11.変態終末期とスライム同士の激闘
ある意味今までで一番大変だった。
ファーブニル第六十八層階下に向かう通路の傍にて―――
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ふぉっふぉっふぉ、お待ちなさ~いトレスた~ん~」
トレスは全力で逃げ回っていた。
それはもう、なりふり構わぬ全力疾走だ。
陸上選手も真っ青の綺麗なフォームだ。
あれからいろいろ試した。
最大強化した『極日線』に、エリベルから教えてもらった他の火属性魔法、劣化版聖剣・レヴァーティンによる斬撃等々、あらゆる攻撃方法を試したのだが、目の前の変態はけろりとしていた。
何で死なないの?
何で燃えないの?
理解不能だ。意味が分からない。
まるで、この老人だけ別次元に生きてるんじゃないかと思うくらいの理不尽加減だ。
精神ががりがり削られる。
心が折れる。
もう、泣きそうだ。
いや、泣いたら駄目だ。
泣いたらむしろ、この変態をかえって喜ばせてしまいそうな気がする。
だってこの変態、エリベルと同じ匂いがする。
主に変質者としての。
だって、以前魔術の練習で上手くいかずに、ぐずって泣いた時のエリベルの歓喜っぷりっといったら、今でも鳥肌が立つくらいだ。
『うっひょう!トレスちゃんの涙キター!私が拭いてあげるわ!ペロって舌で!直で!』
『やーっ!!!』
そう言って襲いかかってきた。
アレは無い。アレは気持ち悪すぎる。
トラウマものだ。
悪夢以外の何ものでもない。
魔術を教えてくれるって事で油断していた。
やっぱり変態は変態だったのだ。
服に手がかかる寸前で、偶然通りかかったドスが将級風魔術でぶっ飛ばしてくれなかったらどうなっていた事か。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
とりあえずは現状の問題だ。
「うー、来るなぁ!へんたい!―――赤き炎よ!その曇りを持って我が敵を妨げよ!“赤煙”!」
ぼふんと、オーテルの眼前に赤い煙が出現する。
火属性初級魔術『赤煙』。
まあ、要するに目くらましだ。
「ふぉっふぉっふぉ、効きません!効きませんぞぉっ!」
ぼふんと、煙の中から、迷いなくトレスの方へ向かって来る変態紳士。
なんでこっちの位置が正確にわかるんだよ!?
既に、階層主のいるフロアを離れ、ダンジョン内を縦横無尽に走り回っているのだが、この老人は完全にトレスをロックオンして離さない。
死ねよホントもう。
「うぅ……どうすれば良いのー……」
トレスは考えるのが苦手だ。
敵は燃やす、殺す。シンプル。
でも、この変態は燃えもしないし、死にもしない。
厄介この上ない。
相性が最悪だ。性格的にも、戦術的にも。
というか、この変態は一体どんな魔物なのだ?
それが分かれば、まだしも反撃の糸口がつかめるかもしれないが、トレスは考えるのが苦手だった。
「うぅ……お父ーさん……ぷるるぅー……」
やばい、本格的に泣きそうになってきた。
耐えろ、耐えろ、耐えろ。
泣いたらあの変態を喜ばせるだけだ。
それと、ここはどこだろうか?
走り回っている内に、かなり下まで降りてきた気がする。
そう考えていると分かれ道に出た。
右と左、どちらへ行けばいいのだろう。
いや、迷ってる暇はない!後ろは変態デッドエンド。
進むしかない。
「と、とりあえず右の方に―――」
右へ曲がろうとした―――その瞬間だった、
「ふぉっふぉっふぉ、トレスた~ん。鬼ごっこは終わりですかな?」
へんたい が まわりこんでいた!
にげられない!
「いぎゃあああああああああああっ!?」
行く手を遮って、頬を紅潮させた変態と言う名の犯罪者正規軍が待機していた。
もう追いついてきた。
ていうか、回り込まれた。
どういうスピードしてるんだ、この変態は!?
