31.エピローグ2 その名前を貴方に
お待たせしました。ダンジョンサイドのエピローグになります
ダンジョン深層にて―――
アンはダンジョンの壁にもたれかかっていた。
『ふぅー……能力は確かに強力ですが、その分反動も大きですね……』
途轍もない疲労感、脱力感、そして全身を蝕む激しい痛みが彼女を襲っていた。
魔剣リディル、そしてレイギンの鎧を使った反動だ。
初の実戦で、その上限界以上まで力を引き出したのだ。
その反動は凄まじく、指一本すら動かせない。
ダンジョンに戻るまでは、強靭な精神力で抑えていたのだが―――というか、あの女の冒険者に弱ってるところを見せるのは何か癪に障るので―――ホームに戻った瞬間、緊張の糸がほぐれたのか、それらが一気に押し寄せてきたのだ。
余りの痛みに、一瞬気絶しかけたほどだ。
すぐさま近くに居た子蟻が魔石を差し出してくる。
わしゃわしゃと魔石を差し出して、コレ食べてーと群がってくる子蟻達が微笑ましい。
アンは礼を言いつつ、魔石を口に含んだ。
コリコリ―――ゴクン。
美味しい。
魔力が全身を駆け巡る。
アースが最下層で採掘している超高純度の魔石。
肉体的な疲労感は消えないが、多少痛みはマシになったし、体も少しは動くようになった。
だが、逆を言えば、これ程の魔石を食べても反動が残るという事だ。
力が大きい分、使い時を間違えれば反動でかえって不利になるかもしれない。
レイギンの言った通り、確かにこの力はじゃじゃ馬だ。
『それにしても……』
アンは先ほどまでの戦いを思い出す。
死龍ウロヌス、夢霧ジョーカー、異形。
ありとあらゆるイレギュラーのオンパレードだったが、それ以上に、彼女の関心を占めていたのは別のモノだった。
『……“あの声”は一体何だったのでしょうか?』
ぽつりと、そう呟く。
神災の魔物―――“夢霧”ジョーカーとの戦い。
その中でアンは悪夢に囚われ、一時窮地に陥った。
その際に自分を救ってくれたあの謎の声。
自分と似たような―――だが、自分ではない誰かの声。
ひどく懐かしさを感じるが、それでいて身に覚えのない誰かの声。
アレは一体誰の声だったのだろうか?
あの声を聴いた後、力が溢れ、自分は悪夢を脱することが出来た。
―――どうか、彼らを止めてやって下さい。私が……救う事の出来なかったあの子たちを……。
頭の中でリフレインする誰かの声。
じぃっと己の手を見る。
アレが誰かは分からない。
だが、
『誰かは知りませんが、感謝します。助かりました……』
アンは心の中でその見知らぬ誰かに礼を言う。
一応後でエリベルに自分の体に異常がないか検査をしてもらおう。
思考力が戻ってきて、アンはふと思い出す。
『……そう言えば、エルジャはどこでしょうか?彼女も一緒に転移した筈ですが……?』
キョロキョロと周囲を見渡すが、彼女の気配はない。
転移門の移動先は、任意で変えられる。ダンジョンの別の場所へ転移したのか?
だとしても、一体どこに?
今この状況下では、彼女の回復魔術は非常に大きな役割を持つ。
幸い彼女は自分やほかの眷属達と比べて、負傷も少ない。
ゴーレムや、四長をはじめとするユグル大森林の魔物達にはかなり危ない状態の者もいる。
その者達を癒すために、出来ればすぐにでも働いてもらいたいのだが……。
『―――エルジャ、どこに居るのですかー?エルジャー?』
思念通話を送っても反応が無い。
どうしたのだろうか?
『……まさかっ』
アンは猛烈に嫌な予感がした。
すぐさま、壁に掛けてあった魔剣リディルを手に取り立ち上がる。
「キシッ!?」
「キシシッ!?」
子蟻たちの心配する声が響く。
「女王様無茶ですよー!」とか「そんな体で動いちゃだめですー!」みたいな感じの事を言ってるのだろう。、
『大丈夫です、貴方たちから頂いた魔石のおかげで、動ける程度にはなりましたから』
もちろん強がりだ。
まだ体は痛むが、すぐに移動を開始する。
周りに居た子蟻達も、心配そうに見つめながらも、アンに追従する。
「キシ……?」
その際、一体の子蟻が首をかしげた。
一瞬、アンが魔剣を手に取った瞬間、その手に黒い霧の様なものが見えたのだ。
なんだろうか?
