9.ツムギのダンジョン防衛記!
ずっと書きたかったツムギの戦闘回。
ペロリたい……。
ダンジョン深層エリベルの研究所にて―――
「……さてと、これで一応の保険はオッケーかしらね……」
手の持った端末を操作しながらエリベルは呟く。
保険の準備はこれで大丈夫だろう。
「……ファーブニルの件ですか?」
同じく端末を操作していたベルクが彼女の方を見た。
「ええ、ツムギちゃんに頼んでファーブニルに常駐して貰う事にしたわ」
エリベルのその言葉にベルクは首をひねる。
「ですが……あり得るのですか?リアスの本当の目的が我々のダンジョンではなく、ファーブニルだなんて……」
「あり得ない話じゃないわ。いや、むしろそれを悟らせない為に、“わざと”情報を流したんでしょうね」
「あの女ならやりそうな事よ」と呟きながら、ぼりぼりと真っ白な頭蓋骨を掻く。
「そもそも、二百年もあのクソ婆に居場所を悟らせなかったリアスが、一番の目的である死龍の復活に関する情報をわざわざ敵に悟らせるって時点で、違和感バリバリなのよね」
もし仮に、とエリベルは続ける。
「私がリアスだったら……間違いなく『ファーブニル』を利用するわ。ダンジョン破壊を使えば、一気に深部まで到達可能な上、地表の敵対勢力も全て一網打尽に出来る。おまけにファーブニルは大陸のほぼ中央、星脈を利用し魔力を集めるのにも、情報を発信するのにも、これ程都合のいい場所は無いもの」
だからこそ。
それを悟らせないために、わざと情報を流した。
おそらくはレーナロイドがエリベルにまで情報を流すことまで計算に入れて。
「そのためのツムギ殿ですか」
ええ、とエリベルは頷く。
「もともと『ダンジョン破壊』は道外しの能力を参考に作り上げた理論だからね」
そう、エリベルの『ダンジョン破壊』術式も、元をたどれば道外しの『ダンジョン改変』能力を参考に組み上げられた術式だ。
元々は道外しと同じ『ダンジョン改変』能力を再現しようと目論んでいたのだが、いかんせんサンプル数が絶対的に少なかった為、一部のみを組み上げ攻撃性に特化した『ダンジョン破壊』が生み出されてしまったのは皮肉としか言いようがない。
「でも……だからこそ、ツムギちゃんなら、ダンジョンの中に居れば、たとえ『ダンジョン破壊』が発動されてからでも相殺させることが出来る筈よ。あの子の『ダンジョン改変能力』は間違いなく道外しと言う種族の中では最上級でしょうからね」
アースの眷属は皆規格外だが、その中でもぷるるとツムギの二人は、特に規格外で“特別”な存在だとエリベルは思っている。
なにせ、あの二人は外からやってきた眷属達や、後発的に生み出されたゴーレム・ホムンクルス達とは違い、“あの”アースのダンジョンから自然発生した数少ない個体なのだから。
それに、アースのダンジョンにも、賢者のダンジョンにも“網”は張り巡らせた。
あとは敵が網にかかるのを待つだけだ。
「しかし、そう上手くいきますかな?」
「まあ、すんなりとはいかないでしょうね」
あっさりとベルクの言葉を肯定する。
「……おそらくは向こうもまだもう一手、何か隠し玉がある筈……。あれだけ尻尾を掴ませなかったあの女が、策の一つや二つ潰したところで、終わるとは思えない」
ぎりりと握りしめる骨の拳。
ぼぅっと激しさを増す眼窩の炎。
それはエリベルの怒りを表している様だった。
「でも……たとえどれだけの策を用意したとしても、その全てを潰して、アンタにケジメを着けさせてやるわよやるわよ、リアスッ……!」
刻一刻と決着の刻は近づいている。
「―――っ!エリベル様!反応、ありましたぞ!」
「……来たわね」
そして、エリベルの予想通り、敵は網にかかった―――。
さあ、反撃の時間だ。
ファーブニル第一層にて―――。
「ふぅー……」
道外しの少女ツムギは高鳴る動悸を必死に抑えながら、二人の男女と相対していた。
―――まさか、本当に『ダンジョン破壊』が起きるなんて……。
嫌な汗がじっとりと背中に張り付いている。
本当にギリギリだった。