「さあ、トレスたん、一緒に―――」
ぞぞぞ、という背筋の怖気と共に緊急回避。
仕方なく、左へ曲がる。
もうこれは仕方が無い。反射行動だ。
「いやああああああああああああああああああああっ!」
トレスは叫ぶ。
もう、思いっきり叫ぶ。
多分、今まで生きてきた中で一番叫んでる。
こうなったらとことん逃げ切ってやる。
そう決めて、トレスは逃亡を再開した。
父であるアースを助ける事や、アン達と合流することを忘れている訳ではないが、この状況では致し方ない。
だって、へんたいこわい。ふぇぇ……。
その後ろ姿をオーテルは愛おしげに見つめる。
だが一瞬。
その表情は真剣なものへと変わる。
「ふむ……今までのやり取りで確信しました。やはり―――」
キラリと、オーテルのモノクルが光る。
やや乱れたシルクハットのズレを直す。
どこまでも、真剣な表情。
荘厳な表情のままオーテルは断言する。
「トレスたんは―――――ブラをつけていませんな!!」
くわっ!と目を見開いて、確信する。
あ、ちなみにこの世界にはブラやドロワーズなどの下着は存在します。念のため。
「移動中の衣服のズレ、屈んだ時の隙間から見える肌色、そして服の上からの浮かびあがるかすかなアレ、匂い、間違いありませんな……」
ふんふんと荒くなる鼻息。
あぁ、やはり幼女は良い。最高だ。
その花開く前のつぼみを、後ろから愛でつつ、追いかけまわす。
し・ふ・く。
「おぅっふ……思わず鼻血がででじまいまじだ……」
どこからともなく取り出したハンカチで鼻を拭く。
いけない、いけない。
紳士にあるまじき失態だ。
常に真摯に、興奮は内側に、外面は冷静に、妄想は脳内に、常に余裕をもって優雅たれ。
それが、幼女を愛する者の心意気、姿勢、誇り。
さあ、追いかけっこ(という名の犯罪)の再開だ。
「ふぉっふぉっふぉ早くしないと―――」
そう言って、トレスを追いかけようとする。
―――――ドクン。
「………っ、早くしないと、本当に捕まえてしまいますぞー」
一瞬の違和感。
だが、そんな事はおくびも出さず、頬を紅潮させながら、オーテルは追いかけっこを再開した。
「いやあああああああっ!!来るなーへんたいー!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉおおおおおおおおお」
極日線が頬をかすめるが、問題ない。
この調子で行けば、十分に“間に合う”。
さあ、楽しい楽しい追いかけっこを続けよう。
ファーブニル第七十層『鋼液の間』にて―――
スライム同士の激闘は激しさを増していた。
「ぷるううううううううう!!」←リュング。
「ぷうううううううううう!!」←ぷるる。
ぺちんぺちん!←スライム同士の触手を弾く音。
グキャッ!ブチブチブチ!←巻き込まれて死んだ魔物の音。
「ぷるっ!」←リュング
ベチンッ!ゴシャアアアアアアッ!←触手を弾いて壁が砕ける音。
ベチャッ!メキッ。←巻き込まれて死んだ魔物の音。
「ぷぅぅうううう!!」←ぷるる
ジュウウウウウウッ!←酸液でフロア全体と巻き込まれた(以下略)を溶かす音。
「ぷ!?ぷぅ……ぷるるううううううう!」←リュング
ビキビキビキビキ!!!←硬化を使い、自身の硬質化を促す音。
「ぷっ!?ぷ、ぷぅ!ぷうううううううううううう!!!」←ぷるる
「ぷっぷっぷー!ぷるぅ~?」←リュング。
「ぷ、ぷううううううううううううううううううう!!!!!!」←ぷるる
ボコボコボコ!!ズガシャアアアアアアア←巨大化して爆発を起こす音。
―――巻き込まれて以下略。
「――――っ!!………ぷるぅ!」←リュング。
「ぷ!?ぷ、ぷー?」←ぷるる。
「ぷっぷっぷー。ぷるー、ぷるぷー」←リュング。
「ぷ、ぷぅぅぅううううううう!!!」←ぷるる
ぺちんぺちんぺちん←数万本の触手同士が弾きあう音。
ズガガガガガ!←なんかが砕ける音。
ズドンッ!←なんかが貫通した音。
バキバキバキ!!←なんかが以下略。
ギャアアアアアアアアアッ!!←巻き込まれた魔物の悲鳴A。
ギッシャアアアアアアアア!!←巻き込まれた魔物の悲鳴B。
ォォオオオオオオオオオ―――。←巻き込まれた魔物の悲鳴C。
―――以下省略。
――以下略。
―以下……。
「ぷぁっ!?……ぷぅー……ぷぅー……ぷぅー……」←リュング
たらり←冷や汗とかかくときの効果音。
「ぷるー!ぷるぷー!」←ぷるる
シュッシュッ。←触手をシャドーボクシングみたいにやるアレ。
「………………ぷ」←リュング
「ぷぅ?」←ぷるる
「ぷるぷー……ぷう?」←リュング
「ぷうー?――――ぷるる!」←ぷるる
「ぷるる……。ぷぷーぷー!」←リュング
「ぷぅ!?…………ぷぅ」←ぷるる
コクリ←頷くときの音。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………←突撃とかの時に良くあるアレ。
「…………ぷ?」←リュング
「………ぷうっ!」←ぷるる
「「ぷううううううううううううううううううう!!」」←ぷるる・リュング
カッ!!!!
ゴシャアアアアアアアアアアアッッッ!!!
巻き込まれて――以下略。
巻き込ま――以下
巻き――以下……。
死体。
…………………………………。
…………………………。
……………。
「ぷー……ぷー……」←リュング。
「ぷぅー……ぷぅー……」←ぷるる
「……………」←リュング。
すっ。 ←触手が差し出される音。
「ぷ……!?」←ぷるる
「ぷ……ぷるぷー!?ぷ、ぷぷー!ぷるー!」←リュング。
「…………ぷうー!」←ぷるる
ガシッ!←触手同士が手を取り合った音。
――――決着がついた。
こうして、スライム同士の激しい戦いに終止符が打たれた。
何もかもが破壊され、何百匹という魔物の屍の上で、二匹のスライムは笑いあう。
そこに居たのは、ダンジョンの、眷属の垣根を越え、手を取り合う二匹のスライムだった。
せめて喋ってる事訳せよとか、もっと状況きちんと描写しろよとか、適当すぎんだろ、という突っ込みを入れる者は誰もいない。
だって、此処には彼女たち以外誰もいないのだから。
ファーブニル第七十層『鋼液の間』―――
勝者 ぷるる&リュング
被害者 巻き込まれたダンジョンの魔物達
手抜きじゃない。
次回はアンさん。




