10.グウィブからの伝言
ダンジョン監視室にて―――
………うちの眷属達がおかしい。
俺はモニター越しに呆然としていた。
なにこれ怖い。
うちの眷属達怖い。
特にアンとエリベル。
アンはもう威圧感とか半端ないし、エリベルに至っては悪魔の囁きというか、別のベクトルの恐怖を感じた。
ていうか、拳って……。
まあ、殺さないだけましか。
ボコボコだけど。
もう見るからにボロ雑巾みたいになってるけど。
かろうじて生きてるだけみたいな感じだけど、何とかエルジャは生きている。
アン凄ぇ…。
いや、味方としてはすごく頼りになるんだけど。
眷属としてはこの上なく有り難いんだけど。
一体何が彼女たちをあそこまで駆り立てたんだ?
それにもう一つ気になった点がある。
動物型ゴーレム・ホムンクルス達だ。
明らかに、以前よりも力が増している。
サイのゴンゾーは角や足に武装してるし、最近作ったジャイアント・リザードの皮を利用して作ったリザード・ゴーレム――という名の何か別物――は、もはや威圧感や魔力がおかしいくらいに強くなっている。
あの二体は強さ的には四長クラスになってるんじゃないか?
『どういう事だ……?』
『魔力ノ強化ト、魔力回路ノ拡張ヲ、対象ノ負担ニ成ラナイ様ニ少シズツ時間ヲ掛ケテ行イマシタ。以前ニ比ベ、凡ソ四割程上昇シテイマス。マタ、武装ハ、アース様ノ“錬金”ヲ参考ニ製作シマシタ』
俺が疑問に思っていたらギジーが答えてくれた。
なに?もしかして、心読まれてるの?
『ゴーレム・ホムンクルス達ノ現状ニツイテ、気ニナッテイルゴ様子デシタノデ』
お、おう、そうか。
気遣いが凄い。
というか、ギジー有能すぎるだろ……。
ダンジョンの防衛だけでなく、いつの間にかゴーレム・ホムンクルス達の強化までしてくれていたらしい。
この子、本当に俺の魔力から生まれたのか?
なんかの間違いじゃないの?
あまりの展開に、俺は声も出すことも忘れて呆然としていた。
俺のダンジョンいつの間にかとんでもない事になったなぁ……。
「……お父ーさん?」
「……ぷぅー?」
……はっ!?
いかん、いかん。
現実逃避していた。
モニターを見ると、エリベルがエルジャを抱えて転移門を開こうとしていた。
俺は慌ててアンとエリベルに思念通話を送った。
『え~っと……あの、終わり……ましたか?』
やばい。
動揺して、敬語になっちゃった。
『―――っ!アース様ですか?ええ、こちらは一応の片が付きましたが……というか、なぜ敬語なのです?』
『あー、いや、すまん。気にするな。ちょっと気が動転してて』
『……あぁ、そうでしょうね。いきなり聖龍などが現れたんです。動揺もするでしょう……。心中お察しします、アース様』
いや、察してない。
察してないよ、アン。
ズレてる。ズレてる。
『ですが、アース様。彼女を始末するのは、今しばらくお待ちください。どうやら、エリベルさんが、彼女の使い道を模索しているみたいでして』
『あ、うん……』
使い道って……それ完全に物扱いじゃないのか?
まあ、いいか。
エリベルの事だ。
きっと、何か碌でもない事を考えたのだろう。
それに、エルジャは俺の体を元に戻すための可能性だとか言ってたし。
…………多分、死にはしないだろう。
多分。
おそらく。
………まずい、モルモットか、ホルマリン漬けのイメージしか思い浮かばない。
一応アイツだってダンジョンに危険が及ぶようなことはしないと思うけど……。
念には念を入れておこう。
『………なあ、ぷるる』
「ぷぅー?」
『念のために分身体をエリベルの研究所に忍ばせておいてくれないか?万が一、エルジャが、というかエリベルが奇行に走ったら知らせてくれるように』
「ぷぅー」
ぷるるは「わかったー」と言った感じで、自分の体の一部をぷちっと千切った。
小さなぷるるだ。
らぶりー。
「ぷぅーぷぷー」
「ぷー!」
ぷるるが小さなぷるるに何か言っている。
小さなぷるるは「了解です!」みたいな感じに体を揺らして、監視室から出て行った。
『さて、一応エリベルにもなんか言っとくか』
解剖防止の為に。
アン達も深層に戻ってくるみたいだ。
俺はエリベルに向けて回線を開く。
『おーい、エリベル。聞こえてるか?』
すると、モニター越しにエリベルがピクリと反応する。
『あら、アース。どうしたの?』
『いや、それはこっちのセリフなんだけどな。あんまり無茶な事はしないでくれよ』
『あら、心配してくれてるの?大丈夫よ、彼女結構チョロいし』
いや、どちらかと言えばエルジャの方の心配をね……。
『まあ、心配しなくてもアンタの考えてるような事にはならないわよ。どーせ、アンタの事だし、私がこの子をホルマリン漬けの標本にしたり、バラバラに切り刻んだり、ベットへ連れて行ってニャンニャンするとか考えてたんでしょう?』
はい、めっちゃ考えてました。
ていうか、俺の考えてること以上にヤバい事しようとしてたじゃないか。
特に最後。
だが、エリベルは首を振る。
『言ったでしょ、彼女はアンタの体を治せる可能性だって。聖龍の“能力”が噂通りの力なら尚更よ。それに、龍王種に関する情報は少しでも多く欲しいのよ。龍王種って記録や情報が極端に少ないからね。少しでも情報が欲しいのよ。だから、一通り情報を取ったらきちんと帰してあげるから安心しなさい』
『そ、そうか。それなら良かった……』
下手に聖王国を刺激して、親の聖龍や軍が攻めて来るなんて勘弁だからな。
『安心しなさいよ。私だって聖王国と聖龍を相手に事を構えるつもりは無いわよ………少なくとも“今”は、ね』
ぽつりとエリベルが呟いた。
ん?今なんか物騒な発言が聞こえたんだけど?
