7.下準備
……痛い。
殴られた頬がずきずき痛む。
もう少し手加減しろよ……。
今の俺の鱗で痛みを感じるって相当な攻撃力だぞ?
恨めしげな視線を送るが、エリベルはしれっとした表情?だ。
「とりあえず、これで事情は分かったでしょ。さあ、大急ぎで対策に取り掛かるわよ」
『わ、分かったよ……』
なんか誤魔化された気がするけど、まあいいか。
話もそこそこに俺とエリベルは研究所へと移動した。
んで、場所は変わって、ここはエリベルの研究所。
転移門を潜って中に入ると、そこには既に、ベルクやロブンが作業を進めていた。
だが、なんというか……二人の雰囲気が……怖い。
なんかこう、鬼気迫るものを感じる。
俺の前世にも居たなあんな雰囲気の人。
そう、例えるなら納期直前まで仕事が全然終わらない感じのアレだ。
「作業は進んでるかしら?」
エリベルは極めて気軽い感じで二人に声を掛ける。
声を掛けられたことで、ようやく二人は俺達が入ってきたことに気付いたようだ。
「おお、エリベル様。言われていた作業は一通り終わらせておきましたぞー……ふぅー」
「こ、こっちもです。丁度……今、ギジーへの術式の入力が完了しました……はぁ……」
「うん、お疲れ様」
どうやら俺と話し込む前に、既に作業を進めていたらしい。
相変わらず先読みで行動してるな。
でも、それに付き合わされているベルクとロブンはだいぶ大変そうだ。
ベルクは相変わらずゴーレムなのに目の下にクマ作ってるし、顔も半笑いだ。
ロブンに至ってはアンデッドなのにげっそりと痩せてる様に見える。
二人ともかなり疲労してるんじゃないか?
アンデッドやゴーレムなのに疲労するってどんな職場環境だよ。
おかしいな、うちのダンジョンがブラック企業に見えるぞ……。
主に一部に対してだけど。
『えーっと、ロ、ロブン?大丈夫なのか?なんか随分疲れているように見えるけど……』
思わず声を掛けてしまったが、ロブンは、ははっと笑った。
「えっ、何を言ってるんだよ~アース。僕はアンデッドだぞぜい?疲れる筈にゃんてないじゃろ?そぉれにエリベルさ~んのお役にたてぇーるなら、これ位楽勝だよぉう、ハハハハハ……」
『そ、そうか……』
骨の拳を握りながら、何でもない様に振る舞うロブン。
く、口調が変わってる……。
というか、キャラが変わってる。
あと、こっち見ろ。
お前が話しかけてるの俺じゃなくて壁だぞ?
何が見えてるんだ?
いや、何も見えてないのか?
……全然大丈夫じゃなさそうだ。
ま、まあ、いっか。
放っておけば、そのうち治るだろ……多分。
一応そばにさっき来る途中で掘っておいた魔石を置いておこう。
お疲れ様。少しでも体力を回復してくれ。
「術式の入力は完了……感知用の術式も新しいのを組み込んであるわね」
エリベルはエリベルで全くブレずに作業の確認をしている。
「よしっと、それじゃあ、アース。ギジーに触れて魔力注入して頂戴」
『ん?ギジーに新しく魔力を注入するのか?』
「ええ、新しい術式組むのに予想以上に魔力使うみたいなのよ、ギジーの余ってる魔力じゃちょっと足りないわ。ギジーの魔力は殆どがダンジョンの維持に使われているからね」
『そうか、分かった。……こうか?』
俺はエリベルに言われた通りギジーに触れる。
ぺたり。
あ、ひんやりしてて気持ちいいな。
ちょっと撫でまわしてみたり。
さすり、さすり。
『―――ヒャッ』
撫でまわした瞬間、ギジーの機械的な声が発生した。
『……ん?』
『―――警告。イクラオ父様デモ不意ノ接触ハ誤作動ヲ起コス原因ト成リ得マス。ナノデ次回カラハ事前ニ教エテ頂クヨウ進言シマス。宜シイデスネ?』
何やらギジーから注意が飛んできた。
しかも、なにやらいつもよりも口調がきつめだ。
怒ってる?
いや、まさかな……。
ギジーには感情なんてない筈だし……。
『あ、うん、ごめん……』
でも、ついなんか謝ってしまった。
小市民ですね、俺。
おかしいなー……俺、主の筈なのに、なぜか頭が上がらない。
『んじゃ、改めて魔力込めるぞ』
『―――解答。大丈夫デス』
改めてギジーに魔力を込める。
おおぅ、吸われる、吸われる……。
魔力がギジーへ流れてる感じがする。
『――――ン……ンゥッ……』
なんかギジーの声が聞こえる気がする。
魔力込めすぎたかな?
