13.中間管理職っていろいろ大変なんですよ、変な話
ダンジョンを侵食する大量の水。
下層に潜っていた冒険者も、そこを守護していたゴーレムも、設置されていた宝箱も、全てを飲み込み天龍の生み出した濁流はダンジョンを侵食していった。
冒険者達は悲鳴を上げながら濁流に飲み込まれてゆく。
次々に飲み込まれ溺れ死ぬ冒険者達。
それを助けようとし、更に飲み込まれる人々。
苦しみ、もがき、悲鳴が木霊する。
それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景だった。
その被害は下層部分だけにとどまらない。
直ぐに上層に居た冒険者達も気付いた。
「た、大変だ!どこからか水が大量に流れて来てやがる!」「な、どういうことだ!?」「おい、早く逃げるぞ!」「下層に潜ってた連中はどうなった!?」「早く避難を!」「馬鹿野郎、下に潜ってた連中見捨てんのか!」「お前まで死んじまうぞ!」
その異変はすぐにパニックを引き起こし、冒険者達は我先にと避難し始める。
その混乱はパンデミックのようにダンジョン内を、そして表層入口部分にたむろしていた商人や警備兵たちにも伝わってゆく。
「水だあああああ!早く逃げろ巻き込まれちまうぞおおおお!」「な、何で水が!」「商品は捨てていけ!命の方が大事だろ!」「おい早く換金してくれ!水が溢れちまう!」「どけどけ!俺が先に逃げるんだよおおおおおお!」
誰もが我先にと外へと避難を開始する。
突き飛ばされ倒れる人、他人を押しのけてでも出ようとする人、極限の状況下の中で人々の本性はむき出しになっていた。
だがそんな風に冒険者達が逃げ惑う中、ただ一人ぼーっとその水を眺めている少年が居た。金髪で目がくりっとした七歳ほどの少年だ。
一人の冒険者が少年に気付き、声を掛ける。
「お、おい坊主!何やってんだ、死んじまうぞ!おいっ」
「…………」
少年は答えない。
振り向きもせず流れる水を見ている。
「おい坊主!」
「止めろ!てめぇまで巻き込まれんぞ!」
「お、おい!ちっ、坊主、早く逃げろ!おい聞いてんのか!早く逃げろよ!」
「…………」
注意した冒険者も自分が巻き込まれることを恐れてか、遠巻きに注意しながら逃げてゆく。
少年はそれを無視し―――いやもしかしたら最初から聞こえていないのかもしれない―――じっと流れる水を見つめていた。
まるでその水は絶対に自分には害がないと言っているかのように。
家族か何かを見る様な温かい瞳で少年はダンジョンを侵食する洪水を眺めていた。
ダンジョン深層エリベルの研究所にて―――。
『―――緊急警報。緊急警報。警戒ニ値スベキ敵ガダンジョン内ニ侵入シマシタ。繰リ返シマス。警戒ニ値スベキ敵ガダンジョン内ニ侵入シマシタ。コレヨリ魔力ノ解析ニ移リマス』
そのギジー警報を聞いてエリベルの眼窩の炎が僅かに揺らめいた。
すぐさま手元にあった極彩色の球体を操作し、モニターにダンジョン内の様子を映し出す。
「……何よこれ?」
思わずその光景に目を見張った。
そこには大量の水によって表層ダンジョンが蹂躙する様子が映し出されていた。
洪水に巻き込まれる冒険者、破壊される宝箱にゴーレム達。
破壊されたゴーレムや宝箱はそのまま壁にぶつかりダンジョンへと還元されてゆく。
―――こんな大量の水、一体何処から……?
