31.魔女VS天龍
「嘘だ……」
攻撃する手を止め、カディアスはかすれるような声で言った。
焦燥と混乱がカディアスの顔には、ありありと浮かんでいる。
『嘘じゃない、全部本当だ』
「そんな訳……ない……」
語尾が弱々しい。
否定はしているが、直感で分かってしまうのだろう。
俺が嘘を言っていない事を。
俯くカディアスの表情は分からない。
だが、彼はぽつりと呟くように口を開いた。
「……俺には記憶が無かった」
『は?』
「気が付いたら、この世界に居た……」
『そうか』
「自分の名前と、ここじゃないどこか別の世界から来たという事は覚えていた……」
『それはお前の記憶じゃない。俺の……人間だった俺の記憶の残滓だ』
俺の人間の体に残った僅かな記憶のかけら。
それをカディアスは自分の記憶だと勘違いしたのだろう。
それを信じて、いつか自分の世界の同郷に会えると信じて、彼は今まで頑張ってきたのだろう。
だが、それが今、根元から崩れた。
カディアスはこの世界の人間だった。
ただ、素養があったためにギブルに利用され、勇者として力を与えられた。
そして、成長し強くなった力と記憶、経験は根こそぎ奪い取られ、死産したギブルの子の魂―――すなわち、“俺”の強化に使われた。
元人間の俺の魂も、地龍である俺の魂を覆う膜としての役割を押し付けられて、この世界に転生した。
そして、残ったカディアスの空っぽの魂は、同じくからっぽになった俺の人間の体に入り、この世界に転生した。
それが俺とカディアスの真実。
そう考えるとカディアスは本当に哀れだ。
ギブルの実験の為に、星脈の力を与えられて勇者として利用されて。
勇者として魔王を討伐した後は、その力と記憶を奪われて俺の魂の強化に利用されて。
抜け殻となって足掻いて、仲間を手に入れても、その仲間もみんな死んで。
どこまでも、どこまでも―――。
しかし、そう考えると、普段の俺って案外図太いのな。
あれはあれで凄い。
「違う……違う……じゃあ、俺は何の為に……?スイレンは……ラウは何のために死んだ……?俺は、僕は……ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
『っ!?』
ズガァァァァァン!!!
叫びと共にカディアスの身体から雷が発生した。
雷は瞬く間に広がり、周りの壁や床を無差別に破壊してゆく。
『やっぱ、こうなったか……』
事の真相を離せば、カディアスが暴走することは分かっていた。
でも、話さなければいけなかった。
そうしなければ、“先”に進めない。
なぜなら、俺の―――いや、“俺達”の本当の狙いはここからだからだ。
『さて、それじゃあ、始めるとするか』
意識を集中する。
精神を研ぎ澄ませ、全身武装化を発動。
身体が組み変わってゆく。
現実時間ではコンマ一秒にも満たない僅かな時間。
全身武装化が完了する。
……よし、やるか。
前を見据える。
そこには全身雷の塊と化したカディアスの姿があった。
俺は暴走したカディアスを止めるべく、走り出した。
◇◆◇◆◇
第八エリアにて―――。
天龍ヤムゥと魔女レーナロイドの戦いは激しさを増していた。
互いに一歩も譲らぬ魔術の応酬。
「“天爪”!!!」
そう叫ぶヤムゥの背中から飛び出したのは光の爪。
それも一本ではなく何十、何百と言う光の爪がレーナロイドへと襲い掛かる。
対するレーナロイドも負けてはいない。
「“戦神の風剣”」
発生するは巨大な風の刃。
それはかつてある死人が切り札として使った風魔術。
光の爪と風の刃が激突し、相殺される。
「ハッ!俺を止めると、息巻いた割には防戦一方じゃねぇか!ええ、魔女よ?」
「そのあだ名は止めてほしいなぁ。出来れば愛称のレーナと呼んでほしいんだけど。あとちゃん付けも可だよ?」
「ハッ、貴様なんぞ、魔女で十分だろうが!」
億を超える氷の礫がヤムゥの周囲に展開される。
それが一斉に、レーナロイドへ向けて発射される。
防御魔術を展開しつつ、レーナロイドは氷の礫を器用に避ける。
「そう言えば、君とも長い付き合いだけど、こうしてまともに戦ったのは初めてだよね?」
「そうだったか?」
即座にレーナロイドは攻撃術師を展開。
無数の炎が、ヤムゥに向けて放たれる。
だが、それらはヤムゥは手をかざしただけで霧散した。
よく見れば、彼の周りに白い雪の結晶の様な物が無数に浮かんでいる。
「ホント、反則だよね、その能力。地上やダンジョン、空、どんな場所でも君は十全に力を発揮できるんだから。羨ましいよ」
ヤムゥの―――天龍の持つ固有術式『万天』。
天候や自然に干渉し、それに付随する様々な事象を魔術として発動することが出来る能力。
雨に干渉すれば、それは全てを飲み込む濁流に。
