11.交錯し、動き出す
アースのダンジョン深層監視室にて―――。
『さてと……ウナとドスに連絡入れるかな』
エリベルと別れた後、俺は深層の監視室に来ていた。
ウナとドスに連絡を取るためだ。
昨日はあんなことがあって碌に連絡入れてなかったからなぁ。
外の様子も気になるしね。
通信の前に端末から映し出される映像を見る。
表層や入口付近の映像だ。
今日も、今日とて大盛況……なわけないか。
アッド山脈やグオル火山付近の入口や表層は、ある程度の人影はあるけど、ユグル大森林の表層ダンジョンは目に見えて人の気配がない。
まあ、当たり前だよな。
昨日あんなことがあったばっかりだし。
天龍ヤムゥによる水攻め。
アレの所為で、ユグル大森林の表層ダンジョンは大きな被害を受けた。
ダンジョンを攻略していた冒険者達はもちろん、入口付近で商売をしていた人間達も濁流に巻き込まれた。
ギジーによれば、相当な数の人間が死んだようだ。
となれば、当然近いうちに魔術都市エンデュミオンから調査隊が派遣されるだろう。
マジでどうしてくれるんだよ、コレ?
ヤムゥの野郎、とんでもない置き土産を残していきやがって……。
なんで龍王種って奴は他人の迷惑を考えない連中ばっかりなのかね?
モンスターペアレントの聖龍然り、唯我独尊俺様思考の天龍然り。
あ、ギブルもか。
というか俺の周り、人の話聞かない奴多すぎないか?
なんでだ?
やっぱ、長く生きると他人の事がどーでも良くなってくんのかなぁ……。
うん、そうはなりたくないなー……。
『ん……?』
そこで俺は違和感に気付いた。
『……アレ?エリベルのヤツ、外に出たのか?』
いつも感じているエリベルの魔力の気配。
それが、無くなっていた。
それだけじゃない、ベルクの気配も消えているな。
二人してダンジョンから居なくなるって事は―――。
『………散歩かな?』
気分転換に、リフレッシュとか?
まあ、いいか。
とりあえず、ドスとウナに連絡を………って、あれ?
今度は、体に違和感を感じた。
『何か、今一瞬、体から魔力が抜けたような感じが……?』
何かどこかに魔力が流れて行った感じがする。
気のせいかな?
まあ、別にいいか。
大した量じゃないし。
ていうか、なーんか、よくない事が起こりそうな気がするなぁ……。
そもそも大陸会議始まってから碌な事が無い。
初日に地龍(母)が来てダンジョンを滅茶苦茶にされて。
二日目に天龍(金髪)がやって来てダンジョンを滅茶苦茶にされて。
二度ある事は三度あるって言うし、この調子だと、今日もまた別の龍王種がやって来てダンジョンがまた滅茶苦茶になったりしてな。
なーんつって、ハハハー。
『…………』
嫌な汗が背中を伝う。
…………来ないよな?
フリじゃないよ、マジで。
妙な寒気を感じつつ、俺はウナとドスに連絡を取ろうと端末を操作した。
帝都郊外にて―――。
エリベルとリアス。
二人の女性が睨み合っていた。
静寂の中、先に口を開いたのはリアスだ。
「……久しぶりですね、エリベル“お嬢様”。随分と、お姿が変わられたようで、一瞬誰か分かりませんでしたよ」
「へぇ、そう……?その割には、一瞬で、私がエリベルだって分かったようだけど?」
皮肉交じりのリアスの発言にも、エリベルは平然とした様子だ。
「エリベルお嬢様の魔力を間違える事など有りませんよ。お元気そうで何よりです」
「ホント、皮肉にしか聞こえないわね……。まあ、別にこの姿になったこと自体はどうでもいいんだけどさー……いや、良くないか。おかげで幼女ペロれなくなったわけだし」
「……本当に相変わらずですね」
若干引いたような口調のリアスに対し、ぼりぼりとエリベルは自分の頭蓋を掻く。
「……んで、リアス。二百年ぶりに再会した私に対して、何か言うことは無いわけ?」
ギロリと、眼窩の炎を燃やしながらエリベルは訊ねる。
はて?とリアスは首をかしげた。
「特に……有りませんが?」
あっけらかんと言うリアス。
ビキリッとエリベルから骨の軋む音がする。
「……無い訳?本当に何も?私に言う事は無いって言うの?」
見れば、その拳が震えていた。
骨だけの拳から軋む音が聞こえる。
激情を押さえているのだろう。
それを見てリアスは溜息をつく。
「はぁ、主体性の無い質問ですね。エリベルお嬢様らしくないですよ?一体、私に何を聞きたいんですか?『ダンジョン破壊理論』や『大規模転移術式』など、お嬢様の研究成果を勝手に使用したことですか?それともベルクを唆し、お嬢様がアンデッド化しない様に仕向けた事ですか?それとも―――」
そこでリアスはいったん区切り、笑みを浮かべる。
「貴女のお姉様―――“ルリエル様”がお亡くなりになった事ですか?」
