17.天龍VS神災龍王+おまけ 後編
天龍のブレスが目の前に迫ってくる。
そのとんでもない魔力の密度に俺は戦慄する。
少なくとも俺の放つブレスの十倍くらいの魔力量はあるんじゃないだろうか?
はは……これ死んだんじゃないかな……。
だって物凄いスピードで迫って来てるはずなのに凄くゆっくりに見えるんだもん。
生まれてから今までの事が脳裏をよぎってるもん。
これ、あれだよね。
走馬灯ってヤツだよね。
命の危機に瀕した時に時間がゆっくり流れるってやつ。
約三年……短い龍生だったなぁ……。
そう思ってたらギブルが俺の前に出た。
「ふーっ」
そしておもむろに息を吐いた。
ズッパァァァアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!
轟音、轟風、衝撃、魔力が吹き荒れる。
目の前に迫っていた天龍のブレスが掻き消えた。
……………………………えっ。
「うん。吐息で十分ですね」
うんうんとギブルは頷く。
その結果に忌々しげに天龍が舌打ちをする。
「ちっ、相変わらずの化け物っぷりだなギブル……」
「……その言い方は止めてくれませんか?化け物などと、可愛いアースに誤解されたらどうするのですか」
「事実だろうが」
ぷんすかという表現が似合う感じでギブルがいきり立つ
『―――って、えええええええええええええええええええええええっ!?』
ちょっと待てっ!
ちょっと待てっ!?
ちょっと待てぇぇぇぇええええっっ!!!
「どうしたのですか、アース?そんな大声を上げて」
『いや、どうしたも何も、なに今の!?』
「何って……吐息でブレスを相殺しただけですよ?出来るでしょう?」
出来ないよっ!?
なにさも当然の事の様に言ってるんですか!?
龍の息吹ならぬ吐息!?
天龍が訝しげな視線を俺に向ける。
「ギブル、先程から鬱陶しいそこの地龍は貴様の子か?」
「そうですよ。アースって言うんです。可愛いでしょう?」
「ふてぶてしい面構えが貴様にそっくりだ。精々巻き込んで殺さねーようにするんだな」
その言葉と同時に天龍の周囲に数千本の氷柱が出現する。
「―――“千群氷柱”」
見たことがある魔術だ。
エリベルが得意とする氷の術式。
でもその規模がまるで違う。
エリベルの氷は一本一本が三十センチ程度だったのに、天龍のそれは十メートル近くある。
数もエリベルの数倍はあるだろう。
天龍が嗤う。
「躱せるかギブル?」
凄まじい勢いで氷柱が発射される。
一本でも喰らえば、俺なら間違いなく致命傷になりえる威力。
だが、
「躱す必要なんてないでしょう」
対してギブルはピンっと指を弾く動作をする。
それだけで目の前の氷柱がすべて粉微塵になって消滅した。
僅かに残った氷の粒が幻想的な光を演出する。
「あら、氷菓子にすれば美味しそうな景色ですね」
俺は絶句する。
………氷柱千本を、指一本で……。
俺とは対照的に冷静な天龍は再び術式を展開。
「―――“三頭水蛇”」
次に発生するのはうねりを伴った三本の水の龍。
フロアを縦横無尽に駆け回りギブルに迫る。
その魔力濃度から推測するにおそらく法王級の魔術だ。
でも、
「これが何です?」
ギブルはその場でくるりと一回転する。
その動作だけで三頭の水龍はギブルに接近した瞬間に消滅した。
何なのこの光景?
ギブルの姿が小さすぎるせいか、迫ってくる魔術はより大きく見えるのに、ギブルはまるで埃か何かを払う様に天龍の魔術を消し飛ばす。
いや……違うな、これは消し飛ばしてるよ言うよりも……。
「……ヤムゥ、私を相手に様子見は無意味ですよ。今までの攻撃は、既に私が“覚えている”攻撃です。それで私を傷つける事など出来ないのは貴方ならば理解しているでしょう?さっさと“覚醒”しなさい」
「……ふん、そうだな。確かに時間を無駄にした」
そう言うと、天龍の魔力が爆発的に膨れ上がった。
結界が……震えてる?
うぐっ……何だこれ?
い、息が出来な……。
「結界を張ったのは好都合だ。この姿になると少なからず大陸に影響が出る」
びりびりと肌を切り裂かれる様な魔力。
な、何だこれ?
……ヤバい……天龍を直視できない。
まるで本能がアレを見ることを拒んでるみたいだ……。
意識が朦朧とする。
苦しい。
「大丈夫ですか?可愛いアース」
ギブルが俺に触れる。
俺の体が淡い光を放つ。
……あれ?
