12.修業風景と浸食風景
前半は眷属達の修業風景です。
ダンジョン深層にて―――。
俺は深層にある訓練場を訪れていた。
転移門を潜って訓練場に入ると、既にアンとトレスとぷるるのコンビが模擬戦をしている。
壁際にはラセツが控え、他にもいるようだけど皆集中してるのか俺が入ってきたことに気付かないみたいだ。
トレスが劣化版レヴァーティン改(最近俺が造り直した)を構え、ぷるるがぼこぼこと体を膨らませている。
対するアンは無言で剣を構え佇んでいる。
一瞬の静寂。
「うおおおおおおー!」
「ぷるー!!」
トレスとぷるるが動いた。
トレスの周囲に一メートルほどの光の球体がいくつも展開する……ってデカッ!?
何アレ?と思ったら、そこから極太の炎が発射された。
「“極炎歌葬”―っ!」
トレスが技名を叫んでいた。
ああ成程、新しい技か………。
凄まじい熱量を持った炎の槍、それがひい…ふう…十六本か。
一本一本がとんでもない魔力だな。あれ全部合わせれば王級並みになるんじゃないか?
それがアンに向けて発射される。
どう対処するんだろうと思ったら、
『―――甘いですっ!』
なんとアン臆する事無く炎に突っ込み、魔剣リディルで炎の槍を全て切り裂いた。
「うぇぇえっ!?」
トレスが驚く。
そういや魔剣リディルの力は魔術無効化だったっけ?
レイギンの鎧が魔力を無効化してたように、あの剣にもその効果があるんだったか。
にしたって良くあの炎の渦に平気で突っ込んでいけるな。
すんごい度胸だ。
いや、トレスの遠距離射撃はある程度的と距離が無ければその威力が発揮されない。
ならば射程が浅く最大効果を発揮する前に刈り取ろうって事かな。
そう考えれば効果的だ。………俺には出来ないけど。
炎の渦でもマントをなびかせ悠然と佇むアン。
……くっ、不覚にも少し恰好良いと思ってしまった。
「ぷるーっ!」
炎が切り裂かれたと同時にぷるるが触手をアンを囲む様に展開。
炎を吸収しているところを見ると触手そのものが魔力を吸収するようになってるのか。
素早くアンを拘束しようとする。
絡め捕られれば、魔力を吸収されあっという間に無力化される。
そうなればアンの負けだ。
だが、
『“三連・酸槍”』
アンは口から三本の酸槍を発射し触手の一部分を貫通する。更にその触手が薄くなった部分めがけ剣を振るい、出来た隙間からあっさり脱出した。
「ぷるっ!?」
『甘いですよぷるる。ほら、王手です。―――“透撃”』
「ぷりゅ!?」
あー今のはぷるるが悪い。
アンが酸を使える事知ってんだから、魔力吸収じゃなくて通常の食事用の触手を展開すべきだ。そうすれば酸でも吸収出来るのに。
それに触手の展開も遅い。本来ならトレスの魔術が発動すると同時に動くべきだった。
そうすればアンの選択肢を減らせたのに。
接近を許したぷるるにアンの透撃が決まる。
パァァァアアン!とぷるるははじけ飛んだ。
衝撃吸収が間に合わなかったようだ。
死んじゃいないだろうが、ありゃしばらく戦えないな。事実上のリタイアだ。
すげぇな、アンがトレスとぷるる相手に無双してる。
「あっ!?ぷるるーっ!?」
『貴女も隙だらけです、トレス!』
ぷるるがやられたことに動揺したトレスはアッサリ接近を許し、その脳天めがけチョップ。
うきゅーと目をぐるぐるさせてトレスは気絶した。
まあ、トレスは完全な遠距離攻撃型だからな。
接近されればああなるか。
もうちょい接近された時の対策をしておけばいいのに。
ロブンの“ムスペルヘイム”並みとはいかなくても、ああいう感じの纏う魔術があればトレスにとってもプラスになると思うんだけどなー。
もし俺なら接近されたら錬金で衝撃箇所を―――ん?ちょっと待て。
おいおい何を考えてるんだ俺は?
何で俺がアンと戦った場合のシュミレーションなんてしてるんだ。
おかしいだろ。
―――本当におかしいか?