「――――っ!」
リアスがそう言った瞬間。
彼女へ向けて無数の氷の礫が発射された。
即座にリアスは防御術式を展開し、これを防ぐ。
その手にはいつの間にか、捩じれた一本の杖が握られていた。
「……危ないですね」
「やっぱり……“アレ”もアンタの仕業だったのねッ!」
激情のままに、エリベルは術式を展開、巨大な水と氷の龍が発生する。
それがリアスに向けて放たれる。
「そう申されましても、ルリエル様が死んだのは事故の様なものですし……私に責任はありませんよ」
リアスは風の術式を使い、軌道を変え、これを防ぐ。
「ふざけんじゃないわよ!お姉ちゃんがアンタを……アンタをッ!どれだけ信頼してたと思ってるのッッ!」
「そう言われましても困りますね。私はきちんと仕事はしておりましたので、それで恨まれるのは筋違いでございます。ああ、そう言えば、ルリエル様がお亡くなりになられてからでしたか……お嬢様がダンジョン造りに傾倒する様になったのは」
魔術が飛び交い、周囲の環境を変えながら、それでも二人は会話を続ける。
「まあ、でも、お嬢様の研究を勝手に使用したことやベルクを騙したことについては、きちんと謝りますよ。申し訳ありませんでした、許して下さい。……これで、良いですか?大体、二百年も前の事をいつまで根に持ってるんですか?」
「何ですってっ!」
「ふふっ、そんな事より、幼女を寄越せーって叫んでる方がお嬢様らしいですよ?」
くすりと笑いながらリアスは言う。
更に周囲に小さな竜巻が発生する。
それはうねりを伴ってエリベルに放たれた。
「―――ッ!!ふざけんじゃないわよ!アンタに幼女貰うくらいなら、奴隷市に行って自分で買うわよ!」
突っ込むところはそこだろうか?
若干話の論点がズレている様な気がしないでもないが、そこは置いておこう。
エリベルの前方にに発生した氷の壁が、竜巻を防ぐ。
ぎりりと、手に持った杖に力が籠る。
「ええ、そうですよね。そう言って、二百年前にも幼女奴隷ハーレムを作ろうとして、ルリエル様や周囲の皆に止められましたものね。あの時のお嬢様の表情は傑作でしたね、ふふふ」
リアスの周囲の土が盛り上がる。
そこから発生するのは即席のゴーレムだ。
大きさは人のそれと大して変わらない。
その数二十。
更に手には“錬金”で作り上げられた剣や斧が握られている。
「ルリエル様のゴーレムの精度には及びませんが、今のお嬢様ならこれでも十分通用しますよね?」
リアスの合図と共にゴーレム達は一斉に動き出す。
その動きは通常のゴーレムとは一線を画していた。
一流の冒険者さながらの動きで、ゴーレム達はエリベルに接近する。
「だからッ!アンタがお姉ちゃんの名前を口にするんじゃないわよッ!」
だが、エリベルもさるもの。
激情とは裏腹に、冷静に向かって来るゴーレム一体一体の魔力を瞬時に解析。
ゴーレムの“核”がどこに配置されているか、即座に把握する。
「ふんッ!」
杖を振りかぶると共に発生する氷弾。
それを正確に急所に魔術を打ち込むことで、瞬く間にゴーレム達を全滅させる。
エリベルは更に水の術式を展開し、リアスに向けて放った。
リアスはそれを紙一重で躱す。
「はぁ……本当に、エリベルお嬢様は面倒臭いですね。……時間もあまりないと言うのに……」
対してリアスはずっと冷静だ。
そもそも、この場にエリベルが現れたという事自体、まるで動じていない。
次の瞬間、リアスの魔力が跳ね上がった。
「―――っ!?」
「どうしたんですか?少しだけ、魔力を解放しただけですよ?」
今までは全く本気でなかったという事。
エリベルの眼窩の炎が驚愕に揺らめいた。
だが、直ぐに攻撃用の術式をリアスに向けて放つ。
対してリアスは、鬱陶しいハエを払うが如く、エリベルの放った術式を防御する。
そして、
「……生前のお嬢様ならまだしも、その程度のアンデッドに成り下がった今のお嬢様に私をどうこうすることは出来ませんよ」
発生する爆発的な風。
それは周囲の岩を砕き、大地を抉り、猛威を振るう。
エリベルは防御術式を展開するが、防ぎきれない。
そのまま、後方に在った岩へと体を叩きつけられる。
「あぐっ……!」
ビキリと骨のひび割れる音。
「賢者ではない、ただの貴女に用はありません」
捻じれた杖から神々しい光が発生する。
「さようなら、エリベルお嬢様」
直後、爆発的な風の術式がエリベルに向かって放たれた。
一方―――。
「うーん、これはどういう状況なのかねぇ……?」
事の成り行きを見守りながら、ヴァレッドは呟く。
先ほどから完全に置いてけぼりモードだ。
突然現れたあのアーク・スケルトンは一体何者なのだろうか?
