1.アンのダンジョン里帰り! その1
活動報告でもお伝えしましたが、アンさん主人公の番外編となります。
2~3話を予定。
時系列的にはまだ二度目のダンジョンを作ってる最中のお話になります。
それはアースのこんな一言から始まった。
『そう言えばさ、アンの故郷って何処にあるんだ?』
『はい?』
一瞬質問の意味が分からず、アンは首をかしげる。
『いや、だから故郷だよ。ぷるるやツムギとか違って、アンやエリベルってダンジョンの外出身じゃんか。だから、どこで生まれたのかなーって』
本当に何気ない、ただの会話のネタとして言った感じだろう。
少し考えてから、アンは答えた。
『そうですね……、エリベルさんはともかく、私達キラー・アントには“故郷”と言う概念はありません。兵隊アリになる子蟻は女王種の巣で一生を終えますし。次世代の女王種も、ある程度成長したら、自分から巣を出て、新たなコミュニティーを築き、二度と元の場所には戻りませんし……』
だからこそ、アンも母親に無理やり締め出された際には、他の巣になりそうな場所を探しながらも、元の巣に戻るという選択肢は取らなかった。
これはキラー・アントの本能と言っても良い。
まあ、巣を出た(追い出されたともいう)辺りの詳しい経緯はアースに話すにはちょっと恥ずかしいので間違っても口にしないアンであった。
『ただ、前に居たコミュニティーですが……確か、エルド荒野北東の小さな森だったと記憶してます』
アンは記憶送信で、アースにその場所を伝える。
距離的にはエルド荒野から数十キロ程離れていた。
『へぇー、結構距離離れてるんだな』
『しかし、何でそんな事を?』
『いや、ダンジョンもだいぶ広くなって、安定してきたからさ、もし家族に会いたければなーと思って』
『……そんな事考えた事もありませんでした』
アンにとっての“故郷”とは、このダンジョンであり、アースの隣だ。
たまに母親の事を思い出すことはあっても、戻りたいと思った事は一度もなかった。
そもそも、アンにとっての家族とはアースや眷属の事であり、前に居たコミュニティへの関心は既に薄い。
というか、どっちかと言えば、過去の事はあまり思い出したくない。
以前のアンは今からは信じられないような自堕落な生活を送っていたのだ。
適齢期になっても外に出る訳でも無く、ダラダラ巣の中で過ごし、他の兵隊アリが持ってくる食べ物を消費するだけの、正しくごく潰しの様な生活を送っていたからだ。
遂には、腹に据えかねた母親から叩き出されるように巣からほっぽりだされ、死ぬ様な思いをしてアースの元へたどり着き、今に至るわけだが、その事はアースにも話したことは無い。
だが、アースに言われて、アンはふと思ってしまった。
―――もし今の自分を母が見ればどう思うだろうか、と。
進化し、以前とは格段の力―――というか、インペリアル・アントに進化し、何万匹もの子蟻達を従え、何よりもあの伝説とされる龍王種地龍の眷属となった自分。
そんな姿を見て、母は、かつての同胞たちは、自分をごく潰しと笑った彼らは、一体どういう反応をするだろうかと。
……正直、ちょっと見てみたいと思った。
自分をあれだけごく潰しだの、引き籠りだの言って放り出した母やかつての同胞たちを見返してやりたいと思ってしまった。
でも、すぐにそんな下賤な考えを改める。
『アース様。私はアース様の眷属です。貴方を守り、アナタに使える事が私の役目。ここを離れるわけにはいきませんよ』
『うーん、そうか。まあ、それならこれからも頑張ってくれな?』
『はい!勿論です!』
こうしてアンはアースの申し出は断った。
だが、数日後、事態は急変する。
意外な方向から、アンの里帰りは実現することになったのだった。
◇◆◇◆◇
『現地の魔物達の交渉……ですか?』
「そ」
カタカタと、頭蓋骨を揺らしながら、エリベルは頷く。
眼下の炎が揺らめきながら、アンを見つめる。
「とりあえず、これ見てほしいんだけど」
エリベルは座ったまま、極彩色の球体から延びる端末を操作し、空中に映像を映し出す。
そこには、人ひとり入れるくらいの大きさの洞穴が映し出されていた。
「場所は、エルド荒野北東の森にある洞窟。そこの奥に転移門を設置してたんだけど、どうやら現地の魔物が住みついてるみたいなのよ」