「オーケー、もう十分よ。これだけあれば足りるわ」
『お、そうか?』
まだまだ余裕でいけるけど。
『―――解。術式ノ行使ニ必要ナ魔力量ノ三倍ノ量ガ補填サレマシタ』
ギジーの方からももう十分だと言われた。
うーん、体感的には十分の一も吸われてないな。
まあ、もし足りなくなったら、また後で足せばいいか。
「……随分余裕そうね?」
『え?うん、まだまだ大丈夫だぞ?』
意外そうな声をあげるエリベル。
そして、まじまじと俺を見た後に何故か大きなため息をついた。
「はぁ……そうよね。ここ最近、ギブルやヤムゥみたいな規格外連中ばかり目にしてきたから忘れてたけど、アンタも十分化け物だったわね……」
え?
なんか、失礼じゃないか、その言い方?
「……まあ、良いわ。それじゃあ、アース。アンタは戻っていいわよ。あとはこっちでやっておくから」
そう言ってエリベルは端末に凄まじい勢いで何かを打ち込んでゆく。
というか、俺を呼んだのってギジーの電池役かよ……。
まあ、良いけどさ。
「あ、それとロブン。アンタも休んでいいわよ。あとは私とベルクでやっておくから」
「えっ?ぼ、僕なら大丈夫ですよっ!?まだまだ、全然―――」
ブンブンと手を振るロブンだが、途中でふらついた。
……無理すんな。
「いいから、アンタも休みなさい。そこの馬鹿が魔石持ってきてくれたみたいだし、ファーブニルに戻ってそれ食べなさい」
「え……あ、はい……」
有無を言わさないエリベルの口調にロブンも頷いた。
俺とロブンは転移門を潜り、エリベルの研究所を後にする。
転移門を潜る前にもう一度エリベルの方を見たが、既に作業に没頭しているようだった。
ん……気のせいかな?
なんか違和感を感じたけど、まあいいか。
あ、そうだ。
後で俺は俺でウナとドスに連絡を入れよう。
となれば、監視室に移動するか。
まばゆい光の中、俺はこれからの事を考えていた。
その後、アースとロブンが研究所を去った後、ベルクは静かに口を開いた。
「……宜しかったのですか?」
「なにがよ?」
「あの二人に『本当の事』をお伝えしなくても宜しいのですか?」
「ああ、何だ、そんな事?別にいいわよ。あくまで“可能性”ってだけの話だから。それに―――」
もし、エリベルが考えてることをあの二人に言ったら……。
エリベルは一瞬言いよどむが、ベルクは笑って言う。
「大丈夫ですよ、エリベル様。あの二人ならば、受け入れると思いますよ、エリベル様の考えてることを。それにあの二人はあの女とは……リアスとは違います。決してエリベル様を裏切ったりは―――」
「だからよ」
ベルクの言葉を遮って、エリベルは言う。
「これはあくまで私の我儘なの。だから、あの二人には付き合せるわけにはいかないわ。もし、リアスが私の考えてる通りの事をするのならば、その時はケジメはきちんと私達の手で付ける……どんな手を使ってでもね」
強い口調でエリベルは言う。
その言葉にベルクも、ただ頷いた。
「そうですな……ええ、その通りですな」
「だから、ベルク。悪いんだけど、アンタには最後まで付き合って貰うわよ」
「勿論ですじゃ。そもそも儂が仕えるのは今も昔もただ一人、エリベル様だけでございます故」
ベルクのその言葉に、エリベルはふっと笑う。
「そうね……それじゃあ、保険の方の準備に入るわよ。ベルク、“彼女”に繋いで頂戴」
「了解ですじゃ」
そして二人は作業を進める。
二百年前の全てに決着をつけるために。
そして―――その時は刻一刻と近づいていた。
一方、ハザン帝国城下町にて―――。
アース達がリアスへの対抗策を話している頃、とある宿屋では一人の冒険者が目を覚ましていた。
長い銀髪に眼帯をした女の冒険者。
名をベルディー・レイブン。
かつてボルヘリック王国で名を馳せたSランクの冒険者だ。
「……だいぶ眠っていたようだな」
知らない宿屋の天井を眺めながら、ベルディーは己の現状を確認する。
「あ、ベルディーさん。目が覚めたんですか?」
丁度その時、扉を開けて入ってきたファーリーが声を掛けてくる。
その手には食べ物らしきものが入った籠が抱えられていた。
「ファーリーか……。私はどれくらい眠っていたのだ?」
「丸二日ですよ。応急処置は済ませてありますが、あと二~三日は安静にしておいた方が良いって、お医者様も言ってました」
そう言われてベルディーは自分の体を確かめる。
脇腹の辺りにかなり深い傷を負っていた。
「二日も気を失っていたのか……」
片手をこめかみにそえると、徐々に記憶が甦ってくる。
大陸会議の前夜、自分達は仮面を被った謎の男からの襲撃を受けた。
かなりの使い手だった。
ファーリーを庇っての事とはいえ、自分にこれだけの深手を負わせるなんて。
ヴァレッドが敵を引きつけてくれたおかげでファーリーと逃げ延びることが出来たものの、あのまま闘っていたらどうなっていた事か。
「………」
一体誰が放った刺客だったのか?
