2.頑張る賢者さんととある上空での会話
エリベルの研究所は一言で言って酷いありさまだった。
機材や薬品があちらこちらに散乱し、書き殴った様な資料と思しき羊皮紙もあちらこちらにあった。
そして、その中央。
椅子に腰かけているのは、我らが賢者エリベル・レーベンヘルツだ。
だが、見るからに不機嫌なオーラを発している。
「全っ然治らないわ……マジで、くっそどういう事よ、この天才の私がここまで苦戦するだなんて……っ!」
開口一番、エリベルは頭を抱えながらそう言った。
『え?ちょっと待ってエリベル、どういう事だ?』
「え?………あー、アース。…………居たの?いつから?」
どうやら、俺が来たことにも気づかなかったらしい。
というか、呼んだのはお前だろうに。
しかし随分疲れた感じの声だな。
『今来たところだよ。つーか、随分荒れてんな、大丈夫か?』
「大丈夫、ってのが何を指すかは分からないけど、私自身は特に問題ないわよ」
どう見てもそうは見えない。
ただ、とエリベルは言う。
「問題なのは、アンタの体の方よ……」
がりがりとエリベルは頭皮の無い頭を掻く。
『俺の体……苦戦してるのか?』
「そうよー。この一か月いろいろ試してみたけど、アンタの体がまるで元に戻らないのよ。『戻るぜX』を改良した『戻るぜX・マックスハート!』も効果が無かったし、他にも色々開発した新術式を試してみたけど全っ然、全く、これッぽっちもアンタの体が元に戻ることは無かったわ………」
『マジかよ………』
釣りしようとしてる場合なんかじゃなかった。
ふぅーと、エリベルは大きなため息をつく。
疲れているのか、眼窩の炎が妙に弱々しい。
アンデッドなんだから疲れない筈なんだけどな。
それだけ精神が摩耗してるって事か。
「とりあえずこれを見て頂戴」
カチカチとエリベルは手元の極彩色の球体を操作し、何かを取り寄せる。
それは直径三十センチ程の透明な試験管の様な容器だった。
謎の液体と、その中央に何らかの肉片が浮かんでいる。
『えーっと、この肉片ってもしかして……?』
こくりと、エリベルは頷く。
「お察しの通り、アンタの肉体よ。腕の一部分を切り取ってコイツで実験してるわけ」
やっぱりか。
肉片には表面には金属片の様なものがついていたし、そうじゃないかとは思ったけど。
でも、改めて自分の肉体の一部を見せつけられるとなんだか妙な気分になる。
「アンタにはこれ、何処からが武装化した部分に見える?」
『え?そりゃあ、硬質化した金属っぽいのが皮膚の部分、そして生肉っぽいのが筋肉の部分だろ?』
俺がそう言うと、エリベルは首を横に振った。
「これね、この肉片“全部”が“武装化した部分”なのよ。肉体に見える部分も含めて、ね」
『マジか!?』
はた目には皮膚の部分しか鎧になっているようにしか見えない。
でも、実際にはこの筋肉の部分も含め、全てが武装化した俺の肉体なのか……。
あれかな、強化繊維みたいなもんなのかな?
「だから難しいのよ……。これだけ肉体と武装化の境界が曖昧になってるって事なんだから。ためしにアンタの体の武装化部分を引っぺがしてみたんだけどね。べりべりべりーって」
あの、さらりと恐ろしい事を言ってません?
「そしたら、その部分がね……“武装化した状態”で治ったのよ。これがどういう事か分かる?アンタの肉体自体が“武装化した状態”を元の正常な肉体だと認識し始めているって事なのよ」
『え、ちょっと待て?それって、ヤバくないか?』
「めっちゃヤバいわよ。このままでいけば、アンタ最悪武装化した状態のまま成長していくことになるわよ」
エリベルのその言葉に俺は言葉を失った。
マジか……。
あの戦略兵器みたいな体のまま成長?
