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地龍のダンジョン奮闘記!  作者: よっしゃあっ!
第九章 死龍~千年の祈り~

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12.魔女の実力とジョーカーの正体

 ちょっとだけ長くなった……

 ハザン帝国城門前にて―――。


 ベルディー・レイブンは立ち往生していた。

 

 「……ふっ、まさか、城の中に入れて貰えないとはな……」


 思わず自嘲的な笑みがこぼれる。

 予想外だった。

 これでも結構名の知れた冒険者だし、入城くらい顔パスで何とかなるかなーとタカを括っていたのだが、まさかきちんとした身分証の提示を求められるとは……。


 『いや、ほら、たとえどれほど高名な冒険者様であっても、今は大陸会議中ですし、何かと物騒ですからね。きちんとした手続きを踏んで頂きたいんですよ』


 と初老の門兵に、至極まっとうな事を言われた。

 もう言い返すことが出来ないくらい御尤もである。

 師匠のリンウの事を話しても、「きちんと証明する物は御座いますか?リンウ様に確認を取るのに一日ほどお時間が掛かりますが宜しいですか」と言われ、時間の無駄だった。


 ちなみに、冒険者はギルドでパスポートの様なものが発行される。

 これはファウード大陸で冒険者ギルドに加盟している国ならばどこで手に入り、各国共通になっているので、それが身分証代わりになるのだが……。


 「……金やギルドの身分証は、全て宿屋に置いてきてしまったからな」


 着の身着のまま、勢いで武器だけ持って出てきたのがここにきて仇になった。

 流石に今から引き返すのは時間が掛かる。


 というか……恥ずかしい。


 「ふっ、あんな奴でも私の相棒だからな(キリッ)」ってファーリーに啖呵切って出てきたのに、 まさか身分証忘れましたーてへっと帰るのは流石にマズイ。

 威厳とかが台無しになるもん。

 

 「どうするか……。城に入れないならギルドに行って情報を集め―――あ、そうか。冒険者ギルドに行けばいいではないか!」


 そうだ、何も無理して帝城に入る必要はない。

 自分は冒険者なんだし、ギルドに行けばいいのだ。

 それに、ハザン帝国内ではベルディーとヴァレッドに掛けられている罪状は既に無かった事になっている。

 今ならば、ランク相応の情報が手に入る筈だ。

 何たる機転だろうか。

 私だってやれば出来るんだよ、ふんっ。

 そう思い、踵を返そうとしたところで―――。


 「………むっ?」


 ヴァレッドの魔力を感じた。

 ベルディーの感知能力の効果範囲は、ヴァレッドのそれよりも上だ。

 その感知能力で彼女はかつてエルド荒野であの黒蟻を瞬時に探し当てたのだから。

 

 「やっぱり、無事だったか……」


 ゴキブリ並みのしぶとさと無駄に高い幸運を持つヴァレッドではあるが、だからと言ってベルディーが心配しない理由にはならない。

 魔力感知を続行する。


 「随分と離れた場所に居るな……。それにこの気配……何かと戦っているのか?傍に大きな魔力の塊が三つ……急いだ方が良さそうだな」


 流石にこの距離では正確な場所までは特定できないが、大まかな位置取りくらいは把握できる。

 近づけば、より正確にわかるだろう。

 地面を蹴り、ベルディーは駆ける。

 戦友の待つ戦場へと馳せ参じるために。


 「待っていろ、ヴァレッド……」



 ちなみに……もし仮にギルドに行ったとしても、そこでも結局身分証の提示を求められるから、無駄足になる事にベルディーが気づかなかったのは彼女にとって幸福だっただろう。




 帝都郊外の丘にて―――。


 「―――さようなら、エリベルお嬢様」


 リアスの魔術が発動する。

 それはこれまでの魔術とは比べ物にならない程の規模の大魔術だった。


 「―――“暴虐の災嵐皇”」


 現れるは全てを吞み込み粉砕する風の悪魔。

 法王級風魔術“暴虐の災嵐皇”。

 それがエリベルに向けて放たれる。

 ズガガガガガガガガガガッッッ!!!

