7.聖龍、中層ダンジョンへ挑む
えーっと……。
状況を整理しよう。
グウィブが聖龍を連れて帰ってきた。
その聖龍がなぜか俺に惚れていた。
なぜかアン達が怒って聖龍を挑発し、聖龍が激怒した。
アン『悔しかったらダンジョン潜ってこっちへ来るがいい!フハハハハ』
エルジャ『むきぃー!』
中層ダンジョン戦闘準備中←今ここ。
……………どうしてこうなった?
訳が分からない。
俺はただ皆にどうすれば良いか協力を仰ぎたかっただけなのに、気付けばエルジャを全力で駆逐する方向へ話が向かっている。
既にアン達は武装を整え中層へ行ってしまった。
やる気満々だ。
と、とりあえずグウィブに通信をした。
『お、おい、グウィブ。お前からもなんか言って彼女を止めてくれよ』
俺はモニター越しにグウィブを見たが、グウィブは首を横に振った。
『……悪いが、ああなった彼女を止める事は私には無理だ。あれでなかなか頑固だからな。それに、そもそも、彼女は私よりも強いからな。力ずくでは無理だ』
いや、頑固とかそういう問題じゃ……。
え、ていうか、エルジャってグウィブよりも強いの?
マジで?
『いや、それでもダンジョンに入るってのは……。聖龍ってのはハルシャルード聖王国の守護龍なんだろ?なにかあったら不味いだろ』
もし彼女を傷つけて、聖王国やほかの聖龍達が攻めてきたとかなったらそれこそ最悪だ。
中層ダンジョンはすでに俺でも攻略できない程の魔窟に変貌しているが、それでも龍王種が束になって力押しで来られたら間違いなくただじゃすまない。
せっかく作った俺のマイホームが再びボロボロになってしまう。
龍殺しの悪夢再来だ。
それに、流石に何もしていない相手をあそこに入れるのは寝覚めが悪い。
ただ彼女は俺に会いに来ただけなのだ。
………いや、まあ、会わないけどさ。
知らない人と話すの怖いし。
あれ?どっちにしろ結果変わらなくないか?
『安心しろ。彼女ならば“絶対に”死なん。それに―――』
グウィブは一旦言葉を区切る。
『………今回の件は彼女にとっても良い経験となるだろうしな』
『え……?』
そう言ってグウィブはその場に寝そべった。
既に静観ムードだ。
どうやら、本気で彼女の行動を止める気は無いらしい。
………いいのか?
エルジャは既に大穴の壁に作られた螺旋階段、その最下にある転移門のところまで移動している。
そこにある中層ダンジョンへ移動するための転移門をしげしげと眺めている。
『ふぅん……なかなか良くできた術式ですわね。魔力の流れもスムーズですし、陣にもこれと言った綻びはありませんわ。というか、この転移門……私の国に出来た転移ダンジョンのモノによく似ていますわね……』
意外とよく見ている。
聖王国のアッド山脈に出来たダンジョン入口については聖龍の耳にも入ってたか。
『……まあ、そんな事は今はどうでもいいですわ。それでは、グウィブ小父様。ちょっとアース様に会いに行ってきますわー!アース様!待っていて下さいまし!』
そう言って、聖龍エルジャは転移門を潜り、中層へと突入した。
あーあ……。
「さてと、私も研究所に移動するわ」
そう言ってエリベルは席を立つ。
『なあ、エリベル。本気で彼女に中層ダンジョンをぶつける気か?正直何とか説得して、帰るなりなんなりしてもらった方が今後の為には良いと思うんだけど……』
「さあ?どうでしょうね?」
クスリ、とエリベルは笑う。
カタカタと骨が鳴り、眼窩の炎が愉快そうに揺らめいた。
先ほどまでの激情は嘘のようだ。
なんだかんだで、コイツも中々考え読めないよな。
「………まあ、あの子が気に食わないのは確かだけど、それ以上に今回の事態はラッキーだったしね。このチャンスを逃す手は無いわ」
ぽつりとエリベルが呟く。
『チャンス……?』
「聖龍の事よ。本当はウナちゃんやドッスンに頼もうと思ってたんだけど、対象が向こうから来てくれたんだし、手間が省けたわ」
エリベルはからからと笑う。
一体何の事だ?
