3.話には脈絡や前振りが必要だと思うの
深層エリベルの研究所にて―――
『―――と言う訳で、外に出ないで外に出る方法がないか悩んでるんだ』
「私はアンタのその発言の意味不明さに悩んでるわね……」
あの後、結局いいアイディアが思い浮かばなかった俺はエリベルの研究所を訪れていた。
んで何とか引き籠りながら外へ出る手段は無いかとエリベルに相談を持ちかけていると言う訳だ。
『なんというか、非常にアース様らしい考え方ですね』
そう苦笑するのはアンだ。
俺が研究所に入ったらアンが先客で居たのだ。
中層ダンジョンの改善点についてエリベルに相談していたらしい。
実際に現場で指揮するアンの意見は貴重らしくエリベルも真面目に聞いていた。
んで、そこに俺がやって来て今に至ると言う訳だ。
ちなみにツムギは報告をしてさっさと帰ったらしい。
正しい判断だ。
『問題が山済みになってるのは分かるんだよ。でもさ、出来れば!そう可能であれば!俺は外に出ないで何とか解決したいんだよ』
力説するが、エリベルは渋い顔。
骸骨だから表情は無いんだけど、あからさまに不機嫌そうなオーラが出てる。
うん、理由はわかる。
どう考えても俺の我儘ですしね。
でも理屈じゃないんだよ。
引き籠りに理由はいらないんだ。
生きることに理由が要らないように、引き籠りにだって理由はいらない。
え?ダメ人間の理屈だって?
俺地龍だもん。二歳だもん。
そんなこと知らんがな。
「ていうかアース、アンタが外に出たくないって言うから憑代ゴーレムを作ったんでしょうが。それを使えば―――」
『いやだって、あれ意外と使い勝手が悪いしなー……』
「なっ…」
エリベルが言いかけた途中で言葉を挟む。
憑代の体だと動きづらいし、歩けば疲れるんだよ。
おまけに味覚が無いから何を食べても美味しくない。
結構欠点多いんだよなアレ。
改良はしてるけどさ。
「……おーけー了解よ。その喧嘩言い値で買ってやるわ」
エリベルは杖を構えながら席を立つ。
なぜそうなる?
あ、そう言えば憑代ゴーレムを設計したのはエリベルだった。
「私の設計したゴーレムにケチ付けるとはいい度胸ね」
『ちょっ、タンマタンマ、エリベル!ゴメン、悪かった。謝るから杖を置いてくれ!』
「大丈夫よ。とりあえず剥ぐわ。安心しなさい」
『やめて!』
全然安心できないんだけどそれ!?
皮か!?それとも鱗か!?それとも爪か!?
ともかく痛いから止めて!
遠巻きにアンとベルクがこちらを見ている。
ちょっ、見てないで止めて!
こいつ本当に剥ぐから!
マジで!マジで止めて!
『あ、アン!ゴメン、ちょっと助けて!エリベルが!エリベルが!』
『ふふ大丈夫ですよ、アース様。流石にエリベルさんだって本気で怒ってるわけじゃないですし』
「まあ、いつもの事じゃしな」
そんな感じで静観を決め込むアンとベルク。
二人とも微笑ましいものを見る表情だ。
ちょ、そんな。
『ちょ、あ、そうだエリベル!お、俺さっき脱皮したんだよ!その皮とか今デッサン型に持ってこさせるからそれで手を打とう。な?』
そう言うとエリベルはぴたりと手を止める。
やったか?
「……そうね。私もついカッとなっちゃったわね。いいわ、それで手を打ちましょう」
エリベルは持っていた杖を下す。
良かった助かった……。
「あ、でもむかついたから剥いどくわ、一応」
そう言ってエリベルはべりっと俺の鱗を剥いだ。
悲鳴が木霊した。
俺の。
結局剥ぐんかい!
