10.二百年越しの再会
もうちょい更新ペース上げたい(´;ω;`)
ファーブニル第一層にて―――。
戦いが終わり静寂が戻ったダンジョン内。
「ハァ…ハァ…ッ。うっぷ……おぇぇ……っ」
ツムギは堪らず膝をついた。
自分で自分を抱きかかえるように腕をつかみ、内側から湧き起こる震えと吐き気を必死に抑える。
初めての戦闘。
初めての命のやり取り。
その莫大なプレッシャーが、戦闘を終え緊張の糸が切れた瞬間、ツムギに襲ってきたのだ。
「……頑張ったな、ツムギ……」
そっと、ファーブニルはツムギの頭を撫でる。
ツムギは擽ったそうに目を瞑った。
「うん……頑張った、私頑張ったよ……ファル……」
そのまましばらく、ツムギはファルの憑代に身を委ねて泣いた。
初めての戦闘は少女の精神を予想以上に蝕んでいた。
「でも……良かったの?」
「何がだ?」
「だって……ファルの体が……」
ファーブニルの体は、延命の為に絶対安静の状態になっている。
いかに即席の憑代とはいえ、体にかなりの負担をかけているのは間違いない。
「ああ、その事か。気にしなくていい。それにこの体を作るのに使った魔力も殆どはお前の主の魔力を使ったからな」
というよりも、これだけの肉体を構築するのにはかなりの魔力が必要な筈なのだが、あのアースとか言う若い地龍は一体どれ程の魔力量を有しているのだろうか?
あれだけ魔力を吸い出して尚、あの地龍はケロッとしていたのだから。
「迷宮核は?大丈夫なの?」
「……ああ、勿論だとも。コイツもきちんと納得してくれたさ」
トンとファーブニルは己の胸を軽く叩く。
半分嘘だ。
正直に言えば、迷宮核を説得させるのにはかなり苦労した。
ダンジョンの防衛についてではない、ファーブニル自ら前線に出るという点においてだ。
ダンジョンの主自ら第一層に戦いに赴くなど、迷宮核からすれば馬鹿げてるとしか言いようのない行為だからだ。
何せ、ツムギを助けるだけならば、その場に魔物を生み出せば事足りるからだ。
もしくはツムギの魔力回廊を応用し、即席の転移門を発生させダンジョン内の魔物や強力な眷属を向かわせる事だって可能だ。
だがファーブニルはどうしても自らの手でツムギを助けたかった。
例え愚かでも、それが自らの寿命を縮める行為だとしても、それでも、それが友としてツムギに自分が示すことが出来る精一杯の誠意だと思ったからだ。
ファーブニルの余りの気迫に、結局迷宮核の方が妥協したのだ。
尤も、最後には「次ハコンナ無茶、絶対認メナイカラナ」と釘は刺されてしまったが。
「ん……すー……」
「ふむ、寝てしまったか……」
ツムギをその身に寄せながら、ファーブニルは自分の手を見る。
そこには今しがた潰した冒険者の肉片がこびりついていた。
「………」
どう見ても、“本物”の肉片。
僅かに残る魔力の残滓も、こびり付いた魂の残滓も間違いなく人の持つソレだ。
見間違う筈など無い。
その脇に無造作に置かれているボロボロになった宝剣を手に取る。
「間違いなく、本物だな……」
風の噂に聞いた宝剣フツノミタマ。
実物を見るのは初めてだが、ボロボロになって尚、武器としての“格”を感じさせた。
本当にツムギが居なかったらどうなっていたか。
改めてゾッとする。
「……むにゃ……どうしたの、ファル?」
「いや……何でもない。ゆっくり休めツムギ」
「……ん」
考え過ぎだろう。
