22.VS魔王軍 その三
第四エリアにて―――
ハウロト率いる魔王軍第三部隊と、森の四長が率いるユグル大森林の魔物達は交戦状態に入っていた。
数の上では森の魔物達が上、質では魔王軍の方が勝っていた。
総じて戦えば、ほぼ互角。
だが、
「―――『魅了』」
ハウロトがそう唱えると、それまで向かってきた森の魔物達が踵を返し、彼らの仲間に襲い掛かった。
「ギギャ!?」「ガ、ガアアアアア!?」「ゴアアアアアッ!?」
突然味方に襲い掛かられて、混乱する森の魔物達。
ハウロト―――すなわちサキュバスの持つ固有術式『魅了』。その名の通り、対象となった相手を魅了し、意のままに操る魔術だ。これによって、魔王軍は数の優位を覆した。
同じように、他のサキュバス達も『魅了』を使い、次々と魔物達を籠絡してゆく。
「貴方達はサポートに徹しなさい!こちらからは仕掛けず、自滅を待つのよ!」
あくまで同士討ちを狙い、自軍は魅了した魔物達のサポートに徹する。
魅了した魔物達が死ねば、それまで戦っていた他の魔物達を再び魅了する。
特に魔王軍の隊長格であるハウロトの『魅了』を防げる猛者などそうはいない。
たとえ魅了できなくても、動きが鈍ればそれでよし。魅了が効かないゴーレムなどには魅了した魔物をぶつけるのみ。どのように転んでも、自軍の損害は最小限に、敵には最大の損害を与える事が出来る。
ハウロト率いる第三部隊、潜入任務もさることながら、こうした集団戦においても、無類の強さを誇る部隊だった。
それにしても、とハウロトは思う。
(あの女の子とスライムの姿が見えない……。一体どこに隠れているのかしら?)
それだけが気がかり。
先程から、魔力感知を全開にしていても、一切引っかからない。
いや、正確に言えば、あちこちから、あのスライムの魔力は感じるのだ。
だが、余りにも魔力が散漫とし過ぎていて、いまいち正確な位置取りがつかめない。
一体どこに居るのか?
少女の方はともかく、あのスライムは厄介だ。
グラトニー・ヘル・スライム。
現在確認されているスライム種中では、ほぼ最強に近い種族。
物質だけでなく、魔術、魔素と、ありとあらゆるものを吸収する事が出来、“喰らう”という一点においては、地龍すらも上回る性能を誇る、正に化物スライム。
おまけに、このスライムには“魔核”と呼ばれるものが存在しない。いや、正確に言えば、全身が“魔核”なのだ。故に、倒すには超高威力の殲滅系魔術で、肉片残さず塵にするしか方法はない。
強い上に倒しにくいという非常に厄介なスライム。
それがグラトニー・ヘル・スライムと言う種族だ。
敵に回すには恐ろしすぎる。
(味方だった頃が懐かしいわね……)
かつて魔王軍にも、同種のスライムが隊長格として存在していた。
可愛くて、それでいて頼りがいもある素晴らしい仲間だった。
だが大戦の折、自分達を逃がすための囮となり、勇者とその仲間によって討伐されてしまった。そのスライムとは全く別の個体とはいえ、出来る事なら相手にしたくはなかったというのが、彼女の本音だ。
「まあ、それが手を抜く理由にはならないけど……」
「は?どうなされたんですか、隊長?」
部下が怪訝そうな顔を向けるが、何でもないわと言って、ハウロトは誤魔化す。
ともかく、今は目の前の戦闘に集中しなければ。
「そろそろ、『魅了』した魔物達が少なくなってきたわね。それじゃあ―――」
また次の敵を魅了しようとした、その時だった。
「“極炎歌葬”ーー!!」
真上から掛け声と共に、何本もの極太の光の柱が降り注いだ。
「―――っ!全員、防御術式展開!」
ハウロトの声とほぼ同時に、部下たちは防御術式を展開する。
ゴジュゥゥウウウという音を立てて、光の柱が防御術式を焼く。
結界すら焼くとは、何という威力だろうか。
見上げると、そこには先ほどの少女―――トレスが居た。
その手に持っているのは、劣化版聖剣レヴァーティン。
なるほど、聖剣の威力拡張を使って、術式の底上げを行ったのか。
更に、少女の背後には蜘蛛の魔物。
糸を使って天井に張り付いていたらしい。
「やってくれたわね……」
目の前の敵、森と言うダンジョンの中ではありえない環境、そして降り注ぐ光魔石の光源によって、無意識のうちに天井への注意が散漫になっていた。
相手の虚を突いた素晴らしい奇襲だ。
だが、それだけだ。
第二射が発射される前に、ハウロトは動いた。
「魔物共!私達の盾になりなさい!」
魅了された魔物達が彼女達を庇うように移動する。
さあ、どうする?そのまま、構わず攻撃を続けるか?それとも―――。
「っ!駄目ーーー!!」
案の定、トレスは魔術をずらした。