息が出来る。
「力を解放したヤムゥの魔力に中てられてしまったのですよ。貴方の周囲に私の力を削って結界を張りました。これで大丈夫な筈ですよ」
結界?
確かに俺の体を覆う様に魔力の膜を感じるけど……。
けどこれ、本当に“魔力”なのか?
全然別の力みたいに感じるけど……。
「ようやくヤムゥが本気になってくれるようです。アース、そこで見ていて下さい」
ボコボコボコボコッ!
ギブルの魔力が何倍にも膨れ上がった。
それと同時に体が少しだけ大きくなる。
十センチ程だった体長が一メートル程の大きさへと。
「結界を張った今ならば直視できるはずです。アレが“龍王種”として覚醒した天龍の本来の姿です」
そう言われて目の前の天龍を見た。
二対四枚の翼はより大きく澄んだ純白に。
蛇のような長い体も今まで見たどんな青色よりも澄んだ水の様な色合いに変わっている。
更に全身から金色のオーラの様なものがあふれ出ている。
「………凄い」
思わずそう呟くほどに天龍の姿は神々しかった。
以前見た聖龍ハルシャ・ルードは見る者全てを焼き焦がすよう深紅色だった。
天龍はその逆だ。
見る者全てを魅せるどこまでも澄んだ青色。
余りにも魅入ってしまい呆然としてしまう。
「―――“天爪”」
天龍が腕を振るう。
極大の光の刃が出現した。
空間に亀裂でも入ったのではないかと思えるほどの魔力の塊。
「ふむ……その攻撃は“知りませんね”」
対してギブルは地面を蹴って真っ直ぐに突っ込む。
「可愛いアースよ、見なさい。これが地龍の持つ力―――『暴食』。これがその真髄です」
ギブルと光の斬撃が衝突する瞬間―――ギブルは手を正面にかざした。
次の瞬間、光の爪ははじけ飛んだ。
バラバラにはじけ飛んだ光の爪の破片が結界に当たると空間が揺れてるとしか思えない程の衝撃が起こる。
今のが……『暴食』なのか?
ただ天龍の攻撃を弾いただけの様に見えたけど……?
「ちっ、この攻撃でも“耐性可能”かよ……化け物めっ」
忌々しげに天龍が吐き捨てる。
耐性……?
どういう事だ?
いや、そうじゃない……何だこの感じ。
結果だけ見れば、さっきまでと同じなんだけど……なんだろうか、この違和感は?
ギブルが俺の方を見る。
「流石ですね、アース。今の違和感を感じ取れただけでも上出来ですよ。はなまる!」
にっこりとほほ笑みながら言う。
ぞわっと鳥肌が立った。
やっぱりこの龍の笑顔は……怖い。
「―――“天魔水月”、“斬天”、“氷天葬”、“極水破”」
水の槍に光の斬撃、巨大な氷の塊に大質量の水。
次々に天龍の攻撃が放たれる。
そのどれもが致命傷になるであろう攻撃。
でもギブルは避けない。
「流石ヤムゥですね。“手札”が尽きない。どの攻撃も初めて見るものばかりです。でも―――」
天龍の攻撃は当たった端から次々に消滅してゆく。
それに比例するようにギブルの体が大きくなってゆく。
「全て―――無意味ですね」
どういう事だ?
いや、それ以前におかしい。
先ほどからの天龍の猛攻に対し、ギブルは構えすらとらない。
まるで攻撃が自分に効かないと、意味がないとでも言っているかのように。
「可愛いアース、貴方は龍王種の抱える“矛盾”を知っていますか?」
『えっ』
無数の攻撃を捌きつつ、ギブルが俺に話しかけてくる。
その体は既に俺の半分ほどまでに大きくなっている。
「かつて地龍と言う種族は、その素材としての有用性の高さから次々に狩られ、その数を減らしました」
知ってるよ。
エリベルの遺跡にそう載ってたからな。
俺がダンジョンを造ろうと思ったきっかけだ。
「ではなぜ最強の龍種たる地龍が、か弱い人間如きに狩られたと思います?」
『え……』
思っても居なかった疑問を投げかけられる。
そんなん人間が強かったんじゃないのか?
ヴァレッドみたいなやつらが一杯いれば……。
いや、それよりも前、前!
天龍の攻撃が迫ってるんだけど!
「その理由は簡単です。彼らは龍王種でありながら真の龍王種ではなかったからですよ」
『え?』
龍王種でありながら龍王種でない?