水攻め。
ダンジョンにおける古典的な攻略方法であり、また厄介極まりない戦術だ。
排水機能が付いていないダンジョンであれば即詰み。
そうでなくてもダンジョンへもたらす被害は甚大だ。
否応なく周りを巻き込んでしまうし、その割には旨味が少ない事からもまず冒険者の間でも行われることが無い。
エリベルはぼりぼりと真っ白な頭を掻く。
そして直ぐに真剣?な表情になった。
骸骨だからキリッとしてるかどうかわからないが多分真剣な表情だ。
「全くどこの馬鹿よ……こんな常識知らずな事しでかすのは」
どの口が常識を語るのかと甚だ疑問だが、そこはまあ今は置いておこう。
エリベルはすぐさま水の発生源はどこかモニターを操作し、捜索する。
「発生場所は表層第三層か……ベルク」
「はっ、此処に」
エリベルが名を呼ぶと、脇に控えていたベルクが返事をする。
「第三層の全フロアの映像をお願い。あと他の眷属達に連絡。私はウナちゃん達の方に連絡を入れるわ。ギジーは転移門を展開、すぐさま排水を。あと表層のゴーレムは一旦すべて回収して頂戴」
「畏まりました」
『―――了解』
すぐさまギジーは表層ダンジョンの各所に転移門を展開するための術式を構築する。
「全く、何処の馬鹿か知らないけど、この私が水攻めなんて古典的な戦術の対策を取ってなかったとでも思ったのかしら?」
最初こそ驚いたものの、エリベルは比較的冷静だった。
なぜなら水攻めはどこかに魔術陣を仕掛けて水場とダンジョンを繋いでいると相場が決まっている。
その魔術陣を消すか、傍で魔術陣を維持している魔術師を殺せばそれで終了だ。
それにどれ程手練れの魔術師や魔物であろうともこれ程の水を召喚するには大量の魔力が必要だ。
ギジーの魔力感知ならば直ぐに場所は特定できる。
それに大規模な人数で術式を組むか、アースの様な馬鹿げた魔力を持たない限り直ぐに魔力は枯渇するはず。
その後の排水の手間はあるが、それも転移魔術陣を使えば大して時間はかからない。
ダンジョンの中に居た冒険者や入口付近の商人達にはご愁傷様と言うしかないが仕方が無い。
せいぜいこんなバカな事を行った犯人を吊し上げることで満足して貰おう。
そう思い、余裕を見せていたエリベルだったが、ベルクが映し出した三層の様子を見てその表情が強張った。
いくつも映し出されたモニターの中に映し出された“それ”を見て。
「これは……」
「……水の球体…ですな」
ベルクがポツリとつぶやく。
映し出されていたのは直径一メートルほどの水球だ。
そこから大量の水が溢れ出している。
映像越しでもその水球がとてつもない魔力濃度を秘めていることは明らかだ。
カタカタとエリベルの骨が揺れる。
「……これは……ギジー、照合を」
『―――了解。―――解答、照合スル魔力反応有リ。以前オ母様ガユグル大森林ニテ遭遇シタ魔物、個体名『天龍』デアル可能性ガ高イト思ワレマス』
「な、何ですとっ!?」
ベルクが驚愕の声を上げる。
ギジーのその答えにエリベルの眼窩の炎も大きく揺らめいた。
龍王種天龍。
アースの地龍や、エルジャの聖龍と同格の存在。
「天龍……か…へぇ……」
「ば、馬鹿な……なぜ天龍がこのダンジョンに……?エリベル様、如何いたしますか?」
ベルクは指示を仰ごうとエリベルの方を見る。
昨日の今日で龍王種が連続で現れるなど異常事態も良いところだ。
だが、エリベルは既に考えに没頭してるのか、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
「昨日の今日でまた龍王種……?……偶然かしら?それともギブルの差し金?いや、それじゃあ辻褄が合わないわね。以前私達が森で出会ってからかなりの日数が経ってるし……。じゃあどういう事?もしかしてあのクソ婆が言ってた事って―――」
「エリベル様!しっかりして下さいエリベル様」
「―――えっ!?ああ、ごめんなさい、ベルク。ちょっと考え事してたわ」
すぐさまエリベルは端末を操作し、頭の中で対策を練り上げる。
更に他の眷属隊へも連絡し直ぐに研究所に集まる様に呼びかける。
思念通話は直ぐにつながり、アン達は直ぐにこちらに駆け付けるとの事だ。
「ともかく排水が先ね……。ギジー転移門の設置はどれくらいかかりそう?」
『―――解答。既ニ各所ニ緊急転移ヲ展開完了シテイマス。デスガ、水ガ流レテイキマセン』
「………は?」
思わずエリベルは間抜けな声を上げる。
水が流れて行かない?