ダンジョンの中層に使う、地下空洞や洞穴はエリベルが生前、自分のダンジョン候補地としてマーキングをしておいた場所だ。
ここもその一つだという。
だが、それは今から二百年以上も昔の事。
当然、時が経てばそこに現地の魔物が住みついていたとしてもおかしくはない。
エリベルの話では、転移門が設置されているのは。この洞窟の下に在る地下空洞。
もしここを中層ダンジョンに利用するとなれば、現地の魔物との衝突は避けられないだろう。
成程とアンは頷く。
『分かりました。ユグル大森林の時の様に、現地の魔物達を制圧すればいいのですね?』
「そゆこと。まだダンジョンも完成してないから、出来るだけ穏便に、目立たない様にね。頼めるかしら?」
『勿論です。中層ダンジョンはアース様の安寧に必要不可欠ですから。それに、現地の魔物達の協力も得られれば、戦力も増えて一石二鳥です』
「お願いね。念のために、私の死霊部隊も貸し出すから好きに使って頂戴」
エリベルがそう言った瞬間、背後に控えていたスケルトンやレイス達が「えー」と悲壮そうな顔をした気がしたが気のせいだろう。
骸骨たちが疲れるはずないし。
それに、とアンは思う。
そこは偶然にも、アンの故郷――-かつて自分が住んでいた巣からほど近い場所に在った。
丁度良い機会だ。
アースに言われたことを思い出す。
せっかくなので、自分の居た巣も訪れてみよう。
今の立派になった自分を見せつけてやろう。
母に、かつての同胞たちに。
そして思いっきり見返してやるのだ。
かつて落ちこぼれだ何だと言った私はこんなに立派になったんだぞと。
結局のところ、アンもなんだかんだ言いつつも、かつての同胞に会うのには興味があったと言う訳だ。
ちょっとだけそんな黒い感情と期待感を抱きながら、アンは故郷の森を訪れる準備を始めるのだった。
◇◆◇◆◇
翌日。
『では往きますか』
アンは荷物をまとめ―――といっても剣とマント、それに万が一の時の魔石位しか持っていないのだが―――後ろに控える子蟻たちとスケルトン、レイスを見る。
皆準備は大丈夫の様だ。
数はそんなに多くない。
大軍で行動して、騒ぎになっては元も子もない。
無論、現地には既に斥候として数匹のレイス、子蟻達が潜伏している。
ちなみにまだアースは睡眠中だ。
一応昨日の内に、出立することは伝えてある。
というか、起こして嫌われるのやだし。
足元に、転移陣の光が浮かぶ。
アン達は転移門を潜り、ダンジョンを後にした。
◇◆◇◆◇
転移門の光が収まる。
アン達が出た場所は、森から少し離れた草原だった。
ここも以前エリベルが事前にマーキングしておいた場所である。
アン達はいきなり洞窟の中に転移する事はしなかった。
というのも、転移門のある洞窟は、二百年も経って大分地盤が脆くなっているらしい。
洞窟内に暮らす魔物達を下手に刺激して混乱させてしまうと戦闘になり、最悪洞窟そのものが崩落してしまう可能性があるのだ。
そうなってしまっては元も子もない。
その為、少し離れた場所から現地に赴き、魔物達と交渉、まあ最悪殲滅するというのが良いだろうという事になったのだ。
『うん、良い草原ですね。薬草の類も自生していますし、帰りにエリベルさんへのサンプルがてらいくつか摘んでいきますか』
「キシッ、キシッ」
『おっと、そうですね、静かにしなければ』
子蟻の一匹が声を上げる。
いけない、いけない。
距離は離れているが、この辺りには人間の村もあるのだ。
慎重に行動しなければ。
と言う訳で移動開始である。
冒険者や他の魔物達に見つからない様、気配を殺し移動する。
移動して数分経った頃だろうか。
目的の森の入口までやって来た時だった。
「―――ギッシャアアアアア!」
どこからか魔物の叫び声が聞こえてきた。
『何事ですか?』
アンは即座に、レイスに指示。
すぐさまレイスは偵察に向かう。
―――すぐに思念通話で報告が来た。
“近くで、ゴブリン、人間に、襲われている”
との事だった。
人間……。
そう言えば、少し離れた場所に人間の村があったなとアンは思い出す。
魔物を退治しに来たか、それとも薬草でも摘みに来たのか。
まあ、目的などどちらでもいい。
さてどうするか?