眼をこすり、もう一度見た時には、黒い何かは消えていた。
見間違いだろうか?
首を傾げつつ、その子蟻はアンの後ろを付いていった。
◇◆◇◆◇
一方その頃―――。
「ふんふふ~ん……ござる」
ラセツの気分は非常に高揚していた。
いつもは慎ましく音を立てずに歩くのだが、今はガシャガシャと鎧の擦れる音が響いている。
機嫌がいい証拠だ。
事実、今ラセツは非常に気分が良い。
それと言うのも、先ほど戦ったあの奇妙な魔物達。
あの魔物達は非常に戦いがいのある―――いや、斬りがいのある敵だった。
何せいくら斬っても再生するし、どんどん固くなるし、どんどん強くなったのだ。
強敵を望むラセツにとっては願ってもない相手だった。
楽しくて、愉しくて、嗤いが止まらなかった。
斬り裂いて、殺して、血を浴びて、また繰り返して。
ああ、何とも愉しい時間だった。
ただ―――惜しむらくは、敵の成長スピードが“遅かった”というくらいか。
ラセツの剣、そして鎧は完全武装化したアースの素材で出来ている。
それ故に、魔力を込めれば込めるだけ戦闘能力が上がる。
ラセツは異形共が自分の強さに合わせて耐性を付け、進化しているという事に早い段階で気が付いていた。
なので、途中からそれに合わせて、自分も“魔力の質”や“魂”を少しずつ変化させていた。
だが、どうやら異形の方が、それについていけてなかったらしい。
途中から、目に見えて進化のスピードが遅くなっていた。
非常に残念だった。
せっかく、偉大なる父に与えられた力を存分に発揮できると思ったのに。
結局は、何回と切り捨てた後、あの魔物達は消滅してしまった。
残念、無念。
でも充実した愉しい時間だった。
そう言えば、あの場には他に以前ファーブニルで出会った冒険者の男や鬼族の老人もいた気がする。
正直、どうでもよかったので視界にも入れてなかった。
前はそこそこ楽しめる程度には強かったが、今のラセツには物足りなさすぎる。
ちょっと消化不良なので、鍛錬をして無聊を慰めるとしよう。
素振り交じりに、ヒュッと大刀を振るう。
それだけで数十メートル先まで亀裂が入った。
『―――警告。眷属ニヨルダンジョン破壊ヲ確認。直スノ大変ナンデスカラ、自重シテ下サイ』
すぐさまギジーから警告通知が送られてくる。
残念、訓練場に行こう。
あれ程の戦いを経てなお、ラセツはぴんぴんしていた。
「……もっと強い相手と戦いたいです……あ、ござる」
―――ラセツはまだ気付いていなかった。
自分が、あり得ない速度で成長しているという事に。
本人すら自覚しない内に魂や魔力を変化させるという非常に稀有な固有術式に目覚め、あまつさえそれを無意識に使いこなしているという事に。
その力が既にダンジョン―――いや、大陸全土を見ても屈指の力になっている事に。
異形との戦いを経て、その力はさらに大きくなった。
凄まじい程の成長を伴って、鎧武者は今日も鍛錬に励む。
アースの為に。
そして、まだ見ぬ強者との戦いに備えて。
「ふんふふ~ん……あ、ござる」
ただ、語尾の統一にはまだまだ時間が掛かりそうだった。
◇◆◇◆◇
場所は変わって地上、帝城中庭にて―――。
ウナとドスは途方にくれていた。
原因は、目の前に居る盲目のシスターだ。
「ですから、先程から何度も申しあげたとおり、もう一度あの御方―――ロブン様に会わせてほしいのです!」
大きな胸の前で両手を握り、シスターオリオン・カーラーは力説する。
先ほどからずっとこの調子だ。
先の異形との戦いで、ウナ達とロブンとの関係がばれてしまったのだ。
