15.再訪
天龍の波が中層ダンジョンを駆け巡る。
第一エリアは突破され、現在は第二エリア。
疑似環境を実験的に整備している階層が多い。
森や火山や雪山、湿原など種類は様々だ。
ユグル大森林や他から移り住んだ魔物達も普段はここで暮らしている。
まあ、今は緊急時なので別の場所に避難して貰ってるけど。
駆け巡った水が最初に行きついたのは火山エリアだ。
モニターが歪むほどの熱量が見てとれる。
火属性の魔石を深層でかき集めて、トレスやフェル、ロブンと一緒に火属性魔術を組み上げて作った火山エリア。
熱と魔力の循環経路をバランスよく配置するのになかなか苦戦した。
でも、その甲斐あって結構な自信作となった……のだが。
ジュウウウウウウウウウウウッ!!と音を立てて火山エリアが鎮火されてゆく。
お…おぅう……おふぅ……。
天龍の水によって水蒸気爆発が起こり、あっちこっちで白い煙が上がる。
際限なく水が流れ込んでくるため、直ぐに再燃するはずの炎は瞬く間に鎮火され、黒いただの石くれになってゆく。
あれ程苦労して作った火山エリアが一瞬でただの岩場に……。
熔岩ゴーレム達も出番がないままダンジョンの魔力に還元される。
何とも言えない虚しさ。
これは酷い。
『―――報告。火山エリアノ魔力循環回路ニ異常ガ見ラレマス。環境ヲ維持出来マセン』
無慈悲に告げるギジーの報告。
せっかくの火山エリアが台無しだ。
初のお披露目でぶっ壊された。
おのれ天龍ェ……。
ちょっとだけ白い粉を舐めて直接乗り込んでやろうかと思ってしまった。
イラッとした。
ヴァレッド以来久々にイラッとした。
水攻めってホント面倒だな。
何より排水が出来ないって反則だろ。
水の通る場所にギジーが転移門を設置しても、水が全部避けて走るんだもん。
でも、分かったこともある。
まず転移門を潜れば、あの水は天龍の支配下から解放される。
いや、普通の水に戻ると言った方が正しいか。
天龍が中層ダンジョンに潜った瞬間、表層に残った水からは魔力が感知されなくなり、直ぐに排水することが出来た。
つまり天龍が支配下における水量は一つのエリア限定という事だ。
ただその水量がどの程度までかはわからないけど。
天龍の魔力量が分からないからな。
表層と中層第一エリアでの解析結果から鑑みるに、多分俺よりかは少ないとは思うけど……。
「魔力の底が見えないわね……。“核”…というか本体が水の中を流動的に動いてるせいもあるけど」
そう言ってエリベルは端末を操作する。
隅にあった転移門が光り輝き、そこから数体のスケルトンが現れた。
ガシャガシャと骨を鳴らし、その手には革袋を持っている。
それを無言でエリベルに差し出す。
「ありがと」
「いえいえ、とんでもないです」という感じにスケルトン達は畏まる。
エリベルはその皮袋に入った中身をどこからともなく取り出したコップに注いだ。
コップって言うか試験管か。
中身は水だ。
『……ん、これってもしかして天龍の水か?』
「ええ、表層と中層第一エリアに残った天龍の水よ。解析はギジーの方でやってるけど、現物も直接目で確かめておきたくてね」
ああ、成程。そういう事か。
「うーん、魔力の反応は無し……。毒性も皆無。正真正銘ただの水ね。やっぱ天龍の支配下から抜けるとただの水に戻るみたいね」
ふーん、ちょっと興味あるな。
俺もエリベルから水を分けてもらい眺める。
ついでに一舐め。
…………不味っ。
思わず吐いた。
何だこれ?
すっげー不味い。
普通の水だよな?
なのにまるでヘドロでも舐めているかのような不味さだ。
おぇぇ……吐き気がする。
『え、エリベル……これ本当にただの水か?すっげー不味いぞ』
「え、ええ、正真正銘ただの水の筈よ?魔術的な反応は一切確認できないわ。毒も一切関知されてない筈……なのだけど」
俺の反応が予想外だったのか、エリベルも首をかしげる。
隣にいるベルクも口に含んでみるが、反応は薄い。
特に不味くは感じて無い様だ。
俺だけが特別不味く感じてるのか?
でもこの不味さ……なんか身に覚えがあるな。
なんだったっけ?
でもどういう事だろう?
地龍の暴食には“好み”があるって言ってたからその違いか?