記憶を探るが、考えてみれば自分達が狙われる覚えはいくらである。
特に、ボルヘリック王国関連では。
ベルディーは無言のまま起き上がり、着替えを始める。
その様子にファーリーは驚いたように声を上げる。
「えっ、ちょっ、ちょっと待って下さいベルディーさん!何してるんですか!?」
「何って、ヴァレッドを探しに行くんだよ。アイツはまだ戻ってないんだろ?」
「む、無理ですよ!その傷じゃ!それに、もしまたあの男が襲ってきたらどうするんですか!」
必死にベルデイーを押さえながらファーリーは言う。
「私だって冒険者だから分かります。アイツは化け物ですよ!多分、ヴァレッドさんやベルディーさんよりも強いです……無謀ですって!」
「ああ、そうだろうな」
あっさりと、ベルディーは頷く。
あの仮面の男は確かに強い。
それは同じく相対したベルディーが一番良く分かっている。
「それに、ヴァレッドさんの事です!絶対に無事ですよ!その内、しれっと戻ってくるに決まってます!」
確信にも似た思いでファーリーは言う。
ヴァレッドの強さはファーリーもよく知ってる。
それにあの人はそう簡単にくたばる人じゃないと彼女は信じていた。
そして、それはベルディーもそうだと思った。
「そうだな、私もそう思う……。アイツのしぶとさはゴキブリ並みだしな」
「じゃあ―――」
「それでも、私は往くよ」
ファーリーの制止を振り切り、ベルディーは己の相棒である紅い槍に手を伸ばす。
「妙な胸騒ぎがするんだ……。何か、良くない事が起こる……そんな気がするんだ」
エクレウス同様、ベルディーの勘はよく当たる。
彼女は何か選択する時には最終的には己の直感を信じていた。
それに、とベルディーは言う。
「あんな奴でも私の相棒だ。だから、私が迎えに行ってやらないとな。それに、負けっぱなしは性に合わない」
そう、自分は『穿界』の二つ名を持つSランクの冒険者。
国の英雄とまで言われた『龍殺し』ヴァレッドの相棒なのだ。
これしきの傷でいつまでも休んでいる訳にはいかない。
「でも、だからってどこに行くんですか?手がかりなんてないでしょう?」
そうだな……とベルディーは少しだけ考える素振りを見せる。
「とりあえずは帝城に向かう。あそこには師匠もいるし、もしかしたら、何らかの情報が流れているかもしれない」
「じゃ、じゃあ私も―――」
そう言いかけたファーリーをベルディーは制する。
「いいや、お前はここに居ろ。何かあった時は私一人の方が動きやすい」
暗に足手まといだと言われているようで、ファーリーは僅かに歯噛みする。
だが、ベルディーはふっと笑ってファーリーの肩に手を乗せた。
「安心しろ。ちゃんと戻ってくるさ、必ずヴァレッドと二人でな。夕食の献立でも考えておいてくれ」
「……分かりました」
しぶしぶと言った体でファーリーは頷いた。
ベルディーは宿屋を出る。
宿を出て彼女はそっと空を見上げた。
澄んだ心地よい風が、彼女の銀色の髪を擽る。
「さて、アイツを迎えに行くとするか」
槍を担ぎ、人の波の雑踏に紛れながら彼女は帝城を目指す。
その先に何が待ち構えているのか。
この時の彼女には知る由もなかった。
次回辺りから本格的に話が動き始めると思います……多分