 激しい土煙が舞い、周囲の岩は砕け、大地は抉れ地形が変わる。


 「―――ッ!?エリベル様ァッッ!!」


 ヴァレッドの戦闘中にもかかわらずベルクは叫ぶ。

 決定的な隙。

 だが、攻撃は来なかった。

 ヴァレッドもまたその風の魔術に目を奪われてしまったからだ。


 「……これが法王級の風魔術か……初めて見たねぇ……」


 戦慄が走る。

 地形が変わる。

 景色が変わる。

 凄まじい爆風が巻き起こる。


 「……っ!凄いねぇ……」


 巻き起こる土煙はヴァレッドの視界を完全に奪い去った。

 リアスの実力を完全に見誤っていたようだ。

 これではあのアーク・スケルトンなどひとたまりもないだろう。

 驚愕するヴァレッドだったが、更なる驚愕が現れた。


 「……まだ……まだよっ!」


 なんと激しい土煙の中から、あのアーク・スケルトンが現れたのだ。

 どうやったのかは知らないが、あの魔術を喰らって生き延びたらしい。

 無論、無傷ではない。

 ローブはボロボロになり、骨は所々がひび割れ痛々しい姿になっている。

 だが、その眼窩の青い炎は微塵も衰える事無く激しく揺らめいていた。

 

 「―――“三頭氷龍”!」


 三つ首の氷の龍。

 将級水属性魔術“三頭氷龍”。


 だがリアスはそれを難なく防御し、エリベルを見つめる。


 「……てっきり、今ので仕留めたと思いましたが、存外しぶといですね」

 「ぜぇ……はぁっ……馬鹿にしないで……貰えるかしら?あ、あんな攻撃……いくら喰らったところで……ゲホッ……痛くも痒くもないわよ……」

 

 明らかに虚勢だ。

 先ほどリアスが放った風魔術は法王級。


 つまりアクレト・クロウの長ヘレブの『火具羅』並みの威力だという事だ。

 

 全盛期のエリベルならまだしも、未だに将級に留まっている状態で受ければ、まともで居られる筈が無い。

 かつて『千魔技巧』と呼ばれたロブンと戦った時でさえ、王級以上の攻撃は防御ではなく、回避に徹していたのだ。

 アーク・スケルトンの体では受けきることが出来ないと分かっているから。


 ニヤァとリアスは意地の悪い笑みを浮かべる。


 「そうですか……いくらでも大丈夫、と―――それではあと“二十発程”連射しますが、きちんと耐えて下さいね、お嬢様」

 「―――っ」


 リアスの持つ杖に魔力が籠る。

 ハッタリではない。

 今の魔術を本当に何十発も連射できると、リアスは言っているのだ。


 (―――チッ、マズいわね……。“仕掛け”の方は、まだ時間が掛かるし、それまでの間どうにかして時間を稼がなきゃだけど……)


 ちらりと、ベルクの方を見る。

 向こうは龍殺しの相手で手一杯。

 時間を稼ぐには自分で何とかしなければいけない。

 奇襲を仕掛けるために急いで地上に出てきたのがここにきて仇になったか。


 なによりも、リアスがここまで地力を上げていたとは予想外だった。

 

 「では、始めましょうか、エリベルお嬢様。さあ、何発まで耐えられ―――っ!?」


 そう言いかけて、リアスは言うのを止めた。

 そのまま、バッと後ろ、帝都の方を見る。


 「……?」


 突然のその行動にエリベルは首をかしげる。

 なぜ攻撃を止めた?

 いや、それどころか完全に隙だらけだ。

 ……何かの罠か?


 「これはまさか……失敗した?……いや、でも……そんな……夜叉だけでない……スイレンも?そんな……」


 なんだ?

 リアスは一体何を言っている?

 再びこちらを向いたリアスの表情には余裕がなくなっていた。

 先ほどまでのこびり付いた様な笑みが消えている。


 「……エリベルお嬢様、申し訳ありませんが、急用が出来ました。勝負を急がせてもらいます」

 「は?」


 リアスの杖が光り輝く。

 先ほどの“暴虐の災嵐皇”よりもはるかに強力な魔力の渦。

 途轍もない一撃が放たれようとしている。

 おそらくはリアスの切り札なのだろう。

 だが、エリベルも黙っているつもりは無い。

 

