21.決着
数分前、ファーブニル第九十層『死皇の間』にて―――
青白い複雑な魔術陣がエリベルを覆い尽くす。
莫大な魔力が、視覚にまで影響しているのか、エリベルの周りの景色はロブンから見ると歪んで見える程だった。
「こっちの方の準備が大体完了っと―――」
エリベルは懐から小さな石を取り出す。
通信魔石。
離れたところであっても、会話をすることが出来る魔道具だ。
術式を展開したまま、器用に通信を行う。
先ほどは使えなかったが、ファーブニルのダンジョン内にこちらの魔力が、これだけ満ち、かつ道外しの妨害が無ければ行ける筈だ。
「あーあー。ベルク―、そっちは準備おーけー?」
『―――エリベル様、こちらの準備は整いましたぞ。いつでも、往けます。“追跡”の方も継続して行っていますぞ。どうやら、こっちの予想も当たっていたようですな』
ベルクからの通信。
それを聞いてエリベルはにんまりと心の中で笑う。
骸骨だから、表情は作れないのだ。
「上等。それじゃあ―――アンちゃん、トレスちゃん、ぷるるん!そっちは準備良いかしら!?」
そう言って、同じくダンジョンに侵入した眷属達に通信を送るが返事が無い。
「………あら?」
おかしい。
通信魔石は正常に作動している筈だ。なのに、一向に返事が無い。
どういう事かと、通信魔石に耳を当ててみる。
耳はついてないが、なんとなく気分だ。
すると―――。
『―――アース様をどこに隠したあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!死ね!死ね!魔物共が!!死んで償え!アース様をだせええええええええええええええええええええええ!!!!』
「………………………」
なんか、ものすんごい叫び声が聞こえてきた。
耳が無い筈なのに、頭にきーんと響く。
アンだ。
どうやら、ご乱心中らしい。
叫び声と共に、何かが切り裂かれる音、何かが溶ける音、何かが砕ける音など生々しい殺戮音が聞こえてくる。
多分、音声の向こう側では映しちゃいけない光景が広がっているのだろう。
うわぁー……。
ちょっとだけファーブニルの魔物達に同情してしまう。
少しヒき気味に、エリベルは再びアンへと通信を行う。
「あー、アンちゃん……?もしもし?ご乱心のとこ悪いんだけど、話聞いてくれないかしら?」
『―――っ!その声、エリベルさんですか!?大変なんです!アース様が大変で!ボロボロになっていたのに、騎士から剣を貰って、気付いたら消えていたんです!殺した魔物に、アース様の場所を聞いても答えてくれません!首から下だけです!』
「………あー、うん、分かったわ。分かったから落ち着いて」
死んだ魔物にどうやって話を聞くというのだ?
何があったかは知らないが、相当混乱しているらしい。
普段は冷静なアンらしくもない。
よほど心をかき乱すような事でもあったのだろうか?
術式を展開しながら、通信魔石を使用して、アンの説得まで行うという器用な真似をした後、ようやくエリベルは本題を切り出した。
ちなみに、アンの説得をしている間に、トレスとぷるるからも応答があった。
向こうも、どうやらファーブニルの事情は承知の様だ。
なので、全員への通信を介してエリベルは話を続ける。
「万が一用にかけてた“保険”の準備が終わったみたいなの。だから、みんなにも手伝ってもらいたいんだけど?」
『………例のあの術式ですか?でも、本当に可能なのですか?本来なら、相当の年数が必要なのでしょう?』
「ええ、私達のコッチでの動きはリアルタイムでギジーちゃんに送信されてるからね。それと、術式の構築と演算処理もまとめてやって貰ったから、多分いける筈よ。なんせ、この私が“改良”した術式なんだからね。威力は相当落ちるし、粗も多いけどね」
『………分かりました。こちらも、いつでもいけます』
次いで、トレス、ぷるるからも返信が来る。
『こっちもいいよー』
『ぷうー』
「よし!それじゃあ、往くわよ!」
次の瞬間、エリベルから複雑な魔術陣が発生する。
そして、それはエリベルだけではない。
各階層に居る眷属達。
アン、トレス、ぷるる。
突入した全員から、同じ魔術陣が展開される。
「な、なんなのだ……その魔術陣は……?」
ロブンの眼窩の炎が揺れる。
魔術を極めた、そう信じている彼でさえ、見たことが無い術式。
