11.自分の事は自分が一番良く分かってるっていうけど、案外そうでも無いって話
ちょっとだけエリベルのターン
ダンジョン深層エリベルの研究所にて―――
聖龍エルジャは、研究所にあるベッドに横になっていた。
ギジーの掛けた多重結界の効果が切れ、回復魔術が使用可能になり、傷を治した瞬間泥のように眠ってしまったのだ。
ちなみにこのベッドは、エリベルが使うものではなく――そもそもアンデッドなので睡眠が不要――彼女の助手兼眷属であるベルクの為の物である。
ただ、ベルクも日夜エリベルの研究に付き合わされその場で眠り(気絶)に入ってしまう為、ベッドを使うこと自体が少ない
その為、比較的真新しいベッドでエルジャはすやすやと涎を垂らしながら、眠っている。
「う~ん……アース様ぁ……駄目ですわぁ……私達はまだ婚姻前なんですのよぉ…うぇへへ……」
「はぁ、緊張感の無い顔してるわねぇ」
ちらりとエリベルはその横顔を見るが、まるで緊張感の無いだらしない顔をしていた。
多分幸せな夢でも見ているのだろう。
現実で身の毛もよだつ悪夢を見たのだから、夢の中くらい幸せになってほしいものである。
「ま、その方がこっちは有り難いけど」
エルジャが寝ているその横で、エリベルは凄まじい速さで極彩色の球体から延びる端末を操作している。
エルジャが眠っている間に、彼女の生態データを解析しようとしているのだ。
採取した髪の毛と血液、皮膚細胞、それにダンジョンで手に入れた涙と尿。
眠っている間に触診や魔術によるスキャンなどは既に済ませている。
出来れば切り刻んでドロドロにしたかったが、それは自重した。
それらを解析機にかけ、詳しいデータをはじき出している真っ最中なのである。
モニターには何かの数字の羅列や文字が凄まじい勢いで打ち込まれている。
端末を叩いている彼女の指先はブレて見えない。
エリベルの演算能力と解析能力はギジーの三倍だ。
伊達に賢者を名乗ってはいない。
「ふむふむ、これが聖龍か……。成程、確かに凄まじい魔力量ね。人化状態だから何とも言えないけど、少なくとも災害級以上は確実……。聖龍の状態なら間違いなくこれ以上に魔力は膨れ上がる筈ね」
打ち込まれたデータをしげしげと眺める。
「基本的な属性は“火”―――それに付随する形で派生属性の“光”、それに“雷”の属性が付与されているわけね。魔力回路及び属性補正による魔術の強化の効果は普通の魔物の数倍。
更に白飛龍の様に外部から魔力を得る事が可能、但しそれには日光が条件か。まあ、白飛龍は聖龍の眷属って噂があるしさもありなんか。それに、これが聖龍の“固有魔術”……。成程、これはこれは―――」
映し出された解析結果。
それは、今までのエリベルの常識を覆しかねないものばかりだった。
すごい楽しい。
未知の、全く新しいものに触れる喜び。
極上のイレギュラー。
これ程、楽しいことは無い。
エリベルは抑えきれない好奇心に興奮した。
余りの興奮に軽く絶頂しかけた程だ。
まあ、アンデッドの身だから、アレが無いのでいじることは出来ないのは残念だが。
そして、確信した。
彼女の能力を応用すれば、アースを元の状態へと戻すことが出来る。
いや、それどころか更に次の段階へ昇る事も、生前の自身の力を取り戻す事すらも―――。
「……流石、龍王種ってところね。面白いくらいに新発見満載だわ。はぁ、解剖したいわねー。生前に見た『龍王種に関する記述』って本、ページが所々意図的に“破られて”いたけど……こういう事だったわけね。全く、あんのクソ婆ぁ、こんな面白そうなことを隠してやがって……っ!」
二百年以上前、まだエリベルが“生きて”いた頃、彼女はボルヘリック王国の王立図書館で『龍王種に関する記述』という本を読んでいる。
大陸でも数少ない龍王種について書かれた本だ。
だが、落丁本と表現するのも生易しい程にボロボロの欠陥本だったのを覚えている。
当時はほとんど役に立たず、既にエリベルが知っていた知識しか書かれていなかった為、まるで意味の無い本だと思っていたが、今ならばわかる。
アレは意図的にページが間引かれていたのだ。
それを行ったのはおそらく―――。
「エリベルさーん!言われた通りの素材を狩ってきましたよ!これくらいあれば十分ですか?」
考えふけっているエリベルに後ろから声が掛けられた。
後ろを見ると、そこには黒いローブを被り、背中に大鎌を背負った骸骨が立っていた。
外見は西洋の死神というイメージがぴったり合うだろう。
種族はデス・ロード。
個体名はロブン。
ファーブニル眷属筆頭にして第九十層階層主にして、エリベルと死闘を繰り広げた男だ。
その後ろには、エリベルによって鍛え上げられた死霊軍団がぐったりと倒れている。
「ころせーいっそころせー」と呟いている者すらいる。
……きっと、見間違いだろう。
アンデッドが疲れる筈が無い。
「あら、ロブン、早かったわね」
「エリベルさんの頼みとあれば当然ですよ。それに、これがファルの延命にも繋がるんですから協力するのは当たり前です」
以前の威厳ある口調とは対照的に、砕けた口調でロブンはエリベルに荷物を渡す。
多分、今の感じが彼の素なのだろう。
エリベルは受け取った袋の中身を確認する。
中には薬草や魔石など魔術の実験に使われる希少な素材が大量に入っていた。