 「何を急いでるか知らないけど……決着つけようってんなら望むところよ!喰らいなさい、リアスッ!“天地乖離す明星の理。七夜の果て、十二の神々―――”」


 エリベルの詠唱。

 同時に発生する膨大な数の魔術陣。


 “禁術・聖域干渉”。


 エリベルの切り札の一つ。

 周囲の魔力、そして相手の魔力回路を支配し、自由自在に操る禁術中の禁術。

 発動すれば無敵。


 対してリアスの杖にもゾゾゾゾゾゾゾと凄まじい魔力が集約している。

 法王級……いやおそらくは聖王級以上の魔術。

 互いに必殺の一撃。

 

 「“聖域―――」

 「“戦神の―――」


 それが放たれようとする。


 だが、その前に、



 「――――わーっはっはっはー。させないよ~ん」



 声が響いた。

 その場にあまりにも場違いな、明るく、平坦で、平凡な、普通の声が。


 「“解呪(ディスペル~)”」


 パリィィンッ。

 ガラスの砕けるような音がした。

 なんとリアスの杖に宿っていた魔力が霧のように霧散し、発生していた魔術陣がガラスの様に砕け散ったのだ。

 驚きの表情を浮かべるリアス。


 「なっ!?」

 「―――っ。この声……」


 思わずエリベルさえも詠唱を忘れ、その人物を凝視してしまった。

 いつからそこに居たのか。

 最初から居たのか、それとも今しがたそこに転移したのか。

 それすらも分からない程自然に二人の間に割って立つように、そこには一人の女性が佇んでいた。


 「ふっ、私参上さ!」


 そこには片手で顔を覆い、もう片方の手を天高く上げる謎のポーズをとる地味な女性居た。

 黒縁メガネに、地味な服装、長くも短くの無い髪形に、特徴の無い平凡な容姿。


 ―――『魔女』レーナロイド・レイノルズがそこに居た。


 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」


 誰もかれもがポカーンとなってしまった。

 そりゃそうだろう。

 今しがた殺し合いをしていた最中に突然変なポーズをとった女性が現れて、邪魔をしたのだから。


 空気の読めなさ感が凄まじい。


 その中心に居るレーナロイドは周囲の状況を見て首をかしげる。


 「ん………あれ?えーっと……私的には結構いい感じに登場したつもりだったんだけど?……あれぇ?な、なんなのかな、この空気感……?あれ?もしかして、私乱入するタイミング間違えたのかな?」


 張りつめた緊張感の中に突如紛れ込んだような異物感。

 圧倒的な間の悪さ、空気の読め無さをいかんなく発揮して、『魔女』と呼ばれたぼっち気質な女性は戦場に降り立った。




 リアス、エリベルのみならず、隣で激闘を繰り広げるベルクとヴァレッドでさえもポカーンとする中、最初になんとか口を開いたのはリアスだ。

 

 「レ、レーナさんですか……随分と、久しぶりですね」

 「こっちこそ、久しぶりだねリアスちゃん」


 にっこりと笑みを浮かべるレーナロイド。

 だが、その笑みには明らかな嫌悪感が浮かんでいる。


 「でも、悪いけどその呼び方は止めてくれないかな?きちんと、レーナロイドと呼んでほしいな。出来れば“さん”付けで、でも“様”付けは止めてほしい」

 「……おかしな事を言いますね。愛称のレーナで呼べと言ったのは貴女でしょう?」

 「うん、そうだよ」


 レーナロイドは頷く。


 「でも、私をそう呼んでいいのは“友達”だけなんだよね。悪いんだけど……“元”友達に、そう呼ばれるのは不愉快でしかないんだよ」


 黒縁メガネの奥の瞳が光る。

 それは怒りの感情だ。

 

 「そうですか……貴女“も”私に対して怒りますか……まあ、仕方ありませんか……」


 それを受けてもリアスは平然と受け流す。

 いや、それどころか先ほどよりも冷静になっている感じすらある。


 「ちょっと、クソ婆……。アンタ、一体何しに来たのよ?」

 「……エリちゃん、流石に公衆の面前でその呼び方は止めてよ。普通に傷つくから……」


 引き攣った笑みを浮かべながら、レーナロイドは“いつの間にか”エリベルの隣に移動し、その肩に手を添える。


 「―――っ」

 「ほら、ボロボロじゃないか。全く碌に準備も無しに飛び出してきたのかい?エリちゃんらしくもない……。気持ちが逸るのも分かるけどさ、きちんと準備はしなよ、ヘタすれば“全滅”するかもしれないんだよ?」


