺がいた。
ご対面である。
『よう、初めまして、俺』
ていうか、その体凄いね。
バチバチってすげー電撃迸ってるじゃん。
近づきたくないんだけど。
『ああ。まあ、俺は前からお前の事を知ってるけどな。色々話したいことはあるだろうけど……』
『ああ、戦いが終わった後にゆっくり聞くとするよ』
『だな』
意外と、会話に嫌悪感は無かった。
軽いやり取りをした後、前を向く。
そこには山よりも巨大な化け物が居た。
これが……皇獣アジルか。
デカいな。ホントにデカい……。
今の俺もかなり成長した筈なのに、それよりも何倍もデカい。
「……あれ?もしかして、アース君かい?」
声のした方を見ると、そこには大剣を携えた地味な女性が居た。
『レーナロイドか……?』
「うん、そうだよー。でも、出来れば愛称のレーナで呼んでほしいね。うんうん、なるほどね。そっちの君が言ってたのは、こういう事だったのか……」
頷きながらこちらへ近づいてくる。
「私が言うのもなんだけど、大丈夫なのかい?」
『何が?』
「そりゃもちろん、戦う事について」
『あー……怖いけど、まあ何とか』
そう言うと、レーナロイドはにんまりと笑った。
「そっかそっかー。どうやら、だいぶエリちゃんに発破をかけられたみたいだねぇー」
え?なんでそんなことまで分かるの?
俺そんな表情に出てる?
「見ればわかるよ。エリちゃんはホント優しいなぁー」
ニマニマと本当に機嫌が良さそうにほほ笑むレーナロイド。
なんか調子狂うな、このヒト。
「―――これで、揃ったのかい?」
そんな中、ビリビリと威圧感のある声がフォード沙漠に響いた。
声の主は目の前の巨大な化け物。
アジルだ。
『ああ、俺達でお前を止めてやるよ、アジル』
対して答えたのは、もう一人の俺。
実に堂々とした態度だ。
俺はもうびくびくなのに。
でも、まあ、やるしかないよな。
覚悟を決めろ、俺。
すぅーっと息を吸い、深呼吸。
よしっと。
気合おっけー。
準備もおっけー。
役者はそろった。
魔王と、三人の転生者が。
さあ、舞台の幕を引くとしよう。
最後の戦いだ。




