19.たとえ主人公(ヒーロー)にはなれなくても
注意:お薬服用中
ファーブニル最終層『黄金の間』にて―――数か月前。
道外しの少女は、ファーブニルから彼の死期について話されていた。
既に出会ってから一年とちょっとが経っていた。
『ファルが……死ぬ?』
『そうだ。私はもう長くない。だから、お前に頼みたいのだ、道外しの少女よ。私に変わる、このダンジョンの器足り得る魔物を連れてきてほしいのだ』
『やだよ!ファルが死ぬなんて、絶対ヤダ!何か、何かほかに方法が無いの!?ファルが死ななくて済む方法が!』
少女は必死に抵抗する。
でも、ファーブニルは首を振るだけだ。
『……ない。あるならば疾うに実行している。それにこれは、私と、眷属筆頭である四ノ鉱全員で出した結論だ。皆もすでに、納得している』
『でも……だって……』
ぎゅっと唇をかむ。
その手が彼女の白い服をぎりぎりと握る。
長い前髪で、表情はうかがえないが、きっとひどい顔になっているのだろう。
その姿に、ファーブニルは心を痛めるが、それでも彼は道外しの少女に頭を下げる。
『頼む、道外しの少女よ。私を殺し、このダンジョンを救ってくれ』
必死に死を望むファルの姿に、彼女は何も言い返せなかった。
なにもしてあげられなかった。
結局、彼女はファーブニルの望みを受け入れた。
自分の父を―――アースを、このダンジョンに連れてきた。
ファルを殺すために。
皆を、このダンジョンを助けるために。
この一年、ファーブニルに教えてもらった魔力と能力の使い方。
それをフルに使い、能力の酷使で体や魂が悲鳴をあげようとも、彼女はファーブニルの望みをかなえるために奔走した。
ダンジョンを出て、エルド荒野をめざし、転移を繰り返し、僅かな魔力の回廊を探りながら、必死に。
それが正しい事なんだ。
だって、そうしなければ、みんなが死ぬ。
ファーブニルだけじゃない。眷属も、ダンジョンも、その上に住まう人間達すら巻き込んでしまう。
だから、私なんかの都合なんか、優先させちゃいけないんだ。
やっと出来た友達の最後の頼みなんだ。
聞いてあげなくちゃいけない。
叶えてあげなくちゃいけない。
そう、自分に言い聞かせた。
―――――でも、本当にそれでいいの?
ファーブニル最終層『黄金の間』にて―――現在。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
二体の龍が咆哮を上げる。
一体は地龍アース、もう一体は鉱龍ファーブニル。
龍王種である地龍。龍王種に次ぐ種族である鉱龍。
二体の龍が、互いに睨み合う。
先に動いたのは、アースだった。
武装化した手足を使い、一気に間合いを詰める。
ファーブニルの大きさはアースのざっと三倍はある。
ならば、懐に入り込み、その体格の差を利用する。
ファーブニルは碌に反応もせず、アースの接近を許した。
武装化した鋭い爪が、その体に突き付けられる。
だが。
『何……っ!?』
アースは驚愕する。
ファーブニルの肉体にはまるで傷がついていなかった。
武装化した己の爪を、ファーブニルは碌に防御の体制も取らずに。防いだのだ。
――――ちっ、噂通りの堅さってわけか。
アースは内心で歯噛みする。
エリベルの記録で、鉱龍に関する情報は持っていたが、実際に体験するのとでは大違いだった。
エリベルの記録にはこう記されていた。
――――“最硬”の龍族と。
すなわち、最も堅い龍。
アースと同じ地属性の龍種で有りながら、地龍とは違い完全なる防御特化の龍。
それが、鉱龍だ。
鉱龍は、総じてその皮膚や鱗が鉱物で構成された者が多い。
その為物理防御力が高くなる。
更に、その鱗や皮膚は、個体ごとに異なり、銅であったり、鉄や宝石等、その成分が異なる為、同じ種族であっても、その強さの割合が“個”で大きく異なるのが特徴だ。
ちなみに地龍同様、金になるから冒険者にとっては美味しい魔物でもある。
そこは、ちょっと同情したが今はそんな事言ってられない。
「グォォオオオッ!」
アースの爪を弾いた瞬間、ファーブニルのカウンター。
その巨体を生かした、剛腕をアースに向けて振り下ろす。
『ヤバッ―――っ!』
寸での所で、これを回避。
振り下ろされた剛腕はそのまま床に突き刺さり、巨大な亀裂を走らせる。
最硬の鱗と爪。
それは攻撃に転じれば、無敵の鉾に変わる。
(あんだけ堅いんだ。振り下ろすだけでも、相当な攻撃になるだろうな……)
さて、どうしたものかと、アースは考える。
至近距離で打ち込んで、無傷ならば、遠距離からの爪撃も対して効果は無いだろう。
ならば、強力な遠距離攻撃。
いったんアースはファーブニルから距離を取る。
向こうはコッチの出方を窺っている。
『―――ブレス』
すぅっと息を吸い込み、そして、思いっきり吐き出す。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
咆哮と共に、莫大な量の魔力がファーブニルへ放出される。
ファーブニルは避けない。
直撃だ。
ズドドドドドドドドドドドド!!!!!!