幸いにも、他に気付いた者はおらず、彼女一人を消せばその事実を隠ぺいすることが出来るのだが、それをするにはリスクが高すぎすため実行に移せずにいた。
ちなみにロブンはベルクと共にダンジョンへ戻っている。
オリオンが気絶している内に事を済ませようと思ったのだが、それが裏目に出てしまった。
「お二人にも事情があるのは分かっています。……私の事を、信用しきれていない事も、いきなりこんな事を言って混乱されているのも、承知の上です。ですが―――それでも、あの御方に会わせてほしいのです」
最初はとぼけてやり過ごそうと思っていた二人だが、彼女の口から「お二人も、人間ではないのでしょう?」という発言から、状況は一変した。
何とオリオンは、ウナ達が人間ではなくゴーレム・ホムンクルスである事もとっくに気付いていたとの事だ。
気付いていたならどうしてと、ドスは訊ねたが、返ってきた答えは至極単純なものだった。
―――貴方達が信用出来ると思ったからです。
迷いなくオリオンはそう言った。
これにはさしものドスも驚いた。
オリオンは目が見えない。
だが、それ故に彼女は人よりも多くのモノを“視る”事が出来る。
目で見えなくとも、その声が、匂いが、気配が、感触が、どういう人物なのかを彼女へ教えてくれる。
その結果、彼女はウナとドスが信用できる人物だと結論付けたらしい。
彼女にとって人や魔族、魔物の違いは些細な事でしかないのだ。
「あの方には二度も命を救われました。それなのに、私はまだお礼も云えてられていないのです。お願いします。どうか、会わせては頂けないでしょうか?」
頭を下げ、オリオンは懇願する。
どうしよう。
ドスは迷った。悩んだ。考えた。
そして、
「……ん、分かった、ロブンと会わせる」
「本当ですか!?」
ぱぁとオリオンの表情が明るくなる。
『ドス……いいのですか?』
直ぐにウナから思念通話が入る。
外の人間にダンジョンの事を話しても良いのか?
下手に情報を漏らしてアースに危害が及ぶことは無いのか危惧しているのだ。
『……ん、大丈夫、だと思う、それに、下手に隠し立てするより、彼女をこっちに取り込んだ方が、多分お得』
オリオンは聖神教のシスターだ。
それも数えるほどしかいない二つ名持ちの“聖女”。
その社会的な影響力は計り知れない。
付け加えるなら、彼女の属する聖神教、そして聖王国はあの“聖龍”ともかかわりが深い。
そう、ダンジョンに居入り浸ってるあのごく潰しのスイーツ聖龍(笑)ともかかわりが深い筈なのだ。
上手く事を運べば、ダンジョン、ひいては父であるアースの益にもなるとドスは踏んだ。
殺すよりも、取り込み利用できるのならそうした方が良い。
それにロブンとのやり取りは全てダンジョンの外で行う。
無論、二重三重に防衛戦を張り巡らしたうえでだ。
それにしても、とドスは思う。
「ありがとう御座います、ドスさん。このご恩は一生忘れません」
何度も礼を言いながら自分の手を握ってくるオリオン。
彼女の顔をじぃっと見る。
「…………ん」
不思議な気分だった。
ドスはこれまでダンジョンにとって有益かどうか。その損得勘定だけで、行動してきたつもりだ。
現に、彼女にロブンを引き合わせる約束をしたのも、そうした方が利益が大きいと判断したからだ。
だが―――なぜだろうか?
ほんの少しだが、オリオンの悲しむ顔が見たくない……そんな風にも思ってしまったのだ。
その証拠に、ロブンに会わせると言った際の彼女の笑顔を見た時、なぜかホッとしてしまったのだ。
一体これはどういう事なのだろうか?
情が移った?
ゴーレム・ホムンクルスである自分が?
眷属でもない、たかだが人間の女性に?