 さすりさすり。

 回復魔術だ。

 ひび割れたエリベルの体が、たちどころに修復されてゆく。


 「―――っ。馴れ馴れしく触わんじゃないわよ、クソ婆!そんな風に私に触っていいのは幼女だけなんだから!」

 「いや、自ら君に触る幼女なんていないだろ……。ほら、魔石。少しでも回復した方が良い。あとその呼び方やめて、私のHPガンガン削られるから」

 「……ちっ、頂くわ」


 ぼりぼり、ごっくん。

 渋々ながらも受け取るエリベル。

 そんなエリちゃんも可愛いなぁーとレーナロイドはほっこり顔だ。

 ついさっきまで激闘を繰り広げていたとは思えない程に軽いやり取り。


 そこへ口を挟んだのはヴァレッドだ。

 隣にいるベルクとの戦闘も忘れてレーナロイドの方を睨み付けている。


 「……なんで君がここに居るんだい、レイノルズの魔女?」

 「………」


 憎らしげにヴァレッドが質問するが、彼女はこれを無視する。

 

 「何とか言ったらどうなんだい!そもそも君はボルヘリック王国の代表だった筈だよねぇ?なのに、なんで、こんなところに居るのかねぇッ!」


 そう問い叫ぶヴァレッドの心情は凄まじい激情が渦巻いている事だろう。

 何せ、自分やベルディーをこんな風にした元凶の様な存在が突然目の前に現れたのだから。

 冷静でいろと言う方が無茶な話だ。

だが、レーナロイドはこれも無視。

 目を合わせようともしない。


 「…………」

 「この……ッ」


 その冷たい表情からは内心が非常に読み読み取り難い。

 というのも、実は内心、


 ―――ど、どうしよう……ヴァレッドの坊やすっげー怒ってるよ。こ、これきちんと謝った方が良いのかな?あ、でもルギオスの事とか、どうやって説明すればいいんだろう?まさか、とりあえず怪しいから殺そうとしましたー、てへっ☆なんて言い訳が通じるわけないだろうし……。あ、そもそもその前に、エルド荒野の責任全部彼らに押し付けてたんだったーっ!コレ、確実に恨まれてるパターンじゃん!弁解不可能じゃん……あ、でも別にいっか。別にヴァレッドの坊やに恨まれようが、どうでもいいか。と言う訳で、無視しよう!そうしよう!ていうか、いきなり人に話しかけるってどうなんだろうね。びっくりして心臓止まるかと思ったじゃないか。あー背中から変な汗出てきたし、ホント迷惑だよねああいう輩は!人としてのモラルがなってないよ!大体―――。


 ―――という、非常に面倒臭いい思考にレーナロイドが陥っていた。

 無論表面には全く出してはいないが。

 良く見れば冷や汗が垂れているのだが、それに気づいた者はエリベル以外居なかった。


 「………ねぇ、もしかしてアンタまだ人見知り治ってなかったの?」


 ポリポリと魔石を食べながら、エリベルが訊ねる。


 「それは聞かないでくれるかな、エリちゃん……」

 「マジで?二百年も経ってるのに?」

 「そんな事言わないでくれよ!だ、大体それを言うならエリちゃんだって未だに男の気配がまるで見えないじゃないか!」

 「それはお互い様でしょうが!どうせアンタだって未だに処――」

 「はーい、もうこの話は止めよう!その方がお互いの為だよ」


 ぼそっと、互いにしか聞こえない距離での会話。


 「ま、まあ、とりあえずだ。リアスちゃんを止めようか。話はそれからだよね」


 エリベルの前に立ち、地味な女性はリアスと対峙する。

 

 「というわけで、リアスちゃん。大人しく捕まってくれないかな?」

 「御冗談を。それに……」


 リアスは周囲を見渡す。

 そして安堵したかのように、ほっと胸をなでおろす。


 「―――ルギオスのいない貴方に何が出来るというのですか?」

 「ん……?」


 その言い様に、レーナロイドは眉をひそめる。

 ルギオス・トランジェッタ。

 レーナロイドの騎士であり、ヴァレッドを圧倒する程の実力を持った人物。


 リアスはヴァレッドが襲撃された時から、彼を警戒していた。

 あれは間違いなく人を超えた化物の一人だからだ。

 恐らくは“雷斬り”や“夜叉”に並び立つほどに。

 だからこそ、彼が居ない事に気付いて、つい安心してしまった。

 安心したからこそ、その口調も軽くなる。


 「らしくもないですね、レーナロイドさん。いつも連れている彼を、寄りにもよってこの場に連れてこない何て……失策以外の何物でもありませんよ?確かに貴女の認識阻害や解呪系統の魔術は脅威ですが、それだけで私の相手を出来るとは思っていないでしょう?」