爆音。
床や壁のタイルは剥がれ、黄金や宝石が飛び散る。
ビキビキと天井に亀裂が入り、所々崩落している。
まあ、ダンジョン全体が崩れることは無いだろう。
ちなみに、道外しの少女は無事だ。
直前に、転移門で射程外に移動している。
『ふぅー、今ので多少の傷位は付いててほしいんだけど………』
だが――――。
ごぅっと土煙を押しのけ、ファーブニルが飛び出す。
その鱗には、傷一ついてない。
見れば煤で汚れているだけ。
物理防御だけでない。
ファーブニルは魔術耐性も極めて高いようだ。
先ほど戦ったレイギンの様な、魔力無効化による小手先の技ではない。
純粋な龍としての肉体の強さ。
それをまざまざと見せつけられる。
『っ!予想はしてたけど、マジかよ!?』
改めて、鉱龍の堅さに驚かされる。
だが、驚いている暇などない。
既に、ファーブニルは眼前まで迫っていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
爪による斬撃。
―――速い!
避けきれずに、武装化した両腕でガードする。
でも。
『ぐああああっ!?』
受けきれずに、武装化した腕にひびが入る。
武装化したとはいえ、肉体の一部だ。
凄まじい激痛がアースを襲う。
だが、激痛に耐える時間は与えられない。
もう一方の手が伸びる。
一気に魔力を込め、これを防ぐ。
大量の魔力を込めたおかげで、先程よりかはダメージが少ない。
だが、そこで終わらない。
爪よる斬撃が、牙による噛みつきが、尾よる打撃が、龍の肉体を生かした様々な物理攻撃の嵐が、アースに襲いかかる。
ただの殴打、ただのひっかき、ただの体当たり。
その一つ一つが、必殺の威力。
肉体に優れた龍に、特別な力は不要とばかりに叩き込まれる連続攻撃。
アースも、カウンターに爪撃や尾による打撃を放つが、まるで効いていない。
既に、ファーブニルもそのことに気付き、アースの攻撃などお構いなしにこちらを攻撃してくる。
『くっ………』
その余りの猛攻に、たまらずアースはファーブニルから距離を取る。
追撃は来ない。
ファーブニルはじっとアースの事を見つめていた。
『ハァ……ハァ……』
「……私ヲ受ケ入レル気ニナッタカ?」
『………冗談』
「デハ、死ネ」
両手両足に魔力を込める。
武装化した手足は魔力を注ぎ込めば、注ぎ込むほどその性能を飛躍的に上げる。
その分、武装化していない生身の部分は悲鳴を上げるが、以前ヴァレッドと戦った時の経験から、アースは肉体に影響が出ないぎりぎりのラインを割出し、魔力を注いだ。
ぐっと足に力を込める。
跳躍。
素早く、ファーブニルの背後に回り込む。
―――が、ぐるんとファーブニルは後ろを向く。
――嘘だろ、このスピードに目で追いつくのか!?