……いや、変だろ。
自発的に戦いたいだなんてそんなの俺が考えるわけがない。
ブンブンと頭を振って俺は訓練場の様子を見る。
『……ん?』
ふと、アンの後ろに忍び寄る影。
アレは……。
「隙ありぃぃですわーっ!」
聖龍エルジャだ。
人型のまま手に持った日傘をアンの頭めがけ振り下ろしている。
不意打ちとは汚い。流石聖龍汚い。
「アハハハハ!今日!ここで!私は貴方を倒して過去のトラウマを払拭するのですわー!」
あいつまだ中層でアンにボコボコにされた事根に持ってたのか……。
「そして、その後アース様に告白して晴れて番いに―――って……はぇ?ですわ」
アンはあっさりと剣でその傘を受け止めていた。しかも片手で。
あとその告白は普通にお断りします。
『……こんにちわ、エルジャさん。先ほどから背後に潜んでいるのは気付いてましたが、随分粗雑なタイミングで乱入してきましたね?』
にっこりスマイルのアン。
対照的に青ざめるエルジャ。
気付いていましたですのー!?みたいな感じの表情だ。
……いや、気配も魔力も全然消しきれてなかったじゃんか。
そりゃあ気付くよ。
俺ですら訓練場に入った瞬間、アンの背後でコソコソしてるエルジャに気付いてたし。
アンが気づいていない筈が無い。
ましてや攻撃の瞬間に声上げるんだもの。
馬鹿じゃないの……。
「あ……あはは……ですわ」
『……』
「……」
無言で見つめあう二人。
「――――“ひ、光よ我が肉体を―――”」
『てい』
張り付いたような笑みを浮かべるエルジャに対し、素早く脳天チョップ。
はわぁ~と言いながらエルジャが気絶する。
やっぱ本来の姿じゃない人型のままじゃ手も足も出ないか。
エルジャの腕には魔力を制限する腕輪が嵌められている。
聖龍――すなわち本来の姿になる事を禁じ、力の制限された人型の状態に押しとどめるという代物だ。
なぜそんな事をしているかというと、エルジャの父親――ハルシャルードの側近達から頼まれたらだ。
今までのエルジャは聖龍としての持って生まれた魔力とセンス、身体能力だけでその全てを力押しで可能にし、碌に戦闘訓練も勉強もしてこなかったんだそうだ。
まあ、主な原因は父親の甘やかしが原因みたいだけど。
その為、魔力の使い方から、気配の断ち方、戦い方、その全てが雑。
中層ダンジョンでギジーに良い様に結界や弱体化魔術を掛けられたのがその証拠だ。
側近の龍達はその事を常々何とかしたいと思っていたらしく、エルジャがこっちに住み始めたの機に、エリベルに頼み込んだらしい。
父のハルシャルードに知られない様にするのが大変だったとかなんとか。
……で、その結果がこれ。
あんまし上達して無い様だ。
全く龍としての身体能力や莫大な魔力に甘えて修行を怠ってたなんてしょうがない奴だなぁ、エルジャは。
………どっかで聞いたような話だけど、気のせいだろう。
うん、きっとそうだ。
ちなみにエルジャの聖龍になった際の強さは災害級の上位。
ファーブニルと互角か、それ以上だそうだ。
そんな事を考えながら見ていると、今度は壁際に控えていたラセツが前に出た。
「アンさん、次は僕…じゃなかった拙者とお願いしますでござる」
『ラセツですか……。良いでしょう、何処からでもかかってきなさい』
「はい!…ござる」
そんな感じで刀を抜き放ち、アンに斬りかかるラセツ。
ヒュンッという風切音が聞こえてきそうな位に速い踏込だ。
アンと激突した瞬間、凄まじい衝撃波が起きそのまま二人は激しい接近戦を始めた。
ちなみにその衝撃で近くに倒れていたエルジャが吹き飛び壁にめり込んだ。
壁際に控えていたスケルトン達が必死に救護活動をしている。
アイツらも大変だな……。
二人とも集中してるし声かけづらいなぁ……。
皆が頑張ってるのは分かったし、もういいかな。
よし、邪魔しちゃ悪いし気付かれない内に戻ろう。
俺は入口の傍に持ってきたおやつ代わりの魔石と『お疲れ様』の書置き(脱皮した皮に書いたモノ)を置いて去る事にした。
さてと、次はせっかくだし中層に行こうかな。
ギジーの報告では俺が前に考えたアイディアがそろそろ実装されたって言ってたし、それを見に行こう。
俺は転移門を潜り、中層ダンジョンへと移動した。