光の柱がゆがみ、そして消滅する。
その瞬間、ハウロトは飛行魔術で一気に接近し、距離を詰める。
「ふふ、甘いわね。せっかくの良い奇襲だったのに台無しよ?」
「ふわっ……!?」
ハウロトは手に持った短剣でトレスを突き刺そうとする。
「キシッ!!」
が、チュランが糸を操作し、自分達の位置を強引に逸らす。
トレスの頬をハウロトの短剣が掠めた。
「あら、残念。ついでに、これもどうぞ?―――“千豪火球”」
先程のお返しとばかりに、放つ無数の炎弾。
「うわあっ!?」
「キシィィ!!」
態勢を崩した事もあって、トレス達はこれを避けきる事が出来ず、被弾してしまう。
糸も燃え、一人と一匹はそのまま森へと落下していった。
「他愛ないわね……でも、どうしてあの子だけなのかしら?スライムの方は一体どこに……?」
空中から俯瞰しても、それらしい姿は見えない。
まあ、いい。ならば先に少女の方を仕留めるだけだ。
「うぅ……もう一回!“極炎歌葬”ーー!!」
追撃をかけようとすると、再びトレスが術式を発動する。
だが、ハウロトはそれを悠々と躱した。
「そんな狙いも定まってない攻撃が、当たるわけないでしょう?」
狙いを外れた光の柱は、ハウロトの横を通り、壁に命中。
無駄撃ちに終わった。
そう、思った。
だが、
「―――がっ!?な……に……?」
信じられない事に、壁に当たった極炎歌葬は、そのまま反射し、ハウロトへ命中したのだ。完全に、意識の外からの不意打ちに、防御術式も間に合わず、モロに喰らってしまう。
(どういう事?まさか、壁に魔術反射の術式を……?)
見たところただの壁にしか見えない。一体どういう原理なのだ?
たまらず、飛行術式を解除し、一旦地に足を下ろす。
「終わりだね、ばいんばいんの人」
すると、トレス、そしてチュランが少し離れたところに居た。
「終わり……?この程度の傷、私ならすぐに治せるわよ?お姉さんを舐めて貰っちゃ困るわね?」
「そうじゃないよ。だってもう時間稼ぎは十分したもん」
「何を……?」
その瞬間―――ぐにっ、と。
足元から奇妙な音が聞こえた。
「……?」
違和感を感じ、足元を見る。
そこには、ただの地面があった。
そして、なぜか……自分の足が、沈んでいた。
「――――っ!」
ぞわりと、ハウロトの全身に怖気が走る。
「全員、飛行術式展開!今すぐに地面から離れなさい!!!」
叫びにも似たハウロトの号令。
直ぐに飛行術式を展開した者、そしてその声に一瞬動揺した者。
そのわずかな逡巡が彼らの明暗を分けた。
その直後、地面だった場所は一瞬にして、泥の様に変化した。
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ、と。
地面だけではない。
壁も、天井も辺り一面がドロドロと溶け出しているではないか。
「これは……まさか……っ!」
そして、彼女の不安を的中させる“声”が、至る所から響いた。
「「「「「ぷるーーーー!!!」「「ぷ」「るーー!」ぷるー!」「「「「ぷー」ぷるー!」ぷるー!!」」」
それは、あのスライムの声。
壁や天井、床や木々、あらゆるところから、その声が聞こえてきた。
それがどういう意味か、ハウロトは直ぐに理解した。
「撤退!各員、速やかに撤退しなさい!!」
地面が、壁が、天井が、周囲に在るありとあらゆるものが、彼女達を取り込まんと迫ってくる。
逃げ遅れた者は、取り込まれ、ジュゥゥゥと音を立てて消化されてゆく。
今まで戦っていた魔物達も、スライムの海に沈んでゆく。
「まさか、この森全部……あのスライムの擬態……!?」
信じられない。
信じたくない。
だが、目の前の空間は徐々に姿を変え、一匹の巨大なスライムへと変化していった。
「少しずつだよー」
少女の声が聞こえた。
「すこーしずつ、少しずつ、ぷるるの身体とダンジョンを入れ替えていったんだよー」
種明かしをしながら、彼女の身体もスライムの中へと沈んでゆく。
至る所からスライムの魔力を感じていたのは、それが理由か!
なぜもっとよく考えなかったのか。今更ながら、ハウロトは自身の浅はかさを愚かさを呪った。
だが、そんなこと思いつくはずもない。
これほど巨大なダンジョンそのものに擬態できるだなんて常識外れにも程がある!
「反撃だよー……ごぽぽ……」
そして、少女の全身が、スライムへと沈んでゆく。
その状態で、
『―――“極炎歌葬”ー』
カッ!と、周囲が光った。
全方位からとめどなく降り注ぐ光の柱。
それは魔王軍たちを次々に焼き払ってゆく。
(そうか、さっきのアレはスライムがこの子の術式を吸収してっ……!)