それとも……。
「何でアンタが不味く感じるかは気になってるところだけど、先にこっちね。天龍がもう少しで、アンちゃん達の居るフロアに到着するわ」
『え?』
湧き上がる疑問に首を傾げながら、俺はモニターに視線を移した。
流れる洪水が中層にあるフロアの一角に侵入するところだった。
中層第二エリア広間にて―――。
フロアには緊迫した空気が漂っていた。
戦闘用に広めに作られたフロアの中心に佇むのはアン。
その傍にオーテルとトレス、そしてロブンが控えている。
『エリベルさんから連絡がありました。天龍は後数分程でここに来るそうです』
「ふぉっふぉっふぉ、まさか天龍と見えることになりますとはなぁ……人生とは分からないものです」
左目にはめたモノクルをいじりながらオーテルは呟く。
その視線はトレスを掴んで離さない。
トレスが震える。
それを見てオーテルも震える(別の意味で)。はぁはぁ。
アンはトレスを自分の脇に隠すようにして質問する。
しがみついてくるトレスが可愛い。
『オーテル殿は龍王種に会った事は無いのですか?』
「ふぉっふぉっふぉ、ファルとレイギンはダンジョンを造る前に一度天龍を目にしたことがありますが、私自身は天龍にお会いしたことはありませんな」
オーテルが頷く。
ついでに首を動かしてトレスを視姦しようとするが、アンが体をズラしてこれを阻止。
見るな変態。トレスが穢れる。
「そうだね。ああ、でも天龍にあったことは無いが、聖龍ハルシャルードにはアイレン峠で会ったことがあるよ。……いやアレは向こうが気づいていなかったか……懐かしいな」
ロブンも会話に加わる。
ついでに、彼も変態の視線からトレス守る様にローブをなびかせ視界をシャットアウト。
見るな変態。トレスが汚れる。
「しかし、本当に僕達が出ていいのか?言ってはなんだが、天龍の長が相手ではこのメンバーで闘ったとしても勝ち目は薄いと思うが……。それこそ、万全のファルや君たちの主が加われば話は別だけど」
『構いませんよ。私達の目的は“戦う事”であって“勝つ事”はないのですから』
「ふぉっふぉっふぉ、そうですな……。そのための“この体”ですし」
「うー……ぷるるとツムギも一緒が良かったよー」
不満そうにトレスが愚痴る。
ほっぺを膨らませて可愛い。舐め回したい。
『仕方ありませんよ、ぷるるやツムギには他にやって貰うことがあるのですから。それに急ごしらえでは、私達の分しか体を用意できませんでしたし』
自分の体を確かめる様にアンは言う。
そして、水の流れる音が聞こえてきた。
『……どうやら、無駄話はここまでの様ですね』
通路の向こう側に流れる水が見える。
『それでは各自、作戦通りに!』
アンは思念通話を三人に送る。
それに合わせる様に眷属達は戦闘態勢に入った。
濁流がアン達の居るフロアに流れ込む。
だが、そこで水はぴたりと動きを止めた。
まるで見えないガラスでもあるかのように、水が静止する。
『……?』
その光景に誰もが警戒を強める。
次の瞬間、ぼこぼこぼこと水の一部がせり上がり人の形を形成する。
そして周りの水も吸い込まれるようにその人型に吸収されてゆく。
現れたのは金髪の二十代後半ほどの男性の姿。
張り付いたような笑みと三白眼の鋭い瞳。
天龍の長ヤムゥの人間形態だ。
アン達は警戒を強める。
「ようやく案山子ではない者達が現れたか……」
ヤムゥはそう言って目の前の魔物達を一瞥する。
「下等種族共にしてはそこそこの魔力を持ってるじゃないか」
尊大な物言い。
同時に湧き起こる強大なプレッシャー。
天龍の発する膨大な魔力がアン達の肌をちりちりと刺激する。
だが、向こうは何か仕掛けて来る様子は無い。
会話をするつもりがあるのだろうか?