反射的に『ダンジョン改変』によって相殺することには成功したが、もし事前にエリベルに敵の情報と『ダンジョン破壊』の構成術式と理論を教えて貰っていなければ絶対に無理だった。
もし、あと一歩遅かったらと思うと心底ゾッとする。
エリベルの先見とその頭脳に感謝だ。
今なら三ペロ(一ペロ=ツムギの好きなところを一回ペロペロする行為)位ならば、身を委ねても良い程だ。
賢者さんマジ賢者。
ツムギは敵の姿をキャラメル色の瞳で見つめる。
一人は熊の様な強大な大男。
もう一人はツムギと同じくらいの背格好の少女だ。
二人とも倭の国民族衣装に身を包んでいる。
大陸会議の参加者の顔や名前は前日にドスによって眷属達に知らされている。
その中に二人と同じような特徴の者はいなかった。
(普通に冒険者に紛れて帝都に入ったのかな?この国、冒険者への検問結構ゆるいしなー……)
ツムギもかつてはこの地で一年以上も暮らしていたのだ。
帝都に関する知識ならある程度は持ち合わせている。
大男の方が口を開いた。
「テメェ、なにもんだ?今の“コレ”を邪魔したのはテメェか?」
手に持った宝剣を片手で弄びながら、大男が問う。
ギロリと、獣の様な瞳に。一瞬びくりとなったが、無理やり笑顔を作ってツムギは答える。
「……なんのこと?」
「誤魔化すんじゃねぇよ、餓鬼が一丁前に駆け引きしようとすんじゃねぇ」
あっさりと、ツムギの嘘は見破られた。
「たとえ餓鬼でも“眼”を見りゃ、大抵の事は分かんだよ。そのナリで随分、修羅場潜ってるみてーじゃねーか」
「……っ」
口を噤むツムギに対し、ラウは犬歯をむき出しにして笑う。
「はっ、そうだ。そう言う“眼”はな、色んな地獄を味わってきた奴じゃねーと出来やしねぇ」
一歩、ラウはツムギに近づく。
「それに、さっきテメェは言ったよな。『駄目だよ、ファルの家を壊そうとしちゃ』って」
一言一句違わずラウはツムギの言葉を復唱する。
見た目に似合わぬ記憶力だ。
更にもう一歩。
「ファルってのはファーブニルの略称だろ?ダンジョンの名前じゃなくて、ダンジョンの“主”の名前がファーブニルっつーのか?冒険者の間じゃファーブニルの主は“黄金の龍”だなんて噂が流れちゃいるが、あながち間違いでもねーのかもな」
あと数メートルの距離まで近づく。
「敵に情報与えすぎなんだよ、糞餓鬼」
深く、ゆっくりとツムギは息を吸う。
落ち着け。
当初の目的である『ダンジョン破壊』は相殺することが出来たのだ。
ならば、次に成すべき事は。
「ねえ、ラウ?さっきから誰と話してるの?馬鹿なの?死ぬの?」
ツムギとラウの間に緊張が走る中、スイレンが会話に割り込んでくる。
「もしかしてアオバ君が言ってたアンタにしか見えないエア友達って奴?だとしたら、ごめんなさい。貴方がそんなに友達がいない事を気にしてたなんて……」
よよよと袖で涙をぬぐう演技をする。
イラッ。
「うるせぇっ!ちげぇよ!俺はこれでもダチは多い方……じゃなくて、その感じだと、やっぱテメェには“視えて”ねぇみてぇだな……」
「……どういう意味?」
「スイレン、多分こいつはギルドの報告に有った“道外し”だ。白い長い髪の少女……外見的な特徴が一致する。それに特定の人間にしか見えない可能性があるって情報もあったし間違いねぇ。ガハハハハハ面白れぇじゃねぇか!」
「はぁ?ちょっと待ってよ。アレは“銀鬼”が追い払ったってギルドから公式発表があったでしょう?あいつが虚偽の報告をしたって事?」
愉快そうに笑うラウ。
対して、スイレンは怪訝そうな表情を浮かべた。
「さあな。だが、現に道外しは俺達の前に居る。しかも事情は知らないが、どうやら、ファーブニルの味方をしてるらしいな。それに……あの感じだと、偶然居合わせたって言うよりも、“待ち構えていた”って感じがするぜ」
一分にも満たない会話の中で、ラウはツムギの立ち位置をほぼ正確に割り出していた。
野獣の様な見た目にはそぐわぬ冷静さと観察力。
倭の国最高峰の冒険者の異名は伊達ではないのだ。
