2.アンのダンジョン里帰り! その2
結論から言えば、アンは人間たちを瞬殺した。
個体でも将級の力を持ち、更に劣化聖剣レヴァーティンと地龍の剣で武装したアンに、武装しただけのただの人間が叶う筈など無かった。
というか、おそらく人間たちは何が起きたかもわからぬまま死んだのだろう。
胴体と離れた生首は、茫然とした表情のまま固まっていた。
妙に身なりが汚いと思ったが、まあどうでも良い事だ。
子蟻達とスケルトンに死体の偽装を命じる。
その間に、アンは倒れているゴブリンに近づく。
『……大丈夫ですか?』
「ギ…ギィ……?」
親ゴブリンの方は不思議そうにこちらを眺めている。
助けられたことが不思議なのだろう。
首を傾げ、アンの方を見るゴブリン。
「ギァ!」
その腕の隙間から、ひょこっと子ゴブリンが顔を出す。
ちっちゃキモい。
『これに懲りたら、むやみに森の中から出ない事です。殺されては元も子もありませんからね』
親ゴブリンはコクリと頷く。
子ゴブリンの方は、状況が分からないのか、きゃっきゃと笑っていた。
ちっちゃキモい。
「ギィ……」
親の方のゴブリンが何かをアンに差し出した。
『これは……薬草、ですか?』
ゴブリンはこくりと頷く。
お礼という事なのだろう。
素直に受け取っておく。
頭を下げ、ゴブリン親子は森の奥へと去って行った。
『さて、移動を再開しますか』
大分時間を無駄にしてしまった。
ようやくアン達は森の中へと足を踏み入れた。
◇◆◇◆◇
目的の洞穴までは、普通に歩いて三十分ほどだろうか。
アンの故郷もその近くに在ったはずだ。
しばらく森の中を歩くと、小さな湖に出た。
『ほう……こんなところに湖があったのですね……』
静かな景色を眺めながら、アンは感嘆の息をつく。
以前ここに住んでいた頃はこんなところに湖があるなんて知らなかった。
というか巣に引き籠ってたから、この森の事をよく知らなかったし、放り出されてからは無我夢中だった為、覚えていなかったというのが実情だが。
『美しい景色ですね……』
水面に森と空が反射した幻想的な景色。
自分の住んでた森はこんなに美しい場所だったのか……。
これが、郷愁と言うヤツなのだろうか?
だがすぐにハッと我に返る。
『こ、今回は景色を見に来たわけではありません!先を―――』
先を急ごう―――そう思った次の瞬間だった。
突如、湖から水しぶきが上がり、何かが現れた。
『!?』
「シャアァァァァァ……」
それは巨大な水蛇だった。
何という種族だったか?
忘れたが、確かこの森の中では一、二を争う強さの魔物だった筈だ。
もっとも以前のままならいざ知らず、インペリアル・アントに進化したアンにとっては大した敵ではない。
感じる魔力も弱い。
せいぜい中級程度の強さだろう。
後ろに控える子蟻達数匹でも十分勝てる相手だが、アンは子蟻達を下がらせ、前に出る。
大方自分の縄張りを荒らされたと勘違いして出てきたのだろう。
交渉出来ればそれに越したことは無いが、
「シャー!シャー!」
『随分と殺気立ってますね。話し合いは……出来そうにありませんか』
残念だ。
アンは剣を抜き構える。
あまり時間は駆けられない。
さっさと殺してしまおう。
だが、アンが駆けだそうとした瞬間だった。
「シャァァ……」
バタン、と。
水蛇はその場に倒れてしまった。
『……は?』
疑問符を浮かべるアン。
自分は何もしていない。
後ろを振り返るが、子蟻達もスケルトン達も「なにもやってませんよー?」と首を振る。
では、どういう事だろう?
目の前の水蛇はだらんと舌を出してビクンビクン震えている。
……アヘ顔?