馬鹿な。そんな筈が無い。
ドスはすぐにその考えを捨てる。
「……ん、でも、今は無理、今度ね」
「はい、勿論です!」
訳の分からない内心の変化に戸惑いつつも、ドスはウナやオリオンと共に他の代表者たちが集まってる避難区域へと移動を開始した。
それは小さな変化。
だが、その変化が彼に何をもたらすのか。
この時はまだ、誰も知らない。
◇◆◇◆◇
その頃、トレスとぷるるは、ダンジョン深層にある私室に戻って来ていた。
「ふぅー疲れたねーぷるるー」
「ぷるぅー……」
アースが作ってくれた木製簿ベッドに横になり、ぷるるを抱き枕の様に抱える。
非常に癒される光景だ。
「他の皆も帰って来たみたいだし、ようやく戦いが終わったねー」
「ぷるぅ、ぷうぷうー?」
「え?あの豚さんや冒険者達を始末しなくてよかったのかってー?んー、別にいいんじゃないかなー。別に殺せって言われてなかったし、あの豚さんはなんとなく良い豚さんっぽいしねー」
結果的には彼らを助ける形になってしまったが、トレスにとってはどうでもよかった。
まあ、あの豚はウナやドスの地上での関係者っぽいし、他の冒険者達は別に放っておいても大勢に影響はないだろう。ちなみにあの豚は人間です、念のため。
彼女にとっては、他の眷属の皆が無事に帰ってきたことの方が何よりも重要だった。
ギジーから、サイのゴンゾーや、他のゴーレム達に、森の魔物達、彼らが無事に帰ってきたと聞いた時は、心底安心した。
「でも、やっぱりぷるるはすごいねー。あんな強そうな魔物を“食べちゃう”んだもん」
先ほどの異形との戦闘。
驚くべき事に、ぷるるは、その異形を全て食べ尽くしたのだ。
スライムの固有術式『悪食』は、消化力と言う一点においては地龍の『暴食』をも上回る性能を発揮するとも言うわれている。
ある意味、ぷるるはあの戦場で唯一異形を“きちんと殺した”存在ともいえるのだ。
「ぷるー、ぷぅぷるー」
「え?なんだか懐かしい味がしたってー。へぇーそうなんだー。お腹いっぱい?」
「ぷぅ!」
「えへへー、ならよかったー」
けふっと小さなゲップをするぷるる。
ラブリーだ。
満腹のぷるるを見て、トレスは満足そうに笑みを深める。
ダンジョンを脅かしていた脅威も去ったというし、一安心だ。
またアースやゴーレム達と一緒に遊ぶことが出来る。
嬉しいな。
「むぐむぐ……。あ、そう言えば、エルジャちゃんは、あんなところで何してたんだろうねー?」
「ぷるぅ?」
トレスはお菓子を食べつつ、先程の事を思い出す。
戦いが終わり、ダンジョンへ戻ってた二人は、さっそくアースのトコロへ向かったのだ。
そしたら、その途中でエルジャに出くわした。
その際、
『お二人とも、アース様は疲れていますし、そっとしておいた方が良いですわ。ほら、このお菓子を上げるので、自室へ戻りましょう?』
確かに、お父ーさんも疲れているだろうし、そっとしておいた方が良いかなーとトレスも同意し、こうしてぷるると一緒に自室に戻ってきたわけだ。
お菓子ももらって嬉しい。美味しい。むぐむぐ。
「そういえば、エルジャちゃんは“どーてー”とか“こだねー”とか言ってたけど、何だったんだろうねー?」
「ぷう~?」
ぷるると一緒に貰ったお菓子を摘まみつつ、ゴロゴロするのであった。
あれ程の戦いを感じさせない程、二人の姿はのほほんとしたものだった。
二人の在り方は変わらない。
これまでも、そしてこれからも、彼女達はダンジョンで眷属と共にのんびりとした日常を望むだけなのだ。
◇◆◇◆◇
その頃、そのエルジャはダンジョンの通路を歩いていた。
「ふんふーんふふん~ですわ~」
鼻歌交じりのスキップ。
その足取りは軽い。
なぜなら、今は待ちに待った千載一遇の好機だからだ。
「ふふ……うふふですわ。この時をどんなに待ち望んでいた事か……!」
目指す場所はアースの寝所。
激闘が終わり、眷属達は皆疲れ切っている。
いや、トレスとぷるるは例外的に、元気いっぱい走り回っていたが、遠ざけることに成功した。
今ならば誰も邪魔は入らない。
ペロッとエルジャは自分の唇を舐める。
それは肉食獣が獲物を前にした際の舌なめずり。
そう―――今夜、エルジャはアースの童貞を美味しく頂くのつもりなのだ!