「は?道外しがダンジョンの味方をするだなんて、聞いた事が無いんだけど……」
「例外なんざ、冒険者の常だろうがよスイレン!この程度で狼狽えてんじゃねぇ!」
スイレンの戸惑いをラウは一喝する。
「それに、わざわざ、隠れずに出てきたって事はだぁ、闘る気満々って事で―――良いんだよなぁッ!!」
剥き出しの笑みでラウはフツノミタマを鞘に戻し、肩に掛けていた本来の獲物を抜く。
鞘から抜き放たれる剥き出しの刃。
見た目は普通の日本刀だが、その大きさが違う。
二メートル以上ある彼の身長とほぼ同程度の巨大な刀だ。
熊の様な見た目の彼が持てばそれはもはやオーガや鬼と見間違うだろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
叫び声と共に一閃。
ラウはツムギに斬りかかる。
だが、次の瞬間、ラウの刀は空を切った。
「――――ん?」
目の前を見る。
数メートル離れたところにツムギが居た。
「………これは」
ラウはもう一度ツムギへ斬りかかる。
だが、斬ろうとしたその瞬間、ツムギとの“距離”が開いてしまう。
余りにも奇妙な感覚。
「面白れぇな……コイツが道外しの『ダンジョン改変』か。実物を見るのは初めてだぜ」
だが、彼の冒険者としての経験はすぐにその“正体”を見破った。
「『改変』したのは空間か?いや……違うな『距離間』か?どうだ、当たってるだろ?」
「―――っ」
正解。
その余りの観察力にツムギは舌を巻いた。
ツムギが行ったのは、ダンジョン改変能力の応用、『距離の改変』だ。
自分と後方の距離を短く改変し、その分の距離を自分と男の間の距離へ繋げる。
たとえどれだけ距離を詰められようとも、決して詰められる事はない。
無限に等しいループを繰り返す道外しとしての能力だ。
あくまで、『ダンジョン内限定』ではあるが。
「だったら、こっちはどうだ?“風よ!嵐の矢と成りて我が敵を貫け”」
詠唱。
次いでラウの周囲から無数の鎌鼬が射出される。
風属性上級魔術『斬風陣』。
「―――っ!」
ツムギの表情はこわばる。
次の瞬間、ツムギの周囲の床や壁が切り刻まれた。
だが、ツムギ自身は無傷だ。
「へぇ……今度は空間そのものを改変したのか?すげぇな。何でもアリだな、道外しってのは……。いや、それとも“テメェ”が異常な個体なのか?まあ、どっちにしても、堪らねぇなっ!」
壮絶な笑み。
道外しと言う極上の獲物を前にラウの冒険者としての顔がむき出しに嗤う。
対してツムギが感じていたのは、
(……こわい。それにこの人、凄く強い……。もしかしたら、前にここで会ったあの鬼のオジサンよりも強いかも……)
怯えと恐怖だった。
そもそもツムギは戦った事など殆どない。
道外しの能力も完全に逃走と妨害に特化した力だ。
戦いには向いていない。
怖い、怖い、怖い、怖い。
カチカチと歯がかみ合わずに震える。
「あ?なんだ、テメェまさかビビってるのか?」
ラウは正確にツムギの内心を見抜く。
ああ、そうだ。
自分はビビってる。
初めての戦闘に、これ以上ない程に震えている。
だが、それ以上に心の内を占めている感情がある。
「……させない」
「あぁ?なんだって?」
怪訝そうにツムギを見つめるラウ。
ツムギは叫んだ。
「ファルの家は壊させない!絶対に!わたしが!ファルを守るんだもん!」
そう、ツムギは誓った。
もう二度と、友達を死なせないと。
自分と共に生きていたいと、そう言ってくれたあの黄金の龍を、初めての友達を守ると。
怖い。
ああ、初めての戦闘だ。
今にも吐きそうな程に怖いさ。
でも、それ以上に。
友達を失う恐怖の方が何倍も怖い。
あんな思いは二度とごめんだ。
友達を守る。
その思いだけで、ツムギにはいくらだって魔力が湧いてくる。
恐怖なんて克服できる。
「―――『改変』、階層十層砲台三十二番・招来!」
「っ!?」
直後、ツムギの周囲に岩でできた砲台が出現する。
その数、全部で十門。
「いっけええええええええっ!!」
ズドドドン!
