21.VS魔王軍 その二
第二エリアフォード沙漠にて―――。
アンとスプンタは、互いに一歩も引かず激戦を繰り広げていた。
「これ程の使い手と見えようとは!実に結構っ!!」
二人の剣が交錯する度に、激しく砂塵が舞い、剣圧が周りの空気を震わせる。
実力的には、スプンタの方が上だった。
剣の威力も、速度も、経験も、スプンタは一部の隙もない程に完成された戦士だった。
近接特化。
大規模殲滅系の魔術を持たない代わりに、近接――特に剣術において、スプンタはアンよりも遥かに勝っていた。
魔力によって切れ味を増したその剣は、アースの武装化した鎧すら切断する程の斬撃を誇る。
だが、対するアンも負けてはいない。
アンの武装は魔術を無効化する魔剣リディルと青鎧だ。
これを部分的に展開することで、アンはスプンタの猛攻をしのいでいた。
全身を武装化すれば、その分、精神力を大きく消耗する。対して、部分展開は全身に比べ燃費が遥かにいいのだ。それも要所要所で、瞬間的に展開すればその効率性は高まる。
習得には苦労したが、ラセツとの戦闘訓練が役に立った。
剣と剣が重なる瞬間、相手の剣が自分の体をかすめる瞬間、その一瞬、一瞬でアンは青鎧を展開する。今までの強敵との死闘、眷属達との戦いが、アンに予知の如き先見を可能にしたのだ。
「素晴らしい反応速度ですな……。私と剣でこれ程までに戦えるものが居るとは」
その反応速度は、スプンタをもってしても驚嘆に値した。
対するアンも、冷静に相手の戦力を分析する。
(近接特化の戦士……感じる魔力は災害級……いえ、おそらくは厄災級でしょうか……?厄介なっ……)
流石は隊長格と言うべきか。
凄まじい強さだ。
自分がこうして抑えていなければ、コイツは蟻の群れを強引に突破して、単騎でこのエリアを突破していたかもしれない。
―――出し惜しみはすべきではない。
『―――出番です』
アンがそう言うと、呼びかけに答える様に砂が脈動した。
「ぬ……?」
スプンタの怪訝そうな声。
砂の一部が盛り上がり、それはやがて巨大なゴーレムへと変化する。
「砂のゴーレムか……」
『誰も、一対一で戦うとは一言も言ってませんよ?』
ここはダンジョンの外だが、今はその魔力が外へと漏れている。
その魔力を使い、ギジーが遠隔操作で作り上げたのだ。
十メートルを超える砂の巨人がスプンタ目掛け、腕を振りあげる。
「下らんな」
対してスプンタは軽く剣を振るう。
砂ゴーレムの腕が、簡単に切り裂かれ、ただの砂へと還った。
それでも片腕を失っても、砂ゴーレムはお構いなしに、スプンタへ突撃する。
元々が砂だ。文字通り痛くもかゆくもないのだろう。
「この程度のゴーレムが何だというのだ?話にならん」
一閃。
砂ゴーレムは斬り裂かれ、砂へと還った。
先程までの見事な死闘を思い出し、落胆する。なんという、つまらない小細工か。
「時間稼ぎのつもりか?この程度のゴーレム、いくら作ろうとも―――っ!?」
そう言って後ろを向いた瞬間、スプンタの顔色が変わる。
そこには、何十、何百と言う砂ゴーレムが居た。
いや、それだけならば、彼の顔色はなんら変わらなかっただろう。
問題は別の所にあった。
「た、隊長おおおおおお!」「くそう!」「あがっ!がああああああああ!」
「す、砂が!?くそ!抜け出せ――」「身動きがとれな……」「ぐあああああああああ」
砂ゴーレムの体に、彼の部下、そして黒蟻達の姿があったのだ。
なんと砂ゴーレム達は周囲の魔物や蟻達を巻き込み、その体を形成しているではないか。
無論、彼の部隊とて、砂ゴーレムに飲み込まれる程弱くはない。
だが大量の黒蟻に群がられ、抵抗しようとしている内に、成す術なく彼の部下は次々と砂ゴーレムへと取り込まれていったのだ。逃げ出そうとするも、砂と黒蟻達が絡みつき、ずぶずぶとゴーレム中へと沈んでゆく。
そして、完全に取り込まれたのを見計らって、砂の中から黒蟻達だけが悠々と抜け出してくる。ボタボタと、まるで体についた雫が落ちる様に黒蟻達は砂ゴーレムを抜け出す。味方なのだから当然だ。そして、黒蟻達は、再び魔王軍へと群がってゆく。
「攻撃の手を緩めるな!こいつら、犠牲を厭わず突っ込んできやがる!」
「くそっ!こいつら、仲間の死体を盾にして!?」
「何匹いるんだ……っ!殺しても、殺しても全然数が減らねぇ」
群がる途中で、何十、何百と言う黒蟻達が犠牲になるが、彼らは構わず突撃する。
なぜなら、彼らは“群れ”であり、“個”の犠牲など関係ない。厳格化された歯車の一部であり、代替可能な存在であり、そして群れとしての勝利こそが、彼らにとっての勝利だからだ。
そして、魔王軍を生きたまま飲み込んだ砂ゴーレムは、スプンタ、残存部隊へと襲い掛かる。
