34.VS皇獣 宴ノ始リ
―――さあ、最後の戦いだ。
と、意気込んではみたものの、実を言うと俺は内心、ガッチガチに緊張していた。
うん、だってね……なにあれ、超怖いんですけど。
いや、地龍の俺も大概化物だけどさ。
目の前のコイツ程ではないと思うんだ。
皇獣アジル。
人間達の間では『魔王』と呼ばれた神災級の魔物。
見上げるその大きさは、全長数百メートルもあろうかという超規格外。
かつてユグル大森林に現れたジャイアント・リザードですらコイツの膝元にも及ばないだろう。
それぐらいにでかい。
呼吸をするたび、雲が吹き飛ぶ。
身体を動かすたび、大地が揺れる。
しかも、ただ大きいだけじゃない。
その容姿は『異常』の一言だ。
まず、七つの首がある。
蛇、獅子、狼、大鷲、馬、鹿、そして龍の七つ。
そのうち龍の首は何か聖龍に似てるな……。
長い胴体には翼が生え、熊の様な手があり、一本一本が巨大なビルかと思える足には昆虫にも似た節がある。背中には魚のようなヒレがあり、ヒョウの様なまだらな皮膚には、龍の鱗がびっしりと生えておりそこから続く尻尾は蛇の様であり、先端が二つに分かれていた。とにかくなんと形容していいのか分からないほどごちゃごちゃした見た目なのだ。
強いて言うなら―――合成獣とでも言えばいいのか?
様々な生物を足して、混ぜて、掛け合わせればこんな見た目になるのではないか?
そんな感想を抱くほどの異常な容姿。
地龍である俺をもってしても、『化け物』としか言いようがなかった。
…………うん、怖い。
とにかく怖い。
今すぐ帰りたいくらいに怖い。
感じる魔力もすさまじい。
間違いなく今まで俺が出会った魔物の中ではダントツ。
魔力量に関しては、もしかしたらあの死龍ウロヌスよりも上かもしれない。
うわぁ、これヤバいわ。
あれだけ啖呵きって、地上に出てきたのに、もう心が折れそうになっていた。
あ、ていうか、ココ外だわ。
外だよ。
そう思うと増々帰りたくなってきた。
どうしよう、やばい。気持ち悪い。
お腹痛い。吐きそう。
やっぱ外怖いわ。
ぐるぐると思考がおかしくなっていく。
『おい、相棒、どうした?』
と、不意に声をかけられた。
ていうか―――。
『相棒?』
『ああ、“俺”って言い方もなんかおかしいだろ?だったら、とりあえず相棒で良いかなと思ってよ』
『ああ、そういう……』
なんというか、凄い妙な気分。
相棒……相棒か。懐かしい響きだ。
あのドラマ好きだったなぁ……。
「ふぅん、呼び方か。確かにどっちもアース君だけど、それじゃあ分かり辛いね。じゃあ、地龍ゴーレムに移ってる君の方は、カディアース君なんてどうだい?」
反対側から、レーナロイドがそんな事を言って来る。
カディアスを取り込んだからカディアースね。……なんて安直な。
だが、レーナロイドは会心の出来だみたいなドヤ顔をしている。
非常にウザい。
『『なんか長い』』
感想が綺麗にハモッた。
流石、俺。
「ぐはぁっ!」
レーナロイドが吐血した……ような幻想が見えた。
「えっ、い、意外と良いかなって思ったんだけど……。まあ、いいさ。呼び名なんて後でいくらでも考えればいい。……生きて、ダンジョンへ戻ってからね」
そう言ってレーナロイドは再び正面を向く。
その顔はもうに笑っていなかった。
俺も前を向く。
アジルの首の一つ、龍の首が口を開いた。
―――ブレスだ。
アジルの口から極大の魔力の塊が発射される。
レーナロイドが前に出た。
そして、龍剣アスカロンを水平に掲げる。
「―――“氷天障壁”」
瞬間、レーナロイドの前方に直径数キロほどの氷の壁が出現する。
一瞬氷山が砂漠に現れたのかとも思った。
ブレスが激突し、氷が解け、砕け、水蒸気が発生する。
だが、ブレスの衝撃は来なかった。
今しがたの氷山が全て防いだのだ。
衝撃波や水蒸気が来ないのも、レーナロイドの仕業だろうか?