緊張感が漂う中アンが口を開く。
『天龍よ、質問に答えてもらいましょうか?なぜ私達の―――』
「勝手に口を開くんじゃねーよ、下等生物」
ヒュッっと、天龍から閃光が起こる。
『―――っ!?』
アンは寸での所でそれを躱す。
頬をかすめ、床を切り裂き、後ろの壁を貫通する。
『………今のは水?』
『―――解答。魔力デ高圧縮サレタ水刃ト判断シマス』
肯定するようにギジーからの通信が届く。
成程、超高圧で放たれた水の刃か。
アン自身も酸を高圧縮して放つ“酸槍”を使う。
似たような技を自分も使うからこそ躱すことが出来たのだ。
それを見てヤムゥは少し驚いた表情を浮かべた。
「ほう……今のを躱すか。殺す気で放ったんだけどな。よし、その功績に免じ、先程の不敬は不問にしてやる、感謝しろ」
『なんですって……っ』
どこまでも不遜なその態度がアンの神経を逆なでする。
だが、逆にヤムゥは興味深そうにアンを見つめた。
「……ん、貴様よく見ればあの時の黒蟻か」
『あの時……?』
そう言われ、アンの脳裏にユグル大森林での記憶が甦る。
『―――っ!あのジャイアント・リザードの時の』
以前ユグル大森林でのジャイアント・リザード討伐戦。
あの時、突如として現れた天龍、そして謎の閃光によって戦場は大いに混乱した。
「そうだ。久しぶりだな、黒蟻」
何の警戒も無しにヤムゥはアンの方へ歩み寄ろうとする。
「成程な、貴様もこのダンジョンの魔物だったか……。なら丁度いい。質問にこ―――」
その瞬間、動いたのはオーテルだ。
いや、正確に言うならば、彼の影。
オーテルの影が縦横無尽に広がり、そこからいくつもの黒い鎌が現れる。
凄まじい早さで黒い鎌はヤムゥの首を取ろうとするが、ヤムゥの足元からせり上がった水がそれを防ぐ。
ぎろりと、その鋭い双眸がオーテルを睨み付ける。
「影亡霊か……。俺様の話の腰を折るなど不敬も甚だしいぞ」
一目見て、ヤムゥはオーテルの種族名を看破する。
影亡霊。
影を自在に操り、形を変え、攻撃することが出来る魔物だ。
「ふぉっふぉっふぉ、流石ですな……。でも―――」
更に影はいくつも枝分かれを繰り返す。
それらは無数の武器へと姿を変え、ヤムゥを取り囲む。
トレスたんを視姦できなかった腹いせだ。
くらえ天龍!
「―――さて捌き切れますかな?」
ぱちんと、オーテルは指を鳴らす。
凄まじい速度で影の武器がヤムゥに接近する。
ヤムゥは動かない。
周囲に展開した水がそれら全ての攻撃を防ぎ切ったからだ。
「消えろ。目障りだ」
更に、その水の一部が触手の様にしなり、オーテルへ襲いかかる。
だが、オーテルは微塵も慌てる事無く、
「ふぉっふぉっ!今ですぞ!」
オーテルも影を伸ばし、これを弾く。
その合間を縫ってアンが接近し魔剣レディルを振るう。
ロブンと、トレスも遠距離攻撃用の術式を構築。
アンを支援する。
ヤムゥに肉薄するアン。
ヤムゥはアンの持つその剣を興味深げに見つめた。
「―――ほう、その剣……」
僅かに目を細め、ヤムゥは水を操り、ロブンとトレスの魔術を防御する。
同時に体を逸らして、アンの剣を“避けた”。
その動作にアンは瞠目した。
(―――まさか、一瞬でこの剣の特性に気付いてっ!?)
魔剣レディルの特性は魔力の無効化だ。
もし先程と同じように周囲の水でガードしようとすれば、その水をあっさりと切り裂いて、ヤムゥに刃が届いただろう。
その証拠に、後方から放たれるロブンとトレスの魔術に対しては水を使って防御している。
確かめるためにもう一度、剣を振るうが、再びヤムゥは水を使わず、体を逸らして剣を避けた。
展開される魔術の合間を縫って、アンは一旦距離を取る。
ヤムゥは距離を詰めようとはしない。
まだまだ様子見と言った様子だ。
『………成程、厄介ですね』
尊大な態度、口調とは裏腹に、洗練された魔術と膨大な魔力量、そして冷静な観察眼。
「どうした?もう来ないのか?」
『………』
心底見下したような口調でヤムゥは言う。
認めたくはない。
だが、目の前の男は間違いなく今まで戦った誰よりも強い。
そう思わざるを得ない程の力。
この体でどこまでできるか分からない。
だが、自身が持つ全力でこの天龍を排除する。
アンは手に持った魔剣リディル構え、再び天龍へ接近した。
深層エリベルの研究所にて―――。