モニターを見る。
表層ダンジョンのあちこちに緊急設置した排水用の転移門。
なんと水はその転移門を避ける様に流れてゆくではないか。
ギジーは即座に別の転移門を構築し壁や地面に設置するが、まるで水そのものが意志を持っているかのように転移門が展開された瞬間その場所を避ける様にして水が流れてゆくのだ。
「……まるで水そのものに意志が宿っている様な感じですな……」
ベルクが驚嘆したように呟く。
「多分その通りよ……そういう事か。あの水、ただの水じゃないわ。おそらく天龍の“一部”よ」
「何と……っ!?」
『―――解。“水球”及ビダンジョン内ヲ流レル水カラモ天龍ト同質ノ魔力ガ感知サレマシタ』
ベルクが驚き、ギジーが肯定する。
地龍が『地』、聖龍が『火』を司る様に天龍にも司る属性が存在する。
そして天龍の基本属性は『水』だ。
ならばあの水は全て天龍の制御下、もしくは天龍自身の肉体の一部であると想定した方が良いだろう。
「となれば、三層にある“水球”を破壊したところでこの水が収まるとは思えないわね……。あんな分かりやすい場所に“本体”を設置するなんて真似、私だったら絶対にしない。仮に破壊したとしても、すぐ別の場所に同じような水球が現れると考えるべきね……。そして、天龍の本体もこの水と同化していると考えるべきだわ」
ぼりぼりとエリベルは頭を掻く。
表層ダンジョンの仕掛けでは排水を――もとい天龍を排除するには足りない。
エリベルはギジーの方を見る。
「……ギジー、対象の中層ダンジョン到達予想時間は?」
『―――解。凡ソ一時間程デ転移門ヘ到着スルト思ワレマス』
一時間か。
中層ダンジョンの戦闘準備を整えるには十分な時間だ。
そもそも表層から中層へつながる転移門を封鎖すればすぐに解決するのだが、話はそんな単純ではない。
入口や移動に使う一部の転移門はダンジョンの魔力循環経路の役割も担っている。
無理に封鎖すればダンジョンそのものに綻びが生じかねない。
そうなればファーブニルの延命にも関わってくる。
つまり、排水も転移門の封鎖も出来ない以上、中層で迎え撃つしかない。
「そう……じゃあとりあえず他の奴らを中層から退避させて。あとトラップと階層操作の全面開放を。解析するための時間稼ぎをするわ」
『―――了解シマシタ』
天龍の情報は現在ダンジョンを流れている水と、ユグル大森林の時の二つしか無い。
目的は分からないが、向こうはこのダンジョンを攻略する気満々の様だ。
相手は龍王種。
少なくとも聖龍エルジャの時の様に単純にはいかないだろう。
しかも相手は水と同化し常に流動的に動いている。
魔力の解析は想像以上に困難を極めるだろう。
だが、
「ふふ……ふふふ……」
カタカタと骨を鳴らしながらエリベルは笑う。
「楽しそうですな、エリベル様」
「ええ、当然よ。こんな極上のイレギュラー……楽しくない筈が無いわ、ふふふふ」
そう。
困難であればある程、それが難しければ難しい程より深く思考し考えることが出来る。
思考こそがエリベルにとっての最高の酒だ。
これ以上の快楽が他にあるだろうか?いや、無い。
ただし幼女は別腹。
「向こうの思惑が何かは分からないけど、楽しませてもらうわよ龍王種」
もしもエリベルが生きていた頃の姿ならばさぞかし凄絶な笑みを浮かべていただろう。
その代わりに眼窩の炎が激しく揺らめき、全身の骨がカタカタと不気味な音を奏でる。
その光景は傍に侍るベルクですら思わず背筋が凍りそうな程だ。
エリベルは知りえないが、奇しくも“楽しむ”という一点に置いて天龍とエリベルの思惑は一致していた。
「さてと、それじゃあまずは――ってああ、そうだわ。あのバカはどこに行ったのかしら?」
「アースならば深層に居るのでは?」
