8.ギジーはやれば出来過ぎる子
その後もギジーの生み出すゴーレムとエルジャの戦闘は続いた。
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。次ノゴーレムヲ生成シマス』
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。罠ヲ発動シマス』
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。次ノゴーレムヲ生成シマス』
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。罠ヲ発動シマス』
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。次ノゴーレムヲ生成シマス』
もう何度目か分からない機械的な音声が流れる。
現在エルジャは中層ダンジョンの第二層にいる。
何百体のゴーレムを破壊したか数えてもいない。
ゴーレムは次々に生み出されては、エルジャに触れることなく塵となって再びダンジョンへと還ってゆく。
用意したトラップも全く意味をなさなかった。
エルジャはなぜか罠には全て引っかかっていたが、その全てを見事に躱し、無効化した。
ちなみに、仕掛けられていたトラップは落とし穴や飛び出してくる槍、落石などの簡単なものだったけど。
『ふぅ……全く、歯ごたえが無さすぎですわね』
余裕綽々と言った体で、エルジャはダンジョン内を闊歩する。
『この分で行けば、直ぐにでもアース様にお会いできそうですわね。さて、この階層はあと、どれくらい残っているのでしょうか?』
そう言って、エルジャは手を前に出した。
『――“光よ。我が行く先を照らし道を示したまえ”』
エルジャの手から強烈な光が生み出される。
その光は瞬く間に、彼女の居た通路を覆いつくした。
「うはー眩しい……」
「ぷぅ?」
モニター越しでも、かなりの光量だ。
俺は憑代の身だからそれ程でもないけど、トレスはきつそうだ。
ぷるるは……平気そうだな。
スライムだから光も吸収しているんだろうか?
考えている内に光が収まった。
『……そこそこ広い階層ですわね。でも、階下へ行くための道筋は分かりましたわ』
そう言ってエルジャは歩を進める。
もしかして今の魔術って、広域感知か地形把握の魔術だったのか?
『―――解析シマシタ。火属性ノ派生属性“光魔術”ニ該当。光ノ透過ヲ利用シタ構造解析魔術ト思ワレマス。』
ギジーが早速解説をしてくれた。
光の透過を利用した地形把握ね。
光魔術か……。
基本属性からの派生属性って事は、固有魔術とは違うのか?
エリベルは前に、複数の属性を掛け合わせることで異なる属性や効果を生み出すって言ってたけど、それと似たようなものだろうか?
火属性魔術の派生属性……。
てことは、聖龍は“火属性”の龍なのか?それとも……。
あー、駄目だ。
考えがまとまらない。
まあ、とにかく今の光は照らされた場所全てを把握する魔術だともっていいだろう。
でも、その効果範囲が凄いな。
階層一つを丸ごと照らすなんて、中々できる事じゃない。
『さて、早く行くとしますわ。あぁ、アース様の元へ少しずつ近づいてると思うと、胸が高まりますわぁ。待っていて下さいまし、アース様―!』
エルジャは歩くスピードを速める。
ついでに息も荒いし、頬も紅い。
……正直、キモい。
というかこの子、さっきからやたら独り言が多いな。
もしかして、友達いないのか?
他に誰もいないのに大声で独り言を話すなんて、痛々しいにも程があるぞ。
「…………ぷぅー?」
なんか、ぷるるから「えー、それをアナタが言うのー?」的な視線を感じるが気のせいだろう。
俺は友達ちゃんといるし。
………居るよ?居るよね?居る筈だよな?
