30.エピローグ1 彼らは歩みを止めない
お待たせしました。
第九章エピローグになります。
前回が短かったから、ちょっと長めです。
後半は人間サイド、そしてとある二匹の会話になります。
といっても、とりあえず、なにからを聞けばいいんだろうか?
俺は目の前で跪いている美女二人、いや二“匹”を見る。
多分今の姿は仮初の姿だろう。
天龍ヤムゥや聖龍エルジャと同じ。
力を押さえて人型を保ってるって感じがする。
神災龍王ギブルの眷属である二匹。
一匹は牛のような角に青い肌、人とは思えない程の美貌を持つクシャスラ。
もう一匹は二メートルを超す長身でありながら、抜群のプロポーションを持ち、ツムギ以上に長い髪で瞳を隠し、表情をのぞかせないグルファン。
「……」
「……」
そんな二人は、頭を下げたまま身動き一つしない。
でもどこかウズウズしてる。
なんか今か今かと俺の言葉を待っている感が、凄い伝わってくる。
あれ何この態度?
これってあれか?俺がギブルの息子だからか?
偉い人の秘書やメイドさんは、その息子さんにもとりあえず敬意を払って接するみたいなもんか?
だが、相手は秘書でもメイドでもない。
ギブルの眷属、星脈の魔物―――正真正銘の化け物だ。
こうして近づかれると、その魔力が嫌と言う程伝わってくる。
この感じ……どう考えても、こいつら天龍ヤムゥ並みの力を持っている。
いや、ヘタしたらそれ以上か……。
間違いなく、神災級だ。おいおい勘弁してくれよ。
公式で確認されている神災級はギブルを含めて三体だけ。
神災龍王ギブル、夢霧ジョーカー、それと皇獣アジルとか言う訳の分からない魔物。
だけどそれはあくまで、人間の公式記録だ。
人間に確認されていないだけで、天龍ヤムゥや聖龍ハルシャ・ルード、そしてそこに転がってる死龍ウロヌスなんかは、明らかに神災級の力を持っていた。
もっといても不思議じゃないと思ってたけど、こうもあっさり出会うなんて。
神災級のバーゲンセールかなんかかよ……。
視線だけ動かしてギブルの方を見る。
頷かれた。
いや、何頷きだよそれ?
何だよ?何か言えってか?
……なに言えばいいの?
戦いの緊張感もほぐれて、なんかもう頭の中がぐっちゃなんですけど。
何か聞こうとして、何も思い浮かばなくなってるんですけど。
「あ、あのアース様……?」
『ひゃ、ひゃい?』
噛んじゃった。
でも向こうは気にして無さそう。
良かった。
「お会いできて、光栄です。まさかギブル様のご子息にお会い出来る日が来ようとは……」
「……(コクコク)」
俺が話しかけないからか、向こうから声を掛けてきた。
随分興奮した様子だ。
グルファンは無口なのか、それでも長い髪の間から高揚した頬が見える。
「ギブル様より、お噂はかねがね伺っておりましたが、想像以上でした。その溢れんばかりの魔力。子龍でありながらも凛々しい御姿。間違いなく貴方様は神災龍王の血を引く者だと確信しました。そう、我らが頂点に君臨する御方だと」
「……(コクコク)」
ボロボロの憑代状態の俺を褒めちぎるギブルの眷属達。
すっごいキラキラした目で俺の方見てる。
でも、なんだろう?
全然、褒められてる気がしないんですけど?
そもそもこの体、偽物だからね?