それでも、スプンタは正確に砂だけを切り裂き、同胞を救出できるが、他の者はそうはいかない。同胞の犠牲を覚悟で砂ゴーレムを破壊する者、迷い躊躇しそのまま砂ゴーレムに取り込まれる者、反応は様々だが、その数は確実に減っていった。
「き、貴様ら……っ!」
『まさか、卑怯とは言いませんよね?それを口にする資格があるとでも?』
砂ゴーレムに気を取られているスプンタの背後からの奇襲。
だが、
「甘いわッ!!」
それでも、スプンタはこれに反応し、防御する。
「この程度の奇襲で―――」
『何が“この程度”で、終わるとでも?』
更に砂の中から、何かが勢いよく飛び出す。
それは次世代の女王種達だ。
『『『斬撃強度最大拡張!!』』』
アンより生まれた次世代の女王種。
そして、アースの鍛えた劣化版聖剣レヴァーティンと劣化版龍剣アスカロン、地龍のマント、地龍の鱗鎧を装備している。
一体一体の力は、王級上位に匹敵するだろう。
それが、三体、スプンタを取り囲む様に砂から飛び出したのだ。
「女王種か!?それも、これ程の数がっ……!」
四方からの同時攻撃。
更に、アンの大剣と武装が自分に触れている。これでは魔術を使えない。
絶体絶命。
「舐め―――るなああああああああああああああ!!!!」
だが、スプンタは、アンの大剣を身体能力のみで強引に弾き返し、同時にすぐ横に迫っていた女王種の剣を腕で捌いた。勢いそのままに、カウンターで掌底を喰らわせ、反対方向から迫る女王種に回し蹴りを喰らわせる。
そして、最後に迫っていた女王種を武装ごと斬り付ける。
まさか、剣や鎧ごと斬られるとは予想していなかったのか、女王種は一瞬動揺するが、すぐさま後退し、なんとか致命傷は避けた。
『まさか、今のを防ぎきるなんて……』
今のを防がれるのは予想外だったのか、アンも驚きの声を上げる。
「ハァ…ハァ……言った筈だ。この程度の奇襲で、仕留められると思うなと!」
凄まじい気迫でもって、スプンタは四体のインペリアル・アントを睥睨する。
他の女王種達は怯むが、アンは違った。
『そうですか……では、最後の一人として、存分に抗って下さい』
一瞬、スプンタは何を言われたのか分からなかった。
が、すぐに理解した。
仲間の―――同胞の気配が、無い。
周囲を見る。
そこには、おびただしい程の黒蟻の死体、そして同胞の亡骸が転がっていた。
「なんだと……?」
そう。既に、自分以外、すべての同胞が、死ぬか、砂ゴーレムに取り込まれていたのだ。
信じられないような光景に、スプンタは愕然とする。
一体、いつの間に―――。
『我々との勝負に気を取られ過ぎましたね。ですが、成程。流石、魔王軍の精鋭。その言葉に、嘘偽りはないのでしょう』
二百五十人もいた魔王軍第一部隊は、いまや彼一人となっていた。
その奮戦に敬意をもって、アンは告げる。
『―――二万二千十二匹』
「は?」
一体、何の数字だ?
『子蟻達の死んだ数です。我々も、貴方達の力を見くびっていた。貴方達は強い。故に、これ程の犠牲を強いてしまった……』
彼らは強かった。
文字通り、百人力と言っていいだろう。
彼ら二百人を仕留めるのに、アン達は百倍近い犠牲を払ったのだ。
胸が痛まない訳などない。
彼らは皆アンの子であり、眷属なのだから。
「それで?……私一人になれば、降伏するとでも思ったか?……する筈が無かろう。私はたとえ一人になっても戦い、貴様らを殲滅する」
部隊の全滅という動揺も、スプンタにとっては一瞬でしかない。
成程、確かに劣勢かもしれない。
だが、勝機は十分にあるのだ。
砂ゴーレムは健在だが、スプンタにとっては、デカい的でしかない。
黒蟻達も、その数を減らし、その殆どが死に体。
アンや女王種の動きやパターンすでに見切った。
ならば―――。
『―――では、我々も最後まで手を抜かずにアナタの相手をしましょう』
スプンタが攻撃に移そうとした瞬間、再び大穴から黒い濁流が噴き上げた。
無論、それがなんであるか、彼はは直ぐに理解した。
―――が、その理解を、彼の脳は拒んだ。
なぜなら、その黒い濁流は、一箇所だけではなかったのだ。
二か所、三か所と、彼らが開けた大穴以外の場所からも次々に巻き起こる黒い濁流。
それは瞬く間に彼の視界を覆い尽くして―――。
『残存兵力―――“三十八万”匹。その全てを持って、我々はアナタを叩き潰す』
「―――――」
もはや、スプンタは言葉が出なかった。
それでも、彼の心が折れる事は無かった。
文字通り、命尽きるまで、彼は闘い抜いた。
決着がついたのは、それから一時間後の事だった。
第二エリア―――決着。
魔王軍、スプンタ及び第一部隊全滅。
自軍の被害。
アン及び女王種、軽傷。
黒蟻死亡数―――七万五千二百三十九匹。
いつの世も、数とは暴力。




