14.天龍、中層ダンジョンへ挑む
その知らせが入ったのは、俺が中層でツムギと共にダンジョンの新たな仕掛けについて現場を見ながら話し合ってる時だ。
ようやく完成した新しい仕掛けが出来てご機嫌なところにギジーの機械的なアナウンスが響いた。
―――天龍がダンジョンへ侵入したと。
しかも今回はエルジャの時とは違い、向こうはこのダンジョンを侵攻する気満々らしい。
目的は不明だが、既に表層部分には甚大な被害が出ているとの事だ。
俺は頭を抱えた。
昨日の今日でなんでまた新たな龍王種が来るわけ?
何で?俺何も悪いことしてないのに、何で向こうからトラブルがやってくるわけ?
ギブルの言ってたことが頭の中に反芻する。
俺が何もしなくても面倒事は向こうからやってくると―――。
頭痛い……。
「……お父さん、大丈夫?」
ツムギが心配そうにこちらを見つめてくる。
ついでに背中も擦ってくれた。
………良い子や。
ちょっとほっこりして、俺はツムギと共にギジーの誘導されるように近くの転移門から深層エリベルの研究所へと移動した。
深層エリベルの研究所にて―――。
モニターに映し出されたのは大量の水だった。
それが物凄い勢いで下層へと流れてゆく。
エリベル曰くこの水全てが“天龍”との事だ。
おぅふう……。
お、俺のダンジョンが……。あんなに苦労して作った俺のダンジョンが水浸しに……。
感傷に浸る間もなく、緊迫した空気の中エリベルが口を開く。
「状況は見ての通りよ。現在天龍がこのダンジョンに侵攻してるわ。現在の到達階層は表層第十六層。この調子でいけば、あと十分で中層に入るでしょうね」
マジかよ……、ギジーの報告から逆算すれば、まだ一時間も経ってない筈だ。
いくら表層のダンジョンとはいえ、そんな短時間で攻略―――いや水だからな。
転移門の排水も避けて流れる意志を持った水ならそれも可能なのか……。
「アンちゃんには中層エリアにいる魔物達への避難誘導と戦闘準備をしてもらってるわ。相手が天龍じゃ、ユグル大森林の魔物達じゃ十把一絡げでしょうし。先ずはエルジャの時と同じくゴーレムをぶつけて相手の戦力を分析する」
『そうだな。それが良いだろ』
俺は頷く。
エリベルは目の前の端末を凄まじい速度で叩く。
すげぇ……指がブレて見える。
傍にはベルクと……あ、ロブンも居る。
帰って来てたのか。
ちなみにツムギもちゃんと居る。
隅で体育座りしてる。
「アース、アンタもここに居て頂戴。いざとなったら、アンタから魔力回廊を通して魔力をダンジョンに供給してもらうわ」
『分かった』
まあ、俺に出来るのって言ったらそれ位だろうしな。
実際に矢面に立って戦う訳じゃない以上出来る事をすべきだ。
………決して闘うのが怖いとか、そう言う理由じゃない。断じてない。
「アース様ここにおりましたのですね!」
転移門を潜って聖龍エルジャが入ってくる。
そのまま俺に抱き着こうとダイブ……する寸前にエリベルに首根っこを掴まれて静止する。
抵抗を試みるがエリベルが上手くいなして抜け出せない。
猫みたいだ。龍なのに。
「……待ってたわ、エルジャちゃん。さ、席について」
「エ、エリベル様……せめてアース様に熱い抱擁を―――」
「終わったらいくらでもさせてあげるから今は我慢しなさい」
「むぅ~…ですわぁ…」
あれ?俺の意見無視?
「はぁ、分かりましたわ……ってあら?まさかこの魔力―――ヤムゥ小父様ですの!?」
モニターに視線を移したエルジャが驚いたような声を上げる。
「知ってるの、エルジャちゃん?」
「し、知ってるも何も天龍の現族長ですわ!私も何度も龍の集会でお会いしたことがあります!ど、どうしてアース様のダンジョンに……っ!?」
興奮気味にエルジャは語る。
にしても……まさかの族長かよ……。
てことは、この間来たエルジャの父ハルシャ・ルードやギブルと同格の存在って事か?
何でそんなのが来るわけ?