本体、未だに地の底だからね。
あ、そう考えれば結局ダンジョンの中俺だけが引き籠ったままだったのか。
まあ、それは今はいいや。
ともかく、なんか言わないと。
『えーっと、その……』
「―――それで、ギブルの眷属が今更何しにきたわけよ?ていうか、アンタらが最初から来てくれてたら、相当戦いが楽になってたと思うんだけど?」
と、混乱してる俺をよそに、エリベルが質問してくれた。
遠慮のないズケズケとした物言い。
ホント良い根性してるなコイツ。
でも、今はありがたいわ。
俺の代わりに言いたい事言ってくれたし。
「ん?」
じぃっと角の生えた青い肌の女性―――クシャスラがエリベルの方を見つめる。
そして首をかしげた。
あれ、居たの?そんな風な仕草。
それは今までエリベルの事が視えていなかったかのような感じだ。
「アナタは……“賢者”とか呼ばれていた人間でしたか?名前は……確かエリベル・レーベンヘルツ……でしたっけ?」
「あら?私の事知ってるのね」
「ええ、アナタの事は“彼女”から良く聞いていましたから」
ですが、とクシャスラは続ける。
「―――正直、この程度の魔術師なのかと、少々失望をしましたが……」
「……何ですって?」
ビキリとエリベルの額に青筋が浮かぶ。
「仮にも、アース様やギブル様の力添えがあったとはいえ、あのウロヌス様を下した人間。どれほどのなものかと、期待していたのですが……想像以上に想像以下でした。彼女は随分と貴女の事を過大評価していたようですね」
そう言ってクシャスラは大きなため息をつく。
エリベルのこめかみがひくついてる。
「ああ、気を悪くしないでい下さい。あくまで、“人間”としての基準ならば、アナタは十分にお強いでしょう。人の身で霊王級の魔術を扱えるのですから。誇っていいと思いますよ……。ええ、そうですね。星脈の眷属たる我々と比べるのが間違っていたのです。申し訳ありません」
そう言って、頭を下げる。
明らかな上から目線。
その言動の一つ一つが、こちらをバカにしてるとしか思えない。
完全にケンカ売ってるだろコレ、
でもまあ、こんな見え見えの安い挑発に乗るわけが―――
「……へぇ、上等じゃない。私の魔術、よっぽどその身で味わいたいようね?」
乗ったよ。
簡単に食いついたよこの賢者。
そうだった。こいつ意外と煽り耐性無かったんだった。
「うーん……私も、ちょーっと許せないかなぁ……。エリちゃんをからかっていいのは、わ・た・し!だけの特権なんだしね」
こっちはこっちで妙な対抗心を燃やしてる地味魔女。
「ん?誰ですか、この地味な女は?余りに存在感が無かったので気づきませんでしたよ」
「つーかアンタは黙ってなさいよ、クソ婆。今は私が話してんの」
「がーん!!!」
だが、二人からの容赦ない言葉によってその場にうずくまる。
体育座りで、のの字を書いてる。ちょっと可哀そう。
ていうか、せっかく戦いが終わったって言うのに、なんだよこの一触即発な空気。
なんでこうなった?
「はぁ……クシャスラ、止めなさい」
溜息と共に、ギブルはクシャスラを制す。
「ですが、ギブル様、私は―――」
「“やめろ”―――と言ったのです。聞こえなかったのですか?」
ゾッとする程の冷たい声音。
それは普段の俺に見せる姿とは全く別の顔。
ダンジョンの支配者としてのギブルの姿だった。
その言動に、クシャスラはすぐさま頭を下げた。
「―――っ、も、申し訳ありません……」
「構いません。ですが、次に同じ様な事をすれば、その時はアナタの首を刎ねます。良いですね?」
そう言って、再び俺の方を見る。
ごくり。
「すいません、アース。私の眷属が無礼を働きましたね。なので、私から代わりに説明しましょう」
だが、声音にはいつもの温かさが戻っている。
よかった。
「彼女たちは遅れてきたのではなく。私そうが命じたのです。この戦いが終わるまで、ダンジョンで待機する様にと」
『へ?なんでそんな……?』
さっきエリベルが言ったように、この二人が戦いに加わってたら、相当な戦力になっただろうに。
「“相性”の問題……とでも言えばいいのでしょうかね。彼女たちの力は私が一番よく知っています。彼女たちの能力は非常に強力ですが、ウロヌスを相手にするには少々厳しいのです」