ベルクが予想を口にするが、エリベルは首を振る。
というか、“あのバカ”で即座にアースであると判断する辺りベルクも中々ひどい。
「それならさっきの思念通話で返答が有る筈よ。それが無いって事は地下大森林か、もしくは……あ」
「……まさか」
そこでエリベルは言葉に詰まる。
ベルクもすぐにその可能性を思いついた。
「………ギジー、今アースはダンジョン内に居るのかしら?」
エリベルのその質問に普段はすらすらと回答するギジーが少し言いよどんだ感じに答えた。
『――……解。オ父様ハ現在……中層ダンジョンニ居マス』
「…………」
「…………」
エリベルとベルク沈黙。
ギジー気まずい。
球体だし、人工知能だし、感情ないけどなんか気まずい。
『……………解。オ、オ父様現在―――』
「何やってんのよ、あのバカはっ!?ギジー直ぐに場所の特定!そのエリア周辺のトラップと環境操作の停止!早く!」
『―――リョ、了解』
「あんのバカ、普段は深層に引き籠ってるくせに、何でこんな時だけ中層にいるのよおおおおおっ!もぉぉおおおおおっ!素の行動で邪魔してんじゃないわよおおおお!」
「エ、エリベル様落ち着いて下され!」
エリベルの叫び声が部屋中に木霊する。
苛立ち紛れにバン!バン!と机をたたく。
やめろ、机に罪は無い。
だってあの引きこも龍が自発的に中層ダンジョンへ行くなんてエリベルどころか、ギジーや神ですらも予想外の出来事だろう。
これから中層でドンパチ始めると言うのになんでよりにもよってそこに居るんだと。
というのもアースは他の眷属や森の魔物達と違って即席で造った転移門からは移動させることが出来ないのだ。
その巨大すぎる魔力故に。
これは同じ龍王種であるエルジャにも言えることで、聖地への転移門設置に時間が掛かっている理由でもある。
まあ要するに、近くの転移門まで移動してもらう必要があるのだ。
本当に、つくづくタイミングが悪い恥龍であった。
ちなみに、エリベルはあくまでアースの眷属兼ダンジョン・アドバイザーであって司令塔でも、ましてやダンジョンの主でもない。
にも拘らずビシバシと指示を飛ばすその姿は、さながらどこか馬鹿な社長に振り回される中間管理職のようであった……。
それから数十秒後。
あっさりとアースは見つかった。
通信回線と映像回線を開くと、現在改造中のとある部屋でツムギと一緒に呑気に談笑していた。
正直イラっとした。
エリベルはちょっとキレ気味にアースに避難指示を出し、近くの転移門から深層へ来るように指示を出す。
直ぐにアースはツムギと共に移動を開始した。
つーかもっと急げ。
お前の中の危機感知センサーどうなってんだとエリベルは心の中で盛大に突っ込みを入れた。
アースが中層を出たことでようやく防衛準備が再開できる。
それから約一時間後。
『―――報告。対象表層ダンジョン第二十層ノ転移門ヘ到着。中層ヘノ移動ヲ開始シマシタ』
ギジーからの報告。
そして、
「エリベル様。アン殿から報告です。中層の防衛準備整ったとの事ですぞ。こちらもいつでもいけます」
ベルクからも報告が来る。
これで準備は整った。
あの馬鹿を深層に避難させたことで、シリアスな空気も戻ってきた。
ピンと張りつめた緊張感。コレだよコレ。
どうにもあのバカが絡むと空気が緩む。
「さあ、ちょっとした邪魔が入ったけど、これで準備は整ったわ。どっからでもかかってきなさい天龍!」
かくして天龍相手のダンジョン防衛戦が幕を開ける。
だがこの時エリベルは、いやギジーですら気付かなかった。
天龍が中層へ到達したのとほぼ時を同じくして、もう一体別の龍王種がダンジョンに侵入したことを……。
以前コメントでアースさんは脇役系主人公と言われた人がいました。
言い得て妙だなと思いました……。