あれ程の戦いが終わって、皆憔悴しきってる中で、何言ってんだこの女と思うかもしれないが、彼女は本気だ。
そもそも、自分達は婚約者―――少なくともエルジャの中ではそうなっている―――なのに、未だに交尾どころか、接吻すらもしていないのはおかしいだろう。
もうちょっと位美味しいシチュエーション―――もとい、ご褒美……もとい愛を育んだって良いじゃないか。
そう思っていた矢先に、このチャンス。
逃す手はない。
むしろ、こんな絶好のシチュエーションを用意してくれた死龍に感謝したいくらいだ。
「嗚呼、早くアース様に抱かれたいですわぁ……」
アースがいくら子龍と言っても、流石にもう精通は迎えているだろう。
つまり子供がつくれるのだ。
それは即ち、自分と番いになっても良いという事だ。
それはつまり、もう襲っちゃっても―――もとい愛を育んでも問題ないという事だ。
んなわけあるか!
問題ありまくりだし、そもそもその思考回路はおかしいんじゃないかとか、アースの事も考えろとか、戦いが終わってすぐにそんなことするのってどうなの?とか、いろいろ言いたいことはあるが、そんな当たり前の倫理観が誇り高き龍王種に通ずるはずなどない。
彼らは彼らの中の価値観に基づき行動するのみだ。
すなわち欲望一直線!
エルジャは自分の身なりを確認。
鱗の手入れも怠らず、牙や爪が磨きに磨き、鬣もこれ以上ない程に美しくなびいている。
とても異形との戦闘後とは思えない程だった。
魔力も残り少なかったが、事前に忍ばせていた高純度の魔石を食べて、魔力を回復、スタンバイオーケー。
愛が下半身から溢れてくる。
いつでも挿入準備万端だ。
余りの高揚にとりあえず自分で慰めておこうかとも思ったが、それは野暮だろう。
この高まりはやはり猛々しい雄の男槍で貫かれてこそ鎮めるにふさわしい。
「うふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふううううううううううううう!」
体が軽い。
もう何も怖くない。
さあ、今こそセックス―――もとい、愛を育む時だ!!
夜の完全武装化、ドラゴンファングもといドラゴンフ◯ックとしゃれ込もうじゃないか!
その顔は、完全に盛りのついた雌龍(処女)だ。
人間の衣服がまだるっこしい。
移動しながらエルジャは来ている服を全て脱いだ。
すっぽんぽんである。
だが最後の最後、龍の姿にはまだならない。
恥じらいは必要だ。
生まれたままの本来の姿は、やはり愛しい雄の前で行ってこそ風情がある。
そして、アースの寝所へとたどり着く。
「アース様ー!!私と愛を!愛を育みましょうですわー!!」
バターン!!と勢いよくアースの寝所の扉を開ける。
「………あれ、ですわ?」
だが、そこには誰もいなかった。
もぬけの殻だった。
「ど、どういう事ですの?あれだけ魔力を消費したのですし、てっきりアース様はここで休まれてると思ったのですけど?」
全裸でクエッションマークを浮かべるエルジャ。
程よい胸がぷるんとゆれる。
『―――アース様でしたら居ませんよ。先ほど、エリベルさんの研究所へ行きましたから』
なんと。
てっきり、帰って来たばかりで休んでいると思ったのに完全に予想外だ。
「もうっ、アース様ったら、少しくらいは休まれた方が良いのに」
どの口がそれを言うのか?
『全くです。ですが、色々と精密検査が必要なのでしょう。相当な魔力を消費しておられたようですし、白い粉も服用されていたようですしね』
「そうだったんですの。はぁ……仕方ありませんね。では、次の機会をうかがうとしましょう………あれ、ですわ?」
そこまで言ってエルジャはふと気づく。
そう言えば、自分は先ほどから誰と話をしているのだろか?