暗転。
『それでアース様。提案なのですが、もしよろしければ私の子蟻達を使ってはどうでしょうか?』
剥がれたところがひりひり痛む中、声を上げたのはアンだ。
『私と子蟻達は独自のネットワークでつながっており、意識すれば互いの記憶や経験、視覚などを共有することが出来ます。それを利用すれば、アース様はここに居たまま、外に出たという事になるのではないでしょうか?』
『成程、子蟻達のネットワークか……』
ギジーの経験値共有ゴーレムもアンのネットワークを参考に作り上げたものらしいし、確かにいい手段かもしれない。
外に出なくても、子蟻達に指示を出しながらその視界を共有すればいいんだし。
「アンちゃん駄目よ、そんな事言ってこいつを甘やかしちゃ」
が、エリベルが反対する。
『しかし、アース様の安全を第一に考えるならば、アース様は外の世界に出るべきではないかと思います。そしてその安全を守る為の私達眷属でしょう?』
「確かに、ダンジョンや組織を考えればそれが一番でしょうね。でも、空が落ちることを考えてれば散歩は出来ないわ。なにより他人から与えられた知識や経験だけではコイツの為にならないのよ」
『それはそうですが、万が一があっては困ります』
「だからって――」
バチバチとにらみ合う二人。
何だろう。
眷属同士のやり取りと言うよりも、教育方針でもめる親御さんみたいだ。
すいませんね、お子ちゃまで。
そこでベルクが折衷案を出した。
「うーむ、ではとりあえずは憑代を改良する方向でよろしいのではないですかな?お主の言った改善点を行えば、お主とて文句は無い筈じゃろう?」
そう言ってベルクは俺を見る。
う、痛いところを突かれた。
『まあ、確かにそれなら別に問題は……ないかな……』
そんな感じで、憑代ゴーレムを改良し、それを使って外に出るという方向で話が付いた。
うわーい、ちくしょう。
外出たくねー。
「さて、それじゃあ話も落ち着いた事だし監視室に移動しましょうか」
『え?』
「え、じゃないわよ。これから大陸会議が始まるのよ。見ないでどうするの?」
あ、そうだった。
すっかり忘れてたけど、大陸会議が始まるんだった。
だらだら寝たりボーっとしてる内に、もうそんなに経ってたか。
……時間の感覚が薄くなってるな。
『というか、見れるのか?』
「当たり前でしょう?前にウナちゃん達がアグールの町に言った時と同じ方法よ。ウナちゃん達の視覚と魔道具を共有してモニターに映し出すの。そしたら、私達も会議の様子をリアルタイムで見れるしね。あ、他の眷属達にも召集掛けるわよ」
と言う訳で、俺達は監視室に移動した。
あと思念通話で来られる眷属達に招集をかけておいた。
あ、お茶請け用の魔石と地下森林産の果物は準備しないとな。
深層『監視室』にて―――。
監視室の密度はすごい事になっていた。
俺、アン、エリベル、ぷるる、トレスにツムギ、そしてベルク。
ファーブニル側からロブンとオーテル。
そしてエルジャもいる。
大所帯だ。
まあほとんどスペース取ってるのは俺なんだけどさ。
さっき脱皮した所為でさらに大きくなっちゃったし。
「それじゃあ、起動するわ」
エリベルは端末をいじってモニターを浮かび上がらせる。
数は二つ。
ウナとドスの視覚を共有化した映像が映し出されていた。
お茶請け用の魔石をつまみながら映像を見る。
会議場は……かなり広いな。
それに人数も多い。
百人近く居るのではないだろうか?
「むぐむぐ……人がゴミのようですわね」
エルジャが魔石を食べながら、大変失礼な事を言っているが気にしないでおこう。
「ふぉっふぉっふぉ、大陸会議とは、我々が生きていた時代からは随分と発展しましたなぁ」
「そうだね。僕らの時代は国同士の重鎮が集まるなんてあり得なかった。お互いに戦争してばかりしていたからね……」
しみじみと昔を思い出すようにオーテルとロブンが語る。
まあエリベルの生きてた時代までは戦争ばっかだったらしいしな。
そんな時代の奴からしたらこの光景はさぞかし興味深いだろうな。
前世の国会議事堂の様な景色だ。
まだ始まってないからか各国の重鎮たちが雑談をしている。
その周りを囲むように護衛の騎士や冒険者達が直立している。
『しかしウナとドスはよく会場に入れたな』
「会場には各国の代表のほかに護衛が三名入ることが許されるのよ。ウナちゃんとドッスンは聖王国の護衛役なの」
へぇ。
聞くところによれば、ウナはともかくドスの冒険者としての信用はかなりのものになっているらしい。
教皇直々に指名依頼が来ることもあるんだとか。
まあ最速でSランクになったうえ、根が真面目な奴だしな。
信用も勝ち取れたって訳か。
ウナは……まあみなまで言うまい。
「ウナちゃん、ドッスン。エリベルよ、そちらはどう?」
エリベルが通信魔石を通じて二人に念話を送る。
『エリベルさんですか。此方は大丈夫です。無事会場に入ることが出来ました』
『………ん、問題なし』
「そう、こちらも今監視室に入ったわ。アースやアンちゃんとかと一緒にみんなで見てるからね」
エリベルがそう言うと、ウナの視界がちょっとブレた。
『お、お父様も見ているのですか!?りょ、了解です。頑張ります!』
『………ウナ姉、緊張して、騒ぎを起こしちゃ、駄目だよ?』
『だ、大丈夫ですよ!私は大丈夫です』
大丈夫かなぁ……?