気のせいだよね?
『あ、でも、もし体が治ったら、この子に会って貰うわよ。個人的には、こういう世間知らずのお嬢様って好きじゃないけど、一応約束しちゃったしね。最低限の筋くらいは通してあげるわ。不本意だけど』
『え?俺が会うの?』
『当たり前でしょう。ちらっと挨拶だけでいいから、顔を出しなさいな、ひきこも龍』
『あーもう、わかったよ』
ひきこも龍って言うな。
面倒くさいなぁ……。
まあ、体が治るんなら、少しくらいならいいか。
挨拶する程度なら。
んで、さっさと帰って貰おう。
『それじゃあ、私は研究室に行くわ。それじゃあ、アース。吉報を期待してなさい。アンタの体、必ず治して見せるから』
そう言って、サムズアップするエリベル。
そして、エルジャと共に転移門の光の中に消えて行った。
悔しいけど、こういう時は頼りになるよな、うちの賢者は。
さて、後はグウィブに一応話をしておくか。
映像を見れば、グウィブはまだ地下の森に居る。
のんびりとしているが、どこかだるそうな感じがした。
白飛龍は日光をエネルギーにする龍だって言ってたし、日の光が弱い地の底じゃ体の調子が良くないのかもしれない。
『おーい、グウィブー。聞こえるか?』
『お、アースか。私に思念通話を送ってきたという事は、エルジャは負けたのだな?』
『え、知ってたのか?』
『まあ、多少はな。さて、事の顛末を教えてくれ。その為に、私に思念通話を発したのだろう?』
『ああ、実は―――』
俺が事の顛末を説明すると、グウィブは大層大笑いをした。
『はっはっは、そうか、そうか。本来の力を出せずにボコボコにされたあげく失禁とはな。まあ、おおむね私の予想通りの結果になったか。今回の件は、あの子にはいい薬になるだろう。あの子も、少しは外の世界と言うものを知らなければな』
予想以上にグウィブは落ち着いていた。
どうやら、こうなる事を予想していたらしい。
『まあ、あくまで予測だったがな。この森の地下から感じる莫大な魔力を感じ取っていたし、お主の事だ。さぞかし規格外のダンジョンを造ったのだろうと予想していた。……まあ、あの子が最初から聖龍の姿で挑んでいれば結果も変わったやも知れんが』
確かに、それは言えている。
今回こんなにあっさりと決着がついたのは、エルジャが人化したままの状態だったというのが大きい。
聖龍の、本来の力を出していればどうなっていた事か……。
『確カニ、聖龍ノ状態デ挑マレテイレバ、ヨリ多クノ時間ヲ必要トシマシタ』
ギジーが会話に入ってくる。
といっても、グウィブには聞こえてないけど。
『予想デスガ、対象ガ聖龍ノ状態デアレバ、魔力ノ解析ニ七十二時間、ゴーレムノ攻撃パターンヲ千八百通リ程試ス必要ガ有ッタカト思ワレマス。階層モ二十層程ハ突破サレテイタデショウ』
ギジーが予想を述べる。
それでも、三日で解析を終わらせる自信があるのか。
ホントに凄いなこの子。
それに、その状態でも到達出来て二十層か。
うちの中層二百層以上あるんだけど。
しかし、そうか……聖龍状態で挑んでも二十層か。
あ、そうだ。
『そう言えばあの子、グウィブの事を小父様って呼んでたけどどういう関係なんだ?』
『ん?気になるのか?』
『まあ、多少は』
こんな面倒事を持ち込んでくれたんだ。
気にならないという方が嘘になる。
『あの子――エルジャの父親とは古い付き合いでな。それで、あの子の面倒を見る事が結構あったのだ』
とはいっても、数十年に一度だがな、とグウィブは言った。
父親っていうとやっぱ聖龍……龍王種だよな。
そんなやつと付き合いがあるって事は、グウィブってもしかして相当凄い奴なのか?
かなり長く生きてるって言ってたし。
前に、ファーブニルにも龍王種について聞いた事があった。
ファーブニルは龍王種には会った事はあっても、関わったことは殆どないと言っていた。
他の眷属達も同様だった。
その会ったのも一度だけだそうだ。
曰く、「関わると碌な事が無い」と。
俺も龍王種なんだけどって言ったら笑ってたな。
何がツボに入ったかは知らないけど。
そんな感じに、俺が考え事をしていると、グウィブが「ああ、そういえば」と言って口を開いた。
『忘れるところであった。そう言えば、アースよ。お主に一つ伝言を頼まれていたのを思い出した』
『伝言?へ、誰から?』
あ、もしかしてヘレブとかだろうか?
俺に外の世界に知ってるやつなんて、ヘレブくらいしか居ないし。
だが、グウィブが口にしたのは全く予想外の言葉だった。
『お主の母親からだ』
へえ、母親ねぇ……。
ヘレブじゃなかったのか。
――――って、え?
『“近いうちに会いに行く。会うのを楽しみにしている”、だそうだ』
………………はい?