ズドドドドドンッ!!
ズドドドドドドドドドッッ!!!!
けたたましい爆音。
一斉に放射された砲弾の嵐は目の前に居た冒険者に一斉に放たれる。
これもダンジョン改変能力の一つ。
他階層からのトラップの“召喚”。
「げほっ、こんなことも出来るのか……?」
爆炎の中から、煤と火傷にまみれたラウが姿を現す。
ぱんぱんと体についた煤を払い、彼は笑う。
(―――っ。今ので死なないの?)
魔力感知を発動させているのでわかる。
この男は今の攻撃を、殆ど“生身”で受けきった。
一体どんな身体能力をしているのか?
「ハァ……ハァ……あなた……ほんとに人間?」
思わず、そう訊ねてしまう。
眩暈がする。
度重なる『ダンジョン改変』はツムギの魔力と体力を容赦なく削る。
「混じりっ気なしの人間だよ。まあ、ちょっとばっかし“特殊”ではあるがなっ!」
跳躍。
再び、ラウはツムギに斬りかかる。
凄まじい速さ。
一瞬の内にツムギへと肉薄する。
「―――っ『改変』!三十五層幻惑空間・招来!」
ギリギリの改変。
直後、甘い香りがラウの鼻をくすぐった。
「なっ――!?」
「ちょっとラウ!?」
即座に急ブレーキをかけ、踏みとどまる。
目の前に居るのは道外しの少女ではなかった。
スイレンだ。
ラウは“スイレン”を斬り付けようとしていた。
「ちょっと!いきなり私の方に斬りかかるなんてどういう事よ!私が傷ついたらアオバ君が悲しむんだかんねっ!分かってんの!?」
「相手の道を変えた?いや……強制的に転移させたのか?」
スイレンの抗議も聞こうとせず、ラウはただ淡々と今起こった事象について考えた。
「はぁ?何言ってんのよ!アンタがいきなり方向変えて私に斬りかかってきたんでしょうが!」
「なに……?テメェにはそう見えてたのか?」
「えっ……?」
「俺はただ真っ直ぐに道外しに斬りかかったつもりだった……でも……」
「ちょっと待ってよ……それじゃあ」
一体なぜ?
その直後―――ボゴォッ!と。
彼の足元から、骨の手が現れ彼の足首を掴んだ。
更に次々とアンデッドが足元より現れる。
「何っ!?」
『ケケケケケ』『ドウシタノ?遊ボウヨ』『クス、クスクスクス』
『鬼サンコチラ、手ノ鳴ルホウヘー』『キャハハハハハ』
ケタケタとした不気味な笑い声。
本能的な嫌悪感を呼ぶ亡者の声だ。
「アンデッド!?なんで、いきなり……っ!“水の癒しよ!迷える魂に安らぎを与えよ”」
スイレンの詠唱。
アンデッドに効く聖水を発生させる魔術だ。
手から発生した聖水が足元のアンデッド達へと降りかかる。
だが―――アンデッド達は消えなかった。
何でもないか様に、二人に群がろうとする。
「何よコイツら!どうして聖水が聞かない訳!?」
「こいつら魔物じゃないのか……?いや……」
そう言えば直前に、甘い香りがしたような……?
