16.天龍VS神災龍王+おまけ 前編
………どうしてこうなった?
「ふ~ん、ふふ~ん♪」
俺の頭の上にはなぜか機嫌よさげに鼻歌を口ずさむギブル。
そして、
「俺とテメーが殺し合うんだ……後悔すんじゃねーぞギブル……」
殺気を撒きちらしながら俺―――正確には俺の頭の上に乗っかってるギブルを睨み付けながら、叫び声を上げる本来の姿に戻った天龍。
蛇の様に長く透明な体に、背中から生える二対四枚の翼がダンジョンの中であっても神々しいまでに輝いている。
叫び声を上げるたびに壁がびりびりと震え、全身に刺すようなプレッシャーを感じる。
はぁ、とギブルは溜息をつく。
「あまり汚い言葉を喚き散らさないでくれませんかヤムゥ。品位が下がりますよ?それに可愛いアースに悪影響が出たらどうするのですか?」
「んな事知るかあああああああああああああっ!!」
天龍が吠える。
うあぁぁあ……うぁぁあああ……。
震えが止まらない。
怖い、怖いよ……。
ちらりと周囲を見る。
ボロボロになったフロア。
至る所がひび割れし、壁には穴が開き、天井が崩れ、先程までアン達だった憑代ゴーレムの残骸が無残に散らばっている。
ああ俺のダンジョンが……俺のダンジョンがぁ……。
心が折れそうになる。
白い粉……白い粉はどこだ……?
ああ、無いんだった、エリベルの研究所に置いて来たままだった。
帰りたい。
今すぐ帰りたい。
帰って魔石食って昼寝したい。
前方に濃密な魔力の気配。
嫌な汗がドバっと出る。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
叫び声と共に放たれる天龍のブレス。
圧倒的な魔力の塊。
目の前が光で埋め尽くされる。
ああ、死ぬ。
これはもれなく死ぬ。
「可愛いアース、見なさい。アレが天龍のブレスです。龍種によってブレスの色は違うのですよ。天龍は青白いブレスです。一つ賢くなりましたね」
ギブルは余裕の態度で、そんなどうでもいい雑学を披露している。
俺の頭の上で。
観光地でシカでも見かけたかの様な落ち着きっぷりだ。
ああ、何なんだこの状況……。
もう一度言おう。
どうしてこうなった?
話は数分前に遡る――――。
数分前、深層エリベルの研究所にて―――。
「―――アース、ちょっとあの天龍と殺し合いに行きましょうか?」
某バトロワの先生みたいなことをギブルが言ってる。
うん。全く意味が分からない。
状況についていけてないのは俺だけではないのか、皆呆然としている。
ギブルはトテトテと歩いて俺の頭の上に飛び乗った。
「さて、それじゃあ行きましょう」
そう言った瞬間、俺の足元が青白く光る。
これは―――転移魔術か!?
―――って、おい!?ちょっと待て!?
「ちょ、ちょっと待ちなさい!勝手に何してんのよ!?止めなさい!」
ようやくフリーズから立ち直ったエリベルが声を上げる。
同時に何らかの魔術が発動したのか、足元の転移魔術陣が消える。
「何をするのですか、賢者よ?」
「それはこっちのセリフよ!そもそも深層にはアンタ用の…いや、侵入防止用の結界を張っておいた筈よ!なのにどうして、ここに入って来れたわけ!?」
「結界……?ああ、あのカラフルな薄い膜の事ですか。するりと通れたので暖簾か何かだと思いましたよ?」
ギブルがそう言った瞬間、エリベルの額に青筋が浮かんだように見えた。
「……成程、そういう事。参考にしておくわ」
「ええ、是非に」
バチッと二人の間に火花が散ったような気がする。
こわい。
「ともかく、そのバカを天龍の元へ連れて行くなんて認められないわ。貴重な素材を……いや、そんなのでも一応は私達の主だならね。危険にさらすわけにはいかないわ」
おい、今さらっと素材って言ったろ?