「どうやら、天龍は水攻めをいったん中止して、対人用の戦闘方法に切り替えたみたいね……」
好都合だわとエリベルが呟く。
モニターには天龍と激しい戦闘を繰り広げるアン達の姿が映し出されている。
『でもエリベル。アン達を戦わせて大丈夫なのか?』
万が一死なれたりしたら流石に嫌だし。
「大丈夫よ。だってあれ憑代だし」
『え?』
憑代ってあれだよな。
憑代ゴーレム。
俺が外出たり、リハビリの時に使ってたやつ。
アレって魔術も殆ど使えないし、あんなに激しい動きも出来なかった筈だ。
『憑代って戦闘には向かないんじゃなかったか?』
「アンタね、私を誰だと思ってるのよ。そんな欠点をいつまでも放っておくほど私は馬鹿じゃないわ。ちゃんと戦闘用に改良したのよ。もっともまだまだ試作段階で、実験的な意味合いが強いゴーレムだけどね。どっかの誰かさんが、文句ばっかり言うから大変なのよ、こっちは」
どうやら俺が前に文句を言った事を根に持ってたらしい。
すいませんね。
『じゃあ、本体は?』
「きちんと深層に居るわよ。だから安心して戦いを見てなさい。ああ、ちょっと魔力貰うわよ。あの憑代、まだまだ試作で燃費が悪いのよ」
同時に俺の体から魔力が抜ける感覚。
おぉ、結構持って行かれたな。
二割くらいか。
ちょっと魔石食って回復しておこう。
さっき飲んだ水の口直しの意味合いも兼て。
ぼりぼりぼり……美味い。
やっぱ魔石美味っ。
「ギジー、戦闘データを随時こっちへ送って。あと有効そうな結界魔術も常に試して。掛けた端から破られてるけど、それでも続けなさい」
『―――了解シマシタ。解析ト同時進行デ行イマス』
「対人状態と、水化状態の魔力の違いを解析すれば、天龍攻略の糸口が掴めるかもしれないわね……ふふふ、腕が鳴るわ」
そう言ってエリベルは再び作業に戻る。
ギジー、ベルクと共に天龍の魔力を解析するために。
俺も映像に集中する。
うん、アン達が憑代なら安心して見られるな。
モニターに映るアン達と天龍の戦いは激しさを増してゆく。
いや、あの感じだと天龍の方はまだまだ様子見か。
本当にとんでもない強さだな。
でも何とかしないと、ダンジョンが大変な事になる。
………万が一の時はアレを使うか。
前に整備した新しい仕掛け。
アレを使えば、天龍を追い払えるかもしれない。
地上がどうなろうが知ったことじゃないし。
『なあエリベル、ちょっと提案があるんだけど―――』
俺がそう口を開いた瞬間だった。
「――――あら、ずいぶんと賑やかですね」
声が響いた。
陽だまりの中にいる様な安心する声音。
だが同時に底無しの寒気を催すような口調。
ぞわりと怖気が走る。
え……な、なんで?
この気配を……この魔力を俺は知っている。
だって俺は昨日この魔力の持ち主と会ったばかりなのだから。
見れば、エリベルもベルクも冷や汗をかいて固まっている。
俺はゆっくりと声のした後ろを振り返った。
「――――来ちゃいました」
一見すれば見逃してしまいそうな程の小さな小さな手に乗る程の大きさの地龍。
その地龍はにっこりと笑いながら、俺に微笑みかけてくる。
俺の母親―――神災龍王ギブルがそこに居た。
な、なんで此処に?いや、なんでこのタイミングで……っ。
俺の疑問を先読みしたかのように、ギブルは口を開く。
「可愛いアース、なぜ私がここに居るのか疑問なのでしょう?昨日の条件をきちんと詳細を説明していませんでしたから、それを伝えるためにもう一度ここに来たのです。…………その、もう一度貴方に会いたいとかそう言う意味合いは全くないのですよ、ええ本当ですよ」
最後の方は何やらもごもご言って聞き取れなかった。
俺達が呆然としている中、ギブルはモニターに視線を移す。
「ん、あれは……ヤムゥですか。これは丁度いいですね」
ギブルはモニターに映し出される映像を眺めて頷く。
何が丁度いいのだろう。
……凄く嫌な予感がする。
「可愛いアース、貴方のこのダンジョンでの暮らしを認める条件ですが、アレを使って実演して見せましょう。私達地龍の持つ龍王種としての真の力を貴方に教えてあげます」
そんな感じに気軽に、
「なのでアース、ちょっとあの天龍と殺し合いに行きましょうか」
ピクニックに行くかのような軽さでギブルは俺に提案してきた。
…………お腹痛いんで、帰って貰えませんかね……?
次回
天龍VS地龍
強制参加型イベント(スキップ不可)




