23.道外しの少女とファーブニルの黄金龍
遅くなってすいません……
第六章エピローグになります
ふぅー……。
あの後、俺は道外しの力を借りて、ようやく元のダンジョンへと帰ってきた。
道外しの転移能力を使い、俺をファーブニルのダンジョンへ運んだ時の応用で、そのままこちらのダンジョンまで運んでもらったのだ。
……今の俺だと、転移門を潜る前に魔術陣を砕いちゃうからな。
いや、ヘタに動けばダンジョンも崩壊しかねない。
立てば爪撃、座れば地割れ、歩く姿は生物兵器。ついでに喋ればブレスも追加される。
嫌すぎる……。
前の時もそうだったけど、この状態の力加減ってホント難しい。
例えるなら大型クレーン車で蟻をつぶさない様に掴みあげるくらいに難しいんだよ、力のコントロールが……。
暴れてる時なら問題ないんだけどなぁ。
うーん、エリベルに頼んで体を拘束して貰おうかな。
…………あいつなら喜んでやってくれそうな気がする。ちょっと怖いけど。
その間は憑代ゴーレムを使えばいいわけだし。蜥蜴人とはいえ、人化するのはちょっと嫌だけど、この際仕方ないか。
何よりもう少しで、薬の効果が切れる。
そうなったら、俺は理性を無くして暴れてしまうかもしれない。
ある意味、暴走状態のファーブニルよりも性質が悪い。
でも、何はともあれ、帰って来れて良かった。
時間にすれば、数時間位しか経ってない筈なのに、もう一か月以上向こうに居たような気分だ。疲れてるな…。
『はぁー、やっぱ我が家は落ち着くわ……』
ちなみに、アン達もすでに、こちらへ帰ってきている。
エリベルは来て早々研究室にこもりっきりだ。
なんか叫び声が聞こえてる。………気にしないでおこう。
トレスはぷるると、あと何故かついて来たリュングと共に自分の部屋へ向かっていった。
順応力高いなー。
というか、向こうのスライムさんは何で一緒について来たんだろう?
ま、後で聞けばいいか。
ウナやドスはまだ帰って来てないみたいだし、後で連絡を取る事にしよう。
ただ、アンが自分の部屋に戻ろうとしていた時に、妙にそわそわしていたがなんだったんだろうか?やたらと、腰に掛けた剣を気にしてたみたいだけど。
まあ、これも後で聞けばいいか。
はぁ、とりあえずは全部後回しだ。
とにかく今は休もう。
疲れた。
『助かったよ、有難うな道外し』
ゆっくりと振り返って、俺は転移門の傍に立っていた道外しの少女にお礼を言う。
白い長い前髪で表情は見えないが彼女はこくりと頷いた。
「それじゃあ、お父さん。私はファルの所に戻るね」
『……向こうに行くのか?』
道外しの少女は再びこくりと頷く。
「うん。やっぱり、ファルの傍に居たいから。あ、別にお父さんの事が嫌いとかそういんじゃ―――」
『そうか。じゃあ、一緒に居てやれ』
「――って、え?」
俺に何か言われると思ったのだろう。
道外しの少女はきょとんとしている。
『あいつの為に今まで頑張ってきたんだろ?』
「え、う、うん……」
こくりと道外しの少女は頷く。
『じゃあ、目が覚めたらあいつに言ってやれ。“死ぬなんて許さない!友達なら、もっと私と一緒に居ろ!”って。それ位望んだって、ばちは当たらないと思うぞ?』
「っ!――――うん!うん!」
ぱぁっと花咲くような笑みを道外しは浮かべる。
死にたがるヤツの気持ちなんて俺には理解できない。
それがどんなに苦しんだうえで出した結論だったとしても、死ぬって事は逃げる事だと、俺は思う。
生きて何ぼの人生、いや龍生か。
でも、少なくとも自分の為に命をかけてくれる友達がいるんだ。
もう少しくらい抗っても良いだろう。だから、せいぜい苦しめファーブニル。
きちんと生きて、きちんと苦しんで、きちんと向き合って、きちんとコイツに謝るんだな。
「それじゃあ、お父さん」
『ん?』
一呼吸置いてから、道外しは口を開く。
ずっとずっと言いたかった一言を。
「―――“いってきます”!」
『ああ、気を付けてな』
直ぐに彼女は転移門を開こうとする。
そこで俺は、ふと思った。
『あ、そうだ。ちょっと待ってくれ』
「ん?どうしたの、お父さん?」
『ああ、実はな、お前さえよればなんだけど―――』
戦いが終わってから、考えていたことがあったんだ。
俺はそれを彼女に伝えた。
ファーブニル最終層『黄金の間』にて―――
ファーブニルの意識はゆっくりと覚醒した。
全身にずきずきと激しい痛みが走る。
「……ここは?どうして、私の意識が表層に出てきているのだ?」
自分は、あの地龍と話している最中に、迷宮核に飲まれた筈だ。
にも関わらず再び自分の意識が表層に出てきたこと。
それは、暴走が収まったことを意味している。
あの地龍の若造が自分を止めたのか?