ウロヌスの能力―――“滅尽”と“異形”。
究極的なまでに破壊を極めた固有術式。
自らを極限まで高めることが出来る“暴食”とは真逆の力だ。
あの力の前じゃあ、大抵の奴は相性どころの問題じゃないと思うけどなぁ。
「ウロヌスを相手にするには、私が一番適任でした。それになにより……他の者に任せたくなかったのです。他の誰でもない、私自身の手で、あの子を倒すことが私の義務でり、“罪”であるとそう思ったから……。結果的には、貴方達に頼ってしまう形になってしまいましたが」
そう言って、ギブルは俺達を見る。
俺を、エリベルを、レーナロイドを順々に。
そして、頭を下げた。
「なっ、ギブル様っ!?」
「……っ」
愕然とするクシャスラ達。
ギブルの頭を下げた光景はそれ程に衝撃的だったのだろう。
「改めて、お礼を言います。アース、そして皆さん。貴方達の力が無ければ、私はウロヌスを止められなかった。感謝してもしきれません……」
クシャスラは何か言いたそうだったが、隣に居たグルファンに釘を制され大人しくしていた。
しばらくして、ギブルは顔を上げる。
「では、グルファン、頼みます」
「………はい……」
白い長い髪の女性―――グルファンが倒れているウロヌスに向けて手をかざす。
すると、白い包帯のようなモノがウロヌスを包み込んでゆく。
あっという間にぐるぐる巻きにされ、白い繭の様なものが出来上がる。
いや、どっちかと言えばぐるぐる巻きのミイラか?
「……終わり、ました……」
グルファンは包まれたウロヌスを抱える。
『まさか、それで封印が終わったのか?』
「いいえ、あくまでも一時的な処置です。このまま、星脈のダンジョンへと連れ帰り、そこで本格的な封印を施します。以前よりも、より強力な封印を。二度と、この子が目覚めることが無い様に―――」
やはり姉弟だからだろうか?
ギブルの声にはどこか悲しさと寂しさが漂っていた。
「クシャスラ」
「はっ」
次にクシャスラが何もない虚空に手をかざす。
直ぐに転移門が現れる。
「では、アース。また会いましょう。しばらくは会えそうにありませんが、次に会う時には、より強くなっている事を願っていますよ」
「失礼します、アース様」
「……ばいばい……」
そう言って、ギブルは眷属達と共に転移門の光の中へ消えて行った。
「ふぅー……」
完全に三人が消えたのを見て、俺は溜息をつく。
なんか、どっと疲れた。
「……終わったわね」
『ああ、終わったな……』
エリベルは、んーと伸びをする。
「私達も帰りましょうか?」
『そうだな。帰ろう、俺達のダンジョンに』
ギジーに信号を送る。
するとすぐに転移門が開いた。
青白い光が俺達を包み込む。
「それじゃあ、エリちゃん。近いうちに遊びに行くからねー。ちゃんと待っててよ?」
笑ながらレーナロイドはぶんぶんと手を振っている。
遊びに行くのが楽しみで仕方ないのだろう。小学生かよ。
エリベルはバツの悪そうな顔を浮かべ、ぷいっと横を向いた。
『ぷっ』
その態度に、思わず笑ってしまう。
「何笑ってんのよ!」
蹴られた。
痛いじゃないか!
ぎゃーぎゃーと二人して喚きながら、光が強くなってゆく。
「仲良いねー。んじゃ、エリちゃん、アース君、またね―――」
周囲の景色が、薄くなってゆく。
そして、俺達は帝都を後にした。
◇◆◇◆◇
視界が暗転し、目の前には俺の本来の身体が横たわっている。
直ぐに俺は意識を切り替える。
『―――――………』
ゆっくりと、体を動かす。
大丈夫だ、きちんと動く。
薬の反動も……まだ無さそうだ。
ふぅー…と深い溜息をつく。
帰ってきたんだなぁ。
むき出しの土壁と、光魔石の明かりを見ながら、俺はダンジョンに―――マイホームに戻ってきたことを実感する。
そのままおもむろに地面を掘り、魔石を取り出す。
ボリボリ―――ごっくん。
ああ、美味い。
やっぱこれだよこれ。
「はぁー……なんだか、久々に帰ってきた気がするわー……」
そう言って、エリベルは再び俺の横腹に腰かけてくる。
お前何気にそこ定位置にしようとしてない?