聞こえてんぞ。
「危険?この私が一緒にいるのです。それ以上の安全なんてないでしょう?」
さも当然の事の様にギブルは言う。
「それに、賢者よ、貴方ならばもう理解していると思いましたが?」
「………何をかしら?」
一瞬、エリベルの眼窩の炎が揺らめいた気がした。
動揺している。
それを見透かしたように、ギブルは言う。
「―――今の貴方達ではヤムゥの侵攻を止められない、と」
「……っ」
ギブルがそう言った瞬間、エリベルは苦虫を噛み潰したかの様に歯ぎしりをした。
「現状、貴方とそこにある……迷宮核、でしょうか?貴方達がいかにヤムゥの魔力を解析し、対策を講じたとしても真の龍王種たるヤムゥがその力を解放すれば、その全てを力押しで突破することが出来るのですよ。私やハルシャ・ルードと同じように、ね」
「………っ」
淡々とギブルは語る。
エリベルが押し黙る。
まさか……図星なのか?
「だからちょうどいいでしょう。貴方達は厄介な侵入者を迎撃できる。私は可愛いアースと一緒に……もとい、貴方達との契約内容を実戦形式で説明することが出来る。ほら、誰も損をしていないでしょう?」
「……でもそれならわざわざアースを連れていく必要はないでしょう?」
「いいえ」
きっぱりとギブルは言う。
「この子が一緒でなければ意味がなないのです。地龍が持つ龍王種としての『真の力』を見せるには、この子がその場に居なければいけないのですよ」
だって、とギブルは言う。
「―――この子にも、私と一緒に戦ってもらうのですから」
『えっ』
次の瞬間、俺の体を転移門の光が包み込んだ。
中層第二エリアにて―――。
『はぁ……はぁ……っ』
ボロボロになりながら、アンはついに片膝をついた。
いや、アンだけではない。
トレスも、ロブンもオーテルですら満身創痍だ。
対して、天龍は悠然と佇んでいる。
全くの無傷。
にやにやと張り付いたような笑みを浮かべながら、アン達を見下ろしている。
憑代の全力を出せない状態とはいえ、四人がかりでもこれ程の力の差がある事にアンは歯噛みした。
「ふむ…、中々楽しめたぞ。案山子ではない“人形”の身にしては良くやったというところだな」
コツコツと足音を立て、ヤムゥはアンに近づく。
『……っ。気付いていたのですか?』
「当たり前だろうが、馬鹿にしてんのかてめーは」
心底呆れたようにヤムゥは呟く。
「まあいい。力の差は理解しただろ?さっさと戻って貴様らの主の賢者を連れてこい」
『賢者……それはまさか……?』
「エリベル・レーベンヘルツ。このダンジョンはかの賢者が作り上げたのだろう?貴様らの様な下等種族はともかく、四大属性を霊王級まで極めた賢者ならば多少は相手にもなるだろう。さっさと連れてこい」
アンの頭に疑問が沸き起こる。
この天龍はダンジョンを造ったのがアースではなくエリベルだと誤解しているのか?
いや、そもそもエリベルが生きているという情報をどこで手に入れた?