「……っ!幻惑か!?」
正解。
ツムギは中層に仕掛けられた幻惑空間、そのものをこの場に招来し、適合させた。
先程までなんでも無かったただの空間が、様々な幻覚を見せる魔の空間と化しているのだ。
その証拠にあちこちに、先程までいなかった筈の魔物や場違いな金銀財宝が出現する。
更に、聞こえてくる亡者の音、感じる魔物の気配、欲望を刺激する黄金の宝。
その全てが臨場感にあふれ、本当にそこに在るかのように感じてしまう。
余りにもリアルな幻覚だ。
「何つう精度だこりゃ……一体どんな術師がこの術式を作ったんだか……」
ラウはその余りの完成度に呆れを通り越して尊敬すらしてしまう。
それ程までにこの幻覚は完成度が高すぎた。
―――ちなみにこの幻惑結界を作った某賢者は、これで幻幼女ハーレムを楽しむつもりだったらしのだが、その直前に各所から苦情が相次ぎ敢え無くお蔵入りとなって、中層に配置されたのだが、それは今は置いておこう。
「スイレン!補助魔術だ!」
「ええっ!“水よ、邪の悪意から我らを守りたまえ”」
ラウとスイレンの体を水の薄い膜が包み込む。
水属性上級魔術『守水膜』。
脳や神経に作用する魔術を防ぐ補助魔術。
「これで、幻覚には惑わされねぇ」
「やってくれたわね、道外し……っ」
すぅーっと今まで目の前で展開されていた幻が消えてゆく。
ダンジョンの元の姿が戻ってゆく。
「―――見つけたぜ」
その一角。
ラウはツムギを見つけた。
だが、相変わらずスイレンにはその姿が見えない。
「ていうか、私だけ姿見えないのホント面倒なんだけど。ラウ、どうにかできない訳?」
忌々しそうにスイレンは呟く。
ラウは首を横に振る。
「……無理だな。今の体じゃ、視覚の共有は難しいだろうし、場所は教えるから自分で何とかしてくれ」
「はぁ?ふざけないでよ、バフかけてあげないわよ!」
「だが、実際どうにもならんだろうが、我慢しろ!」
猛抗議するスイレン。
そんな事はお構いなしに、ツムギは新たな『ダンジョン改変』を行う。
「―――『改変』。階層二十五層魔術陣十二番・招来!」
更に、ダンジョンを改変。
ラウとスイレンの足元に巨大な魔術陣が出現する。
「なっ!?何よコレェッ!?」
「ちっ!」
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!
爆発。
今のは中層に在るトラップの中でも最高の火力を誇る魔術トラップだ。
エリベルが考えた男女限定式トラップ―――通称『リア充殺し』。
ダンジョン内で男女のペアのみに反応して爆発するという、製作者の闇が垣間見えるトラップである。
だが、
「クソがぁっ!」
爆炎の中から、小柄な少女を抱えた大男が現れる。
先ほどとは違い、今度は火傷を負ってる。
少女の方は既に気を失っている様だ。
「げほっ……ハァハァ……こ、これでも駄目なの……?」
「当たり前だ!」
ラウは叫ぶ。
この程度で死ぬような軟な肉体ではない。
「…………じゃあ……」
だが、次に放ったツムギの一言がラウを凍りつかせる。
「――――あと千回くらいやればいいのかな?」
「……………は?」
今度こそ、本当にラウは瞠目した。
「―――『改変』、中層“全域”魔術陣十二番・招来!」
「お……おいおい……」
ちょっと、待て。
ちょっと待て、ちょっと待て。
そう呟くラウを尻目に。
床に、壁に、天井に。
先ほど同じ魔術陣が無数に発現する。
「なん……だと……っ!?」
これにはさすがのラウも瞠目した。
道外しとはここまで自由にダンジョンを組み替えることが出来る存在なのか?