雪に干渉すれば、それは全てを破壊する氷の礫に。
風に干渉すれば、全てを風化させる滅びの息吹に。
まさしく万能とも呼ぶに等しい能力。
「はっ、会話をして意識を逸らそうとしても無駄な事だぞ?―――狙いはこっちだろうが」
ヤムゥはパチンと指を鳴らす。
すると、彼の背後に巨大な水の棘が発生した。
「ぐあっ!?」
「ござ……ッ!?」
それは彼の背後に迫っていたロブンとラセツへと突き刺さる。
「ふん、奇襲を仕掛けたいんなら、せめてもう少し地力を上げるんだな」
そのまま水の棘を発射し、彼らを壁に叩きつけた。
「うわぁー……ヤムゥ、君さあもう少し油断とか、慢心とかしないの?どう見たって、君ってそう言うキャラじゃん……」
気配も魔力も完全に遮断していた筈だ。
意識だって、十分にレーナロイドの方へ向けていた筈だ。
にも拘らず、奇襲は成功しなかった。
ヤムゥは油断などしていなかった。
「テメェ相手に油断する奴が居たら、それこそ、そいつは余程の大馬鹿野郎だろうよ」
ヤムゥはレーナロイドを侮ったりしない。
そんな甘い相手でない事を知っているからだ。
実力もさることながら、その頭脳も彼の知る中でも間違いなくトップクラス。
コミュ症でぼっちである事を除けば、ほぼ完璧と言っていい人物だ。
「そうかい。もしかして私って、意外と高評価なのかな?」
レーナロイドはちょっと照れつつ、魔術を放つ。
照れる場面じゃないと、ヤムゥはちょっとイラっとした。
「でも、それなら尚の事、疑問があるんだけどね」
「何がだ?」
「彼らが―――アース君の眷属達が死んでない事だよ」
「―――」
ピクリと。
一瞬だけ、ヤムゥの表情が変わった。
が、それは本当に一瞬。
すぐさまヤムゥはレーナロイドに向け“千群氷柱”を放つ。
「君が本当にその気なら、そこに居る彼らは、とっくに死んでてもおかしくない筈なんだけどね?」
ヤムゥの放った億に近い氷の礫を躱しつつ、レーナロイドはヤムゥへと問いかける。
その視線は、先程の攻撃で倒れた二人。
ラセツとロブンに向けられている。
傷は深い。だが、彼らは死んではいなかった。
他の眷属達も同様だ。傷は深いが、死んでる者は居ない。
塵になったスケルトン軍団ですら、その“核”だけは残されていた。
「はっ!確かに予想以上にしぶとい奴らだな。存外、羽虫の様に気軽に叩き潰す様にはいかなかったようだな」
凶悪な笑みと共に、ヤムゥは“天爪”をレーナロイドに向けて振り下ろす。
その攻撃が、レーナロイドには感情の誤魔化しのように感じられた。
その証拠に、
「ホントにそうかな?」
スパン!と小気味の良い音と共に、ヤムゥの“天爪”が切断された。
いつの間にか、その手には身の丈ほどの巨大な剣が握られていた。
「―――本当は、殺したくなかったんじゃないのかい?」
その切先をヤムゥに向ける。
「―――」
それは彼女の騎士ルギオスがもっていた愛剣。
―――龍剣アスカロンだ。
先程まで持っていなかったところを見ると、転送魔術でも使ったのだろう。
「ヤムゥ、さっきも言っただろう?君は自分が思ってるよりも、ずっとずっと優しいんだよ」
「ハッ、戯言を抜かしやがる!そんなものは俺様のただの気紛れにすぎん!」
今度はヤムゥの両肩から巨大な水柱が発生する。
轟々と唸りを上げて襲い掛かる水の龍。
だが、それをレーナロイドはあっさりと躱した。
「動揺してるね?」
レーナロイドの眼が光る。
そのものの本質を、“魂”を見通す眼が、ヤムゥを射抜く。
「何を……」
「私が向こうのダンジョンに居ながら、バァル君を置いてきたこともそうだよ。どこかで期待してたんじゃないのかい?私が彼をここに連れて来る事を。だからこそ、君は迷ってるんだ。アジルと共に、星脈やアース君を滅ぼすのではなく、別の道は無いのかと―――」
「だ、黙れ!!」
ヤムゥの周囲に竜巻が発生する。
水と氷の混じったその竜巻は、レーナロイドを近づけまいとするように荒々しく襲い掛かった。
だが、彼女は引かなかった。
「魔術に迷いが現れてるよ」
むしろ荒れ狂う竜巻の中を一直線に突き進み、これを突破した。
渦の中心にいるヤムゥの視界に、傷だらけになりながらも笑みを浮かべるレーナロイドの姿が映し出される。
「―――っ!」
その思い切った行動にヤムゥは目を疑ったが、対応は早かった。
即座に“天爪”を展開し、レーナロイドに向けて放つ。
だが、レーナロイドはまたしても“避けなかった”。
腕や足、首や頬が切り裂かれても、勢いを止めず、接近してきたのだ。
「なっ!?」
その行動にヤムゥの体は一瞬硬直する。
「ほら、動揺した」
それが、彼の明暗を分けた。
レーナロイドが薄く笑う。
ヤムゥに肉薄し、手に持った龍剣アスカロンを構える。
(―――マズイ!)
