4.違和感と予感
(´;ω;`)遅れてすいません。もうチョイすれば落ち着くと思いますので……
緊急ニュース!
緊急ニュース!
俺の母親が―――ギブルが突然目の前に現れました。
訳が分かりません!
一体どういう事でしょうか!?
落ち着け。
とりあえず冷静に考えろ。
そもそもここはダンジョンだ。
ツムギの様な『ダンジョン改変能力』でも持ってない限りいきなり距離をぶち抜いて地上から深層に現れるなんて出来る筈が無い。
……出来る筈はないのに。
現に目の前に彼女はいる。
俺と視線が合うと、ギブルはニコリと笑った。
龍が笑うと悪役ヅラにしか見えないな……。
小っちゃいけど。
彼女が本物か偽物かなんて考察は無意味だろう。
彼女は間違いなく本物の『神災龍王』ギブルだ。
そう思わせるだけの“何か”がこの目の前の小さな龍にはあった。
ほんの十センチ、俺の指程の大きさの小さな龍は小首を傾げる。
「どうしたのです、アース?なぜ黙って……ああそういう事ですか」
ギブルがそう言うと、今まで重かった体がすっと軽くなった気がした。
手足が思い通りに動かせるし、呼吸も随分楽になった。
他の眷属達もみんな同じようだ。
「ごめんなさいね、私の魔力に当てられて体が弛緩していたのね。これで大丈夫かしら?先ほどよりも魔力を百分の一ほどに押さえたのだけれど」
魔力を押さえた…?
今の息苦しさは、ギブルの魔力の所為だったのか?
『……ハァ…ハァ…アース様、大丈夫ですか?』
アンから思念通話が届く。
『あ、ああ。大丈夫だ。ただちょっと混乱している』
『それはここに居る全員がそうです……』
俺達の混乱をよそにギブルは周囲を見回す。
「何人か見知った顔も居ますね。エルジャに……オーテル、ロブン。それに―――」
そう言ってギブルはアンの方を見た。
小さな目がほんの僅かだが見開いた気がした。
「まさか―――ミュルス?」
『えっ?』
アンを見つめながらギブルはそう言った。
ミュルス?
だが直ぐにギブルは首を振った。
「……いえ、そんなはずはありませんね。彼女の子孫ですか。どうりで魔力の波動が似ている筈です」
何やらひとりで納得している様子だ。
アンが誰かに似ていたのだろうか?
「そ、それよりも、なぜギブル様がここにいるのですか!?」
声を出したのはエルジャだ。
テーブルに手をついて、食い入るようにギブルを見つめている。
エルジャもギブルと面識があったのか。
まあ、龍王種同士だし、グウィブが間に入っていたのかもしれない。
「久しいですねエルジャ。見違えましたよ?聖龍の名に相応しい素晴らしい気品と美しさになりましたね」
「え?そ、そうでしょうか?えへ……えへへへ……」
頬を赤らめてモジモジと照れるエルジャ。
こいつホントチョロいな。
「―――て、そうじゃないですわ!どうしてギブル様がここに居るのですか!?」
あ、良かった。
脱線してなかった。
「私は自分の子の姿を見に来たのですよ」
「?どういう事ですの?」
エルジャは首をかしげる。
「あら、グウィブから聞いていなかったの?アースは私の子ですよ?」
「……………………え?」
エルジャは俺の方を見る。
俺はこくりと頷いた。
『「「「ええええええーーーーーーーっっ!!!」」」』
するとエルジャ、アン、オーテル、ロブンが驚いたように声を上げた。
「……それってすごいのー?」
「ぷぅ?」
そう言えばこの事ってエリベルやベルクくらいにしか話してなかったな。
トレスやツムギ、ぷるるなんかはそもそもギブルの存在すら知らないしな。
?マークを浮かべている。
俺と同じで現代知識、というか常識が殆どないからな。
「……そ、そう言えばそんな事をグウィブ小父様が言っていたような気が……でもすっかり忘れて……あ、でも地龍は確かにギブル様以外は絶滅してましたし……そう言われれば、そうですわね……あぁでも……」
ぷしゅーとエルジャの頭から煙が上がる。
「………きゅう」
バタンとエルジャは倒れた。
駄目っ子聖龍の脳は考え過ぎてオーバーヒートしてしまったらしい。
ホント、もうこの子は……。
どこからともなくスケルトン達が現れ、エルジャを担架に乗せて運んで行った。
仕事しますね、うちのスケルトン達は。
「ふぉっふぉっふぉ、そういう事でしたか……」
「色々と規格外な地龍だとは思っていたけど、まさか『神災龍王』の子だったとはね。納得したよ」
オーテルやロブンは何やら納得した様な表情で俺を見ている。
『………アース様のお母様……ですか』
アンは何やら呆然とした表情で俺とギブルを交互に見ている。
全身が小刻みに震えているように見えるのは気のせいだろうか?