いや、違う。
間違いなく、この個体が“異常”なのだ。
「これならいけるかな?」
「ま、待て!流石にちょっとま―――」
直後。
それは白い光を放ち―――爆発した。
凄まじい爆音。
ビリビリと壁を振動させ、空間を震わす爆撃のオーケストラ。
『リア充爆発しろよ』とか『なんでカップルて死滅しないのかしらね?』とか某賢者の呟きが聞こえてくるようだ。
というか、これだけ過剰に配置している辺り、闇が深すぎる。
炎上間違いなしである。
しかし、ツムギの改変はこれで終わらない。
相手の気配がまだ消えていないからだ。
「―――『改変』、階層十三層魔術陣・招来」
次に現れるのは熔岩の槍。
とある黒蟻の女王が考えたトラップ。
「―――『改変』、階層二十二層固定砲台・招来」
次に現れるのは鉱石で出来た巨大な矢。
食欲旺盛な蜘蛛の魔物が考えたトラップ。
「―――『改変』、階層四十三層遮断結界・招来」
更に今は外に出ている長女が考えた、肉体を弱体化させる結界が。
「―――『改変』、階層十二層」
その弟が考えた、身体を蝕む呪いが。
「―――『改変』」
中層に仕掛けられたあらゆるトラップが。
「『改変』」
ダンジョンの眷属達が知恵を出し合って、作り上げたトラップの全てが。
目の前の敵へと、一箇所に、集中的に浴びせられる。
「『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』、『改変』」
止まらない『ダンジョン改変』。
身体が悲鳴を上げる。
魔力が枯渇してゆく。
眩暈がする。
頭痛がひどい。
吐き気がする。
それでもツムギは攻撃の手を休めない。
休めるわけにはいかない。
あの友達を、守ると誓ったのだから。
そして―――。
何百、何千と言う中層に在る攻撃トラップの嵐がやむ。
そこには、何も残っていなかった。
かろうじて、人らしきものの残骸の様なものが残されていた。
余りにも容赦のないツムギの攻撃は、侵入者の一切をこの世に残さなかった。
「はぁ……はぁ……疲れたー……」
戦闘が終わり、ツムギはその場にへたり込む。
息も絶え絶え。
直ぐにでも寝てしまいたいほどに疲弊している。
ツムギは改めて、自分がもたらした行動の結果を見る。
流石にこれだけ連続で『ダンジョン改変』を行ったのは初めてだ。
「……ダンジョン、大丈夫だよね……?」
土埃が舞って視界は悪いが壁や床そのものは大した損傷はない。
まあ、ダンジョンの壁や床は、爆発や砲撃で傷つく度に、その部分を中層の遣われていない階層のモノと入れ替えるように『改変』しておいたから当然と言えば当然と言えるが。
ただ、交換した父のダンジョンの方の被害は結構な事になりそうだ。
まあ中層の奥のダンジョンのモノと交換したので侵入者が来る前に修復可能だろう。
「ふぅー……魔力も残り少ないし、きちんと倒せて、よかったー……」
既にツムギの魔力は空に近かった。
『ダンジョン破壊』の相殺に、立て続けの『ダンジョン改変』。
流石に、もう体力も魔力も限界だ。
でも、これで友達であるファルを守れるのならば、安いものだ。
切れかけた魔力はしばらくすれば元に戻るだろうし、なんなら父であるアースから供給して貰っても良い。
「さて、帰ろうかな」
もしかしたら、また同じような奴が来るかもしれない。
その時の為に少しでも回復しておかなければ。
そう思い、ツムギは身をひるがえし、ダンジョンの奥へ向かおうとした。
次の瞬間。
がばっと、土塊の中からボロボロになった一人の男が現れた。
「ガハッ……ハァハァ……畜生がっ……!」
全身傷だらけで、片方の眼球は潰れ、片腕も失っている。
だが、それでも男は生きていた。
あれだけの攻撃に身を晒しながらも、それでも男は、ラウ・ランファンの眼には光が宿っていた。
その手には隣に居た少女の“手”だけが、彼の手に握られていた。
「………うそ」
そう呟くツムギ。
一瞬の油断。
だから、判断が遅れてしまった。
「油断大敵だ……糞餓鬼があああああああああああああッッ!!」
ラウが駆けだす。
誰かのものだった手を捨て、剣を手に取る。
それは懐にしまっておいた宝剣フツノミタマ。
残った片腕で剣を振るう。
―――間に合わない!