「あ、そうだ。一応、帰ってきたんだし、言わなきゃいけない言葉があるわよね」
『あ、そう言えばそうだな』
家に戻ってきたんだ。
なら、この言葉を言わないと始まらない。
俺とエリベルは顔を見合わせ、そして笑う。
万感の意を込めて、その言葉を発そう。
『「―――“ただいま”」』
長い長い戦いがようやく終わった。
◇◆◇◆◇
戦いが終わり安堵しているのはアースだけではなかった。
地上――ー帝都に住む住民たちもまた戦いが終わったことをようやく自覚していた。
見たことも無いも魔物の群れが空から現れ、青白い光と共にキラー・アントやゴーレム、そして魔物達が溢れ出したり、龍王種同士が激突するという人間達にとっては悪夢のような時間がようやく終わったのだ。
だが、その傷跡は深い。
多くの人が死に、町は壊滅状態となり、各国の重鎮たちも慌てふためいていた。
誰もかれもが不安に駆られていた。
一体これから自分達はどうなってしまうのかと。
そんな中でも、前に進もうとする強い者たちは確かに居た。
例えば、帝城回廊にて―――。
皇帝カグリアスは鎧武者の去った場所を眺めていた。
謎の魔物達が突如消滅した後、あの鎧武者も自分の役目は終わりだと言わんばかりに、現れた転移門の中へと消えて行った。
最初は引きとめようともした。
だが直ぐに、引き止めてどうする気だと自分に問いかけ、結局鎧武者が去るのを黙って見ているしかなかった。
「……はぁー強かったなぁーアイツは……」
突如現れた見たことも無い魔物達。
それを相手にしても決して臆する事無く立ち向かう気迫。
力任せではない洗練された武技。
針に糸を通すがごとき繊細な魔力操作。
どれをとっても一級品。
あの力は間違いなく王級……いや、災害級に届いているだろう。
それほどに、あの鎧武者の力は圧倒的だった。
「あん時は、手加減されてたとは思わなかったんだがなぁ……」
以前カグリアスは、八大迷宮ファーブニルで、あの鎧武者と戦った事がある。
と言ってもすぐに宰相の邪魔が入り、結局勝負はうやむやのままだった。
だが、あの時点ではまだ自分の方が勝っていると思っていた。
あれからさらに強くなったという事だろう。
全くとんでもない魔物だ。
自然と笑みが深くなる。
同時に体が震える。
わき上がる感情は恐怖ではない―――喜びだ。
強者との戦闘。
己の力を存分に発揮できる好敵手との出会い。
ダンジョン狂いとされる皇帝にとってこれほどの喜びはない。
ああ、最高だ。
今までは、ファーブニルの最奥に居ると言われる“四ノ鉱”と呼ばれる魔物達を目指しダンジョンを攻略してきた。
だが、それ以上の相手に出会えた。
確信する。
あれこそが自分が挑むべき相手だ。
「あの魔物は余の獲物だ……誰にも渡さん」
今すぐ、あのダンジョン―――ファーブニルに乗り込んで剣を交えたい衝動に駆られてしまう。
だが、それはまだお預けだ。
自分はこの国の皇帝であり、今この国はかつてない程に疲弊しているのだから。
それでもやるべき事は変わらない。
皇帝として民を導く。
そして、暇を見てダンジョンへ潜り戦う。
それだけだ。
「はぁ……ホント、誰か余の代わりに皇帝の仕事やってくれないもんかねぇ……」
皇帝にあるまじき愚痴を呟きながら、カグリアスはリンウと数名の騎士達と共に、大陸会議の代表たちが待つ結界へと向かった。