どういう意味だ?
構えすらとらないギブルは天龍の攻撃をまともにくらう。
衝撃で煙が舞う。
その中から悠然と佇む無傷のギブルが現れる。
「より正確に言うならば、四種の龍王種は『龍王種として目覚める可能性のある種族』……とでもいう存在でしょうか」
龍王種として目覚める種族……?
「余裕だなギブル!」
天龍の攻撃が激しさを増す。
それに比例するように空間に歪みが生まれている。
ビキビキと結界が悲鳴を上げている。
天龍の強すぎる魔力に中てられているんだ。
とんでもない魔力濃度。
間違いなく俺が今まで見てきた魔物の中でもトップクラスのものだ。
「真の龍王種と言える個体は私の知る限り四体だけです。私に言わせれば、四種ではなくその四個体のみが龍王種を名乗る事を許される。だからズレが生じました。余りにも他を隔絶した四体の龍王種。その四体が率いる種がそのまま龍王種と呼ばれるようになったのです」
ギブルは前を見る。
天龍の攻撃を弾く。
その体は既に俺と同じくらいまで大きくなった。
攻撃を喰らうたびギブルの姿が、魔力が大きくなってゆく。
「私と目の前にいるヤムゥ、聖地の長ハルシャ・ルード、――――そしてウロヌス。今までに『真の龍王種』として覚醒した個体はこの四体だけです」
天龍がブレスを放つ。
先ほどの数十倍はあろう威力のブレス。
「ふんっ」
それをギブルは片手で受け止め―――あっさりと握りつぶした。
「これはどの種族にも言えることです。天龍も聖龍も、そして地龍も、龍王種でありながら真の龍王種足り得ない。それこそが龍王種の抱える矛盾の正体なのです」
語り聞かせる様にギブルは言う。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
天龍が吠えながらギブルに突撃する。
遠距離の魔術では効果が無いと考えたのか、それとも……。
「そして、それ故に真の龍王種として覚醒した個体には敵はいないのです。その圧倒的な力故に」
天龍はその尾をギブルに叩きつける。
ギブルはそれを片手で弾く。
それどころかその反動で天龍は何十メートルも吹き飛ばされて壁に衝突する。
「いえ……正確に言うならば、覚醒した龍王種の敵足り得るのは同じ龍王種のみ」
ふぅっとギブルは吐息を吐く。
それだけで先ほど天龍の放ったブレスの何倍もの衝撃が巻き起こり、天龍がボロボロに引き裂かれる。
「そして、その中でも覚醒した地龍の力は余りにも他を隔絶しているのです。我ら地龍の持つ『暴食』―――それは最強の盾であり、矛」
天龍はボロボロになりながらも攻撃を放つ。
「覚醒した地龍は経口ではなく肉体全てが暴食の対象になります。触れればその全てに対し、暴食が発動する。故に地龍の前にあらゆる攻撃は意味をなさない。触れた瞬間に耐性が生まれるのですから」
ギブルが天龍の攻撃を弾く
そのまま地面を蹴って天龍に肉薄する。
「―――っ!?」
天龍は一瞬の内に魔力の障壁を展開。
その身を守ろうとする。
だが、
「地龍の暴食の前にあらゆる防御も意味をなさない。触れた瞬間にその術式を解析するのですから」
飴細工の様に砕け散る天龍の結界。
そのままギブルの爪が天龍の肉体を切り裂く。
「グアアアアアアアアッ!!」
天龍が悲鳴を上げる。
素早く術式を構築し、ギブルを攻撃。
その隙に距離を取る。
でもいくら距離を取ってもその傷では意味がないだろうと思っていたが違った。
ギブルに切り裂かれた箇所から水が溢れ出し、瞬く間に再生したのだ。
「天龍は自己回復に優れた種族です。たとえバラバラになっても水と共に再生することが出来る。真の龍王種足るヤムゥならば一雫でも肉体が残っていれば数秒で肉体全てを修復することが出来ます」
一瞬の内にギブルは距離を詰め、天龍を殴りつける。
「だからちょうどいいのですよ。だってそう簡単に死なないのですから、これ程都合のいい練習台も有りません」
天龍のあらゆる反撃も、攻撃も、結界も。
その全てが無意味と言わんばかりにギブルは蹂躙する。
『む……無茶苦茶だ……』
俺は思わずそう呟いた。
だってこんなの反則的すぎる。
地龍の『暴食』。
余りにも圧倒的な耐性力。
余りにも圧倒的な解析力。