信じられない表情を浮かべる。
だが、驚きはそれだけでは収まらなかった。
ズドン!と背中に衝撃が走った。
背後に回ったはずなのに、背後から浴びせられる奇襲。
激しい痛みが走る。
『がっ……なに……が?』
後ろを向く。
そこには、壁を突き破って現れる無数の魔物達が居た。
『――――なっ!?』
アースは思わず目を見張る。
一体一体が強大な力を持つファーブニルの魔物達。
それが、気配を殺して壁の中に潜んでいた。
奇しくも、それは以前アースがヴァレッドに対して使った戦術とそっくり同じものだった。
皆一様に紅い目をこちらに向け、敵意をみなぎらせている。
炎が、触手が、岩が、氷が、雷撃が、無数の攻撃がアースに向かって放たれる。
『おいおい、主が居るのにお構いなしかよ!?』
だが、直ぐにその考えは間違いだったと気付く。
その攻撃の嵐が迫っているのもかかわらず、ファーブニルはアースに噛みついてきた。
最硬の龍にとって、あの程度の攻撃など、気を逸らすための目くらまし程度だという事だ。
同時に、着弾。
爆音によってかき消された、グチャリと言う何かをかみ砕く音。
ファーブニルが、眷属による攻撃の嵐の中、アースの右腕に噛みついたのだ。
『ぐああああああああああああああああああああ!!』
アースの叫び声が木霊する。
必死の思いで、ファーブニルを腕から引き剥がし、魔物達とも距離を取る。
『ハァ……ハァ……』
―――厄介だ。
ファーブニルは強い。
個体そのものの強さもさることながら、コイツの強みはそこじゃない。
自身の強さだけに頼らず、驕らず、自分の持つカード全てを切ることが出来る。仲間も、ダンジョンのトラップも、何もかもを駆使してアースを仕留めようとして来る。
壁から湧き出た魔物達は、ファーブニルの傍に移動する。
数十体は下らないだろう。
その中には、アースがこのダンジョンに来た時に出会ったキメラの様な巨大な魔物もいる。
「殺セ」
無慈悲なファーブニルの号令と共に、魔物達が襲いかかる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
アースは必死の形相でブレスを放つ。
ズズン!という鈍い音が響く。
魔力の波にのまれ、魔物達が吹き飛ばされる。
その余波で再び壁や天井が壊れ、崩壊してゆく
『ハァ……ハァ……ガハッ!』
口から血を吐き、虚ろな眼で、魔力感知を発動させる。
マズイな………。
魔物はだいぶ消し飛ばしたのに、次から次へと湧いてきやがる。
それに、ファーブニル自身は、相変わらず無傷。
薬+武装化でもこの有様。
『………本格的にマズイかもな』
はは、という乾いた笑い声が出た。
そして―――。
そのボロボロになって戦っている様子を、道外しの少女はじっと見ていた。
その光景が理解できなかった。
どうして、こんなことになっている?
どうして、二人は闘っているのだと?
疑問符ばかりが頭を駆け巡る。
私はこんなこと望んでいない。
私はこんなことの為に頑張ったんじゃない。
だって、私は―――。
「どうして……?」
ぽつりと、声がこぼれた。
『ハァ……ハァ………ん?』
アースは自分のすぐ下を見る。
道外しの少女が居た。
おそらく、転移を使って懐に入り込んだのだろう。
ファーブニルや魔物達はまだ動かない。
こちらの出方を待っているのだろう。
「どうして……」
『なにがだ?』
「お父さんは、どうしてそこまでして、ファルと戦うの?ファルの望み通り……器として、迷宮核を受け入れれば、そんなに傷つく事なんて無かったのに……」
『…………』
「なんで、ファーブニルの願いを聞いてくれないの!ファルが命を懸けた……ファルの最後のお願いんだよ!なんでよ!なんで叶えてくれないの!叶えてよ!ファルのお願いを叶えて!」
叫んだ。
心の底から、声を出して叫んでいた。
でも。
『…………だったら、何でお前は泣いてるんだよ?』
「……………………………え?」
言われて、初めて彼女は、頬を伝う雫に気付く。
「……え?……あれっ?なんで……?」
その光景にアースは目を細める。
『嫌なんだろ?』
「え?」
『本当は、死なせたくないんだろ?助けたいんだろ、ファーブニルを』
傷つかないように優しく、武装化した手で、彼女の頭をなでる。
柔らかな髪質は、武装化した手でもしっかりと伝わった。
『誤魔化したって駄目だ。魔力の回廊を通じて、お前の思いが俺の中に流れ込んできてるからな。死なせたくない、こんな事したくないって、思いが流れ込んできた』