 だが、レーナロイドは首をかしげた。

 リアスの言ってる事が良く分からないと言った表情で。


 「なんだい、その言い方?まるで―――」


 そう言いながら、レーナロイドは―――、


 「―――私がルギオスより“弱い”みたいな言い方じゃないか」


 ―――いつの間にか、リアスの後ろに“居た”。


 「なっ!?」

 「え?」


 驚愕の声を上げるリアス。

 更にエリベルも釣られて声を上げる。

 警戒はしていた。

 魔力感知も発動していた。


 だが、気付かなかった。


 まるで意識の間を通り抜けるかのように、レーナロイドの姿を追うことが出来なかった。

 それだけではない。

 更なる衝撃がリアスを襲う。

 接近と共に、リアスの背中にレーナロイドの手がそえられる。

 そして、

 

 「―――“透撃”」


 ―――ズドンッッ!!


 リアスの背中に打ち込まれる掌底。

 それは凄まじい勢いを持ってリアスを吹き飛ばした。


 「ガァッ!?」


 吹き飛ばされたリアスを追って即座に大地を蹴るレーナロイド。

 そのまま肉薄し、ボールを蹴る様にリアスを蹴りあげた!

 宙を舞うリアス。

 更に、


 「―――“ムスペルヘイム”」


 レーナロイドの周囲の土がボコボコボコと音を立てて一体の巨人を形作る。

 それはかつてロブンの使った火と土の混合属性の聖王級魔術。

 霊王級の一歩手前。

 人類最高峰クラスの魔術。

 圧倒的熱量を持って具現化した熔岩の巨人は宙に浮かぶリアスを簡単に握り潰した。

 次いでムスペルヘイムの手が爆散する。


 「―――ッ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 絶叫、そして咆哮。 

 その中から全身に火傷を負ったリアスが現れた。


 「ハァ……ハァ……」


 「ああ、良かった。生きてたね。死んだら話が出来ないしね」


 ポキポキと指を鳴らす。


 「んー……やっぱ久々に体動かすと辛いなー。あ~しんどー」


 んーと背伸びをしながら、何でもない事の様にレーナロイドは言う。


 「ちょっ、クソ婆……アンタ闘えたわけ?」


 信じられない物を見る様にエリベルは問い詰める。


 「え?そりゃ戦えるよ。一応はね、嗜む程度には。……というか、その呼び方ホント止めて。マジで傷つくから……」

 「いや、一応ってアンタ……」


 今しがたの“アレ”を一応と言うのかこの女は?

 あっけらかんと語る彼女の手には何かが握られていた。

 