あらゆる攻撃は意味をなさず。
あらゆる防御は意味をなさず。
「力を込める必要はありません」
当たればそれが致命傷になるのだから。
「構えを取って守る必要はありません」
皮膚に触れた瞬間その攻撃が無効化されるのだから。
「ただ在るがままに敵を蹂躙する。それこそが地龍の真の龍王種としての『力』です」
俺はその光景を前にただ茫然と眺めるしかなかった。
俺達のダンジョンを一方的に蹂躙した天龍が、成す術もなくボロ雑巾のように成り果ててゆくその姿を。
「グア……ガハッ……」
天龍が苦しそうに身をもだえる。
………回復が間に合っていない。
桁外れに強い回復力を持ってしてもギブルの力の前には意味をなさないのだろう。
だってその再生ですら暴食によって解析し、有効打足り得る攻撃にさらされているのだから。
ギブルは殴る
殴る、殴る、殴る。
ただひたすらに殴る。
切り裂く、切り裂く、切り裂く。
もはや天龍だった者はただの肉塊に成り果てていた。
「たとえそれが同格の龍王種であっても」
その爪によって天龍の肉体が引き裂かれる。
「たとえそれが星脈を喰らう化け物であっても」
ギブルはブレスを放つ。
天龍がバラバラに弾け飛ぶ。
「同じ神格である“皇獣”や“夢霧”であろうとも」
血飛沫が舞う。
「全てがただの哀れな獲物と成り果てる」
ボロボロになった天龍はもはや身動き一つ動かせない。
「これが頂点――――神災と称される龍王種地龍の真の力です」
もはやボロボロの肉塊と表現する事すら生ぬるい程に傷ついた天龍をギブルは見下ろす。
「礼を言いますよヤムゥ。貴方のおかげで、私はアースに私達の力の使い方を教えることが出来ました」
「……………はっ」
それを聞いてヤムゥと呼ばれた天龍は皮肉気に笑った。
まだ生きているらしい。
あれ程の傷でも死んでいないのは流石龍王種と言ったところか。
「……相変わらずだなテメーは……。はぁ……はぁ……百年経とうが、千年経とうが、やっぱテメーは変わらねー……。いや、変わらねーからこその力か……がはっ……。はっきり言って俺様よりもずっと性質が悪りぃぜ……」
息も絶え絶えにヤムゥは続ける。
「この俺様ですら下等種族みてーな扱いだ……。いや、テメーはそうとすら思ってねーんだろうな……テメーの眼にゃ龍も蟻も石ころも大して違いはねーんだろ?」
「別にどうでもいいですよ、そんな事」
心底興味ないといった風にギブルは言う。
その瞬間、ヤムゥの眼に一瞬だけ悲しげな光が宿ったように見えた。
「はっ……相変わらずだなテメーは……。ホントに変わんねー……。テメーがそんなだからグウィブのジジイもウロの馬鹿も……ミュルスさんすらテメーの元から離れていったんだろうが…………」
「………」
どこか吐き捨てる様にヤムゥは言う。
一瞬だけギブルが動揺したように見えた。
……ん、ていうか今グウィブって言ったか?
なんかあったのか、昔に?
「………そうかもしれませんね。でも、過ぎた事です」
そう言ってギブルは腕を振り上げる。
その手には爆発的な魔力が宿っている。
「さてそれじゃあ止めにしましょうか。知らなかったとはいえ、可愛いアースのダンジョンを汚したのです。死んで償いなさい」
天龍は避けようともしない。
いや、既に動けないのか。
その手がゆっくりと振り下ろされようとした。
その瞬間だった。
「だっ、だめーーっ!」
叫び声と共に何かが壊れる音がした。
そこから何者かが結界内に侵入してくる。
その何者かは天龍とギブルの間に割って入った。
それは五、六歳ほどの小さな金髪の少年だった。
どことなくヤムゥの人間形態の姿の面影がある。
「なっ……」
「あら?」
ヤムゥの眼が驚いたように見開かれた。
ギブルも思わずその手を止める。
「だめ……だめっ!」
金髪の少年はがたがたと震えながら、それでも天龍を守る様に両手を広げて立ち塞がった。
「パパをイジメちゃだめっ!」
ガチガチに震えながら金髪の少年はそう言った。
……………………パパ?
ちなみにさらりと流されてましたがヤムゥの攻撃は全て法王級以上の威力を持っています。
ヘレブの『火具羅』やロブンの『ムスペルヘイム』並みの攻撃が連発されてました。でも噛ませ。