『…………なぜ、エリベルを、賢者を狙うのですか?』
「別に何も。ただの暇つぶしだ」
『なっ……』
「もうすぐ本命が―――ウロの馬鹿が復活するからな。その宴までの暇つぶしと言ったところか。いや、正確には肩慣らしだな……。まあ、貴様ら下等種族には関係無いか」
ボコボコとヤムゥの周囲に水が発生する。
どうやら止めを刺す気の様だ。
それに対し、アンはただ無言で剣を構えた。
アンの役目は『闘う事』であって『勝つ事』ではない。
自分達の戦闘データをギジーとエリベルに送り、天龍の力を解析する事だ。
既にその役目は十分に果たし終えたと言っていい。
憑代の身であるとはいえ、痛覚が遮断されている訳ではない。
実際に傷を負った時と同じ痛みがアンの体を襲っている。
でも、だからと言ってこのまま終わる事は容認できない。
これはただの意地だ。
せめて一太刀でも多く、この天龍と切り結んでやる。
アンの眼はそう語っていた。
「ほう……」
そして、ヤムゥはその手を止めた。
その眼差しにある不屈の念を感じ取ったからだ。
「下等種族にしては良い瞳をしているじゃねーか」
このような真っ直ぐな眼をした者をヤムゥは久しく見ていなかった。
彼の眷属にすらこのような眼を持つ者は殆どいない。
故に少しだけ興味がわいた。
「おい、黒蟻。貴様、名を何という?」
『……アンです。私の名はアン。主に貰いし唯一の名です』
「そうか、ではアンよ。その忠臣は見事だ。次は“生身”で来い。その時には児戯でない、本当の戦をしてやるからよ」
それは天龍ヤムゥにとっての掛け値なしの最大の称賛だった。
賢者と戦いに来たが、これはとんだ収穫だ。
彼の手に一本の水の剣が生まれる。
そして、ヤムゥはその手を振り下ろし
―――バチンと、その剣は弾かれた。
「む……?」
訝しげにその結果を見つめる。
これは……障壁?
「随分と無粋じゃねーか。誰だ、邪魔をするのは?」
そう言ってヤムゥは魔力の発生源と思しき場所に視線を移す。
せっかくの良い気分が台無しだ。
一体どこの愚か者が邪魔をしたのだろうか?
視線の先にあったのは転移門の淡い光。
その中から見えるその姿を凝視し―――表情が固まった。
「……………は?」
『え?』
その姿にヤムゥだけでなく、アンも驚く。
そこから現れたのは二体の地龍。
神災龍王ギブル、そしてダンジョンの主アースだった。
正確に言えば、アースの額の上にティーカップ程の大きさのギブルが乗っかってる構図である。
ちょっとシュールな光景だ。
「久しぶりですね、ヤムゥ」
聞こえてくる声、感じる魔力。
そしてその姿。
ヤムゥの瞳が見開かれる。
「お前……まさかギブルか!?何でテメーがここに居やがる!?それにもう一体地龍がいるだと……!?どういう事だ!?」
目に見えて狼狽するヤムゥ。
だが、そんな事はお構いなしにギブルは笑う。
「ヤムゥ、私と戦いなさい」
「は?」
「いいから戦いなさい」
有無を言わさぬ口調だ。
そして全くの説明なし。
ヤムゥが可愛く見える程の傍若無人っぷりだ。
アンもトレスも目の前の光景を呆然と眺めており、誰一人状況を理解していない。
皆一応にぽかんとした表情を浮かべている。
そしてやや落ち着きを取り戻したように、ヤムゥが口を開く。
「……テメーと戦う理由は無いと思うが?そもそもなんでテメーがここに居る?テメーも賢者に用があったのか?それとも、そのテメーの下に居る地龍が関係して……まさか、そいつはテメーの子か?」
信じられないと言った表情でヤムゥは言う。
対してギブルは首をかしげる。
「戦う理由が必要ですか?面倒ですね……」
「おい、話を聞け」
ヤムゥの質問には一切答えない。
ビキビキとヤムゥの額に青筋が浮かぶ。
「あ、そうですね。ではこうしましょう」
良いアイディアが浮かんだという表情でギブルは語る。
「ヤムゥ、もし私と戦わないのであれば、貴方の息子を殺します。これならばどうです?」