その後、城外での龍王種同士の闘争、新たな地龍の確認、ファーブニル天蓋の破壊、市街の壊滅的状況、大陸会議の延長、それによる各国との協定と補償など、失神してしまいそうな山ほどの案件を聞かされ、同じく青い顔をした宰相と共に数か月執務室に缶詰めにされることになるのだが、それはまた別のお話。
また、帝城廊下にて―――。
異形との激闘の跡、シュヴァイン卿と黒ハイエナの牙は、ゆっくりと廊下を歩いていた。
帝城の中は、あちこちに異形の爪痕が残り、見るも無残な姿となっている。
おそらくは城下町も同じような状況だろう。
ただ、黒ハイエナのメンバーに限って言えば、その世紀末な見た目も相まって、景色に非常によく溶け込んでいるのだが、それを突っ込むのは野暮というモノだろう。
途中途中で、怪我人を見つけ助けようとしたが、その度に怯えられながらも治療を施す。
その後怯えられながらも、感謝されるという行動を繰り返してきたが、それも何とか目途が付き、ようやく自分達の治療を行っていた。
ちなみに、治療師はグラサンだ。
何気に将級レベルの治療魔術を扱える凄腕だったりする。
「そういやぁ、ダンナ」
不意に、リーダーのモヒカン、サブが口を開く。
「んん~、なぁんでしょうか?」
「ダンナはあの小娘とスライムの事、何か知ってる様でしたが、一体どういった経緯で知り合ったんですかい?」
あの小娘とスライム―――芋虫型の魔物に襲われ、あわやピンチとなった際に、颯爽と現れた一人と一匹。
一人と一匹は戦い続け、遂には無傷であの恐るべき魔物を魔物を倒してしまったのだ。
正確に言えば、弱らせたところを、あのスライムが捕食し、喰らったのだ。
サブはあれ程の強力なスライムを見たことが無い。
スライムと言えば、雑魚の代名詞とも呼べる魔物だ。
小さく、木の棒を持った子供でも倒せてしまう最弱種。
だが、稀に、本当に極稀にだが、異常個体と呼ばれるスライムが出現することがある。
あの桁外れの魔力や戦闘能力は、正にその異常個体の典型だ。
数百年前に出現した、半ば伝説となっている町一つを飲み込んだ災害級スライム。
アレはそれに匹敵するのではないか、そう思ってしまう程の異常個体だった。
また、それを従えていた少女の方は、かつて魔術都市エンデュミオンからのダンジョン調査依頼の際に出会っている。当時の記憶は所々曖昧だが、確かにあの少女だった筈だ。
その経緯もきちんと豚――-じゃなかったシュヴァイン卿―――に説明した。
「………そうですねぇ」
シュヴァイン卿は僅かに逡巡した後に、口を開く。
「ここへ来る少し前の事です。魔術都市へ向かうのにアッド山脈の転移門を利用したことがあったんです。……お恥ずかしい話になるのですが、その際に、妻と一緒に道に迷ってしまいましてねぇ……」
「迷ったって、あのアッド山脈でですかい!?」
ええ、と恥ずかしそうに豚(シュヴァイン卿)は額に手をやる。
気持ち悪い。
だが、サブの驚きも無理はないだろう。
アッド山脈は年中雪に覆われた豪雪地帯だ。
毎年何人もの遭難者が出ており、命を落としているのだ。
一体どうして助かったのかと、サブは次の言葉を待った。
「正直な話、私も妻も一時は死を覚悟したんですよぉ。でも、そんな時です。あの女の子とスライムが現れたんですよぉ。どこからともなくねぇ。そして、親切に道を教えてくれたんですよぉ」
当時の事は今でも鮮明に覚えている。
凍える様な吹雪の中、妻と二人抱き合って震えていた。
そんな中、突如聞こえた小さな足音。
そして現れた少女とスライム。
周りの景色とは似ても似つかぬ、あまりにも不釣り合いな光景。
最初は、死の直前に見る幻覚かと思ったほどだ。