そう考え、ファーブニルは思考を切り替える。
これからの事だ。
敵の『ダンジョン破壊』は阻止した。
だが、それで終わりではないだろう。
万が一、敵が“複数”の『ダンジョン破壊』兵器を所持しているのならば、この機を逃すとは思えない。
エリベルに聞いた『ダンジョン破壊』が付与された武器は全部で六つ。
そのうちの一つ、聖剣レヴァーティンはこちら側に。
更に、今もう一つ、宝剣フツノミタマが手に入った。
残りは、皇帝カグリアスの持つ魔剣グラム。
ウナとドスが遭遇した謎の男が持っていた龍剣アスカロン。
所在不明の『ダンジョン破壊』が付与された武器は魔剣ティルヴィングと宝具ヴァジラの二つ。
だが、最悪を想定するならば、敵はまだあと四回『ダンジョン破壊』が使えると考えるべきだろう。
先ずはツムギの体力を回復すべきだ。
もし、第二波、第三波が来た場合にはツムギの『ダンジョン改変』以外に、それを防ぐ手立てはないのだから。
―――済まない、ツムギ……。
この期に及んで、まだこの少女を頼りにしなければならない。
心の中で謝罪しながら、憑代の身に限界が訪れるまで、ファーブニルはツムギへ少しずつ魔力を与え続けた。
時は少し戻り、帝都郊外の一角にて―――。
「そんなに睨まないで下さいよ、ヴァレッドさん。怖いですねー」
リアスはヴァレッドと共に小高い丘の上に居た。
だが二人の纏う空気はかなり対照的なものとなっている。
飄々としたリアスに対し、ヴァレッドは険吞な雰囲気を隠そうともしない。
「……リアスちゃん、悪いんだけど、もう一回言ってくれないかねぇ?僕はどうにも、耳が遠いみたいでねぇ」
ピリピリとした空気の中、ヴァレッドがリアスに問いかける。
先ほど彼女が言った言葉が信じられなかったからだ。
リアスは平然と答える。
「ええ、良いですよ。今からファーブニルに『ダンジョン破壊』を仕掛けると言ったんです。アレに巻き込まれれば大変ですからね。ここまで避難してきたと言う訳です」
「………っ」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「君は……一体何を考えているんだい?ファーブニルを破壊?そんな事をすればどれだけの犠牲が出ると思ってる?」
彼女の纏う雰囲気で分かる。
彼女は本気だ。
本気でファーブニルを破壊すると彼女は言っている。
帝都に住む数万人の人々を巻き込む未曾有の大災害を意図的に引き起こすと、彼女は言っているのだ。
『ダンジョン破壊』が付与された武器が他にもあった事や、彼女がそれを行った張本人だという事にも驚きだが―――というか信じられないというのが本音だが―――それ以上にファーブニルを破壊すると、堂々と宣言した彼女の心がヴァレッドには理解できなかった。
「ええ、たくさん死ぬでしょうね。ファーブニルは帝都の真下に造られていますし、連鎖的に巻き込まれる形になるでしょう」
リアスは頷く。
だが、次にこう言った。
「―――でも、それが、どうしたんですか?何か問題でも?」
笑顔だった。
信じられない程迷いの無い顔で、言い放った。
今度こそ。
ヴァレッドは絶句した。
本気で混乱した。
意味が分からない。
何を言ってるんだ、この女は?
「ん?どうしてそんな顔をされるんですか、ヴァレッドさん?」
まるでヴァレッドの主張の方がおかしいかのようにリアスは言う。
今、自分はどんな表情をしているのだろうか?