歩けば地割れが起きて、座れば地震が起きて、くしゃみをすれば山が砕ける様なあの姿のままで?
じょ、冗談だろ?
そんな状態じゃ趣味のゴーレム作りだって出来ないじゃないか……。
ぷるるに触ることだって出来ない。
あの極限の癒しを追求したぷるぷる触感を味わう事が出来なくなるなんて……。
それにガーデニングに、魔石掘りに、武器作りだって出来なくなるかもしれない。
そ、そんなの絶対嫌だ!
嫌だぞ!
『ど、どうにかならないのかエリベル?いや、エリベルさん!どうにかして下さい!お願いします!』
土下座。
下げれる頭ならいくらだって下げます。
「いや、だから、どうにかするために頑張ってるんでしょ。ま、お手上げっていう程じゃあないから安心しなさい。他にも色々手はあるしね」
『そうなのか?』
「まあね。とりあえず、ウナちゃんとドスちゃんが聖王国から帰ってくるのを待つわ。とりあえずは、それ次第ね」
『そ、そうか。頼んだぞ、エリベル。マジでお前だけが頼りなんだ』
俺はエリベルの手を握りながら、頼みまくる。
俺の元の日常を取り戻すために頑張ってください、賢者さん。
『って、アレ?』
エリベルさんの反応が無い。
ふと見て見ると、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。
どうしたのだろう?
よく見るとその視線は、下の方。
俺の握った手の方を向いている。
「はぁ~……、アース。とりあえず、手離してもらえるかしら?作業が出来ないわ」
『あ、悪い』
俺は慌てて、手を放す。
「ま、とりあえず今日呼んだのはアンタの体の現状を伝えたかったからよ。細かいデータはそっちの球体の方に入れておいたから、暇な時に目を通しておいて」
『ああ、分かった』
まあ、いつも暇なんだけど。
「あと、ダンジョンの融合状況だけど、現在およそ五割ってところね。こっちはギジーちゃんとツムギちゃんに任せっきりになってるけど、おおよそ順調に推移してるわ。あと一か月ほどで、このダンジョンと、ファーブニルのダンジョン、それと私の造ったダンジョンは完全に一つのダンジョンとして機能するわ」
『おお、そうか』
順調なのはいい事だ。
「そのデータも、一緒にその球体に入ってるから、目を通しておいてね。あと、向こうのダンジョンにも顔を出しておいて。アンタがダンジョン間を往復するだけでも魔術的には結構意味があるんだから」
『ああ、了解』
「んじゃ、話は以上よ。呼び出して悪かったわね。戻っていいわ」
言うだけ言うと、エリベルは再び机に向き合い、カタカタと極彩色の球体を操作し始めた。
『ああ、それじゃあ、俺は戻るよ』
部屋の隅にある転移門へと向かう。
ふと、周囲を見ると真っ白になって燃え尽きているベルクを発見した。
「うへ~へっへっへ……」と半笑いになりながら舟をこいでいる。
………何日徹夜に付き合わされたんだろう?