『どんな奴なんだ?』
「えっと……直接お話したことは無いんですが、物凄く我の強い御方だったと記憶してますわ。気安く話しかけただけで殺されかけた龍も居りましたわ」
うわーお暴君や。
「へぇ面識があるなら、エルジャちゃん交渉は出来ない訳?」
エリベルが質問するがエルジャは首を横に振る。
「無理……だと思いますわ。ヤムゥ小父様が誰かの申し出を受けたという事は私の知る限りありません。ヤムゥ小父様に意見できるのは、おそらくお父様かギブル様位のものでしょう。もしくはヤムゥ小父様のこ―――」
『―――報告シマス。対象ガ表層ダンジョン最下層ニ到達シマシタ』
エルジャの声を遮る様にギジーの声が響く。
「どうやらゆっくりエルジャちゃんと話し合ってる時間はなさそうね。エルジャちゃん、詳しい事は作業しながら聞かせて頂戴」
「わ、分かりましたわ」
エルジャが空いている席に着く。
大量の水が転移門の光を浴びて中層ダンジョンへと転移する。
中層ダンジョンの入口の転移門が光り輝き、その中から大量の水と共に一人の男が姿を現した。
若いな、二十代くらいの金髪の男だ。
もしかしてアレって天龍の人型の姿なのか?
エルジャの方を見ると、彼女はこくりと頷いた。
「……アレはヤムゥ小父様の人型の時の姿ですわね」
「へぇ……随分目つきの悪い男ね。好みじゃないわ」
さっそくエリベルが悪態をついた。
モニター越し見ると、男の口がゆっくり動き、笑った。
不気味な笑いだ。
……なんて言ったんだ?
『ギジー、今の音声拾えたか?』
『―――解答。対象ノ音声ヲソノママ伝エマス―――“サア、楽シマセテミセヨ賢者ヨ”――ト言ッテイマシタ』
さあ、楽しませてみせよ賢者よ……か。
俺はエリベルの方を見る。
エリベルはふっと笑った。
「……なんだか知らないけど、向こうは私にケンカ売ってるみたいね」
『お前、天龍となんか因縁あったのか?』
生前にケンカ吹っかけたとか、知らずに巣にブレス撃ったり、相手の落とした卵を勝手に食ったりとか。
「無いわよ。生前に会ったことは一度も無いわ」
横に居るベルクの方も見るが、彼も肯定した。
どうやら嘘では無い様だ。
「ともかく、防衛を始めるわ、ギジー解析を」
『―――了解デス』
「ベルクとロブンは私のサポート、良いわね」
「いつでもいけますぞ」「任せて下さいエリベルさん」
「あと最後に―――」
エリベルは俺の方を見て、何かを放り投げた。
俺は反射的にそれを受け取る。
「……アース、さっきも言った通り、アンタの役目はダンジョンの魔力のバックアップよ。でも、万が一の時は………頼むわ」
最後の言葉には真摯な感情が籠っていた。
それだけで何を渡したのかが分かってしまう。
ああ、分かってしまうのが嫌だ。
『―――えー……やだ……』
俺は受け取ったそれを見つめる。
予想通りだった。
それは“地龍の背骨”の丸薬だった。
「あ、アンタねぇ…ここはしぶしぶながらも『はぁ、分かったよ……万が一の時は俺が戦う』とか言う場面でしょうが……」
そんなお約束なんて知らんよ。
ヤダよ。
誰が矢面に立って戦うか。
……最悪そうなるかもしれないけど、出来ればそうならない事を祈ろう。
俺はモニターを見る。
『じゃあ―――始めるか……』
―――天龍相手のダンジョン防衛戦が始まった。
天龍は再び体を水に変換しダンジョンの通路を埋め尽くす。
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。ゴーレムヲ生成シマス』
その言葉と共にダンジョンにボコボコとデッサン型が生み出される。
その数、七体。
生み出されたデッサン型は流れ来る水に向かって駆け出し―――そして、あっさりと激流に飲み込まれて壁にぶつかり消失した。
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ』
「ギジー、ゴーレムの魔素識別反応を十二から八に変更。物理耐性限界強度を三倍に。反属性作用を第二から第九までを加えて」
『―――了解シマシタ。ゴーレムヲ生成シマス』
「エリベル様、速度補助は此方で行いましょう」
「僕の方は強度補助を、それとゴーレム達の空間把握の演算補助もやろう」
三人+ギジーは次々に作業をこなす。
ボコボコと新たなゴーレムが生まれる。
次に生まれたデッサン型は青色をしていた。
何を言ってるのかさっぱりわからなかったが、きっとエリベルの指示の通りに作られたゴーレムなのだろう。
先ほどよりも強い魔力を感じる。
迫りくる波。
何の躊躇もなくゴーレム達は突撃する。
水に体が触れた瞬間、一瞬だが水の流れがブレた―――様な気がした。
だがそれも一瞬。
再びゴーレム達は波に飲まれ消失してしまった。
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。解析ヲ行イマス』