じっとりと、背中に脂汗が浮かぶ。
するとリアスが心配そうな声音で、ヴァレッドに声を掛ける。
「ヴァレッドさん……貴方のお気持ちも分かります。いきなりこんな事を言われて、混乱しているのですね。……でも仕方ないんです。あのダンジョンは転換期を迎え、以前とは見違えるほど素晴らしいダンジョンになりました。だから……壊すんですよ。たくさんの人が死にますが、壊し殺さなければ、“彼”は復活できないのです。この大陸には滅ぶべき国、人、モノが多すぎるのですよ。それらを元に戻しながら、“彼”は復活する」
自分が正しいと言わんばかりの口調。
しかも、その内容は荒唐無稽。
会話がまるで成り立っていない。
そもそも、彼女は会話をする気が無い様にすら思える。
一方的な独白だ。
「悪いけど……きちんと人の言葉で言ってくれるかねぇ?僕には、君が何を言っているのか、さっぱり理解できないんだよねぇ……」
絞り出す様に、ヴァレッドは言う。
同時に、腰に掛けてある二本の剣を抜く。
頭の中は整理しきれていないが、一つだけやるべきことがある。
彼女を止める事だ。
帝都が壊されるとあっては、ヴァレッドが黙って指を咥えて見ている理由などない。
昨日話した時点では、ここまで危険な思想を持った相手だとは思わなかった。
そもそも、昨日の今日で、ここまで気を許していたこともおかしい。
この女は“危険”だ。
ヴァレッドの本能が最大限警鐘を鳴らしている。
「ヴァレッドさん、そう殺気立たないで下さい。怖いですね。大体、貴方もエルド荒野で似たような事をしていたではないですか?何を今更、そんなに驚くことがあるんです?」
かつてのエルド荒野大規模討伐作戦。
その際に、ヴァレッドは聖剣レヴァーティンの『ダンジョン破壊』能力を使い、一気にダンジョンの深部まで侵入し奇襲を仕掛けるという戦法をとった。
結果は敗北し、友人であったエクレウスは死に、自分達も国を追われるという凄惨たる結末だった。
だが、ヴァレッドは心外だと言わんばかりに声を上げる。
「あの時とは状況が違うだろう!」
あれはエルド荒野と言う人のいない場所だからこそ、取れた作戦だ。
自他ともに認める戦闘狂であるヴァレッドであっても、流石にファーブニルの様な、帝都全域を巻き込むような大殺戮を行うなど狂気の沙汰としか思えない。
だが、リアスはまるで駄々をこねる子供を見るような目でヴァレッドを見つめる。
次ぐに懐から懐中時計の様なものを取り出し時間を見る。
「……はぁ……分かりました。じゃあ、順を追って話しましょう。幸いまだ時間はありますしね」
そう言ってリアスは、帝都の方を見た。
ヴァレッドに背を向ける、完全な無防備の形で。
「ヴァレッドさん。貴方は龍王種と言う存在についてどの程度理解していますか?」
突然全く脈絡のない質問。
だが、ヴァレッドは律儀に答える。
「……龍種の頂点だろう?地龍、天龍、聖龍、それと死龍だったっけねぇ。それが今何の関係があるのかねぇ?」
彼は仮にも、『龍殺し』の名を冠するノアード家の元当主だ。
龍に関する知識は人のそれよりも遥かに深い。
龍王種に関する知識も当然に持ち合わせている。
それに、その内の一種『地龍』とは一度戦った事もある。
エルド荒野で出会ったアレはまだ幼体だったが、その戦闘力は圧巻の一言。
素晴らしい戦いだった。
あの地龍の考えこそ、相容れないものではあったが、叶うならもう一度戦いたいものである。
「関係あるんですよ。だって―――その内の一体、死龍ウロヌスの復活が私の目的ですから」
「…………何だって?」
ヴァレッドは眉をひそめる。
死龍ウロヌス。
一種ではなく、ただ一体のみの龍王種。
その名前が出てくるのはかなり古い文献のみ。
それ故に能力も、姿も一切不明。
それでも、龍王種として名を連ねる不可思議な存在。
それが死龍ウロヌスだ。
余りの情報の少なさゆえ、ヴァレッドも名前程度しか知らない。
「どうやら、ヴァレッドさんも死龍についてはあまり知らないご様子ですね」
ヴァレッドは無言で頷く。
「そうですね。では、少し昔話をしましょうか。死龍と、そして地龍に関する事です」
「死龍と……地龍に関する事……?」
オウム返しの様にヴァレッドは呟く。
リアスは頷きながら、話を続ける。
「ええ、そうです。きっと、この話を聞けば、ヴァレッドさんも私に協力してくれる筈ですよ」
そう言って、リアスは語る。
「今から、千年以上前、このファウード大陸も含めすべての大陸は一つでした。そのたった一つの巨大な大陸には、同じく巨大なダンジョンが在ったのです。そのダンジョンの名は――――っ!?」
言いかけて、リアスは目を見開いた。
次いでヴァレッドも気付く。
―――魔力の波動。
突如、上空から無数の氷の礫が飛来したのだ。
「―――っ!なんだい、これは!?」
「この術式は……」
咄嗟に二人は回避を行う。
ズドドドドドドドッッ!!