「キシ、キシ!」
『ん、どうしました?』
子蟻の一体が何かを訴えてくる。
その子の向いてる方を見れば、水蛇の横腹に一本の矢が刺さっていた。
『……なるほど、私達が来る前にすでに誰かと戦っていたようですね』
よく見れば、コイツの身体にはあちこちに傷が見られる。
戦闘の跡だ。
更にこの小刻みに震える動き。
おそらく矢に麻痺か何かの毒が塗ってあったのだろう。
小賢しい人間の考えそうな手だ。
だが死体が無いトコロを見ると逃げたか、はたまた丸呑みにされたのか。
まあ、どちらでもいい。
今は目の前の水蛇だ。
『毒が回って動けなくなっていたのですか。というか、その状態で私達の前に現れるとは……何とも愚かしいですね』
そんな状態ならば、湖の底に潜り毒が抜けるのを待つべきだろう。
更に自分達の魔力の強さも見抜けないとは、危機感が欠けているとしか思えない。
いや、毒でその感覚もマヒしていたのか?
どちらにしても間抜けな話だ。
きっと先の戦いでも油断していたのだろう。
もっと地の利を生かして上手く立ち回れば、おそらくこの様な結末にはならなかっただろうに。
『まったく、なんて無様なのでしょうか……』
こんなのが、この森でも最強格の魔物とは情けないにも程がある。
このまま放っておけば、長くはないだろう。
だが仕方ない。
それも自然の摂理だ。
油断した者、弱い者から淘汰されてゆく。
しょうがない事だ。
そもそも、自分達に襲い掛かろうとした相手だ。
助けてやる義理もないし、このまま放っておこう。
そうするべきだ。
―――気が付けば、アンは矢を抜いて、止血を行っていた。
◇◆◇◆◇
結論から言えば、水蛇は助かった。
先ほどのゴブリンから貰った薬草。
あの薬草が、毒を打ち消す特効薬になったのだ。
「シャー!シアアアャァー!!」
先ほどとは打って変わって元気な声を上げる水蛇。
先ほどの警戒心が嘘の様に、アンに頬擦りしてくる。
やめろ、濡れる、気持ち悪い。
『病み上がりなのだから大人しくしなさい』
アンがそう言うと、水蛇はぴたりと動きを止めてアンを見る。
どうやら完全にこちらを信用したらしい。
『……良いですか?これに懲りたら、むやみやたらにケンカを売るのは止める事です。自分の強さに誇りを持つのは良い事ですが、相手を見誤り、死んでしまっては元も子の無いのですから』
コクリと水蛇は頷く。
「シャァ……」
『ん?なんですか?』
水蛇は尻尾を器用に使い、何かを差し出してきた。
それはバスケットボール程の大きさの巨大な卵だった。
『これは……マダラ水亀の卵ですか?』
以前この森に棲んでいた時に見たことがあった。
マダラ水亀はこの湖に住む魔物だ。
体長四メートル程の亀で、決して強い魔物ではない。
だだ警戒心が強く、殆どを湖の底で過ごす。
そして、その卵は滅多に口に出来ない高級食材なのだ。
アンも一度だけ口にしたことがあった。アレは美味しかった。
お礼のつもりなのだろう。
素直に受け取っておく。
水蛇は頭を下げ、湖の底へと帰って行った。
『……全く、また寄り道をしてしまいました』
予定よりもだいぶ行程が遅れている。
だが、まあアース様への良いお土産が出来た。
アンは急ぎ足で目的の洞穴へと急いだ。
◇◆◇◆◇
獣道をかき分け進む。
大分近づいて来た。
このままいけば、後数分で着くだろうと思っていた矢先だった。
「クゥーン……」
またしても獣の声が聞こえてきた。
今度は何だ?
アンは声のした方を見る。
そこには、一匹の小さな狼がいた。
敵意はなさそうだ。
『……灰色狼の子供ですか。親とはぐれでもしたのですか?』
ふるふると灰色狼の子供は首を振る。
すると、キュルルルル……と可愛らしいお腹の音が鳴った。
どうやら空腹らしい。
さてどうするか?