「ほら、ぼけっとしない!来るよ!」
そこ叫び声で現実に戻される。
見れば、アジルの体がゆっくりと動き始めていた。
距離は目算で数十キロは離れている筈だが、それが見る見るうちに縮まってゆく。
巨体故に、一歩で何百メートルも移動できてしまうんだろう。
まるで山が移動しているようだ。
いや、山よりも大きいか……って、そんな場合じゃない!
『相棒!武装化だ!速度特化!右へ避けろ!急げ!』
頭に響く俺と同じ声。
それがもう一人の俺の声だと気付く前に、俺は武装化を発動させていた。
強化された脚力で思いっきり砂漠を蹴る。
弾丸の様な速度で俺は右に逸れた。
次の瞬間、その場所にはアジルが居た。
慣性の法則に従って、アジルが動きを止める。
すると砂漠が津波の様にうねり、周囲を飲み込んでゆく。
地形が次々に変ってゆく。
……ここが砂漠でホント良かった。
もし森や草原だったら、間違いなく生き物が住めない場所になってた。
だが、うちの中層ダンジョンも無事ではすまないだろう。
ここのエリアは諦めるしかないな……。
『相棒、ブレスだ!』
声が届く。
アジルに遮られて見えないが、もう一人の俺は俺とは逆方向に避けたらしい。
魔力感知を発動。
タイミングを合わせ、アジルの横っ腹に両サイドからブレスをたたき込む。
『『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』』
俺ともう一人の俺は、同時にブレスを発射する。
成体となった俺のブレスは、以前とは比べ物にならない程の威力を誇っていた。
そして、もう一人の俺のブレスの威力も負けてはいない。
単純な魔力の塊ではなく、雷撃が付随した破壊の光槍。
その二つがアジルへと放たれる。
アジルは避けなかった。
直撃する。
ズドォォォォォオオオオオン!!
爆発が起こる。
余波で再び砂塵が高く上がり、視界が塞がれる。
即座に魔力感知を発動。
視界ではなく、魔力によって状況を把握する。
『やった……訳ないよなぁ……』
凄まじい威力だったとはいえ、アジルの魔力は今もビンビン感じる。
効いてないのか、それとも多少の手傷くらいは与えられたのか……。
砂塵が晴れる。
そこには、無傷のアジルが居た。
『予想通りとはいえ、きついなー……』
傷らしい傷も付いちゃいない。
いや、よく見れば半透明の障壁の様な物が展開されている。
防御用の魔術か。あれで防いだのか。
七つある首の内の首の一つがこちらを見ている。
更にもう一つの首は反対側を。
『アレが厄介なんだよね、アジルは』
レーナロイドの声が頭に響いた。
どこにいるかと思えば、飛行魔術で、アジルの周りを飛び回っているみたいだ。
『アジルの首は一つ一つが独立して動く事が出来るんだ。それぞれの首が独立した魔術を使う事が出来る。それでいて視覚を共有してるから、互いの死角をカバー出来る。厄介極まりないよね』
吐き捨てる様にレーナロイドは言う。
そりゃ本当に厄介だな。
資料によれば、アジルはエリベル以外では唯一魔術を霊王級まで使える筈だ。
首の一つ一つが独立して動いているなら、アジルは単純に霊王級の魔術を七つ同時に扱う事が出来るって事になる。消費する魔力も半端ないだろうが、アジルの魔力量からすれば、問題はないだろう。
『でも、今はまだ様子見……だろうね。首も全部動いていちゃいない。私に一つ、アース君に一つ、カディアース君に一つだけで対応してる。もし、アジルが本気なれば、単純に今よりも戦力が二倍になるって事だね』