氷の礫が大地に突き刺さる。
しゅうしゅうと立ち込める白い煙。
「千群氷柱……アンタが私に教えてくれた術式よ」
声が聞こえた。
「……広範囲殲滅系魔術を使う時には、必ずその効果範囲全域を見渡せる場所に移動する……これも、アンタが私に教えた事よ……」
現れたのは、一体のアーク・スケルトン。
「―――目標が『ファーブニル』だった場合、帝都全域の破壊を見渡せるか所は全部で七か所。その中でも、帝都に一番近く、アンタが好きそうな場所はここだったわ。……その辺は変わってなくて安心したわ。おかげで……やっと捕まえたっ……!」
灰色のローブを靡かせるアーク・スケルトン。
その後ろには六本腕の巨人が控えている。
二人の足元には青白く輝く転移魔術陣。
「おや……。これは、これは……」
煙が晴れる。
表情を崩そうともせず、リアスは招かれざる客を―――かつての主であり、弟子の姿をその瞳に捉える。
「―――ようやく、見つけたわ……二百年ぶりね……」
爛々と燃え盛る眼窩の青い焔。
それは彼女の激情を如実に現していた。
「……誰だい、君たちは?」
ヴァレッドが訊ねる。
だが、アーク・スケルトンの視界に彼は映っていない。
映っているのはただ一人。
目の前の女性だけ。
凄まじい魔力。
凄まじい殺気が骨の賢者の体から溢れ出す。
皮も肉も失い、骨だけになった賢者は、それでも目の前の彼女に対する執念だけは一欠けらも失ってはいなかった。
「―――会いたかったわよ……リアスッッ!!」
「……お久しぶりですね、エリベル“お嬢様”」
二百年の時を経て、エリベルとリアスはついに対峙した。
―――10.『二百年越しの再会』
―――むかしむかし、あるところに巨大なダンジョンがありました。
―――そのダンジョンには、たくさんの魔物が居ました。
―――王の名を冠する獣、夢幻を謳う霧、全てを癒す紅い龍、万象を操る青い龍、白い飛龍に、誇り高き黒蟻。皆、凄まじい強さを持っていました。
―――その中でも頂点に君臨していたのは二体の龍でした。
―――一体は、全てを吞み込み、全てを薙ぎ払う力を持った茶色い龍。もう一体は、全てを滅ぼし、全てを救う力を持った黒い龍。
―――二体の龍はダンジョンの奥にあるモノを守る為、長い長い間共に手を取り合い、魔物達と共に闘ってきました。
―――だが、ある時一体の龍がこう言いました。
―――ダンジョンの“外”が見たいと。
―――外に広がる無限の光景。
―――閉ざされたダンジョンの世界。
―――故にその龍は外の世界に強い憧れを抱いていたのです。
―――すると、もう一体が反論します。
―――それは駄目だと。ダンジョンを守る事が自分達の使命。ダンジョンの外に出るのはその使命に反する行為だと。
―――小さな言い争いから始まった二体の溝はやがて少しずつ大きくなってゆきます。
―――そして、ある時ついに戦いが起こりました。
―――二体の龍は互いに殺し合ったのです。
―――長い長い戦いの末、勝ったのは茶色い龍でした。
―――ですが長く共に生きた黒い龍を殺すことは、茶色い龍には出来ませんでした。
―――なので、茶色い龍は黒い龍を殺さず、封印する道を選びました。
―――茶色い龍は黒い龍の肉体をダンジョンに、魂をダンジョンの外に封印することによって永遠に目覚めぬようにしたのです。
―――永遠に眠り続ける黒い龍の亡骸を見て、茶色い龍は泣きました。
―――黒い龍と特に仲の良かった青い龍は泣き崩れ、他の魔物達も悲しみにくれました。
―――こうして仲が良かった二体の龍は離れ離れになってしまったのです。
―――眠り続ける黒い龍は今も夢の中で祈り続けています。
―――この眠りから覚め、いつか外の世界を見られることを。
―――そして、その祈りは今尚千年も続いているのです。
アース『あれ?エリベルの気配がダンジョンから消えた……?』
あと書籍の表紙絵があがってきました
アースさんが凄くアースさんらしい扱いの表紙でした(小並感)。