ヤムゥの表情に焦りが浮かぶ。
龍剣アスカロン。
その効果は知っている。
だからこそ、この一撃は絶対に喰らってはいけない!
「―――“龍剣アスカロン”」
レーナロイドは言う。
「君だって知ってよね?これは、ノアード家に伝わる“龍殺し”を、人工的に再現した大剣だ」
龍殺し。
それはノアード家の血筋にのみ現れる固有術式。
その効果は、龍の魂を己の身に封印し、その力を意のままに引き出すというモノ。
そして、龍剣アスカロンはその能力を人工的に再現した魔剣だ。
「でも性能はこっちの方が上だよ。なにせ、龍剣アスカロンは“龍殺し”の源流―――地龍の“暴食”を真似て造られてるんだからね!」
「レーナッッ!!」
ヤムゥが叫ぶ。
翼を羽ばたかせ、後退する。
だが、少しだけレーナロイドの方が早かった。
より深く、ヤムゥの懐へと潜り込む。
「と言っても、真の龍王種足る君じゃあ、せいぜい数時間封じ込めるのが限界だろうね。それでも―――十分だ!」
ズンッ!と。
レーナロイドの持つ龍剣アスカロンが、ヤムゥの胸を貫く。
「あ……ぐっ……―――めろ……ッ!」
「……ごめんね、ヤムゥ。でも約束するよ。私は違う結末を……いや、違うか。“私達”が違う結末を、君たちに見せてあげるよ」
レーナロイドが優しくほほ笑み、
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヤムゥが絶叫する。
アスカロンが光る。
“龍殺し”が発動する。
ヤムゥの魂がアスカロンへと封じ込まれた。
静寂が満ちる。
あまりにもあっさりと、勝負はついた。
「ふぅー……」
ぺたんと、レーナロイドはその場に座り込む。
血を流し過ぎたが、それ以上に精神的にヤバい。
めっちゃ疲れた。
「ホント、素直じゃないなぁ……」
地面に突き立てたアスカロンを眺めつつ、レーナロイドは呟く。
「そもそもこんな封印、君が“覚醒”してれば、通じる筈も無かったのに」
本来ならば、こんな勝負、彼女に勝ち目など無かったのだ。
ヤムゥはギブルやウロヌスと同じく、その力を覚醒させた『真の龍王種』だ。
いくらレーナロイドが強いと言っても、あくまでそれは“人”としての強さ。
真の龍には遠く及ぶべくもない。
だが、結果として彼女は勝った。
レーナロイドに封印される直前まで、ヤムゥはその“力”を一切、使わないでくれた。
いや、それどこか、本来の彼の姿にすらならなかった。
―――テメェ相手に油断する奴が居たら、それこそ、そいつは大馬鹿野郎だろうよ。
その言葉を思い出す。
(それじゃあ、君は大馬鹿野郎第一号だよ……)
でも、こうでもしなければ、ヤムゥは止まってくれなかったのだろう。
“わざと”油断してくれた彼女の友達へ向け、レーナロイドは心の中でそう呟いた。
どこかで期待していたのだろう。誰かが、自分を止めてくれることを。
「さて、いつまでもこうしちゃいられないね。ヤムゥが封印されてる間にケリを着けないと……」
上を見上げる。
先程までの戦闘によって、このダンジョンは地上まで吹き抜けになっていた。
見上げた空には無数の巨大な魔術陣が浮かんでいる。
そして、その視界の端。
そこには、巨大な獣が見えた。
「……今いくよ、アジル」
身体を引きずりながら、彼女は皇獣の元へと向かった。
そして、ピキッと。
彼女の持つ大剣に、一筋のヒビが入った。
ちなみに現在の戦況
第二エリアフォード沙漠 戦闘中
“嚇牛”クシャスラVSザハーク
アジル(力溜め中)
第八エリア 決着
レーナロイド移動中 天龍ヤムゥ(封印中)
ラセツ、ロブン、オーテル、リュング、ぷるる、ゴンゾー負傷
第六エリア 戦闘中
アース(仮)VS勇者カディアス
深層監視室
エリベル 襲撃されてピンチ
エルジャ 療養中
アン ヘレブと共に移動中