 「それは?」

 「ああ、リアスちゃんの懐にあったヤツだね。ついでにスッといた」


 「なっ……!?」


 それを見て、リアスの表情が変わる。

 バッと自分の体をまさぐり、次いで表情を青ざめた。


 「まさか……いつの間に……」

 「んーその感じだと、これが“保険”だったのかな?となると、ヴァレッド君を連れてたのは、それが理由かな?納得したよ」


 そう言ってレーナロイドは“ソレ”をエリベルに投げる。


 「これ……まさか宝具ヴァジュラ!?」


 宝具ヴァジュラ。

 『ダンジョン破壊』が付与された六つの内の一つ。

 やはり、リアスは複数の『ダンジョン破壊』武器を所持していたようだ。


 だが、重要なのはそこじゃない。

 それ以上にこの宝具は能力が特殊だからだ。


 「成程、成程。リアスちゃんはヴァレッド君の“龍殺し”を奪おうと思ったわけだ」


 得心が言ったようにレーナロイドは頷く。

 宝具ヴァジュラの能力は固有術式の“強奪”。

 製作者は不明だが、対象となった相手の固有術式を奪い、自由に使うことが出来るというとんでもない代物だ。


 「確かに、ヴァレッド君程洗練された“龍殺し”なら、死龍復活の保険としては十分だろうね。何せ、龍殺しの力は……いや、この状況じゃ、もう関係ないか」


 「ぐっ……」


 リアスが何らかの術式を発動させようとする。

 だが、その前に。


 「だから、駄目だってば」


 “いつの間にか”レーナロイドが肉薄し、その杖をたたき落とした。

 そのまま鳩尾に“透撃”による攻撃。

 がはっ、と血を吐きながらリアスはその場に蹲った。


 「ぐっ……誤算でしたよ……まさか貴女が……これほどの化け物だったとは……」

 「その言い方は傷つくなぁ……まあ確かに、“コレ”は望んで手に入れた力って訳じゃ無いけどさ」


 リアスを組み伏せ、そのまま拘束用の術式を展開。

 彼女の自由を奪う。


 「それに、私は別にこんな馬鹿げた力なんて要らないよ。私は自分の身の丈ってものが良く分かってるからね、君と違って。でも……」


 ちらりと、地味な女性はエリベルの方を見る。


 「エリちゃんの力になれるのなら……こんな力でもあって良かったと思えるかな」


 更に拘束術式が展開する。

 もはや、リアスは指一本動かせない状態になった。


 「これは……驚いたねぇ」


 ヴァレッドはベルクと戦う事も忘れて、その光景に魅入っていた。

 そして、納得した。

 なぜ彼女が長年レイノルズ家の当主に収まっているのかも。

 なぜエクレウスの死後、彼女が国の宰相に任命され、その地位に在りながら好き勝手振る舞っていた訳も。

 各国との関係がこじれる様な適当な戦後処理を行っておきながら、平然としていられる訳も。

 一国を代表する二大貴族に反乱を起こされて平然としていられるのも、龍王種たる天龍ヤムゥと対等に話し合うことが出来ているのも、酷く単純な理由だった。


 ―――レーナロイドは、強いのだ。


 ただただ圧倒的に強い。

 彼女の騎士であるルギオスよりも、遥かに。

 それこそ、一国丸ごとであろうと相手にして勝てる程度には、彼女は強いのだ。


 「ぐぅ……だが、私はまだ……」

 「おや、まだ抵抗する元気が―――ん?」


 必死の抵抗を試みようとするリアス。

 にやにやとそれを見ていたレーナロイドだが、突如その表情が変わった。


 「ふーん……。どうやら、完全に“詰み”の様だよ、リアスちゃん」

 

 次の瞬間、途轍もない重圧がその場にいる全員にのしかかった。


 「なッ……これは!?まさか……」


 驚きの声を上げるリアス。


 「ぐ……この魔力は……」

 「……な、なんだい?この途轍もない魔力は……っ」


 離れた場所に居るベルクやヴァレッドさえもその重圧に苦しげな声を上げる。


 「このとんでもない魔力……まさかっ」


 エリベルとベルクはその魔力の正体に気付く。

 何せこの魔力の主とは昨日会ったばかりだ。

 


 「―――久しいですね、リアス」



 息をするのも苦しい中で、その声はやけに響いた。

 組み伏せられたリアスの目の前。

 そこに居たのは小さな、小さな掌に乗る程の一匹の地龍。


 神災龍王ギブルがそこに居た。


 「ど、どうして……貴方がここに?」


 「貴女を……いえ、貴方と彼を―――死龍ウロヌスを止めるために私はここに来ました」

 

 更に上空から一体の白飛龍も降りてくる。

 

 「……グウィブ……ッ」


 「久しいな、リアス」


 「そうですか……これは、アナタの手引きですかッ!探知や捜索は眷属の頃からアナタの十八番でしたからね……ッ」

 「そうだ。どうやら宿願を前に、詰めを誤ったようだな、リアス。おかげで私にも容易にお前の気配を探る事が出来た」

 「くそっ……」


 憎らしげにグウィブを睨み付ける。

 