距離を離す事も、居場所を入れ替える事も間に合わない。
既に魔力は空に近い。
『ダンジョン改変』が無ければ、ツムギは見た目相応のただの少女だ。
その攻撃を防ぐ手段は、ない。
「ガアアアアアアアアアッッ!!」
絶叫。
朽ちる寸前のボロボロの刃がツムギへ向けられる。
(―――ごめん、ファル……油断しちゃった……)
心の中で、友への謝罪を口にする。
ツムギは目を瞑り、訪れるであろうその瞬間に備えた。
だが、
ガキィィィィィンッッ。
音がした。
金属と、金属が弾きあう音が。
彼の剣はツムギには届かなかった。
いや、正確に言えばその手前。
そこに発生した黄金の六角形によって阻まれているのだ。
それはツムギの黄金色のヘアピンから延びていた。
「なん……だ、こりゃあ……?」
ボロボロの唇から疑問が漏れる。
そして、それはツムギも同様だった。
「……え、何?これ……?」
更に黄金の六角形は数を増す。
それらは重なり合い、結合し、一つの巨大な“腕”を造り出した。
その腕は意志を持っているかのように動き、
『―――大丈夫だ、ツムギ』
「えっ?」
声が聞こえた。
ひどく安心する聞き慣れた声が。
黄金の腕がラウを吹き飛ばす。
ズドォォォオン!
巨大な音を立ててラウが壁に激突した。
『ずっと見させてもらった……今度は、私がツムギの力になろう』
それはこのダンジョンの真の主。
ファーブニルの声だった。
ファーブニル深層『黄金の間』にて―――。
黄金龍ファーブニルはずっとツムギの戦いの様子を見ていた。
ああ、強くなったのだな、ツムギ。
自分のダンジョンを、そして自分を守ろうとする小さな少女。
その姿に、友の成長する姿にファーブニルの心は満たされていた。
だが、その瞬間が訪れる。
ボロボロになった男がツムギに向けて駆けだしたのだ。
マズイ。
ツムギにはもう魔力がほとんど残っていない。
あの攻撃は―――躱せない。
―――ツムギッ……!
その姿を見て、ファーブニルは胸が締め付けられる思いだった。
あれ程か弱い少女がダンジョンを守るために戦っている。
なのに、どうして自分はこんなところに引き籠っているのだ。
いや、そんな事は分かってる。
自分の体を見る。
色とりどりのカラフルなパイプが繋がれた自分の体。
培養器の様な液体に浸かり、何とか延命している痛々しい自分の姿だ。
―――私はここから一歩も動く事が出来ない。
あんなにもツムギが頑張っているのに、ここで指を咥えて見ていることしか出来ない。
何だそれは?
何だそれは……ッ。
ふざけるなッッッッッ!!
そんな事が許されてたまるものか!
そんな理不尽があっていいものか!
助けたい!
私は、あの少女を助けたい!
頼む!
神よ、もし居るのならば、私の願いを聞き届けてくれ!
あの少女の元へ!
私に、彼女を―――私を救ってくれたあの少女を助けさせてくれ!