『ほう……何の機会をうかがうんですか?』
手足が震える。
ダラダラと嫌な汗が滝の様に流れる。
マズイ、マズイ、やばいやばいやばい。
振り向いちゃいけない。
『―――妙な胸騒ぎがして、急いで駆けつけてみましたが、正解でしたね』
ぽんと、彼女の肩に手が置かれる。
それは彼女にとって死の宣告。
ギギギと、錆びついた機械の様に振り向くエルジャ。
「………あ、あははははは。アン様、奇遇ですわね、こんなところで」
そこには満面の笑みを浮かべるアンの姿。
『ええ、本当に奇遇ですね、エルジャ』
にっこり。
つられてにっこり。
「―――っ!」
ダッシュッ!
『甘いッッ!!』
だが、まわりこまれた!
関節をキメられた!
「ぐあっ」
にげられない!
にがさない!
ギギギギ。
『さて……エルジャ、色々と言いたいことはありますが、とりあえず確認しておきます。そんな姿で、アース様の寝所に一体何の用があったのですか?それもあれ程の戦いがやっと終わり、眷属達が皆、体を休めてるこのタイミングで?』
全てを察したうえでなおアンは質問する。
己が罪を告発しろと、裁判官は問うているのだ。
捌かれる罪人は表情を暗くするばかり。
「え、えっと……ああああの……そのぅ……」
『どうやら、まだお説教が足りなかったようですね。さあ、中層で存分にお話ししましょうか―――』
判決は下された。
死刑だ。
「イヤァァァァァァーーですわぁぁぁぁーー……」
エルジャの叫び声が深層に木霊する。
ガリガリと地面を掻きながら必死に抵抗を試みるエルジャ。
だが、アンには通用しない。
ずるずると引きずられ、彼女達は転移門の光の中へと消えて行った。
このあと無茶苦茶オシオキされた。
あれ程の戦いを経てなお、彼女達はこんな調子である。
だが、ダンジョンにいつもの日常が戻ってきた。
そう感じさせるほのぼの?とした光景だと思う気がするような感じがするのであった。
◇◆◇◆◇
『―――っ。な、なんだろう?妙な寒気が……』
ダンジョンへ戻った後、俺は直ぐに移動し、エリベルの研究所にて肉体の検査をしていた。
なぜだかわからないが、そうした方が良い気がしたからだ。
妙な悪寒がして転移してすぐにエリベルの研究所に移動したけど、果たして正解だったのだろうか?
まあ、いいか。
地龍型ゴーレムやらエリベルやレーナロイドの魔力の代替をしたりで、魔力を大量に消費したし、薬の反動も怖いんで、素の肉体にどんな影響が出てるかどうかを調べているのだ。
んで、その結果は、
『ふぅーどうやら問題はないみたいだな』
ギジーを通じて、肉体の解析を行って貰ったが、薬の効果は安定しており、緩やかに元の状態に戻ってゆくとの事。
前みたいに、いきなり気絶するような感じじゃなくて良かった。
ちなみに今この場に居るのは俺とエリベル、そして迷宮核のギジーだけだ。
ベルクは隣の部屋で治療中である。
どうやら敵にやられた怪我よりも、俺に轢かれた方のダメージが大きいらしい。
ごめんね、ベルク。
怪我治ったら美味しい魔石おごってあげるから。
「どうやら、白い粉に対してだいぶ“耐性”が付いて来たようね。精神値も安定、魔力も凄い勢いで回復してるわ。アンタホント化物ね」
エリベルは椅子に腰かけながら、そう分析する。
ちなみにその姿は未だに人間の時のままだ。
本当ならこっちが本来の姿の筈なのに、骸骨の姿に慣れた所為か、生身の違和感を感じてしまう。
ちなみに、その装いは現在も全裸ローブ。
チラチラ太ももや谷間が見える。
さっさと戻ってくんないかなー。
その姿のお前って、なんかやりづらいんだよ。
やっぱ見た目って大事だわ。
「……なによ、さっきから人の事ジロジロ見て。発情でもした?」
俺に視線に気付いたのか、怪訝そうな顔をするエリベル。
『あ、いや……その、いつまで人間の姿してるのかなーと。つーか発情はしねぇよ!』
言った瞬間、しまったと思った。
絶対怒られると思ったからだ。