『なあ、エリベル。悪いけど、俺にもわかるように言ってくれ』
「ああ、そうね。ごめんなさい。結論から言えば、彼女は“可能性”なのよ」
『……なんの?』
「そりゃあ、勿論―――」
そこでエリベルは一呼吸開けて俺を見る。
「―――アンタの体を治せる可能性よ」
『え?……それってどういう―――?』
「後で説明するわ。とりあえず、私も研究室に移動するから。アンタはここを動いちゃ駄目よ?黙って映像を見てなさい。きっと、面白いものが見れるわよ。それじゃーねー」
『え?ちょっと、ま―――』
俺の返答も待たずにエルベルは監視室を出て行った。
『いや……説明してよ……』
結局、監視室に残ったのは俺とトレス、それにぷるるの三人だった。
仕方なく俺はぷるるを膝の上に載せて、モニターに視線を移す。
勿論、適度にぷるるを撫でまわすのを忘れない。
精神衛生上必要な事なのだ。
モニターには中層ダンジョンに侵入したエルジャの姿が映し出されていた。
『ここが、アース様のダンジョン……』
くるくると日傘を回しながら、聖龍エルジャは優雅にダンジョンを見回す。
次いで深呼吸。
スーハスーハ―と荒い息遣いが聞こえてくる。
『…………す、素晴らしい魔力ですわ!これほどの密度!純度!これほど濃密な魔力の気配!お父様以外では感じたことはありません!さ、流石はアース様。私が見込んだだけの事はありますわ!』
映像に映し出されているエルジャは息荒く呼吸を繰り返している。
………正直キモい。
「お父―さん、あの女の人気持ち悪い……エリベル(変態)やオーテル(変態)と同じにおいがする」
「ぷぅー…」
鼻をつまみながらトレスは心底嫌そうに言う。
ぷるるも若干嫌そうだ。
二人に遠慮はなかった。
まあ、俺も同じような感想を抱いたけどさ。
エルジャはダンジョン内をまっすぐに進む。
『―――対象ヲ確認シマシタ。迎撃ニ移リマス』
するとギジーの機械的な音声が監視室に流れる。
エリベルの造った疑似迷宮核――通称ギジー――はエリベルの研究所に置かれながら、ダンジョン全体を管理しているいわば防衛システムの様なものだ。
俺から受け取った膨大な魔力と、アンやエリベルの知識、戦闘経験を吸収し、防衛用のゴーレムを作り出す、いわばダンジョンの要ともいえる存在になっている。
ちらりと、研究所にある本体の方をモニター越しに見たが、前よりもでかくなってた。
直径約二メートルほどの巨大な黒い球だ。
ベルクの話では、人工知能の様なものが育っていると聞いたけど……。
視線を中層の方へ移す。
ダンジョンの壁からデッサン型ゴーレムが三体生み出された。
エルジャもそれに気付いたようだ。
『―――ん?なんですの?この小汚い人形は?』
エルジャはゴミでも見るかのような視線をデッサン型へ向ける。
な!?こ、小汚いって何だよ!?
機能性を追求したシンプルかつ理想的なフォルムだぞ!
以前作ったただシンプルなだけのデッサン型とは訳が違うんだぞ!?
無駄の無い洗練された造形美に、関節の可動領域を拡張し動きやすさを追求、さらにギジーによる経験値共有化等様々なギミックや術式が施された、俺のゴーレム技術の機能美の結晶ともいえるデッサン型をバカにするだと!?
エルジャの感想に若干イラッとした。
「ぷぅー?」
俺の動揺を察したのか、ぷるるが「どうしたのー」と言った視線を向けてくる。
らぶりー。
何でもないんだよ、ぷるる。
若干イラッとしただけだから。
ぷるるで癒されたから問題ないよ。
「あ、お父―さん。ゴーレム達が攻撃しようとしてるよー」
トレスに言われて、モニターを見る。
デッサン型達はエルジャへと攻撃を開始しようとしていた。
だが、
『―――目障りですわ』
一声。
エルジャがそう言っただけで、デッサン型ゴーレム達は塵と化した。
『なっ!?』
「え、今の何?」
「ぷぅ?」
俺、トレス、ぷるるが疑問を口にする。
答えたのはギジーだ。
『対象ノ音声ニ魔力ノ波動ヲ確認。音波ニヨル魔術的攻撃ト判断シマス』
魔術による音波攻撃……?
俺には普通に声を出しただけにしか見えなかったぞ?
たった一声だけでこれかよ……。
『対象ノ魔力ヲ測定。――――解析終了。次ノ攻撃ニ移リマス』
ギジーの声と共に再び壁からゴーレムが出現する。
次に現れたのは泥で出来たゴーレムだ。
だが、
『……なんですの?この醜いゴーレムは?次から次へと……』
な!?醜いだと!?
その泥ゴーレムは俺がウナと共に作り上げた(以下略。
『汚らわしいですわ』
エルジャは腕を横なぎに振るう。
それだけの動作で、泥ゴーレムはまるで衝撃波を受けたかのように粉々に飛び散った。
『対象ノ魔力ヲ測定。――――解析終了。次ノ攻撃ニ移リマス』
そして、エルジャがダンジョンを進むたびに、ギジーは新たなゴーレムを生み出しぶつけるが、エルジャはそれらを物ともせずに淡々とダンジョンを進んでいった。
デッサン型。
泥ゴーレム。
雪ゴーレム。
巨大仏像型ゴーレム。
動物型etc……。
次々と現れては駆逐されるゴーレム達。
傍から見れば、エルジャの圧倒的な力にゴーレム達がなすすべなく蹂躙されているようにしか見えなかっただろう。
まだ第一層の半ばでしかないが、彼女の実力の底が見えない。
流石、龍王種といったところか。
『ふふん!楽勝ですわね!この分では直ぐにアース様の元へ辿り着けそうですわ!』
悠々と中層ダンジョンを進むエルジャ。
その顔には余裕の笑みが張り付いている。
『おいおい、ゴーレム達が歯も立たないなんて……』
憑代の体なのに冷や汗が出てくるような感覚だ。
トレスやぷるるも緊張した様子で映像を見ている。
それ程にエルジャの力は圧倒的だった。
だが、この時の俺はまだ理解していなかったのだ。
『―――対象ノ魔力ヲ測定シマシタ。次ノゴーレムヲ生成シマス』
ギジーは着々とエルジャを仕留める準備を進めていたのだ。
この日、俺は知ることになる。
結論から言おう。
俺のダンジョンは、俺の考えていた以上に進化しすぎていた。
中層「次話から本気出す」