しばし黙考し、アンは結論を出す。
『……見捨てましょう』
下手に関わらない方が良い。
そもそも、こんな人目に付きやすい場所にのこのこ出てきたゴブリンにも非がある。
危機管理能力が薄すぎだ。
野生に生きる魔物としては自業自得。
そう判断した。
子蟻達やスケルトンも頷き、ばれない様に移動を開始する。
すると―――。
「へっ、ゴブリン如きが意気がりやがって!」
「人間様を舐めんじゃねぇよ!魔物風情がっ!」
「オラッ、死ね、死ね!」
「ギギャッ!?ギィィィ……ッ!」
人間達の声が聞こえてきた。
それに混じってゴブリンの悲鳴も。
遠目で見れば、それは冒険者ではなく、どこにでもいそうな村人風の男達であった。
鍬や鉈を手に持ち、傷だらけのゴブリンをいたぶっている。
どうやら狩りではなく、ただ森を抜けはぐれゴブリンをいたぶって愉しんでいるだけの様だ。
その顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
ただ強者が弱者をいたぶる、その快感に酔っている狂った笑み。
……なんて醜い。
アンは、その人間達の姿に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
数で相手を圧倒する。
その行為自体、アンは否定するつもりは無い。
彼女も“群れ”で行動する魔物であるし、“数”とはそれ自体が一種の“力”であるという事をよく理解しているからだ。
だが、あくまでそれは生きるための手段であり、戦いで勝つための戦略であるからだ。
断じてあの人間共の様に、ただ弱者をいたぶる為のゲスな手段として用いていい方法ではない。
それにあのゴブリンもゴブリンだ。
なぜあそこまで良いようにいたぶられているのか?
逃げるなり、反撃するなりすればいいものを、ただ黙ってうずくまり、ひたすら暴力に耐えているだけ。
『なんて情けない姿でしょうか……』
それはアンにかつての弱かった自分を思い出させる。
アースに出会う前の心身ともに弱かった自分を。
そこから自分で立ち上がらなければ、何も得られるものなどないと言うのに。
一人で起き上がる気力の無い者に、手を差し伸べる意味などない。
そう思い、視線を逸らそうとした―――その瞬間だった。
アンの瞳にあるモノが映り込んだ。
―――子供だ。
蹲っているゴブリン。
見間違いではない。
その腕の中に、ゴブリンの子供が見えたのだ。
あのゴブリンはただ蹲って耐えていたのではない。
守っていたのだ。
自分よりも小さな命を。
囲まれ、逃げる事も叶わず、だがそれでも自分の子供だけは守ろうと、必死に耐えていたのだ。
全くなんて愚かなのだろう。
さっさと見捨てて逃げれば自分は助かるのに。
なのに、そうしようとせず、ただひたすらに耐えるなんて。
それにもっとやり方があるだろう。
仲間に助けを求めたり、自分を囮にして子供を逃がすなり他の方法だって有る筈だ。
それなのに、ひたすらに自分を盾にして子供を守るなんて。
小さく、愚かで、情けない。
まったく、本当に。
―――気づけば、アンは剣を手に駆け出していた。
その頃のダンジョン―――
アース『ふぁぁ……おはよう……』
ちなみに時刻は既に昼……。