莫大な魔力がエリベルを中心に放たれる。
それだけではない。
まるでファーブニル全体がまるで、何かを恐れるかのように地鳴りをあげている。
エリベルはロブンの方を見た。
「これはね………その昔、馬鹿な賢者が残した馬鹿な遺産―――その応用」
これは――――。
この術式は――――。
ダンジョンにとって最大の禁じ手。
『それじゃあ、往くわよ………』
ぱちんと、エリベルは指を鳴らす。
次の瞬間、“ソレ”は発動した。
「“ダンジョン破壊・限定響鎖”――――発動!」
次の瞬間、彼女たちを中心に巨大な光の柱が出現した。
そして―――ファーブニル内部に巨大な風穴が出来上がる。
第七十層から最終層まで貫通する巨大な風穴が。
「ば……ばかな……」
ぽつりとロブンハ呟く。
ちらりと、エリベルはロブンを見た。
「ま、そこで見てなさいよ。死にたがりのアンタらに、可能性ってやつを見せてやるから」
そう言って、エリベルは躊躇なくその風穴へと飛び込んだ。
上を見上げると、アンやぷるる、トレス達も落ちている途中だった。
そして現在・ファーブニル最終層『黄金の間』にて―――
ファーブニル、そしてそれを囲む無数の魔物達を前に、アン達は何の気負いもなく武器を構える。
それをファーブニルは忌々しそうに見る。
「次カラ次ヘト侵入者共ガ……ッ!ロブンハ、レイギンハ、四ノ鉱達ハドウシタノダ!?マサカ、全員ヤラレタトイウノカ!?」
ファーブニル、いや迷宮核は叫び問う。
答えたのはエリベルだ。
「彼らなら来ないわよ。つーか、ここはアンタのダンジョンでしょ?なら、生きているかどうかななんて、聞かなくても分かるでしょうが?」
そう言われて、ファーブニルはますます表情を険しくする。
「ナゼダ!眷属達ガ生キテイルノナラ、ナゼ、私ヲ助ケニ来ナイ!?」
ファーブニルのその言葉に、エリベルは心底呆れる様なため息をつく。
エリベルだけではない。
アンやトレス、ぷるるすらも同じような表情だ。
いや、呆れているというより、憐れんでいるというべきか。
アン達の気持ちを代弁するかのように、エリベルが言った。
「助けたいに決まってるでしょ?だから、助けに来ないのよ!―――“千群氷柱”!!」
そんな事も分からないのかとばかりに、エリベルは無数の氷柱をファーブニルへお見舞いする。
「グウ……コンナ氷ナンゾデ………ッ!」
無数の氷柱はファーブニルや近くに居る魔物達に殺到するが、大したダメージにはなっていない。
「はぁ……これが仮にも八大迷宮のダンジョンの主―――その成れの果てとはね……。暴走状態とはいえ、呆れるわ………哀れすぎで」
やれやれと、肩を竦めるエリベルに対し、答えたのはアンだ。
『ですが、感じる魔力は強大です。油断はしない方が良いでしょう』
アンは油断なく剣を構える。
レイギンから譲り受けた魔剣レディルを。
『ここに来るまでに、エリベルさんから記憶送信で、向こうの事情は窺っています。それでも全力で掛からなければ、アレを仕留めるのは難しいでしょう』
「仕留めるっていうか、まあ、殺さないって方が難しいわよね、普通は。………あ、そう言えば」
『どうしました?』
エリベルは手を首に当て、コキリと首の骨を鳴らす。
「ん?いや、このメンバーで共闘するのって、そう言えばこれが初めてかなって思っただけよ」
「あ、そう言えばそうかもー」
「ぷるぅ」
トレスとぷるるが賛同する。
『私とエリベルさんはジャイアント・リザードの時に一緒に戦ってますが、確かに四人全員で戦うのは初めてかもしれませんね』
ふっとアンも笑う。
「ま、そんじゃあ、いっちょやってやりますか」
『ええ』
「うん」
「ぷる!」
気軽な様子で、四人は魔物の群れに飛び込んでゆく。
最後の戦いが始まった。
そして。
『…………さて、俺はどうすれば良いかな?』
そんな勇ましい姿を、眺めながらアースはぽつりと呟いた。
――――
「殺セ!殺セー!!」
ファーブニルの叫びと共に、魔物達は動き出す。
「はっ!ロブンに比べれば、雑魚ばっかりね!―――“聖域干渉”発動!」
次の瞬間、十体以上の魔物が内側から爆ぜる。
体内の魔力を暴発させられたのだ。
実は、広間に降り立った瞬間から、エリベルはターゲットを絞って何体かに“聖域干渉”の準備をしていたのだ。
意外と抜け目がない。