「あ……う……」
そこで、アースは少しだけ声の張りを強くする。
きちんと、道外しの少女に響くように。
『だったら、妥協なんかしちゃダメだ。あがいてあがいて、最後まであがかなきゃ手に入るものも、手に入らない。だから、俺達をここに呼んだんだろ?殺す為なんかじゃない。ファーブニルをどうにか助けてほしくて、俺達をここに呼んだんだ!』
「ちがっ……私は、ファルをころして……だって……みんなの、ファルの望みを……」
嗚咽の混じった声で、道外しの少女は必死に叫ぶ。
「私は……わだしは!……ひっぐ……。だっで、ブァルが、言ったんだもん、ごろしでって!だがら、わだしは………!」
ぎゅっと、道外しの少女は俺の腕をつかむ。
「やだよう……ファルがじんじゃうなんでやだよぅ。友達なんだもん。やっど出来だどもだちなんだもん!……私のごえを聞いでくれる。話しかけでくでる。一緒にいでぐれる……ともだぢなんだもん……!」
そして、彼女は言った。
「だすげてよ……」
はっきりと。
涙と鼻水にまみれて前髪が顔にぴったり張り付いて、それでも、はっきりと言った。
彼女の本当の望みを。
「ファルを………ファルをだすけて!助けでよ!!お父ざんっ!ファルが死んじゃうなんでぜったいやだぁ!」
聞いた。
彼女の本音を。
『――――ああ』
だから、アースは頷く。
少女の、自分の眷属の本当の望みを聞いたから。
『ふぅー……』
そして、現状を再確認する。
ほぼ無傷のファーブニル。
次々に現れるダンジョンの魔物達。
ボロボロの自分。
絶体絶命。
これ以上ないくらいくそったれな状況だ。
認めよう。
悔しいけど、ファーブニルは強い。
弱体化していても、寿命が尽きかけようとしていても、それでも今の俺よりも、何倍も強い。
せめて、こちらも成体だったならば話は違ってだろう。
でも、そんなたらればに意味は無い。
だったら――――こっちも最後の“切り札”を使う。
“錬金”を発動させる。
メキメキメキと体が、組み変わってゆく。
アースはエリベルに言われたことを思い出していた。
―――いい、アース。もしこれから先、“武装化”を使う場面になっても、手足以上を“武装化”するのは止めなさい。
―――でないと、“戻れなく”なる。『戻るぜX!』はアンタの肉体と、魔術によって改造された肉体を明確に線引きすることで、その効果を発揮しているの。
―――つまり、“武装化”が進めば進むほど、その効果は薄くなってくる。アンタの元の肉体と武装化した肉体の区別が曖昧になってくるから。
―――もし、仮に全身を“武装化”なんてさせたら、もう後戻りはできないわ。飛躍的に戦闘力は上がるけど、そうなったら私でも戻せるかどうかわからない。もし、手足の“武装化”で太刀打ちできない相手に出会ったら迷わず逃げなさい。
―――いい、約束だからね。
…………ごめんな、エリベル。
約束、護れそうにないわ………。
『――――“全身武装化”ッ!』
俺は全身に錬金を使う。
肉体が組み替えられてゆく。
隅から隅まで。
頭から尻尾の先まで、俺の全身が変わってゆく。
“完全武装”。
時間にして、一秒にも満たないうちに、俺の肉体は無機質な甲殻に覆われた。
ファーブニル以上に金属質な鎧の龍へと。
煙が晴れる。
ファーブニルと、魔物の姿がハッキリと見える。
俺のその変貌に驚いたファーブニルの動きが一瞬止まった。
その隙を見逃す俺ではない。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
爆発的に加速した身体能力を駆使して跳躍。
一瞬にして距離を詰め、ファーブニルを殴りつける。
「――――ッッッ!?」
ビキビキとファーブニルの鱗にひびが入る。
初めての、目に見える明確なダメージ。
ファーブニルも、いや迷宮核も驚いている。
「馬鹿ナ……」
一体なぜ?そう言いたげな表情だ。
この状況で、なぜ自分を受け入れない?
なぜ、逃げない?
なぜ、諦めない、絶望しない?
『―――するわけ無いだろう』
俺は主人公じゃない。
主人公にはなれない。
でも、“主”なんだ。
逃げるわけにはいかない。
諦めるわけにはいけない。
絶望するわけにはいかない。
普段はどうしようもなく、馬鹿でだらしない俺だけどさ。
眷属が泣かされたら、そいつをぶん殴ってやるのが主の役目だろう?
だから、少しくらいは、恰好つけさせてくれ。