「『『は?』』」
アースと天龍、そしてアンの声が見事にハモッた。
何を言っているんだ?と。
「最近子供が生まれたのですよね?確か……バァルでしたか?可愛い子ですよね。あらあら表層の方にあなたと同じような気配がしますね。もしかして、連れてきていたのですか?」
「…………」
ヤムゥは答えない。
それでもお構いなしにギブルは続ける。
「この距離ならば、貴方よりも早くバァルの元へ向かえます。まだ継承前でしょうし魔石を砕くよりも簡単に殺せるでしょう。さて、どうします?私と戦わなければ息子を殺しますよ?」
「貴様っ……」
ヤムゥは殺気を放つ。
それだけでダンジョンの壁に亀裂が走った。
アースがビビる。
アンが言葉を失う。
ギブルは素知らぬ顔で受け流す。
「さてどうします?息子を殺されたくなければ私と戦いなさい」
「良いだろう……やってやろうじゃねーか。後悔すんじゃねーぞギブル……」
そう言うと、ヤムゥの全身が変わる。
ボゴボゴボゴボゴボゴと。
体から水が溢れ、長く蛇の様な肉体を形成し、そこから氷の様な美しい二対四枚の翼が生える。
ヤムゥの本来の姿。
天龍の姿へと変わってゆく。
そして、その光景を見ていた俺はガタブルに震えていた。
天龍が本来の姿に戻る最中、エリベルとギジーの遠隔操作により、アン達の精神は強制的に切り離され、憑代ゴーレムはただの人形へと戻る。
ただのデッサン型に戻ったゴーレムは天龍の魔力を浴びて一瞬の内に砕け散った。
それだけではない。
ダンジョンすらも天龍の魔力を受けて震えている。
おいおい、このままじゃダンジョンそのものがもたねーぞ……。
そう思った時、ギジーのアナウンスが響く。
『―――天龍ノ魔力ノ急激ナ増加ノ確認。結界ヲ発動サセ―――』
「―――必要ありません」
ぴしゃりとギブルが言い放つ。
「迷宮核程度が張る結界では龍王種の力には対抗できません。私が結界を張ります」
言うと同時に、ギブルの体から淡い光が発せられ、ダンジョンを包み込んだ。
今ので結界を張ったのか?
ん?そもそも地龍って結界作れるのか?
「ああ、ついでにちょっと場所を広くしますか。これでは狭すぎますしね」
『え?』
ギブルは俺から降りる。
『ちょっとまってギブル。いったい何を……?』
「“錬金”」
俺が訊ねるよりも早くギブルの魔術が発動する。
錬金……だと?
ギブルの足元に複雑な魔術陣が浮かび上がり、同時にダンジョンが音を立てて崩壊する。
いや、組み替えられてゆく。
俺達の居る部屋がどんどん広がる様に。
えっ、ちょ、ちょっと待って!
ダンジョンが!
俺のダンジョンがああああああ!
「まあ、こんなモノでしょうかね」
………何という事でしょう。
僅か数秒で、半径五十メートル程だったフロアは今や形を変え、東京ドームよりもはるかに大きな空間へと変貌してしまいました。
これ周囲の環境とか、魔力回路とかどうなってるんだ?
怖くてとても聞けない。
それに先程からエリベルやギジーに信号を送ってるのに返答がない。
ギブルが張った結界によって遮断されているようだ。
「さて、これ位で大丈夫でしょう。向こうの準備も整ったみたいですしね」
そう言ってギブルは再び俺の頭の上に乗る。
目の前には本来の龍の姿に戻った天龍。
もう目に見えるくらい殺気を放ってる。
「可愛いアース、良く見ておきなさい、これから起こる戦いを。そして知りなさい。貴方が持つ本当の力を」
もう帰りたい……。
そして物語は冒頭のシーンへ移る。
すいません。天龍フルボッコ……もとい本格的な戦闘は次回になります……
あとアンの閑章における天龍のセリフを一部変更しました。
ヤムゥさんはこのダンジョンがアースの造ったものだという事も、ギブルに子がいた事も知りません………という事に変更しました。
すいません。見切り発車のしわ寄せが……