爆ぜた魔物達の間を縫って、アンが切り込む。
『邪魔です!』
魔術を無効化する魔剣レディル。
手に入れたばかりの魔剣を器用に使いこなし、アンは魔物を切り裂いてゆく。
「ギッシャアアアアアアアアアア!!」
一際巨大なキメラの様な魔物が立ちはだかった。
だが、アンは目もくれずに突っ込む。
キメラの魔物は、舐めるなと言わんばかりに口を開いてアンをかみ砕こうとするが。
「させないよー!『極日線・乱反射』!!」
「ぷるー!!」
アンと魔物達の間に、ぷるるが立ちはだかり、後ろからトレスがぷるるに極日線を当てる。
それをぷるるが、吸収・再照射し、無数の光線となってキメラの魔物へ放たれる。
「ギュイイアアアアアアアアアア!!?」
『ハァッ!!』
全身に穴を穿たれ、アンの剣によって切り裂かれ、キメラの魔物は光の粒子となって消えた。
次々と魔物達が押し寄せるが、アン達はそれをまるで寄せ付けない。
レイスの様な斬撃が効かない相手には、アンのレディルによる魔力無効化の攻撃が。
巨人の様な巨大な魔物には、トレスとぷるるの大規模殲滅術式が。
魔術に長けたアンデッドには、エリベルの聖域干渉による自滅が。
それぞれが、完璧なコンビネーションで繰り出されていた。
「すごい……」
その光景を、道外しの少女は茫然と見ていた。
圧倒的、としか言いようがない光景だった。
ファーブニルの魔物達も決して弱くは無い。
いや、地上に居る魔物達に比べれば、そのレベルは遥かに高い。
にもかかわらず、その強さが霞んで見える程にアン達はファーブニルの魔物を圧倒していた。
『ああ、凄いな』
「……え、うわぁっ!?」
いつの間にか、隣に居たアースに道外しの少女は驚きの声を上げる。
「お、お父さん。大丈夫なの?」
『ああ。まあ、多少動けるくらいにはな』
そう言って、アースは目の前の光景に目を移す。
控えめに言っても、アン達は圧倒的だった。
「お父さんの眷属達、こんなにつよかったんだね」
『そりゃな。…………俺がこんなだから、必然的にそうなったんだよなぁ』
無論、アン達が敵を圧倒しているのには理由がある。
一つ目は、アースがエリベル達がここに来た瞬間に、記憶送信で自分の現状と、これまでの経緯を教えた事。
二つ目に、エリベルが即座にその情報をギジーに送り、相手の魔物の特性や魔力の解析を行わせたこと。
そして、三つ目に、その情報を、ギジーを通じて眷属たち全員が共有している事と、それが、“今も”リアルタイムで行われている事だ。
互いに見聞きした情報が、ギジーを介し、即座に眷属全員にフィードバックされる。
それによって、完璧なコンビネーションを実現し、かつ一体一体への魔物への対抗策も現在進行形で生み出されているという事だ。
尤も、敵側からすればそんな事は分からず、ただ自分たちが圧倒されているようにしか感じないだろう。
悪夢以外の何物でもない。
ちなみに、これは道外しの少女がファーブニルのダンジョンと、アースのダンジョンへの介入を止めた所為でもある。
彼女が未だに、転移門や魔力回廊へのジャミングを行っていれば、むしろ蹂躙されていたのはアン達の方だ。
『さて、俺も休んでばかりもいられないな。エリベルからの思念通話も送られてきているし……』
ずるずると、動かすだけでも激痛が走る体を引きずりながら、それでもアースはゆっくりとだが、行動を開始した。
魔物の大軍を退け、ついにファーブニルが眼前に迫る。
「小癪ナ!!」
先に仕掛けたのは、ファーブニルだ。
ボロボロになった、その爪をエリベルへと突き立てる。
「ぷるぅ!」
だが、ぷるるが体積を膨張させ、これを防ぐ。
ぷるるの肉体に、ファーブニルの爪がずぶずぶと食い込んでいくが、スライムであるぷるるには大した問題ではない。
むしろ、体に食い込んだ爪に纏わりつき、逆にからめ捕る。
「グッ、離レロ、スライム如キガ!」
ファーブニルはブンブンと腕を振り回すが、粘液体であり、王級指定種であるぷるるを何の術式もなく振りほどく事など、いくらファーブニルと言えど不可能だ。
『―――後ろががら空きです!』
「ヌウッ!?」
更にその隙を見て、後ろに回り込んだアンが攻撃を仕掛ける。
新たな大剣――魔剣レディルを袈裟蹴りに叩き込む。
魔力無効、物理特化の一撃は傷ついたファーブニルの肉体に確かなダメージとなって響く。