 もはや勝敗は決した。


 リアスは指一本動かすことが出来ず、その周囲をエリベル、ベルク、レーナロイド、ギブル、グウィブが囲む。

 この状況では、例え“夜叉”や“雷斬り”が増援に駆け付けたとしてもリアスを救出することは不可能だろう。

 それこそ同じ神災級が現れようとも、彼女がこの場に現れた以上逆転はあり得ない。

 神災龍王とはそう言う存在だ。


 完全な―――詰みだった。


 ただ一つ……懸念があるとすれば……。


 「ねえ、リアスちゃん一つ聞きたいんだけどさ」


 レーナロイドは術式を維持したまま、リアスに話しかける。


 「君の仲間に居たあの男……ジョーカーって奴は何者なんだい?」


 そう、一人だけ、どうしても情報がつかめなかった男。

 夜叉ラウ・ランファン、雷斬りアオバ・キリシマ。

 この二人の情報は比較的集めやすかった。

 その周囲に居る人間達も。

 だが、最後の一人。

 ジョーカーと言う男に関してだけはどうしても分からなかった。

 それだけがどうしても気がかりだった。


 「ちょっとクソ婆、誰よ、ソイツ?」

 「あれ?ドス君から報告が無かったのかい?リアスちゃんの仲間の一人だよ。他の奴らの情報は集めたんだけど、ソイツの正体だけがどうしても分からないんだよね。というか、いい加減クソ婆って呼び方やめてよ……泣きたくなってくるじゃないか……」


 帝城では銀鬼の体を操り、皇帝を襲撃しようとして失敗していた事はレーナロイドも知っている。

それでもあの男の正体はついぞ掴めなかった。


 「さあ、教えてくれるかいリアスちゃん」

 「………」


 リアスは答えない。

 ただ俯いて、その表情は窺えない。

 

 「どうしたんだい?返事を―――」

 「……フフ」


 笑い声が、聞こえた。

 それはリアスの口元から漏れていた。


 「ハハ……ハハハ……」


 表情の窺えなかったリアスの口元が歪む。

 そして堰を切ったように彼女は笑いだした。


 「ハハハハハ、ハーッハッハッハッハ、アハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 「……何が可笑しいのかしら?」

 「アハハハハ、べ、別に可笑しくなんてないですよ……ただ、私にとってこれ以上ない程に最悪な状況だと思っただけです……。ギブルにグウィブ、それにエリベルお嬢様にレーナロイドさん……私に敵意を持つ者たちがこれ程までに一箇所に集まってくれるとは……用意していた策も全て潰されて……本当に……本当に、最悪な状況です……」


 自嘲気味なリアスの呟きは続く。


 「ああ、成程。これが……この心の底からわき上がるこれが『敗北感』というモノですか。ああ、理解しました……これはどうにも、耐えがたい。嗚呼、耐え難い……」


 そして。





 「――――だからこそ、私の勝ちだ!」



 すぅぅぅと、息を吸いリアスは叫んだ!


 「ジョォォォォオオオカァァァァアアアアアアアアーーーーーッッ!!!」




 ハザン帝国帝城にて―――。


 全てが見渡せる帝城の上空に一人の男が浮かんでいた。

 白い仮面を被ったピエロの様な服装の男。

 ジョーカーだ。

 武装らしい武装は持っておらず、ただ腕を組んで一点を見つめている。

 仮面の下の眼が細められる。


 「―――合図ッスね……」

 

 ジョーカーは溜息をつく。


 「あーやっぱ、こうなったッスか……。まあ、元々どの作戦も“失敗前提”だったッスからねぇ……。やっぱ本命の作戦になったッスね。でも……ここまで読み切ってたとは、流石リアス先輩ッス」

 

 すっと両手を広げ、ジョーカーは指示された術式を発動する。

 

 「“黒い霧よ、禁忌の力よ、今この時より我は神格の力を持ってこの地を漆黒に染めて見せよう”」

 

 それはずっと隠していた彼本来の力を解き放つための詠唱。

 彼を中心に黒い霧が徐々に、少しずつ発生する。

 それはリンウを操っていた際に発生していた黒い霧に似ていた。


 「“その獣は無限の霧、その力は幻惑、故に我が姿を捉える事何者にも能わず、故に我が権能は何者にも害を加うること能わず、ただ静かにそこに揺蕩うのみ”」


 それは彼の真の力を発揮するための詠唱。

 

 「“我はこの地に、自らの存在を示そう。故に我は自身に無能の烙印を焼付けよう”」


 千年以上もの間、ずっと隠し続けた彼の正体。

 それは―――。



 「―――“我が名は『夢霧』。全てを喰らう神災の悪霧なり”」


 瞬間、爆発的に黒い霧が巻き起こり帝都全域を侵食した。



 ―――『夢霧』。


 それはギブルと同格される歴史上三体しか確認されていない神災級の一体。


 魔物の最上位。


 神格とされる魔物が、その姿を現した。


 



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