スライムは魔術を使えない。
だが、このスライムは吸収した魔術を、そのまま吐き出す事が出来るのだろう。
それも自身の魔力を上乗せしたうえで。
そんな馬鹿な……。そんな能力、かつて魔王軍に居た同種のスライムだって持っていなかった。
「――っ!引くわよ!」
ハウロトは即座に撤退を指示する。
このままではまずい。一旦体勢を立て直す必要がある。
だが、
「だ、駄目です、隊長!通路が、スライムに塞がれて……!」
「他に通路は!?」
「駄目です!どこも全てスライムに覆われてっ!」
何てことだ。
まさしく、自分達は腹の中に居ると言う事になる。
ならばと、ハウロトは考える。
「……全員、指示するポイントに一斉に最大魔術を撃ち込みなさい!」
「「「「「「了解!!!」」」」」」
全神経を集中させ、魔術を発動させる。
「―――“灰燼ノ祓エ”!!」
ハウロトを中心に発生する巨大な炎の渦。
彼女の持つ、最大の広域殲滅用術式。
聖王級火属性魔術“灰燼ノ祓エ”。
更に、様々な高火力の魔術が一斉に、頭上のぷるるに襲い掛かる。
「ぷるーーー!!」
激突する。
ぷるるの吸収が始まる。
「ぷっ……ぷううううううううううう!!?」
だが、その全てを飲み込むことは、流石のぷるるでも出来なかったようだ。
ハウロト達の放った魔術は、ぷるるの肉体を貫通し、天井に穴を穿つ。
「今よ!脱出!」
「「「「はっ!」」」」
空いた穴から我先にと、魔王軍は撤退してゆく。
だが、全員がと言う訳には行かなかった。
直ぐに穴は塞がれ、逃げ遅れた者たちは次々にぷるるに飲み込まれ、消化されていった。
そして、魔王軍が完全に居なくなったのを見計らって、ぷるるは肉体の膨張を解いた。
その過程で、ぺっとトレスや森の魔物達を吐き出す。
「ふー……、ぷるるー、お疲れ様ー」
「ぷるー」
元のサイズに戻ったぷるるは、ぴょんと跳ねてトレスの胸(無)に体をうずめる。
ラブリーな仕草だ。
「あはは、くすぐったいよ、ぷるるー。他の皆も、お疲れ様ー」
『魅了』にかかった者達の洗脳も解けているようだった。
森の魔物がある程度犠牲になったものの、一先ず防衛には成功した。
「でも、逃げられちゃったねー……」
「ぷるぅー……」
「みんなのお墓は後で作るとして、まずはダンジョンの修理だねー。お父ーさんの所に、いこっか」
「ぷるー」
戦果報告をすべく、トレスとぷるるは転移門をくぐって深層へ向かった。
◇◆◇◆◇
そして、中層第四エリアより少し離れた場所にて、ハウロトは自軍の状況を確認していた。
「ハァ…ハァ…ひ、被害の状況は?」
「九割以上の同胞を失いました……ハウロト様、これでは……」
「分かってるわ……一旦帰還しましょう」
思った以上に、自軍の状況は最悪だった。
こんな状態では、ダンジョンへ侵攻することなど不可能。
一旦戻り、態勢を整えるしかない。
そう考え、移動しようとした、その時だった。
「―――はぁ……。全く、なぜ私が残党処理などしなければいけないのですか。まあ、アース様の指示ですし、仕方ないですが……」
声が、聞こえた。
女性の声だ。
ハウロトが振り向くと、そこにはあり得ない存在が居た。
青い肌、そして頭から捻じれた牛のような角が生えている。
そして暴力的なまでに鋭い眼光は、真っ直ぐにハウロトを捕えていた。
その姿を見て、ハウロトは震える。
「ク……クシャスラ?な、なぜ“嚇牛”がこんなところに……っ!?」
絞り出すように、ハウロトは疑問を口にする。
“嚇牛”クシャスラ。星脈のダンジョン守護者であり、ギブルの眷属。
彼女たちが目指す最終目標の障害の一体だ。
それが、なぜこんなところにいるのか?
にっこりと、クシャスラは嗤い、口を開く。
「……そんなの私が知りたいですよ」
ズズン!!という、凄まじい大音響が響く。
それはクシャスラが地面を踏み抜いた音だ。
同時に発せられる桁違いの魔力。
ハウロトだけでなく、その場にいる全ての者が震え上がった。
「あ……あぁ……ああああ……」
「さあ、始めましょう。せめて、八つ当たり位はさせて下さいね?」
傲岸不遜な宣戦布告と共に、クシャスラは力を解放する。
そして―――魔王軍第三部隊は全滅した。
第四エリア―――決着。
魔王軍 ハウロト及び第三部隊全滅。
ダンジョン被害状況
森の魔物に被害が出たものの、極めて軽微。
現在、修復中。
トレス「お父ーさん、ごめんなさい。逃げられたー」
アース『ああ、大丈夫、問題ないよ。よくやったな、二人とも』
トレス、ぷるる「……?」
ロブンは一生懸命頑張ってるのでカットして、次回はエルジャとラセツの番です。