「クソッ!」
ファーブニルはぷるるにからめ捕られたままの手で、アンめがけて腕を振るう。
だが、そこでぷるるは触手を天井へと伸ばし、一気に収縮する。
からめ捕られているファーブニルの腕も、それにつられてあらぬ方向へと無理やり軌道を修正させられる。
更に―――。
「最大出力・極日線!」
「氷龍衝破!」
トレスと、エリベルの魔術攻撃。
先ずトレスの極日線がぷるるの体内で凝縮され、超高熱となってファーブニルの腕に伝わる。
更に、間髪入れずエリベルの将級水魔術によって作られた氷の龍が襲い掛かる。
熱と冷却による急激な温度変化で、金属であるファーブニルの鱗はバキバキとひび割れてゆく。
「オノレ、オノレ、オノレエエエエエエ!!離レロオオオオオオオオオオオ!!」
ファーブニルは、口内に魔力を凝縮させブレスを放つ。
だが。
『無駄です!』
アンが魔剣レディルをブレスに叩き込み、真っ二つに切り裂く。
無効化と拡散。
先の戦いで、レイギンがアースのブレスに対して行った技だ。
アースからは見えていなかったが、その映像記憶からギジーが解析し、アンへ送信したのだ。
尤も、アンの卓越した技量があってこそ、即興で出来たともいえるが。
だが、それでも決定打には欠けていた。
アンも、ぷるるも、トレスも、エリベルも、こつこつとファーブニルにダメージを与える事は出来るが、それでも、決定打足り得ない。
「やっぱ堅いわねー。腐っても最硬の龍種か……。残り少ない私の魔力じゃ、ダメージは期待できそうにないわね。このレベル相手じゃ、“聖域干渉”も時間が掛かりすぎるし」
『私もです。あの堅さでは表面は切れても、内部にまでダメージを与えるのは難しいですね』
アン達は思案する。
自分たちの力では、時間は稼げても決定打足り得ないと。
だから―――。
「ナゼダ……ナゼ……?」
ファーブニル、いや迷宮核は今の状況が全く理解できなかった。
どうして、眷属達は自分を助けに来ない?
なぜこの者たちはこれほどまでに強い?
なぜあの魔物は自分を受け入れない?
自分はただ死にたくないだけだ。
生きたいだけだ。
自分はただ―――。
気づけば、ファーブニルは後ろに下がっていた。
生への執着、死への恐怖。
そして、アン達の猛攻。
それが、ファーブニルを後退させた。
そして、追い詰められたファーブニルは気付いていない。
冷静になっていれば、気付くことも出来たはずの事に。
『――――よう』
その、すぐ後ろに―――アースが居たことに。
「――――ッ!!?」
声を掛けられて、ファーブニルはようやく気付いた。
なぜここに?
そう言いたげな表情だ。
『そりゃ、移動してきたからだよ。まあ、ボロボロなんで、ゆっくりゆっくり気配を消して移動したけどな』
そう、アン達眷属ではファーブニルには決定打を与えられない。
だから―――決定打足り得る攻撃力を持った、“全身武装化”したアースの居るポイントまで、眷属達が誘導する必要があった。
あの派手な術式も、圧倒しているように見せる戦い方も、そのための布石。
無意識化でファーブニルを誘導し、アースの攻撃範囲内まで持っていくこと。
『正直、あと一回くらいしか腕を動かせないけど、それでも今のお前にはそれで充分だろ、ファーブニル?』
アースはなけなしの魔力を爪に込める。
「クッ……」
すかさずファーブニルはアースから距離を取ろうとするが、アンがけん制し、ぷるるが触手でからめ捕り、エリベルとトレスが魔術で退路を塞ぐ。
逃げられなかった。
「アース!今よ!」
『アース様!』
「お父―さん!」
「ぷぅ!」
眷属達が叫ぶ。
そして、
「いって……お父さん……」
道外しの少女も叫ぶ。
「ファルを―――助けてあげて!!」
最後の力を込めて、俺はファーブニルに爪を立てる。
歯を食いしばれ、ファーブニル!!
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
ズンッッ!!!と鈍い音が響き渡る。
渾身の一撃。
それはファーブニルの懐に確かに入った。
「………ナゼダ……ナゼ、私ハ―――」
最後まで、疑問を口にしながら、ファーブニルはゆっくりと、地面に倒れた。
長い長い戦いに、ようやく終止符が打たれた。
あと2~3話で第六章も終了になります
長かった……