ドスの方はともかくウナの方はだいぶ緊張しているようだ。
周りの人間にと言うよりも、俺達が監視室で見てることに緊張している感じか。
そう思ってたら、中央の檀上になんか偉そうな感じの男性が上がった。
『皆の者、遠方よりはるばるよく集まってくれた!ハザン帝国現皇帝カグリアス・ディル・ハザンだ。栄誉ある開催の場に我が国が選ばれた事誇りに思う。この会議が諸国の繁栄につながる事を願いこれより大陸会議を開催する。司会、および議長は我が国の宰相ケルビンが務める』
皇帝だったのか。
挨拶を終えると拍手が沸き起こった。
皇帝が壇上から降り、代わりに別の男が上がる。
『司会進行を務めるケルビンです。では最初の議題を』
大陸会議が開催された。
『では最初にハルシャルード聖王国より今年の収穫量と特産についての報告を―――』
どうやら最初は各国の状況報告らしい。
それぞれの国が順番に報告してゆく。
人数が人数だししばらく時間が掛かりそうだな。
『なあ、エリベル』
「なによ?」
『この大陸会議ってどれくらい時間が掛かるんだ?半日くらいか?』
この感じだととても一日じゃ終わりそうにないぞ。
「何言ってんのよ、大陸会議は十日掛けて行われるわ。今日は初日だし、あんまし長くはならないと思うけどね」
『十日もか?随分長いな』
「当たり前よ。大陸中の国々が集まるのよ?十日でも少ないくらいよ」
うーん。
そういうもんなのか。
『私は逆に興味がありますね。私たちキラーアントに限らず、魔物にとって人の生態を知る機会と言うのは滅多にないですから』
「そうだねー」
「ぷぅー」
そう言うアンは視線をそらさずモニターを見ている。
ぷるるやトレス、ツムギも興味深々と言った様子だ。
そしてオーテルはそんな三人を息荒げに見つめている。
…………あいつは呼ばない方が良かったんじゃないか?
しかし、ただ見てるだけって暇だなー。
でも他の皆は真面目な表情でモニターを見てる。
うん。
とてもじゃないけど飽きたって言える空気じゃない。
別の事でも考えてようかな。
ダンジョンの事とか……。
ツムギの『改変』能力でやれる幅も広まってきたし……。
ん……?
待てよ……。
もしかして今のダンジョンなら“アレ”が出来るんじゃないか?
前に一度考えて断念したあのアイディア。
以前のダンジョンだったら無理だったけど、今の改良を重ねた新しいダンジョンだったら、アレが実現可能かもしれない。
『なあエリベル、ちょっといいか―――』
俺がそう言いかけたその時だった。
突然だった。
―――ブツン、と。
モニターの映像が突然切れた。
「あら?どうしたのかしら?」
そのまま砂嵐の様な映像が流れる。
エリベルが端末を操作するが、元に戻らない。
『故障ですか?』
アンが訊ねる。
「いや、そんなはずは…変ね……?ウナちゃん、ドッスン、聞こえるかしら?」
問いかけるが反応が無い。
どういう事だ?
そして―――次の瞬間だった。
唐突に――――ぞわり、と全身に怖気が走った。
『………え?なん……だ、これ?』
気づけば俺の体は震えていた。
変な汗が出てくる。
息が荒い。
苦しい。
俺だけじゃない。
その場にいる全員が固まっていた。
エリベルも、アンも、トレスもぷるるもツムギもベルクも。
オーテルやロブンでさえ固まっている。
まるで押しつぶされるかのような巨大なプレッシャー。
急に何十倍も重力が強くなったかのような錯覚さえ覚える程の。
「な、なによ…このあり得ない魔力は?」
『あ、アース様……っ。この…重圧は…一体…っ』
「お、お父ーさん……っ」
「ぷ……ぷぅー……」
な、何だ?
一体何が起こったって言うんだ!?
そして――――重く冷たい空間に場違いな程明るい声が響いた。
「――――良いダンジョンですね」
声がした。
すぐ目の前。
目線を変えると、テーブルの上に小さな小さな一匹の龍がいた。
ほんの十センチほど。
土色の、まるで俺の姿をそのまま小さくしたかのような一匹の龍。
だが、その小さな体に似つかわしくない圧倒的な存在感を放っていた。
その龍がいるその場所だけがまるで別次元の様な錯覚さえ覚える程の威圧感。
そいつは辺りをきょろきょろと見回す。
「ですが……まだ“完成”はしていないのですね。そこは残念ですが、まあ良しとしましょう」
『……なんだ……あん…た……は……?』
俺は絞り出す様に声を出した。
いや、声を出すだけでやっとだった。
それほどまでに、その龍が放つ威圧は重かったのだ。
「………健やかに育っているようですねアース。安心しました」
温かい声音だった。
聞く者全てを安心させるような、慈愛に満ちた声。
「私の名はギブル。そう言えば分るでしょう、可愛いアース」
突然だった。
本当に唐突に、何の前触れも、何の脈絡もなく俺の母親が―――『神災龍王』ギブルが目の前に現れた。