―――へぇー魔物も道に迷うんだねー。ねえねえオークさん、洞窟はあっちだよー。
―――ぷるぷー。
―――でもオークとエルフの組み合わせって初めて見たー。
―――ぷぷー。
―――魔物を助ければ、きっとお父ーさんに褒められるよねー。
―――ぷっぷー。
今思えば、そもそも人間として認識されてなかった気がするが、まあそれは置いておこう。
当時の事を思い出し、シュヴァイン卿はほほ笑む。
その笑顔が非常に気持ち悪い。
「これで二度……あの少女とスライムに助けられましたねぇ。魔物や魔族にも、ああいうのがいるのだと、改めて認識させられましたよ……」
魔物や魔族にも知性があり、意志がある。
だが、それ故に人と魔物は争ってきた。
五百年前、魔王によって引き起こされた人魔大戦。
二百年前に、魔王の遺志を継ぐ者たちによって引き起こされた聖魔戦争。
五百年前は勇者によって、二百年前は賢者によってそれぞれの戦いは終結している。
魔物と魔族は、人とは決して相容れない存在というのが世間の常識だ。
それでも―――。
「我々がほんの少し考えを改め、手を差し伸べれば分かり合える存在なのかもしれないとねぇ……ぬっふっふぅ……」
どうにも言葉の裏を勘ぐってしまいそうな発言であるが、彼に限って言えばそれは無い。
言葉の通りの意味だ。
ほとんどの魔族は、大戦の折にいずこかへ姿を消したが、リンウの様に、皇帝に認められ、帝国のお抱えとなった魔族だっている。
分かり合えるはずなのだ。
だからこそ、彼は尽力してきた。
人族から疎まれていた亜人――人狼族やエルフ、オーク族などに、人権を認め、手と取り合えるような街を作ったように。
奴隷となった魔族の子供たちを解放し、彼の経営する孤児院で分け隔てなく愛情を注いできたように。
無論、世間では、そんな彼を非難する者も少なくない。
亜人狂い、人族の面汚し、豚、魔族の間者。
いわれのない罵倒もいくらだって受けてきた、
だが、それでも彼は信じてる。
古くから続く人と魔の確執。
だが、それでも―――自分達は分かり合える存在だと。
共に手を取り合い、分かり合って生きていくことが出来るのだと。
「頑張らなければいけませんねぇ、まだまだ、色々と……ぬっふっふっふ……」
自分の帰りを待つエルフの妻、そして孤児院の子ども達の事を思い浮かべ、シュヴァイン卿は笑みを深くする。
そこにある筈の未来を信じて。
そして、ファーブニル天蓋跡地にて―――。
ボロボロになった瓦礫の中。
『穿界』ベルディー・レイブンは、物陰が作り出す影の中で空を見上げていた。
酷い有様だった。
元々最低限の装備しかしていないが、その露出が更にひどくなっている。
傷口から流れ出る血によって、体も真っ赤に染まり、地面には血だまりが出来ている。
控えめに言っても重傷。
相棒の紅い槍を地面に突き刺し、杖の代わりする。
それほどの傷でも、意識を失わないのは、Sランク冒険者としての矜持ゆえだろうか。
それとも覚醒した左目の力の所為か……。
まあ、どちらでも構わない。
「……」
先ほどまでの死闘が嘘のように静まりかえった静寂の世界。
突如として消滅した異形の魔物達。
そいつらが消えると同時に、あの黒蟻も、途中から現れた謎の白いドレスを纏った少女も転移門の光の中へと消えて行った。
もはやボロボロのベルディーにそれをどうこうすることが出来ず、ただその光景を見据えることしか出来なかった。
いや、もし体が動いたとしても、あの場であの黒蟻に手を出しただろうか?