どうにもこの子狼。
アン達が餌をくれると期待しているらしい。
野生の警戒心はどうした?離れる様子が無い。
だが、今手元に食料になりそうなものは……。
『………』
アンはスケルトンに持たせた卵を見る。
いや、あれは駄目だ。
アレはアース様へのお土産なのだ。
それをこんな小汚い野良狼にやっていい筈がない。
……ないのだが。
「……クゥーン?」
クリッとした愛らしい上目使いでこちらを見上げてくる子狼。
くっ、あざとい。
―――気が付けばアンは卵を割って、子狼に与えていた。
◇◆◇◆◇
「ワン!」
子狼はすっかり元気になった。
尻尾を振りながらアンにすり寄ってくる。
すっかり懐かれてしまったようだ。
『ちょ、こらっ!よしなさい、どこを舐めて……!?ひゃん!……んっ、止めなさいと言っているでしょう!』
「ワンワン!」
ペロペロ、ペロペロ。
本当に野生の獣かと思いたくなる位の懐きっぷりだ。
余程アンの事が気に入ったのだろう。
『ハァ……どうしましょうか?さっさと離れてほしいのですが……』
と言いつつも、しっかり抱きかかえて毛並みを堪能してる辺り、説得力皆無だ。
「ワン!」
すると、子狼はアンの腕を離れ駆け出す。
『あ』と名残惜しそうな声を上げるアン。
子狼は少しは離れた場所まで行くと、アンの方を向いた。
『付いて来いと言っているのでしょうか?』
「ワン」
そうだよと言わんばかりに吠える。
『どうしましょう?』と、アンは後ろを向く。
子蟻達やスケルトンは、「ついて行きましょうよ?可愛いじゃないですか」的な視線をアンに向けてくる。
ま、まあ、まだ時間には余裕がある。
仕方ない、そう仕方ないんだと自分を納得させて、アンは子狼の後を追った。
◇◆◇◆◇
たどり着いた場所は、洞穴の直ぐ近くだった。
この森の中でも一番大きな樹木。
その根元にある“ウロ”。
子狼はそこでお座りのポーズになった。
「ワンッ!」
『……ここは』
その場所にアンは思わず目を見張る。
見覚えがあるどころの話ではない。
だって、そこは―――アンのかつての故郷だった場所だ。
あの巨大な樹木の下。
そのにあるウロが巣の入口になっている。
もしやあの子狼は、母のコミュニティで暮らしていたのか?
あり得ない話ではない。
母のコミュニティは種族も多かった……気がする。
ぶっちゃけ引き籠ってた時の事はあんまし覚えていないが、色んな魔物が母の巣に出入りしていた。
その殆どが最下級の弱い魔物だったが、手を取り合い暮らしていたのだ。
もしや、あの子狼は母が、自分の来訪に気付いて差し向けてきたのではないか?
―――気が付けばアンは駆けだしていた。
慌てるあまり途中で足がもつれそうになる。
でも、無理やりバランスを取る。
夢中で走る。
すぐに、木の根元まで来た。
ここまでくれば、かつての同胞たちはすぐに気づくだろう。
どんな顔をすればいいだろうか?
なんていえばいいだろうか?
その前に、自分だと気付いて貰えるだろうか?