ホント、すいません、俺の所為ですね。
『あー…エリベル、さっきはああ言ったけど、たまには休んでくれよ?あんまり根詰め過ぎて体壊したら元も子も無いんだから』
エリベルは手だけひらひらと振ってこたえる。
まあ、アンデッドだから疲労とは縁遠いけどな。
とりあえず、これ以上邪魔しちゃ悪いと思って、俺は足早に転移門を潜り研究所を後にした。
俺は手にした極彩色の球体を眺める。
『………俺も気合入れないとな』
ぱんぱんと、自分の頬を叩く。
よし、気合注入完了。
中のデータは後でチェックしよう。
さて、まずは釣りでもするかな。
ちょっとだけ遊んでから仕事しよう。
ちょっとだけ。うん。ちょっとだけだから。
そして、アースが去った後、研究所は再び静まり返っていた。
カタカタと、エリベルの球体のキーボードをたたく音だけが響き渡る。
「…………」
――――頼んだぞ、エリベル。お前だけが頼りなんだ。
先ほどのアースの言葉が頭の中で反芻する。
少しだけ、作業を止めゆっくりと椅子の背もたれに体を預ける。
そして、深い溜息をついた。
「……全く、あのバカは」
軽く指を動かしながら、自分の手を見つめる。
先ほどまで、そこにあった温もりを確かめる様に。
「頑張るに決まってんでしょーが………ばーか……」
誰に言う訳でも無く、エリベルはそう呟いて作業に没頭する。
賢者としての知識の全てを駆使して、アースの体を元に戻すために。
あのバカな地龍との、何でもない馬鹿な日常を取り戻すために。
一方、とある上空にて―――。
その上空には一匹の白飛龍が飛んでいた。
龍の背中には、日傘を差した白いドレスの少女が座っている。
その白飛龍は魔力と気配を極力抑えてはいるが、見る者が見れば、その強大な魔力に腰を抜かした事だろう。
『……本当に外出して大丈夫なのだろうな?本当に父君の許可はとっているのか?君たちの種族はハルシャルード聖王国では守護龍になっているんだ。龍王種としての立場もある。本来は国の外に出るだけでも、問題ものの筈だが?』
「勿論、大丈夫ですわ!お母様も二つ返事で頷いてくれましたし!………お父様には、お母様が話をつけて下さると……」
最後の部分だけごにょごにょと少女はぼかした。
『大丈夫なのだろうな?というか、許可を取っているならわざわざ人型になる意味などないだろう?まるで、人目を盗む様な―――』
「そ、それで、グウィブ小父様!そのエルド荒野と言う場所にはどの位で着きますの?」
グウィブの言葉を遮って日傘を差した少女は矢継ぎ早に質問する。
『……そうだな、この速度で行けばあと二日と言ったところか』
「そうですの……。あ~待ちきれません!待ちきれませんわ~!」
そわそわと落ち着きの無い様子で少女は手に持った日傘をいじる。
それはまるで遊園地に着くまでわくわくが止まらない子供の様だ。
その様子を、白飛龍の長グウィブは微笑ましそうに見つめた。
『しかし意外だな。いくらあの御方の息子とはいえ、君が異種族の雄龍に興味を持つだなんて、私でも少々驚いたぞ?』
「え、そんなに意外でしょうか?私だって年頃の乙女なんですし、そ、その多少はい、異性に興味と言うものがありましてよ?」
『だが、君の周りには優秀な龍種などいくらでもいるだろう?龍王種ではないにしても、それなりに優秀な者たちがいる筈だ』
「あんな龍たちなんて対象に入りません!グウィブ小父様が映像で見せて下さったあの御方に比べれば、全て有象無象と変わりませんわ!最低限、私と同じ龍王種でなければ、お話になりません!」
『そ、そうか……。ま、まあ君もヤツも龍の中では相当整った容姿をしているしな……』
「そうですわ!ですから、グウィブ小父様!もっと速度を上げて下さいまし!私は早くあの御方に―――アース様にお会いしたいのです!」
『分かった、分かった。だから、そう背中を叩くな……鱗が剥がれるだろうが』
はぁ、とグウィブは溜息をつく。
とりあえずアースやアンに何と説明したら良いものか……。
いや、まずは群れの者達とヘレブへの説明が先か。
しょうがなかったとはいえ、半年近くもエルド荒野を留守にしていたのだ。
まず間違いなく色々聞かれるだろう。
特にヘレブなんかはしつこく聞いてくるに違いない。
やれやれと、グウィブは首を振る。
『ともかく、早く向かうとしようか、懐かしきエルド荒野に』
「はい、ですわ!」
そうして、一人?と一匹はエルド荒野を目指す。
その遥か地下に居る釣りを楽しむ駄龍の元へと。
アースが望まなくても、災いの種とは向こうからやってくるものらしい。