だが、予想に反してエリベルからの叱責は飛んでこない。
それどころか、エリベルはため息をついて額に手を置く。
予想外の反応だ。
「あー……その事なんだけどね」
ぼりぼりと、今は銀髪の頭を掻きながらぽつりと言う。
「………………………戻れないのよ」
『は?』
一瞬何を言ったのか分からなかった。
「だから、戻れないって言ったのよ。しばらくの間はこの姿のままで過ごすから、よろしくね」
『はぁ!?どういう事だよ?』
骸骨じゃないエリベルなんて、ワンって鳴くニワトリ並みに違和感あるぞ。
もしくはニャーと鳴くカエル。
「……アンタ、今すっげー失礼なこと考えて無い?」
鋭い。
だがシラを切りましょう。
『別に考えてねーよ。それよりも、戻れないってどういう事だよ?』
問い詰めると、エリベルは深い溜息と共に口を開く。
「“聖域踏破”の反動よ……。あれ使ったおかげで、私はしばらくの間、“魔術”が使えなくなったの。姿もこの状態のまま固定。肉の身体のアンデッド……どっちかと言えば、ゾンビに近い状態かしらね」
その声はかなり沈んでいる。
マジかよ……。
そりゃあ、あんなとんでもない魔術をノーリスクで使えるわけはないと思ってはいたけど、それにしたってこれは……。
『……ちなみに、どのくらいの間、魔術が使えなくなるんだ?』
「そうね……ざっと見積もって千年くらいかしらね」
『せっ―――じょ、冗談だろ!?』
「冗談でもなんでもないわよ。私がこの手の話で嘘や冗談いう訳ないでしょ。“聖域踏破”は“ダンジョン破壊術式”の原型みたいな魔術だからね。その分、反動もデカいのよ」
顎に手を突きながら、エリベルは端末を操作する。
“ダンジョン破壊”……好きなようにダンジョンを破壊できる代わりに、一回使えば百年間は使えなくなるって術式。
確かに考えてみれば、“支配”と“干渉”を極めた“聖域踏破”と思い通りの破壊をもたらす“ダンジョン破壊”は似通った部分がある。
というよりも、“聖域踏破”を改良して作り上げた術式が“ダンジョン破壊”なのだろう。
「といっても、ずっとこのままでいるつもりは無いわ。ギジーと一緒に、私自身の魔力回路を少しずつ改変して、新しい肉体に組み替えるわ。成功すれば、また魔術が使えるようになるでしょうね。……ま、それでも数年は掛かるでしょうけど」
『そうか……』
それを聞いて取り合えずほっとする。
深く息を吐いた俺を、エリベルはじぃっと俺の事を見つめてくる。
「………」
『なんだよ?』
「……いいの?」
『なにがだ?』
「今の私は、魔術が使えないのよ?身体能力的にもその辺の人間と変わらない。魔道具の作成やダンジョンの強化だって、ギジーやアンタを通さないと殆ど出来なくなるのよ?」
『ああ、そうだろうな』
何が言いたいんだエリベルは?
「その……ア、アンタはそれでも良い訳!?つまり私が、その……前よりも弱く……いや、お荷物になるかもしれないのよ?それでも、アンタはいいの?」
『へ?別にいいじゃん。ていうか、ぶっちゃけ“その程度のリスク”で安心したわ。てっきり、この戦いのあと私死ぬんだ……位に思ったりもしちゃったからさ』
なるべく思わない様にしていたが、あの時のエリベルはその位鬼気迫るものがあった。
それに比べれば、魔術が使えなくなる位へでもない。
誰かが死んでいなくなるよりかは遥かにマシで最高じゃないか。
「…………」
あっけらかんと言う俺に対し、エリベルはポカーンと口を開ける。
あれ?何そのリアクション?
『なんだよ?まさか、使えなくなったから、ダンジョンから追い出されるとかそんなこと考えてたなら、本気で怒るぞ?』
「いや、そうじゃなくて……その……あーもう!」
ガシガシと乱暴に自分の頭を掻くエリベル。
おい、禿げるぞ?
「全く、アンタがそんなアホだから、深刻に考えてるこっちが馬鹿みたいに思えて来るじゃない……………ホントに、馬鹿なんだから」
なんか酷い言われようなんですけど?