「それで?貴女は息子に―――アースに会いにここまで来たって訳?」
それまで沈黙をしていたエリベルが口を開いた。
「貴方は?」
「エリベル・レーベンヘルツ。アースの眷属よ」
エリベルの自己紹介にギブルは小さな尻尾を少し震わせた。
「エリベル……そう、貴女はあのレーベンヘルツ家の賢者でしたか」
「『神災龍王』の記憶に留めて頂いてるとは光栄の至りね」
「貴女の事を知らない者などこの大陸にはいないと思いますよ?それに貴方の姉やリアスとは昔はよく話をしましたし」
その言葉にエリベルの肩がピクリと動く。
「そう……」
「ええ」
じっとエリベルとギブルは視線を交わす。
「……どうやってここに来れたのかしら?」
「大地は私の味方です。力にこそなれ、障害にはなりえない」
「成程、そういう事……参考にしとくわ」
「ええ、是非に」
少しだけエリベルの眼窩の炎が揺らめく。
「………はぁ」
エリベルはぼりぼりと真っ白な頭を掻いて眷属の皆を見た。
そして少しばかり何かを考える様にテーブルを指でコンコンと叩いた。
「……アース、私達はしばらく席を外すわ」
『え!?』
「せっかくの親子の対面でしょう?話したい事もあるでしょうし、私達がいちゃ邪魔になるわ。さ、行くわよ皆」
『え、ちょっと待って下さいエリベルさん!私はまだ―――』
アンは多少抵抗していたが、エリベルとベルクにがっちり拘束されて引きずられてゆく。
それに次いで、他の眷属達も立ち上がり監視室を出て行こうとする。
え、ちょっと待って?
居なくなられると不安なんだけど。
一人にしないで!
そう思ってたらエリベルから思念通話が届いた。
『―――私達は研究所の方に控えてるわ。他の皆にも指示は出したし、何かあったら直ぐに転移出来る様に準備はしておくから安心しなさい』
『……え?』
『相手はあの『神災龍王』。悪いけど詳しい事は説明できないわ。これ以上は向こうに読まれる可能性がある』
『え?ちょっと待て、お前何を言って―――』
そう言って一方的に思念通話が切れる。
だが、出ていく前にエリベルはもう一度こちらを見た。
『………ああ、そうだ。ねえアース、言いたいことが有るなら、この際言っておけば?せっかくの機会なんだし』
そう言って、ぽんと俺の尻尾を叩いてエリベルやアン達は監視室から出て行った。
後には俺とギブルだけが残される。
しんと静まり返る中、ギブルが口を開いた。
「良い眷属に恵まれていますね」
『え?そ、そうです……か?』
思わず敬語になってしまう。
「ええ。実力もさることながら、誰もが貴方の事を第一に考え、行動しています。その当たり前が出来る眷属は意外と少ないのです」
へぇ、そうなのか。
他の奴らが分からんからいまいち実感が湧かないな。
ファーブニルの所くらいしか比較対象が無いし。
「さて、せっかく会いに来たのです。アース、貴方の事を話してくれませんか?」
『え?』
ギブルはテーブルに合ったお茶請け用の魔石をつまみながら俺に話しかけてくる。
というか、魔石の方が大きいから、玉乗りの様に上に乗っかりながら食べている。
なんかシュールな光景だ。
「どんな些細な事でも構いませんよ。グウィブからある程度の事情は聞いていますが、それでもやはり貴方の口から直接聞きたいのです。貴方がこのエルド荒野に生まれた後どう育ってきたのかを。ここで何を感じたのかを。眷属の方々とはどんな感じに出会ったのかを私にも教えて下さい」
そんな感じに―――普通に母親っぽい感じにギブルは聞いてきた。
『……えっと』
あれ?
意外と話が通じる感じのヒトなのかな?
エリベルに聞いた過去の出来事からすると、もっととんでもない感じのを想像してたんだけど。
ヒャッハー人類皆殺しだー!みたいな感じの。
だって一夜で国を滅ぼして、大陸を割るような魔物だって聞いてたし。
だから何というか、ちょっと拍子抜けした。
いや、さっきの魔力の波動を思い出せば相手が規格外なのは明らかなんだけど。
何というか、言ってることと存在の感じがアンバランスな感じがする。
それにしても―――何だろうか?
先程から妙な違和感を感じる。
『えっと、生まれてからの事でいいんです……よね?』
「ええ、勿論」
初対面の所為か母親と話しているというよりも、仕事先の取引相手に話をするような事務的な感じになってしまった。
俺は自分が生まれてから今までの事をギブルに話した。
別に隠し立てするような事でもないし。
何を食ってきたか。
アンやほかの皆とはどうやって出会ったのか。
ダンジョンをどうやって作ったのか。
まあ、あんまり知ってほしくない部分は多少ぼかして伝えたけど。
俺が話している最中はギブルは余計な事は言わず、ただ「そうなのですか」とか「なるほど」など適当に相槌を打ちだけで聞き役に徹していた。
こんなに話したのは久しぶりだった。
途中魔石や果物を摘まみながら俺は話を続けた。
『―――それでそいつの所為でダンジョンが壊されて、もう一度新しくダンジョンを造り直すことになったんだ』
「そうなのですね」
どれくらい話しただろうか?