確かに潜在能力は相当なものだったが、暴走した自分を止められるとは思えなかったが……。
「ファル、目が覚めた?」
声がした。
道外しの少女の声だ。
「……ああ、体は痛むが、意識ははっきりしている」
それにおぼろげだが、暴走していた時の記憶もある。
その中で、はっきりと覚えているのが、誰かの泣き叫ぶ声だった。
自分の死を悲しむ少女の声。
あの声は―――。
「ファル……?」
おっと、いけない。
つい考えに集中してしまっていた。
ファーブニルは道外しの方を見る。
「ああ、すまないな。少し、混乱していた。眷属達はどうしたのだ?」
「今はみんな休んでるよ。リュングは……友達の家にいってくるって」
「そうか…」
友達の家、というか間違いなくダンジョンだろう。
階層主が、階層をほっぽりだして何をしているのだ、とファーブニルは思ったが、それは言わないでおいた。
それから、記憶送信も含めてあの後の出来事を教えてもらった。
自分が負けた事、延命が可能かもしれないという事、そのためにあの地龍のダンジョンに取り込まれることになるという事。
全て、聞いた。
その上で、ファーブニルから出た言葉は「そうか」の一言だった。
「…………ねえ、ファル?」
「何だ?」
「今でも―――死にたいって思う?」
道外しはじっとファーブニルを見ながら、問うてくる。
長い前髪の隙間から見えるかすかな瞳に黄金色の自分が映り込んでいる。
「……正直に言えば、分からない。だが、私はあの時確かに、死を望んでいた」
自身の寿命の限界。
それに伴い増大してゆく迷宮核の防衛本能。
それが自己を侵食してゆく恐怖。
己の死によって、近しい者、眷属、そしてダンジョンが消滅するという恐怖。
それを防ぐために、自分は死ぬしかないと思っていた。
迷宮核を継ぐにふさわしい魔物に、己のダンジョンと眷属を託し、死ぬ。
それが最高で、それこそが望ましい形なのだと、己を無理やり納得させて。
でも。
あの時、あの瞬間、ファーブニルには確かに聞こえた。
聞こえてしまった。
彼女の、道外しの泣き叫ぶ声が―――。
こんな自分に生きてほしいと願う少女の声が。
暴走の中、かすかに残った理性がそれを聞いた瞬間、すとんと胸の中の何かが落ちた。
ああ、そうかと。
ファーブニルは思ってしまった、知ってしまった。
傷ついた己の体を確かめながら、ファーブニルは呟く。
「………私は、生きたかったのだな」
そう、死にたくなどなかった。
そうするしかないと、そう思って自分を無理やり納得させていた。
でも、本当はもっと眷属と――この少女と共に生きたいと、そう確信させられた。
あの地龍の若造に気付かされてしまった。
明らかな格上である自分にも臆する事無く立ち向かい、道外しの少女の本音を引き出し、そして自分を倒した存在。
「お前の“主”はとんでもない奴だったな……」
「うん」
道外しは頷く。
ファーブニルも驚きを隠せないでいた。
アレでまだ、道外しと同じ二歳だというのだから驚きだ。
ファーブニルはかつて、同じ龍王種である天龍という種族に会った事もあるが、それでもあそこまで規格外という存在ではなかった筈だ。
やはり龍王種筆頭である地龍は格が違うのか、それともあの若造が特別なのか、それは分からないが。
少なくとも、自分があの龍によって、今こうして生かされているのは事実だ。
「しかし、これはなにやら奇妙な感覚だな」
何かが抜け落ちたような喪失感。
これが“敗北感”というものなのだろうか?
でも、悪い気分はしなかった。
“迷宮核”の方も、先程の敗北が堪えたのか、今は大人しくしている。
後でこいつとももう一度話し合ってみよう。
今ならば、別の道も選べそうなのだ。
「そうだ、道外しよ―――む?」
道外しの方に手を伸ばそうとして、ファーブニルは腕が自由に動かせないことに気付く。
見れば、腕や腹、足など様々な場所にカラフルな管が通され、傍あるにドラム缶の様な魔道具に繋がれている。
おそらくこれがエリベルの言っていた“延命措置”の一つなのだろう。
碌に体も動かせないような状態だが、今はそれでもよかった。
「あ、ファル!無理に動いちゃ駄目だって」
「かまわん」
コードを引きずりながら、無理やり黄金の手を道外しの頭に持って行く。
ぽんっと頭に手を添えられ、道外しの頭に疑問符が浮かぶ。
「………え?」
「すまなかったな、道外しよ」
気づけば、ファーブニルは謝罪の言葉を口にしていた。
それも、驚くほど素直に、だ。
「私はお前を苦しめていたことに気付かなかった……。いや、嘘だな。お前が苦しむことが分かっていて、それでも私は自分の都合を優先させた。許してくれとは言わん。だが―――」
「許す!」
「―――は?」
「ファルのことゆるす!」
大事な事なので二回言った。
ファーブニルは、ぽかんと口を開ける。
てっきり何らかの糾弾が来ると思っていたからだ。