「はぁ……でも、そうね。“その程度”で済んだと、そう考える方が良いかもしれないわね。だから、きっとこう言うべきなのね―――」
そう言って、エリベルは俺に手を差し出す。
「―――アース、悪いんだけど、“これからも頼らせてもらうわ”」
そう言った。
そう、言ってくれた。
俺は嬉しくて笑う。
返答は決まってる。
『当たり前だろ』
にかっと笑って、俺はそう答えた。
ま、これで一件落着だな。
こうして、長い長い戦いに終わりが告げられた。
◇◆◇◆◇
―――その後、その他、もろもろの検査も全て終わった。
アンをはじめとした眷属達も帰還を確認済みだ。
途中、中層の映像画面に妙なものが映っていた気がしたけど、見なかった事にした。
「さてと、それじゃあ、これから忙しくなるわね。ダンジョンの修理に、あのクソ婆からいろいろ情報聞かなきゃいけないしね」
『あー、そう言えば、そのうちこっちに来るとか言ってたな』
「ええ、すっげー嫌だけど、仕方ないわね」
露骨に顔を顰めるエリベル。
おいおい、そんなに嫌ってやるなよ。
一応、今回の事件の功労者なんだし。
「リアスの仲間の情報も聞きたいしね。“雷斬り”やその仲間はほっとくと厄介だろうし」
『ん?そういや、誰だよ、その“雷斬り”って』
戦いの最中も何回か、聞いてたような気もする。
聞く暇なかったけど。
「ああ、そう言えば言ってなかったわね。アンタが帝城で轢いたラウって大男の仲間よ。倭の国の冒険者で、かなり強くて有名な奴よ。名前は確か―――アオバ・キリシマって言ったかしら。あの婆は、キリシマ・アオバって呼んでたけど」
『………………は?』
一瞬、聞き間違いかと思った。
「あれ?聞こえなかった?“雷斬り”キリシマ・アオバ。何人か腕利きの仲間がいた様だし、ひょっとしたら私達のダンジョンにも―――」
『どんな奴だった!?』
エリベルが言い終えるよりも先に俺は口を開いていた。
自分でも、びっくりするくらい大きな声が出た。
「えっ?」
『いいから!教えてくれ!そいつは、そのアオバって野郎はどんな姿をしていた!?』
でも、すぐに確かめなくちゃいけなかった。
「な、なによ?どうしたの?ええと……あーもう、記憶送信が使えないと不便ね。ギジー、私の記憶を映像化して」
ギジーの端末が伸び、エリベルの頭にくっつく。
『―――解析。映像ヲ再生シマス』
極彩色の球体から立体的な映像が浮かび上がる。
それは、エリベルが霧の結界を破り、ベルクらと共に、帝都に侵入する映像だった。
その中に―――そいつはいた。
冴えない黒髪の青年だった。
どこにでも良そうな平凡な容姿、体型。
だが、目つきだけは異様に鋭い。
不良に間違えられそうな三白眼。
―――間違い、無かった。
なんで……どうして……?
「映像見て分かると思うけど、このあとクソ婆がこいつの相手をしてくれたおかげで、私達は―――」
エリベルの説明も何もかも、俺の耳には入って来なかった。
どういう事だよ……。
だって……だって……そんなの、あり得ない。
嫌な汗が背中を伝う。
息が荒い。
動機が止まらない。
だって、居る筈が無いんだ。
その“名前”が―――“その姿”の奴が、この世界に居る筈が無い。
だって――――。
キリシマ・アオバは―――。
きりしま・あおばは―――
―――斬嶋青葉は、俺の前世の名前だ。
映像に映し出されているのは、和服を着た前世の俺の姿だった。
なんでだよ?
一体どういう事なんだよ?
何で俺と同じ名前、同じ姿の奴が、この世界に居るんだ?
ぐるぐる、ぐるぐると。
言い様の無い不安と、答えの出ない疑問が俺の頭の中を駆け巡っていた。
第九章『死龍~千年の祈り~』 了
次章 第十章『魔王と三人の転生者』編へ続く
第十章に入る前に、ヒロイン達の番外編を投稿します。
詳しくは活動報告をご覧ください。