気づけばお茶請け様に用意しておいた魔石や果物はすっかり空になってしまった。
『それで…その後みんなで話し合ったみたいで、結局アンが考えた名前が俺の名前になった』
「アン……ああ、あのミュルスに似た子ですね。そうですか、あの子が貴方に名前を付けたのですね」
『ああ。それで俺の名前がアースになった』
話してる内に俺の警戒心はかなり緩んでいた。
だからだろうか。
ずっと気になっていたことをつい聞いてしまった。
でも、後になって考えれば、それは聞くべきじゃなかった。
『そう言えば……』
「どうしました?」
俺はちょっとだけ近づいてギブルに質問した。
『あの……ずっと気になってたんですけど、なんで……俺を生んで直ぐに居なくなったんですか?』
それはずっと思っていた疑問。
俺が卵から孵った時、傍には誰も居なかった。
別にその事に不満は無い。
俺には元の世界の知識と理性があったし普通に生きていけた。
土喰ってダンジョン作る生活が普通と言えるかどうかわからないけど、それなりに性に合った生活を送れた。
だから別に文句やきちんと面倒を見ろとかそういう事を言いたいんじゃない。
ただ、単純な疑問だったのだ。
どうして俺の入った卵はあんな所にほっぽりだされていたのかが。
「その方が貴方の為になると思ったからです」
なんの逡巡もなくギブルは答えた。
「地龍にとって生まれる環境は重要な要素です。エルド荒野には質の良い土と魔石が豊富に存在していました。また、親の手を借りずとも生きていけるようならなければ、地龍と言う種族はこの世界では生きていくことなど出来ません。貴方も知識として知っているでしょう?この世界で地龍がどういう扱いを受けてきたのかを」
その言葉に俺は頷いた。
うん、知ってる。
地龍は極上の素材として、そして危険な魔物として人に次々に狩られていった。
長い長い時間をかけて。
そしてギブルと俺以外の全ての地龍は滅んでしまった。
そう聞いている。
「私は貴方に強くなってほしかった。親の助けなどなくとも生きていける様な強い地龍に」
つまりエルド荒野に放置したのは彼女なりの優しさだったという事なのだろうか?
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすってことわざもあるし。
子に強く育ってほしいってのは親なら誰でも思う事だ。
でも……何だろうか?
この違和感は。
胸の中に残る奇妙なもやもや感は?
俺が感じたその正体は次にギブルが発した言葉ではっきりと形になった。
「それに―――あの程度の環境で死ぬのなら、所詮それまでの事だと思いましたしね」
『えっ』
その言葉だけは、どこまでも抑揚のない平坦な口調だった。
先ほどまでの陽だまり中にいる様な温かい声ではなく冷たく平坦な口調。
俺が呆然とする中、にっこりと笑いながらギブルは俺に言った。
「でも、結果として貴方は生き延びた。健やかに成長してくれた。その事を私は母としてとても喜ばしく思いますよ」
再び暖かな聞く者を安心させる声音。
息子の成長を喜ぶありふれた母親のセリフ。
それを聞いて、俺はぞわりと鳥肌が立った気がした。
ああ、そうか。
そういう事だったのか。
ギブルのその言葉を聞いて、ようやく俺はずっと自分の感じていた違和感の正体に気付けた。
「アース、私からもあなたに聞きたいことがあります」
『……っ!?』
思わずびくりとしてしまう。
ヤバい、動揺してるの気付かれたかな?
心臓スゲーバクバクいってるんだけど……。
尻尾が小刻みに震えている。
『な……なんで…しょうか?』
俺の動揺に気付いてるのかどうか分からないが、今度はギブルが俺に質問をしてきた。
「アース……貴方は今の自分に、今の現状に―――満足していますか?」
『えっ』
「地龍として、そして龍王種として今よりも高みへ、もっと先へ往きたいとは思いませんか?」
ギブルは俺を見上げながら問いかけてくる。
「もし……貴方がそれを望むのならば、私と共に来ませんか?私の住まう場所―――『星脈のダンジョン』へ」
ギブルは俺にそんな提案をしてきた。
一方その頃エリベルの研究所にて―――。
研究所内には異様な緊張感に包まれていた。
重く緊迫した空気の中、アンが声を上げる。
『エリベルさん……今の言葉、もう一度言って貰えますか?』
「ええ、何度だって言っても良いわよ」
その緊張感の中心に居る一体のスケルトン。
エリベルは眼窩の炎を揺らしながら言う。
「もし私の予想通りなら……最悪の場合、私達はあの龍と―――『神災龍王』ギブルと真っ向から対立することになる。だから、その覚悟だけはしておいてって言ったの」