言い知れぬ不安を振り払って、俺はエルジャの行動を見続けた。
ゴーレム達を歯牙にもかけぬほど圧倒している。
だが―――
『―――対象ノ魔力ノ測定ガ“完了”シマシタ。コレヨリ、対象ノ駆逐ヲ開始シマス』
ギジーのセリフが、変わった。
それと同時に、ダンジョン内を巡る魔力の流れも変化した様な気がした。
アースのダンジョンエリベルの研究所にて―――
「………そろそろね」
カチカチと、エルベルは研究所で極彩色の球体を操作する。
そこには監視室の映像と同じ、エルジャの姿が映し出されていた。
「さて、じっくり解析させてもらうわよ“聖龍”ちゃん。アンタはアースの体を治すための大事な素材なんだからね……」
うふふとエルベルは笑う。
眼窩にともる炎には、未知への期待と好奇心が揺らめいていた。
エルジャの前に、武器を持った五体のデッサン型ゴーレムが生み出される。
それをエルジャは呆れた様子で見ていた。
『はぁ、またですの?いい加減、無意味だと理解出来ないのでしょうか?』
すうっとエルジャは息を吸い、
『――――消えなさい』
言葉を発する。
だが、デッサン型達は消える事無く動き始める。
『えっ?』
その光景に初めてエルジャの表情が変わった。
デッサン型達は武器を構え、エルジャへ攻撃を開始する。
『―――ちっ!』
直ぐに腕を振るい目の前に障害を排除しようとする。
だが、エルジャが腕を振るうと同時に、五体のデッサン型は、手で“何か”を弾くような動作を行う。
バチンと何かが弾かれたような音がした。
その後、再びデッサン型達は悠然と歩を進める。
その様子に、今度こそエルジャの表情が変わった。
『なっ!?ど、どういう事ですの!?どうして、このゴーレム達は“浄化”されないのです!?』
エルジャは手に持っていた日傘を畳み、剣の様に構える。
『“浄化の光よ。彼の地に現れし傀儡の土塊を本来の姿へ戻したまえ”』
エルジャが何らかの詠唱を行う。
すると、傘から大量の光が放射され、デッサン型達はその光をもろに浴びる。
だが、デッサン型達はケロリとしていた。
それどころか、肩を吊り上げて「おいおい、何だい?今何か、攻撃をしたのかいお嬢さん?」的なポーズまでとっているではないか。
………こいつ等本当に感情ないんだよな?
だが、エルジャはそれが信じられないと言った様子だ。
わなわなと震えながら、目の前のデッサン型達を睨み付けている。
でも、これはどういう事だろうな?
『ギジー、これってどうなってるんだ?』
『対象ノ魔力ヲ解析シ、ソノ魔力ノ波動ト対ニ成ル波長ヲ持ツゴーレムヲ生成シマシタ。現在、対象ガ“人化状態”デノ魔力出力デハ、コノゴーレム達ヲ破壊スル事ハ不可能デス』
あのデッサン型達はオートでエルジャの魔術を相殺してるって事か。
凄すぎるだろ……。
一体いつの間にこんなに性能が上がって……あ、そうか。
考えてみれば、表層ダンジョンには、一日何百人っていう冒険者達が挑戦しているんだ。
それに、入口にたむろする兵士や商人たち。
それらすべての統計データがギジーの中には蓄積されているんだ。
そりゃあ、その解析力は凄まじいものになっている筈だ。
―――ただ、その性能を披露する機会が無かっただけで。
あ、ギジーの話に気を取られてる隙に、エルジャは移動を開始していた。
今までは徒歩だったのに、今は全速力で走っている。
向かった先には、大規模戦闘用の大部屋がある。
何か考えがあるのだろうか。
エルジャは迷いなく大部屋へと突入した。
随分、息が上がってる。
『ふぅー……ふぅー……。油断しましたわ。まさか、私の魔術と対になる波長をもつゴーレムが造られるなんて……。これでは、いくら魔術を使っても、全て相殺されてしまいますわ』
次いで、デッサン型達も大部屋に突入する。
それを見て、エルジャは笑う。
『―――ですが、それはあくまで“今の状態では”という、話ですわ』
エルジャは日傘を投げ捨て、両手を空高く掲げる。
『ならば見せてあげますわ!この私の真の姿を―――真の力を!!』
エルジャはそう言い放ち構えを取る。
もしかして、広い部屋に移動したのは、聖龍としての本来の姿に戻る為だったのか?
狭い通路では身動きが取れなくなってしまうから。
『誇りに思いなさい!小汚いゴーレム如きが、この私の龍王種としての真の姿を見ることが出来るのですから!』
どうやら、その通りだったらしい。
先程エリベルは、人化状態では龍本来の力は出せないと言っていたしな。
ここからが、彼女の本気って事か。
『さあ!刮目しなさい!この私、聖龍エルジャ・ルードの本当の姿を!』
すると、エルジャを中心に凄まじい魔力が―――。
『はぁぁぁぁぁ………』
魔力が―――。
『ぁぁぁあああああ…………あ、あれ、ですわ?』
――――集まらなかった。
『え?あれ?お、おかしいですわ?ど、どうして、魔力が――力が出せないんですの?』
不思議そうに自分の体を触るエルジャ。
デッサン型達は、それをポカーンとした様子で眺めている。
『ちょ、ちょっとタンマですわ!待って!ちょっと待って下さいまし!』
物凄いテンパりながらエルジャは自らの体の異常を確かめようとしている。
それをデッサン型達は「やれやれ、全くしょうがねーなー」的な感じで静観していた。
……こいつ等本当に感情ないんだよな?