「ゴーレムの生成パターンを第九段階まで移行。水の属性値をさっきの五倍に。属性反発作用の強度を上げて。武装は一から三十七までのモノを一通り生成して」
「魔力抵抗補助完了しましたぞ」
「こっちもだ。速度向上演算終了です」
『―――了解シマシタ。ゴーレムヲ生成シマス』
そして再びゴーレムが造られる。
今度はデッサン型が三十七体。
色も大きさも全く違ううえ、一体一体が全く別の武器を持っている。
大きな鎌に、身の丈ほどの大剣、前が見えない程の大盾。用途が分からないような形状の武器すらある。
再びゴーレム達は突撃するも、水の牙は容赦なくゴーレム達を粉砕する。
だが今度は数瞬だが、はっきりと波の動きが阻害されたのが認識できた。
次の解析が行われる。
次のゴーレムが造られる。
波にのまれる。
仕掛けられたトラップが作動する。
爆発によって水しぶきが上がる。
結界が作動する。
水が蒸発する。
結界が破られる。
下の階層へ浸水する。
新たなゴーレムが造られる。
波がゴーレムを粉砕する。
結界が作動する。
トラップが発動する。
ゴーレムが造られる。
「対象の属性値の修正を―――」
『―――対象ノ魔力ヲ測定―――』
「水圧による負荷を軽減。結界の強度補正を一から三に―――」
『―――ゴーレムヲ生成シマス―――』
「対象の魔力に対する抵抗値を下げて。代わりに火と土の属性を付加させて―――」
『―――対象ノ魔力ヲ測定―――』
「魔力逓減結界を発動。ゴーレムの生成をデッサン型から動物型へ―――」
『―――ゴーレムヲ生成シマス―――』
「ちっ測定値が予想より高いわ。ゴーレムの数を増やして。それと例のゴーレムの準備」
「了解しました、それは僕の方でやります。回線をこちらへ、眷属達に伝言を」
「速度調整完了しましたぞ」
『―――ゴーレムヲ生成シマス―――』
「次に転移門によるトラップを―――」
『―――対象ノ魔力ヲ測定―――』
それこそルーティンワークの様に、そのやり取りは何回も何回も繰り返された。
ベルクとロブンも必死の様子で二人のサポートを行う。
だが水の―――天龍の侵攻は止まらない。
ゴーレムもトラップも結界も何もかもが無意味と言わんばかりに全てを飲み込みダンジョンを侵食してゆく。
そのまま勢いをつけて更に下の階層へ、下の階層へ。
ダンジョンに水が満ちてゆく。
そして――――。
『―――報告シマス。対象ガ第一中層エリアヲ突破シマシタ』
約二時間が経過した。
ギジーのアナウンスが響き渡る。
「……予想よりも早いわね、全く」
「嘘…ですわ……私ですらたった数層で終わったのに……」
「流石、龍王種と言ったところですな」
「そうだね……厄介だ……」
皆口々に感想を漏らす。
誰もがその声音には驚愕と、そして僅かな焦燥感が含まれていた。
俺も言葉にこそ出さないが驚いていた。
今日、この日、俺の、俺達のダンジョンが完成して初めて、中層エリア最初の二十五層が突破された。
転移門を潜り天龍は中層第二エリアへ転移する。
中層エリアの数は全九エリア×二十五層。
全二二五層だ。
その全てを攻略される前に天龍の魔力を解析できなければこちらが詰みだ。
まだ二百層もあるからと余裕ぶってはいられない。
相手はギブルと同格の龍王種なのだから。
天龍による中層第一エリアの突破は僅かながらに現実味を帯びてきた事を意味する。
いや、天龍の魔力だって無尽蔵じゃない筈だ……。
魔力が尽きるか、それともエリベルとギジーが解析を終える事が出来れば此方の勝ちだ。
「でも、勝負はこれからよ。もう一つの方の戦闘準備が整ったわ」
『もう一つの準備?』
そう言ってエリベルは回線を繋ぐ。
「準備は良いかしら――――アンちゃん?」
そう言って新たなモニターが映し出される。
そこに映し出されたのは一体の黒蟻の姿。
アンだ。
巨大な剣を片手に持ち、戦闘用に広めに作られたフロアの中心に佇んでいる。
『――――ええ、いつでもいけます』
「体の具合はどう?」
『問題ありません。これならば大丈夫でしょう』
「そう。ならよかったわ」
中層第二エリア。
多重環境階層。
外の魔物達との共存を可能にするために様々な自然環境を疑似的に再現したエリアだ。
「ロブン、アンタも配置について。オーテルには既に待機しているわ」
「ええ了解です」
そう言ってロブンは席を立ち転移門を潜って移動する。
アンやロブンも出るのか。
モニターには他の眷属達も映し出されていた。
『―――報告。第二エリア眷属達ノ配置完了シマシタ』
ギジーの報告と同時に転移門が光り輝き水が溢れる。
迎え撃つは眷属筆頭アン。
ロブン、オーテル、トレス。
そして配下の強化キラーアントとゴーレムの混成部隊。
天龍との戦い。
その第二幕が始まる。