答えは、否だ。
そのような決着のつけ方は彼女の望むべきものじゃない。
消える直前、あの黒蟻が自分に対して何かを言っていたような気がしたが、そんな事ももはやどうでもよかった。
「……また一から鍛え直しだな……」
奇妙な感覚が、彼女の中に芽生えていた。
あの戦いで、彼女は自分の中に在る感情を全てさらけ出し、その上であの黒蟻と共闘した。
憎むべき相手と、背中を合わせて。
「なんなのだろうな、この気持ちは」
この胸に宿る奇妙な感覚が何であるのか、答えは出ない。
でも、ベルディーはゆっくりと足を動かす。
前に、前に。
力を付けなくてはいけない。
この左目に見合うだけの力を―――心を身につけなくては、いつまでたってもあの黒蟻は攻略できない。
何度死に掛けたが分からないが、それに見合った収穫はあった。
伸び代はある。自分はまだまだ強くなれる。
相棒の紅い槍と共に、もっと先へ―――。
「ふっ……結局、私はどこまで行っても冒険者なのだな」
自嘲気味にそう呟いた。
戦う事、挑むこと、そして冒険する事。
泥臭く、血にまみれた茨の道。
だが、やはり、自分の生きる道はここなのだ。
そう、実感させられた。
黒蟻と少女が消えた場所を眺め、ベルディーは拳を握る。
「首を洗って待っていろ黒蟻。私は必ず貴様のダンジョンを攻略して見せる」
決心を新たに、相棒である紅い槍を手に、彼女は再び歩き出す。
その足取りには、何の迷いもなかった。
ただ、
「……そう言えば、何かを忘れている様な……」
何だったか?
そう言えば、戦いが始まる前、なぜ自分は帝都を走り回っていたんだったか?
思い出せない。
まあ、いいか。
忘れるのだし、どうせ大したことではないだろう。
そう思い、彼女はファーリーの元へと急いだ。
―――その後、彼女がヴァレッドの事を思い出し、郊外でボコボコの簀巻き状態になった彼を発見するのは、それから丸一日経ってからの事であった。
同じ戦いを経ても導き出す答えも同じとは限らない。
ある者は今までと変わらぬ道を。
ある者は更なる夢想を。
ある者は更に険しき茨の道を望んだ。
彼らの道が再び交わるかどうかは分からない。
それでも―――彼らは歩みを止めることは無いだろう。
その祈りの果てに―――望む結果があると信じているのだから。
そんな彼らに導かれ、人々はゆっくりとだが復興へ向けて歩み出していた。
そして―――。
聖地“龍の山脈”にて―――
「ちっ、結局、俺様は宴に参加じまいか……つまんねぇな」
「その大怪我だ、仕方ないだろう。命まで取らんかったギブル殿に感謝するんだな」
「ふんっ……ウロヌスとは俺様も決着つけたかったのによぅ……」
「お前、まだ千年前の事を悔いているのか?だが、あれはウロヌスの自業自得だ。あ奴は自ら望んで記憶を―――」
「黙れよ、ハルシャ。あの時、あの場所に居なかったテメェが知った様な口をきくんじゃねぇ……!」
「それを言うなら、あの場に居ながら、ギブル殿とウロヌスを止めることが出来なんだお前にも言えた義理ではないだろうがヤムゥ?」
「テメェ……ッ」
「あまり魔力を発してくれるな。眷属達が怯えてしまう。それに……その怒りは儂へのモノか?それとも、己自身へのモノか?なあ、“元”星脈第四階層守護者ヤムゥ?」
「……いつまでも過去の序列が通じると思ってんじゃねぇぞ、えぇ“元”星脈第六階層守護者ハルシャ・ルード?」
「………」
「………」
「はぁ……止そう。もう、終わった事だ。それよりも、これからの事を話すべきだ」
「これから……?そりゃ、アジルの事を言ってんのか?それとも、星脈の方か?」