しかし、いくら気配を消してたとはいえマジで誰も気付いてくれなかったな……。ちょっと寂しい……。
―――ちなみに、その後アースが残した書置きはアンが最初に見つけて素早く回収し、自室でそれを胸に抱きながらゴロゴロ嬉し悶えることになるが、それはまた別のお話。
そして、その姿を次世代の女王種達に目撃され微笑ましい目で見られることになり、必死に言い訳をすることになるが、それもまた別のお話。
ダンジョン表層第三層にて―――。
「さて……」
光魔石の照らすダンジョンの通路には一人の男が佇んでいた。
金髪の二十代後半ほどの男性だ。
端正な顔立ちに、全てを見下すような鋭い視線、ラフな服装で武具も防具も碌に身に着けていない。
とてもではないがダンジョンに挑む者の身なりとは言えなかった。
彼の名はヤヌゥ。
天龍の長だ。
「話によればこのエリアは二十層程の階層だった筈だな」
ヤヌゥはレーナロイドから聞いたこのダンジョンの情報を反芻する。
それによれば、このダンジョンは入口から潜ると二十層の階層が有り、その最下層に本命のダンジョンへ通じる転移門があるとの事だ。
その転移門を潜り抜けた先のダンジョンこそが本来の防衛ラインなのだろうと彼女は言っていた。
つまり、まずはその本命のダンジョンまで行かなくてはいけないという事だ。
「ふむ……まずは小手調べと行くか―――」
一番手っ取り早いのはダンジョンを破壊してしまう事だが、それではあまりに趣きが無い。
それに賢者の造ったダンジョンに興味がないと言えば嘘になる。
ではどうするか?
ヤヌゥは凄絶な笑みを浮かべる。
ダンジョンを攻略する際の彼の常套手段。
彼が最も得意とするダンジョン攻略方法。
ズブズブと彼の体から魔力と共に何かが溢れ出した。
それは瞬く間にダンジョンを侵食していった。
ダンジョン表層第十層にて―――。
ダンジョンは今日も冒険者達で賑わいを見せていた。
彼らは設置されたゴーレム達と戦い、各所に設置された宝箱から魔石や武器を回収しながらダンジョンに挑んでいる。
一見すると、アース達が一方的に損をしているように見えるが、実際表層で得られる魔石や武器はアース達にとって大して重要でもない量産品であるため、別に大した損害にはならない。
それどころか、日々多種多様な冒険者が訪れることでゴーレム達とギジーに経験値が蓄積し、更に死んだ死体はアンデッド化してダンジョン側の戦力や、肉団子にして魔物達の餌にも出来るため全体的な収支としてはプラスに近い。
まさに経験値ウマーだ。
さらにギジーは挑戦してきた全ての冒険者の魔力情報を記録している為、仮に同じ冒険者が来た場合は即座に対応策がとられ、程々の所でお帰り頂くように難易度を調節している。
その際には、多少宝箱の武器や魔石に色をつける事を忘れない。
パチンコ台の様な消費者を刺激する実にいやらしいシステムだ。
「よーし、この位で今日は引き上げるか」
「だな、宝箱に入ってた魔石も上物だったし、換金すりゃしばらくは金に困らねーだろ」
「入口ん処の換金所でさっさと金に換えよーぜ?久々に女抱きてーよ」
「だな、ぎゃはははっ」
そんな感じで上手くダンジョンにカモにされている冒険者達は、今日も儲けた儲けたーと言いながら、上に続く階段を上ってゆく。
だが、その日はいつもと違っていた。
「ん?おい、何だこの音?」
「……音?」
「いや、なんか水が流れる様な音が聞こえんだけど……」
「はぁ?聞き間違いじゃねーの?ここダンジョン―――って、なぁっ!?」
「な、なんだありゃああああああっ!?」
冒険者達の足が止まる。
皆一様に驚いた表情を浮かべる。
それはそうだろう。
彼らには眼前に迫ってきているものが信じられなかったからだ。
それは――――大量の水だ。
まるで土石流の巨大な濁流。
それが猛スピードで彼らに迫っているのだ。
「な、なんだこりゃああああああああ!?」「た、助け―――」「うわあああああああああ!」「ちょ、まて―――あああ!?」「ぎゃあああああああ!」
逃げ場のないダンジョンで彼らに抵抗するすべなどなかった。
あっという間に冒険者達は濁流に呑み込まれてゆく。
天龍によるダンジョン侵攻が始まった。
やっと出来た水攻め