不思議だ。
あれだけ、見返してやろうと息巻いていたのに、実際に目の前にしてみると、そんな気はどこかへ消え去っていた。
あるのは、不安、そして期待だ。
アンの胸は高鳴っていた。
今の自分の姿を、母に見せる事に。
そして―――。
『あ』
中を、見た。
そして、絶句した。
そこには―――なにも、無かった。
『あ』
蟻一匹、いなかった。
他の魔物の姿も、無かった。
『ああ……』
住んでる形跡が、無い。
魔力を、感じない。
魂の気配が……無い。
『ああああああ……』
気づいた。
ところどころに、戦闘の跡があった。
人間の武器が、あちこちに落ちていた。
それだけで、アンは察してしまった。
察することが、出来てしまった。
頭の冷たい部分が、答えを告げていた。
つまりは、そういう事だった。
母のコミュニティは狩られたのだ。
―――人間達の手によって。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!』
―――アンの故郷は、もうとっくに無くなっていたのだ。
◇◆◇◆◇
「くぅーん……」
子狼が自分の足にすり寄ってくるが、払う気力もわかなかった。
それ以上にアンの心は擦り切れていた。
意外だった。
自分がこれ程までに故郷の事を思っていただなんて。
どうでもいいと思っていた。
見返してやろうと思っていた。
でも叶わなかった。
もう、かつての同胞たちは居なくなっていた。
―――まあ、もうどうでもいいことか……。
一瞬そんな風に考えてしまう。
そうだ。里帰りは本来おまけなのだ。
本来の任務である転移門のある洞穴の方へ向かう。
すぐ近くだ。
さっさと終わらせてしまおう。
気持ちを切り替え、アン達は移動を開始した。
アンのその寂しげな後姿を子蟻達は黙って見つめていた。
洞穴に近づくにつれ、妙な気配に気づいた。
『……人の、気配?』
それもかなりの数だ。
それだけでない。魔物の気配も多い。
それに、この音。
キィンと刃がぶつかる音、何かがたたきつけられるような音。
人間、そして魔物の叫び声―――。
まさかっ!?
アン達はすぐに駆けだした。
あっという間に、目的の洞穴の前まで辿り着いたのだが、そこには予想通りの光景が広がっていた。
『………最後は盗賊ですか……』
もはや色んな意味で爆発寸前のアンの目に飛び込んできたのは、洞穴の魔物達と戦っている盗賊たちの姿だった。
『なるほど、ようやく合点がいきました。この森での騒ぎの原因はアイツラですか……!』
身なりが、最初にゴブリンをいたぶっていた人間達に似ている。
きっとあいつ等も仲間だったのだろう。
森の入口でのゴブリン、湖での水蛇、そしてかつての巣。
様々な事が、組み合わさっていく。
あの洞穴を拠点にしようと思っていたのは魔物達だけではなかったという事だ。
確かにここならば、人間達にとっても格好の隠れ家になるだろう。
その為にこの森の魔物達とのいざこざが起きていたのだ。
どうする?
見れば、人間の中に一人妙に手練れた者がいるが、洞穴の魔物達もそこそこ善戦しているようだ。
このままいけば、共倒れになるかもしれない。
更に戦況をアンは視線を凝らす。
すると―――。
『あっ』
思わずアンは声を上げてしまう。
だが無理もないだろう。
だって居たのだ。
魔物の中に、キラー・アントが。
それも酷く懐かしい魔力のキラー・アントが。
間違いない。
あの戦ってるキラー・アントは間違いなくアンのかつての同胞だ。
……生き残っていたのか?
兵隊アリがいる。
という事は、女王種……母も、もしかしたら。
気配を探る。
―――居た。
洞穴の奥から、かつての同胞たちの気配を感じる。
……生きてた。
生きていてくれた。
どうしようもない安心感が、心を満たす。
『ん?』
ふと、視線が気になり後ろを向く。
『……何をニヤニヤしているのですか?』
子蟻達やスケルトン達が、ニヤニヤしながら自分を見ていた。
いや、蟻や骨だから表情は無いのだが、そんな風に見えたのだ。
『別に、私情を挟むつもりはありせん。任務ですから。これは、任務です』
うんうん、と子蟻達は頷く。
『だから、さっさと助けてしまいましょう』
―――アンは剣を手に全力で駆け出していた。
無論、待ってましたと言わんばかりに、子蟻やスケルトン達もその後を追った。
一方その頃
エリベル「あ」
ベルク 「どうしたのですか?」
エリベル「そう言えば、アンちゃんに洞窟の魔物の詳細教えるの忘れてた」
ベルク 「何してんですか、アンタ!?」
ちなみに、アースさんは二度寝中。
アンさんの番外編は次回で終了です