黄金の龍は指一つ動かせぬままに慟哭する。
魂の叫び。
自分を、死を望む自分にそれでも生きてほしいと願ってくれた、あの暖かな小さな光を失いたくない。
強く、強く、ファーブニルは願った。
そして、その思いが――――一つの結果となって現れる。
ファーブニル第一層にて―――。
ガラガラと音を立てながら、ラウは立ち上がる。
ふらふらのボロボロだが、その目には些かの衰えはない。
まだまだ戦える。
そう語っている様だ。
だが、
「……ぺっ。どういう事だぁ、おい?道外しには『ダンジョン改変』以外の能力はねぇ筈だろ……」
忌々しそうに血を吐きながら、ラウは呟く。
そう、ラウの言い分は正しい。
道外しは、彼らの持つ固有能力『ダンジョン改変』にその全てが注ぎ込まれている。
それ以外の力を持つ事などあり得ない。
あの黄金の腕は、明らかに『ダンジョン改変』とは異なる力だ。
感じる魔力の質が違いすぎる。
絶対に混じり合う事の無い何かが混ざり合っている様な奇妙な違和感。
『―――そうだ。これは、ツムギの力ではない』
その疑問に答えたのはツムギの頭の中に響く声。
ツムギがひどく安心する、先程まで共に語り合っていた一匹の黄金の龍の声だ。
「……ファルなの?」
『ああ』
ずるずると、黄金の腕の次は黄金の鱗が現れる。
『少しばかり、あの若い龍の魔力を貰った。お主の髪留めを媒介に、ここに憑代を構築した』
端的にそう言った。
「でも、そんな事出来るの?」
『出来るさ、ツムギ。これはお主だからこそ、出来たのだ』
本来ありえないダンジョンから発生したイレギュラーな道外し。
そして、彼女は更にファーブニルの魔力も与えられている言わば『二重眷属』とも呼べる状態になっているのだ。
だからこそ、彼女の体にはアースの眷属としてのパイプと、ファーブニルの眷属としてのパイプが存在する。
ダンジョン改変能力の発展版。
いうなれば、『眷属改変』能力。
ツムギはアースとファーブニル、両方の眷属になることが出来るのだ。
二つのダンジョンを繋ぐ橋渡しとして、ツムギの魔力回廊は作用する。
それを使い、アースの魔力を貰い受け、ツムギの『改変』を応用し、こうしてファーブニルはツムギを助け出すことが出来た。
『お主の奮闘は、魔力の回廊を通じて私の下にも送られてきた』
その頑張りを見せつけられたからこそ、ファーブニルは動いた。
共に、生きたいと思った少女を助けるために。
絶対安静が必要な肉体のなけなしの魔力を使い、体内で猛抗議を上げる迷宮核を必死に説得して、寿命を縮めるかもしれない危険を冒して。
それでも―――たった一人の少女の為に、黄金の龍は動いた。
『繋ぎ、紡ぐか……。成程、お主の主―――あの若い地龍は本当に良い名をお主に与えたな』
本来道外しはダンジョンとは相いれない存在だ。
でも、だからこそ。
相反する二つの存在が手を結べば。
時計のゼンマイの様に、互いを歯車の様にしてより大きな歯車を回す様に。
引き算を足し算へと変え、仲間と仲間が手を結び掛け算へ繋がり。
その力は何倍にも膨れ上がる。
『ツムギよ、私もお前の力になりたい。私も―――お前を助けたい』
その言葉に、
「………うん」
白い少女は力強く頷いた。
嬉しくて堪らなかった。
「……う゛んっ!」
助けたいと思っていた。
だからこそ、助けてもらった。
繋いだ力。
道外しと言う少女がもたらした結実。
そして。
その力の象徴。
黄金の龍が、ファーブニルの真の主が、その姿を現す。
ラウの体が、硬直する。
ボロボロになって尚、光を宿すその瞳が凍りついた。
「はっ……はは……」
思わず漏れたのは、そんな乾いた笑い声。
もはや、どうにもならない事を悟ったのだろう。
ゆっくりと、黄金の龍はその腕を振り上げる。
大質量の塊。
「堪らねぇな……」
そう呟いた。
その次に、黄金の塊が彼の体に覆い被さった。
ドンッ!
ぶちゅり、と。
それで、倭の国の英雄ラウ・ランファンは終わった。
アース『……あれ?ツムギに連絡が繋がらない。……寝てるのかな?あと、なんか体が妙にダルいんだけど?』
ちなみに変態達の間ではペロが高騰してるらしい。