でも、どういう事だ?
俺が疑問に思うと、ギジーが答えてくれた。
『時間ヲ掛ケテ、対象ヲ中心ニ“魔力逓減結界”ヲ、二三層ニ亘ッテ重ネガケシマシタ。更ニ“精神摩耗結界”、“魔力分散結界”、“劣化・聖域干渉”等ノ対象ヲ弱体化サセル結界及ビ魔術モ、十三種類ホド使用シ、対象ヲ徹底的ニ弱体化サセマシタ。“人化状態”デコレラノ術式ヲ破リ、聖龍ノ姿ニ成ルコトハ、ホボ不可能デアルト判断シマス』
マジか……。
どうやらエルジャは本人も気づかないうちに様々な効果を持つ結界や術式を重ね掛けされていたらしい。
モニター越しに見るエルジャの顔が、目に見えて悪くなっていく。
でも、こんな大量の術式を掛けられたら普通気付くだろうに……。
『対象ニ気ヅカレヌヨウ二、細心ノ注意ヲ払イ、少シズツ時間ヲ掛ケテ行イマシタ。ソノ為ニ、ワザトゴーレム達ニハ対象ニ歯ガ立タナイ様ニ仕向ケタノデス』
何という事だろう。
あの無数に生み出されたゴーレム達は、エルジャの魔力の解析を行うだけでなく、エルジャが様々な術式によって、弱体化している事に気付かせないためだったのか。
つまり、ギジーは生み出すゴーレムの質を徐々に“上げてた”のではなく、“下げてた”のだ。
弱体化していくエルジャの能力に合わせる様に。
その為、エルジャは自身が弱体化しているにもかかわらず、ゴーレム達を圧倒出来ていると勘違いしていた。
本当ならば、その力は普段よりも下がっていたのに、それに気付かずに。
そして、それは聖龍に戻ろうとしたことで、一気にぶり返した。
さっさと龍の姿に戻っていれば結果は違っていたのに。
彼女の慢心と、ギジーの心理的な誘導が、この結果を招いたのだ。
ギジーの方が一枚上手だったって事か。
モニターには真っ青になったエルジャが映し出されている。
『ハァ……ハァ……ど、どういう……事ですの?聖龍の姿に成れない…。それどころか、この息苦しさは……一体何ですの……?』
とうとうエルジャは地面に膝をついた。
じっとりと汗をかき、立っているのも辛そうだ。
『―――対象ノ弱体化ヲ確認。“本来ノ戦力”ヲ投入シマス』
ギジーのアナウンスと共に、青白い光が彼女の周囲から溢れ出す。
『な、何ですの……?』
そして、その光の中から次々と魔物達が、ゴーレムが溢れ出す。
その一体一体が強大な力を秘めている。
最初に現れたのは森の四長だ。
ヴェノム・ヒュドラのスー。
ブルー・モンキーのモン。
アーク・フェンリルのフェル。
シニスター・タランチュラのチュラン。
その後ろには彼らの部族が並ぶ。
更に現れるのは、武装したゴーレム・ホムンクルス達。
サイ型のゴンゾーを始め、大蛇や獅子、リザード型や昆虫型と、その数は数百は下らない大軍勢。
おそらくギジーの事だ。
こいつら全員に、先程のデッサン型達に掛けた補助術式と同様の術式も掛けているのだろう。
その魔物達の先頭には、大剣を掲げた一体の黒蟻が居た。
その光景がエルジャには悪夢のように見えただろう。
一体一体の魔力の質が、先程のゴーレム達とは違いすぎるのだから。
何だ、この魔物達の大軍勢は?
一体どこから現れたのだ?
彼女の表情はそう言っているようだった。
『あ……あぁ……あ……』
エルジャは言葉にならないうめき声をあげる。
息が荒い。
汗が止まらない。
体の震えがおさまらない。
どうして力が出せない?
どうして聖龍の姿に戻れない?
どうして、どうして、どうして?
疑問符ばかりが頭の中を駆け廻る。
混乱の中、先頭に居た黒蟻が一歩こちらへ近づいた。
それだけで、エルジャはびくりと震えてしまう。
それほどに今の彼女は衰弱しきっていた。
大剣を掲げた黒蟻は、そんな彼女ににっこりとほほ笑みかけたように見えた。
『直接お会いするのはこれが初めてですね、聖龍。私は、アンと言います』
黒蟻の言葉が、恐怖と共にエルジャの頭の中へ流れ込んできた。
中層「敵戦力の弱体化は戦術の初歩だろう?」