流暢な言葉使いに、惚れ惚れする様な魔術の行使。
将級の魔物とはとても思えない。
ただ術式の使い方が、エクレウスに似ているのが気になるが、それは今は関係ないだろう。
「まあ、何にしてもとりあえずは―――」
リアスも、あの魔物もまとめて仕留めてしまおう。
そう思い、剣を構えて、二人の戦いに介入しようとした瞬間、六本腕の巨人が彼の前に立ち塞がった。
「……何の真似だい?」
「すまんが、そこで案山子になっていてはもらえんかのう?無粋な横槍を入れられるのは困るんじゃよ。なに、黙っていれば此方からお主に危害は加えんよ?ワシらの目的はあの女だけじゃからのう」
「へぇ……」
ヴァレッドの顔に笑みが浮かぶ。
「じゃあ、君が僕の相手をしてくれるのかねぇッ!さっきから訳の分からない事だらけで、ちょっとイライラしてるんだよ!」
ヴァレッドの体から魔力が溢れ出す。
それを見ながら、やれやれとベルクは首を振った。
「若い者は血の気が多いのぅ……」
そう言いながら、ベルクは己の肉体に魔力を込める。
エルダー・タイラント・ゴーレムと龍殺しの戦いが始まった。
そして、帝城にて―――。
大陸会議の会場は、混乱のるつぼと化していた。
主催国の皇帝が襲撃されたのだ。
しかも、その情報がどこからか漏れたらしい。
どこも代表も説明を求め、帝国もそれに追われ、とてもではないが会議を続けられる様子ではなかった。
そんな混沌うずめく会場にて、ボーっとしていたレーナロイドはその異変に気付く。
「……ん?」
会場の様子など気にも留めない。
彼女が気になったのは“外”の方だ。
「この気配……エリちゃんと……まさかリアスちゃんかい?」
眼を閉じ、神経を研ぎ澄ませ、魔力感知に集中する。
会議場に張られた結界は厄介だが、それでもレーナロイドの魔力操作の方が精度が上だ。
結界の隙間を縫うように、彼女は容易く外の魔力の気配を探る。
場所は帝都郊外の小さな丘の上。
人数は四人。
エリベル、ベルク、リアス……それにこの気配は龍殺しだろう。
最初の三人は分かるが、どうしてヴァレッドが一緒に居るのだろうか?
まあ、それはどうでもいいか。
「そっか、そっか。ようやく彼女に会えたんだね、エリちゃん」
凡そ平凡な笑みを浮かべながら、レーナロイドは言う。
「そうなれば、こうしちゃいられないね。私も混ぜてもらおーっと」
皇帝が襲撃された事により、場内は混乱している。
大陸会議もおそらく中止。
この混乱の中ならば、抜け出したところでバレはしないだろう。
もともと存在感の薄いレーナロイドだ。
人目を避けて行動することには長けている。
レーナロイドは、誰にも気づかれる事無く、会場を立ち去った。
会場を離れて人気の無い処に入り、彼女は懐から通信魔石を取り出した。
「もしもし、ルギオスかい?今大丈夫?君、今どこに居るんだい?……うん、そう、リアスちゃんとエリちゃんが戦ってるみたいなんだよ。……そ、だから、君も合流して頂戴……うん、そういう事。それじゃあねー」
通信を切り、笑みを深くする。
「……さあ、面白くなってきたじゃないか」
そのまま彼女は、帝城を後にした。
それに気づく者はいない。
レーナロイドはエリベル達の居る場所を目指して移動を開始した。
そして―――
「反応があったぞ。リアスのやつがようやく動いたようだ」
「そうですか……。では、私達も向かうとしましょう」
「良いのか?昨日の今日だ。まだ、完全には回復していまい?」
「問題ありませんよ。それに、昨日も言った通り、ウロヌスもリアスも私が止めて見せます。これは私の責任でもありますから」
「そうか、では私の背中に乗れ。解放状態になれば、私の速度でも十分に間に合う。少しでも、魔力を温存しておけ」
「分かりました。では頼みます、グウィブ」
「構わんよ。それに、私もリアスには言いたいことがあるからな」
「では、往きましょう、全てに決着を着けるために」
「……ああ」
各々の想いが交錯し、物語は加速する。
だが、その中心に居る筈の一体の地龍は、未だ地の底から出る気配は無かった。