「両方だ。お前は軽く見てるかもしれんが、ギブル殿が敗れたという事実は、お前が思っている以上に重い。たとえ先が長くない状態だったとしても、たとえお前との戦いで“力の半分以上”を消費した状態での戦いであったとしてもだ」
「………ちっ」
「頂点が揺らいだのだ。世界は荒れるだろう。グルファンやクシャスラが表に出てきたのが良い証拠だ。お前も、早く傷を癒せ。今の状態では、息子一人満足に守ることは出来んぞ」
「はっ、ならテメェみたいに未来の番い候補のトコロに預けろってか?笑わせやがる」
「エ、エルジャちゃんの婚約など、儂は認めた覚えはない!!あれは周囲が勝手に言っているだけだ!認めん、儂は断じて認めておらんぞ!!エルジャちゃんは儂が一生面倒をみるのだ!!」
「そぉーかい。でもよぉ、テメェもあのダンジョンが一番安全だって分かってたからこそ、エルジャを預けたんじゃねえのか?」
「…………だって、そうしないとエルジャちゃん儂の事パパって呼んでくれないし」
「は?」
「何でもない。気にするな」
「……まあいいさ。それよりも、ハルシャ。テメェはどこまで知ってやがるんだ?」
「何をだ?」
「とぼけんじゃねぇよ。アイツ……ギブルの息子、アースについてだ」
「………」
「俺様の目から見ても、ありゃ“異常”だ。魔力量、成長速度、魂に至るまで全部が全部常識から外れまくってやがる。テメェも見ただろう?あいつ、俺の力の結晶を“使い潰した”んだぜ?普通の魔物―――厄災クラスですら数年分の魔力を消費してやっと一発発動できるかどうかの力を、たった数分のうちにだ。それを生まれてわずか数年の子龍が、だ。それはつまり、既に覚醒した龍王並みの魔力量を持ってるって事だ。もっとも、本人はまだ全然それを扱いきれちゃいねぇがな」
「………」
「それだけじゃねぇ。アイツの眷属も異常だ。劣化したとはいえ人類最高峰の魔術師、歴史上たった一体しか確認されていなかったグラトニー・ヘル・スライム、極めつけはあの黒蟻の女王種だ。俺様にはこれが偶然とはとても思えねぇな」
「……何が言いたいのだ、ヤムゥ」
「アイツの父親は誰だ?」
「……」
「どうせテメェは知ってんだろ、ハルシャ?アースの父親の正体を。ギブルは一体誰と番いになった?」
「………」
「答えろよ」
「―――だ」
「……なに?」
「“ ”だ。もう、二度は言わんぞ」
「……嘘じゃなさそうだな」
「儂の言葉を信じるかどうかは、お前次第だ」
「…………クク、クハハ、ハッハッハッハッハッハ!!そうかよ!そういう事だったのかよ!はっ、おもしれえ、おもしれぇじゃねえか!あのクソ野郎、どこまでもふざけやがって……っ!!テメェの息子ですらそういう扱いかよ!!本当に変わっちゃいねぇ!千年前から、何一つ!!!あれだけの悲劇を起こして、まだ懲りてねぇのか!!」
「どこへ行く気だ?」
「安心しろ、帰るだけだ。だが、次の宴は、俺様も必ず参加する。今、そう決めた」
「そうか」
「俺様を止めるなら今だぞ、ハルシャ?」
「止めんさ、儂にはその資格はない。儂に出来るのは、ただこの聖地で今後の行く末を見守るだけだ」
「そうかよ。くくっ、楽しくなってきたじゃねぇか……ああ、いいぜ、最高だ。次こそは、必ずテメェを殺してやるよ、ギブル!テメェだけは絶対ぇ許しちゃおけねぇ……ッ!」
一つの戦いは、戦いの外に居た者たちにも波及する。
それは波紋となり水面を犯してゆく。
大きなうねりを伴って全てを飲み込むために。
それは惰眠と怠惰を願う一匹の地龍を再び戦いへと導いてゆく。
だが、それはまだ先の話。
次回はアース側のエピローグとなります。