ファーブニルのダンジョンがアースのダンジョンと融合したことにより、彼らファーブニルの眷属達は、ダンジョン内だけでなく地上にも自由に出る事が可能になっている。
無論、ハザン帝国に近い表層の魔物達にはそのままダンジョン内に居てもらうが、殆どダンジョンでの活躍が無い深層の魔物達――特にロブンやオーテルなどの即戦力になる魔物達には、アースの復元や、ファーブニルの延命につながる稀少な素材の入手を頼んでいたのだ。
ちなみに、もう一人の眷属オーテルは、エリベルが隠し撮りしたトレスの秘蔵映像で手を打った。
その後、隠し撮りに彼の固有魔術を有効活用することも確約した。
トレスたんの隠し撮りならば協力は惜しまないと、鼻息荒く熱い握手を交わしたのは記憶に新しい。
変態同士通じ合うものがあるのだ。
「………うん。品質には問題なさそうね。ありがとう、ロブン。助かったわ」
「そ、そんな大したことではありません。そ、それに……その……エ、エリベルさんの為なら―――」
何かを言おうとするロブンには目もくれず、エリベルは引出しから一枚の羊皮紙を取り出す。
「はい、それじゃあこれ。次のリストね」
「僕は―――って、え?あ、はい」
半ば呆然としながらロブンは反射的に羊皮紙を受け取る。
そして、そのリストに書かれている品名を見て眩暈がしそうになった。
「それじゃあ、頑張ってねロブン。辛いだろうけど、貴方にしかできない事だと思うから。頑張って頂戴」
ポンと、肩に手を置きながらエリベルはロブンを激励する。
「え、ええ!勿論です!エリベルさんの為なら、どんな素材だろうと直ぐに集めてきて見せますよ!」
「その意気よ。期待してるわ、ロブン」
「―――っ!ええ!任せて下さい!ほら、お前達!次の任務だ!さっさと行くぞ!」
そう言って、ロブンは、死霊軍団を引き連れて、すぐさま転移門を潜り消えて行った。
その姿はどう見ても、威厳のあるファーブニルの眷属筆頭ではなく、使いパシリにされる部活の後輩か新入社員の様だ。
あと、彼の後ろにいる死霊軍団の眼から、何か光るものが流れていたのは気のせいだろう。
アンデッドなのだ。
涙なんて流す筈が無い。
疲れないので「もう休みたい」、「成仏したい」、「ころせーいっそころせー」なんて言う筈もない。
きっと、気のせいだろう。
「……良く働きますな、彼らは」
その様子を、ベルクはのんびりと眺めていた。
死霊軍団は疲れ果てていたが、感じる魔力や質は明らかに以前よりも洗練されていた。
「ちなみに、どんなものを頼んだのですかな?」
「ん?リスト見る?」
ベルクはリストを見せてもらう。
そして、思わず目を見張った
長く時を生きた彼ですら、数回も見たことが無いような希少な素材がぎっしりと書き込まれていたのだ。
「………あの、エリベル様。これ、儂でも入手するのが困難な素材ばかりなんですが……?」
「いい、ベルク?使えるやつはね、動けなくなるまで使わないと意味が無いのよ?大丈夫よ、壊れたらきちんと改良―――もとい治療するから」
にっこりスマイル。
あ、コイツ鬼だ。
ベルクは改めてそう思った。
まあ、本人が望んでいるならそれはそれでいいか。
付き合わされる者たちはたまったもんではないが。
「さて、それじゃあ本番はこれからよベルク。これから、アースの肉体を元に戻すための特効薬を作る作業に入るわ」
「畏まりました」
二人は入手したデータを元に実験を開始する。
エリベルは横になっているエルジャを見る。
「うふふ~……アース様ぁ、駄目ですよぉ、こんなところで……そんな首筋の鱗舐めちゃだめですぅ……それは番の証でぇ…うへへへ……」
「はぁ……なんかこの緊張感の無い感じ、あのバカに似てるわね……」
本当にこの子は緊張感のかけらもない顔で寝ている。
もう少し警戒心と言うものを覚えた方が良いのではないか?
いくら自分が誑し込んだとはいえ、こうもチョロいと逆に面白みに欠ける。
それにしても、とエリベルは口を開く。
「……なんで私、あの時この子にあんなにイラっとしたのかしら?」
思い出すのはつい先ほどの事だ。
エルジャがモニター越しに、アースに向かって盛大に愛の告白をしていた時だ。
あの時自分は、妙にイラっとしたのを覚えている。
今思っても不思議だ。
どうしてあんなに腹を立てたのだろう?
「どうかしたのですか?」
隣で作業をしているベルクが訊ねる。
「いや……何でもないわ」
そう言ってエリベルは作業に戻る。
ともかく今は、彼女が眠っている内になるたけデータを入手しておかなければ。
自分の心境についてはその後だ。
そう自分に言い聞かせ、エリベルは作業に没頭した。
人は誰しも身近にあるものには気付かない。
かつて彼女は、彼氏を求め、運命の相手を探し、何度もお見合いをして、その度に会場を爆破し、相手の男性を瀕死に追いやり魔改造し、街中でリア充を見つけたらテロ行為を繰り返してきた。
彼氏持ちを恨み、既婚者を恨み、全てを燃やし、破壊しつくしてきた。
ハッキリ言ってクソである。
だが、だからこそ、彼女は誰かを本気で好きになる事などなかった。
だからこそ、彼女は自分に芽生えているその感情の正体に気付けなかった。
そんな彼女が自分に芽生えた“その感情”の正体を知るのは、もう少し先の話―――。