意地でもそのカディアースって呼び名定着させるつもりかお前。
ていうか、怖い。
手ェ抜いてこの強さって、アジル超怖い。
『つまり、叩くなら今の内って事か』
俺がブルってると、もう一人の俺が言う。
強気だね。
凄いね、もう一人の俺。
『そうだね。そもそも、私達には短期決戦しか道はないよ。持久戦に持ち込んでアジルの聖域踏破の効果が切れるのを待ちたいところだけど―――そうなる前に、『アレ』が発動するだろうね』
『アレ?』
『夜空に浮かぶあの魔術陣だよ』
そう言われて上を見上げれば、暗い夜空を埋め尽くさんばかりの超巨大な魔術陣が展開していた。
圧巻と言うほかにない光景。
『アレがどんな効果を持つかは知らない。けど、多分、アレが発動すればその瞬間に、私達の敗北は決定するだろうね。それぐらい……アレは規格外で危険な代物だ』
そう言うレーナロイドの声は震えていた。
そこには怯えや恐怖と言った感情の他に、焦燥感の様なものが混じっている。
きっと彼女の本能が告げているのだろう。
アレはマズイと。
『確かに……アレは何か嫌な気配がするな』
もう一人の俺も、レーナロイドに賛同する。
その声にも恐れが含まれていた。
でも、なぜだろうか?
俺には、夜空に浮かぶあの魔術陣がそこまで恐ろしいものに見えなかった。
あの魔術陣から感じるのはどちらかと言えば―――。
『おい、相棒、ボケっとすんな!』
『おっと!』
もう一人の俺から声を受けて、ようやく俺はアジルの首の一つが自分に迫っている事に気付いた。
鹿のような首が、口を開けて俺の方へ迫っていたのだ。
ろくろ首みたいに首が伸びてる!
何アレ、超不気味!超怖い!
『ヒィィィイイイイイ!?』
俺は情けない声を上げながら後退する。
先程まで俺がいた場所をシカの首が通過する。
あぶねぇ……。もう一人の俺に声かけられてなかったら、今頃喰われてた……。
「……」
外した事に気付いたのか、鹿の首がこちらを向く。
やだ、怖い。
俺はさらに後退する。
すると、鹿の首は思いっきり頭を横に振った。
側頭部についた巨大な二本の角によって、再び砂の津波が生まれる。
圧倒的な質量を伴った津波は俺を飲み込まんと迫って来て―――。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
俺は全力でブレスを放った。
砂の津波に穴が開く。
そこから、ぬぅっと巨大なシカの顔が姿を現した。
その目が怪しく光る。
『な、なんだ!?』
凄まじい閃光。
そして、鹿の目からビームが放たれた。
ビームである。
極太の光線が俺に迫ってきた!
『何でシカがビームなんて撃てるんだよ!?』
答え。魔物だから。
うん、畜生がー!
『炎の付随属性光魔術の応用だね。熱を収束させて放つ光線だ。多分、威力としては法王級くらいじゃないかなぁ』
レーナロイドが冷静に攻撃を分析する。
そんな冷静な分析いらんわ!
法王級っていうと、ヘレブの『火具羅』並みか。
ほとんど反射で、俺はビームを避ける。
すぐ横をビームが通過した。
はるか後方で爆発が起こった。
うぉぉ、トレスの放つ『獄炎歌葬』の何倍も威力があるな……。
と思ったら、再びシカの眼が怪しく光る。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!
―――くる!
『ガアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ビームが発射されると同時に、俺は反射的に前方の砂漠目掛けてブレスを発射した。
即席の砂の壁が出来上がる。
無論この程度で、防げるなんて思っちゃいない。
だが、軌道は逸れる。
砂の壁を抜けたビームは俺から大きくそれた。
ふぅ……危なかった。
ていうか、アレ連射できるのか……。
災害級の魔物の切り札が通常攻撃っておかしいだろ。
マジでこの世界のパワーバランスどうなってんだよ……。
ともかくもう一度距離を取る。
すると、もう一人の俺とレーナロイドの姿が見えた。
それぞれ獅子のような首、大鷲のような首と戦っている様だ。
今のところは大丈夫そうだけど、他の首が動き出せばすぐにでも、劣勢に追い込まれるだろう。
そんな風に考えながら構えていると、
「……君、なかなか面白い戦い方をするな」
シカのような首が口を開いた。
え?これって俺に話しかけてるんだよな?
「大胆な戦い方をするかと思えば、怯えて僕から逃げ惑う。かと思えば、他の首と戦ってる二人を気にするように戦局を冷静に俯瞰している。君の戦い方はまるでちぐはぐだよ。一貫性が無い。それに、君の戦い方には、信念や矜持と言ったモノが一切感じられない。にも拘らず、君の強さは本物だ……本当にわからない」
褒められるのか貶されてるのか、どっちやねん。
「……分からないな。なぜ、こんな奴の為に、ギブルは禁術を使ったんだ?そんなにも彼との―――ゼパルとの子が大事だと言うのか?本当に彼女は過去に囚われているな……。いや、僕にそれを言う資格はないか……」
……今、なんて言った?
ギブル……ゼパル?
―――る。
不意にどこかの光景が浮かぶ。
小さな龍の赤子が大きな龍によって掲げられている。
……泣いてる?
これは、なんだ―――……?
―――ズキン、と。
再び頭痛がした。
『あがっ……ああああああああああああ!』
なんだ?なんだ、これ!?
激しい痛みが俺を襲う。
『おい、相棒!しっかりしろ!』
再び俺を呼ぶ声。
はっと我に返る。
いかんいかん。意識が飛びそうになった。
痛みは収まっていた。
……なんだ、今のは?
『戦闘中だぞ!気ぃ抜くんじゃねぇよ!死ぬぞ!』
獅子のような首を相手にしながら、もう一人の俺は必死に檄を飛ばす。
ああ、そうだ。すまん。
今は目の前の事に集中しないと。
再び魔力を脚部に集中し、全速力で逃げる。
すると、シカの首が追いかけてきた。
でも何とか、逃げれてる。
首の伸びる速度よりも、俺が逃げるスピードの方が僅かに速い。
でも、どうする?
俺は逃げながら考える。
ブレスは弾かれる。
かといって、あの巨体に接近戦を持ち込んでも勝ち目なんてない。
死龍の時と違って、天爪や天翼と言った能力も無い。
……あれ?もしかしなくても、ヤバくないかこの状況?
はっきり言って詰んでる。
そもそもブレスが防がれた時点で、終わってるんだよなぁ。
なにせ、こっちの最大攻撃手段なんだから。
…………今からでも逃げれないかな?
一瞬、そんな考えがよぎった。いや、流石にダメだよな。
とりあえず、アレだな。
…………エリベルさんにご意見を窺おう。
うん、それがいい。
え?
かっこ悪い?
ダンジョン出るときのあの啖呵は何だったのかって?
はは、知りませんね、そんなもの。
ていうか、三対一でこんだけ戦力差があるっておかしいでしょ。
相手が強すぎるんだよ。
ジュッ!!
うぉっと!ビーム!ビームが掠った!
危ねぇッ!
という訳で、俺は早速ダンジョンへ向けて思念通話を飛ばした。
さあ、我らが賢者様の御意見を窺おう!
『なんか、私達と彼の温度差ひどくないかい?』
『何かすんません。うちの相棒がアレで……』
ちなみに、アース(成体)とアジルの大きさの対比としては
普通の巨人と超大型巨人位の差があります。