「よ、よいのか?わ、私はお前を利用したんだぞ?お前の、その“道外し”としての能力を使って、自分を殺そうとして、その上でお前が苦しむとわかって―――」
改めて口にしてみると、中々のクズ発言だが、それでもファーブニルの告解は止まらない。
でも、
「そんなことはどうでもいい!」
どーん!と、後ろにデッカイ文字が出てくるような大声で道外しは叫ぶ。
「それよりも……ぞれよりも……うぐっ……」
道外しの少女は泣いていた。
ぼろぼろと大粒の涙を流して、長い前髪を顔に張り付けている。
「ブァルが……ファルがぁ死ななぐで……よがっだよぉ」
「…………」
それをファーブニルは黙って見つめていた。
まだ助かったと、そうと決まったわけではない。
あくまでも、そのための可能性を探すための時間が与えられたというだけの話だ。
失敗し、最初に危惧していたように全てを失う事になる可能性だって残っているのだ。
でも、それをこの場で言う程ファーブニルも無神経ではない。
一言、「すまなかったな」と呟いて、ファーブニルはその身を寄せた。
それに、その様な悲劇を起こす気はファーブニルにはもうない。
だって、彼は思ってしまったから。
“生きたい”と。
ならば抗ってみよう、あがいてみよう、前に進んでみよう。
眷属達と、そしてこの少女と共に。
それから、しばらくして道外しはようやく泣き止んだ。
「それとさ……」
そこで少女は一旦言葉を区切った。
「これからは私の事――――“ツムギ”って呼んで」
「ツムギ……?」
「うん、私の名前。お父さんがつけてくれた」
アースをダンジョンへ連れ帰った後、提案されたのだ。
もし、名前が必要ならばつけるが、と。
それを道外しは受け入れた。
「人と人を結びつける、ダンジョンとダンジョンを繋ぐ、そういう意味なんだって」
それは道外しという魔物にとって、真逆ともいえる名前だ。
でも、その名前が、その意味がツムギには嬉しかった。
迷い、惑わし、道を外させる―――そんなことしか出来ない自分が、誰かと誰かを繋ぎ、紡ぐことが出来る。結びつけることが出来るのだ、そう言われたような気がしたから。
「そうか……良き名だ」
「うん。私も気に入ってる」
道外しの少女――ツムギはファーブニルの腹の部分に体を預けて座る。
金属特有のひんやりとした無機質さと生物特有の温かさ。
矛盾するような二つを感じる。
でも、気分は良い。
「では、ツムギよ。私も、お前に一つプレゼントをやろう」
「え?」
ぺりっとファーブニルは自分の鱗を一枚剥いで、それを爪で削って加工する。
出来上がったのは黄金色のヘアピンだった。
そして、出来上がったそれをツムギへ着ける。
長かった前髪を横でまとめられ、ツムギの素顔が露わになる。
キャラメル色の瞳が大きく見開かれた。
「ファル、これって……?」
「せっかく整った容姿をしているのだ。これからは外見にも気を使った方が良いだろう?」
「え?」
にやりと、ファーブニルは笑う。
「―――なにせ、これからは家族や友と共に過ごす時間が増えるのだからな」
だから、隠れなくても良い、逃げなくてもいい。
そういう意味を込めての、ヘアピンだった。
ある意味これも“道外し”という魔物からすれば、真逆の言葉かもしれないが、それでいいのだと、ファーブニルは思った。
ぺたぺたと、黄金色のヘアピンを触り、ツムギは隠されていない素顔のままで
にんまりと笑った。
それは、年相応の少女が浮かべる可愛らしい笑みだ。
「………ファル」
「どうした?」
貰った髪留めをいじりながら、口を開こうとして、
「………んーん、なんでもない!」
「そうか」
「うん」
ふわぁぁとツムギは大きな欠伸をする。
そしてゆっくりと、ツムギの瞼は落ちてゆく。
今までの疲れが押し寄せてきたかのように、睡魔が襲ってきたのだ。
「おいおい、こんなところで寝るでない」
だが、ツムギは動こうとしない。
もう完全にここで寝るの態勢だ。
「全く……」と呟き、ファーブニルは仕方なく近くにあったボロ布を手繰り寄せ、ツムギに被せる。
無いよりかはマシだろう。
そう思ったが、存外ツムギは嬉しそうに、ボロ布を被った。
「ん……。おやすみなさい、ファル……」
あっという間にツムギは寝息を立てる。
その寝顔は満足そうに笑っていた。
つられて、ファーブニルの口元も思わず緩んでしまう。
「ああ…………おやすみ―――ツムギ」
そっと、ファーブニルは傷ついた手でツムギの頭を撫でた。
そこにある、確かなぬくもりを感じながら、彼も静かに眠りについた。
それは、久方ぶりに訪れる安眠だった。
ダンジョンとダンジョン。
道外しと迷宮主。
決して交わる事の無い存在の、だが確かに紡がれた絆がそこにはあった。
繋ぎ、紡いで、重なって、少女と龍の物語はこれからも続いてゆく。
第六章『道外しの少女とファーブニルの迷宮』編 了
次章 第七章『龍王種邂逅』編へ続く
これからについては活動報告の方をご覧ください




