10.賢者(笑)→賢者
ちょっと長め。
久々のまともな戦闘……かな?
―――アイレン峠の虐殺。
ロブンと言う“少年”を語るのであれば、一番ふさわしいエピソードがソレだろう。
それは今から四百年前にあった物語だ。
あらすじは、ごくありふれた物語。
たった一人の少女を救うために、少年が奮闘する。
相手は千を超える魔物の大軍、味方は自分を含めわずか数人。
援軍は皆無。
それでも、少年は立ち向かう。
彼には魔術師としての破格の才能があった。
そして、共に戦ってくれる仲間がいた。
どこか抜けている甲冑の騎士、普段はふざけているが誰よりも仲間思いの老人。
子供のころから一緒に居た小さなスライム。
そして―――彼のパートナーであり、最大の理解者であった黄金の龍。
親友と共に、少年は闘った。
結果的に彼は少女を救った。
大量の魔物を殺し、その屍の上で、彼は勝利を築いた。
血まみれの自分に、それでもありがとうと少女に笑いかけられて、少年は確信する。
自分が正しい事をしたんだと。
世の中には正義と悪があって、自分たちは正しい事をしていると、そう思っていた。
そして―――彼は、簡単に裏切られた。
理由は何だったか、もう思い出せない。
でも、きっとそれもありふれた理由だったと思う。
気づけば、彼は仲間と共に、かつて共に過ごした者達に囲まれ、殺されかけた。
裏切られ、絶望し、気付けば彼は死人になっていた。
そして、数百年の時を、彼はダンジョンの階層主として過ごした。
自分の階層までやってくる人間は皆無だったが、それでも、何人もの人間が上層でダンジョンへ挑み、死んでゆくのを彼は感じていた。
立場が変われば、見方も変わる。
あれ程守ろうと思っていた人たちが敵になった。
あれ程殺そうと憎んでいた魔物が味方になった。
何が正しかったんだろう?
何が間違っていたんだろう?
数百年の時を経ても――――答えは出ない。
――――――馬鹿じゃないの?
そんな彼に、答えが出せない彼に―――その骸骨は、そう言った。
簡単に。
彼女は答えを出した。
ファーブニル第九十層『死皇の間』にて―――
ボコボコとロブンの周囲から熔岩がわき出てくる。
千度を超える高温。
大気が揺らめき、圧倒的な熱量を伴った魔力のうねりが空間を支配する。
その光景をエリベルは涼しげに観察していた。
「へぇ……複合属性術式。使える奴を見たのは久々ね」
「大して驚かないのだな」
「そりゃね。魔術の基本属性は四種類……でも、それはあくまで基本にすぎないからね。四大属性である、火、水、土、風。この四つは独立しているけど、互いに干渉力を持っているわ。例えば、水を土に混ぜて泥を操る事で、水に間接的に土の属性を付与させたり、大気摩擦を起こして風に火の属性を付与したりって具合にね」
でも、とエリベルは言う。
「実際に、そこに気付ける魔術師は極端に少ない。誰もが自分の持つ単一属性を極める事だけに躍起になってしまう。新たな可能性にも、気付かずにね。その点で言えば、貴方は十分及第点。立派な“魔術師”よ」
ぱちぱちと、拍手を送る。
それは、エリベルにとって掛け値なしの称賛だった。
ともすれば、見下されている様な発言にもかかわらず、ロブンは不思議と怒りの感情は沸かなかった。
「不思議な人だな。本当にあなたは何者だ?僕のこの最大術式を前にしても、貴方の魔力には微塵の揺らぎも感じられない」
「言ったでしょう、私は―――“賢者”よ」
「はっ、そりゃすごい」
直後、土石流の如きうねりを伴って、大量の熔岩がエリベルに襲い掛かった。
圧倒的な熱量と質量。
飲み込まれれば間違いなく、エリベルは蒸発するだろう。
「氷結結界!」
周囲に氷による結界を構築。
両者の激突により、大量の蒸気が発生し、水蒸気爆発が起こる。
「それで、終わりか!」
ロブンの声。
彼は手に持った大鎌を振り上げる。
それに合わせる様に、大量の熔岩が、まるで飴細工のように形を変え、広間の一角へ向けて襲い掛かる。
たとえ蒸気に紛れてその姿が見えなくても、彼らには関係ない。
魔力感知による索敵が、エリベルの位置を明確に教えてくれる。
「―――ちっ!」
瞬間的に、風と水による防御を展開するエリベル。
瞬間発生した渦潮の如き竜巻が熔岩から彼女を守る。
だが―――
「出力不足だ!」
ゴバァァァッ!!と水と風の壁が食い破られる。
込められた魔力量の違い。
災害指定種と将級指定種の差が如実に表れる。
「―――熱風壁ッ!」
結界が食い破られた瞬間、エリベルは再び障壁を展開する。
今度は火と風の混合術式だ。
「そんな風で、僕の術式を防げるものか!」
「防ぐつもりなんてないわよ!」
瞬間、ロブンは気付く。
相手の障壁の歪さに。
―――魔力量が一定に展開されていない?どういう事だ?
その理由を直ぐに理解する。
障壁に、彼の熔岩が当たった瞬間、結界は砕ける。
同時に、彼の操る熔岩は大幅に軌道をずらされた。
歪に構築された結界によって、破る際の力が不規則に掛かってしまったのだ。
「……っ!これが狙いか!」
熔岩は本来の軌道から大きく外れ、エリベルはその空いた隙間から悠々と抜け出す。
「そんな馬鹿でかい術式に真っ向から立ち向かうなんてしないわよ。“生前”の私ならともかく、現在の私はせいぜい将級程度の魔力量しかないんだからね!」
着地と同時に、攻撃術式を展開。
「千群氷柱!」
氷のつぶてが、ロブンに向かって放たれる。
一発一発の威力は大したことは無いが、数が多い。
彼は前方に熔岩による障壁を展開し、これを防ぐ。
ジュウジュウと音を立てて、全ての氷柱が蒸発した。
「そんな数に頼った攻撃など無意味だ!」
障壁を展開しつつ、新たな熔岩を構築。
新たな熔岩がエリベルへと襲い掛かる。
「三頭水蛇―――っ!?」
すぐさま、迎撃術式を構築するが、足りない。
魔力が。
瞬間的に構築した魔術はせいぜい上級程度。
ジュウウウウウウウウッッ!!!
水の蛇は、すぐさま食い破られ、そのままエリベルへと殺到する。
「―――ちっ!」
全てを躱しきれない。
白いローブには焦げ目がつき、骨しかない右腕に僅かに黒ずむ。
「風圧!」
瞬間的に自分自身に風魔術を当てる。
その反動で、一気に熔岩の渦から離脱する。
ダメージは喰らったが、何とか直撃は免れた。
「ふぅー……」
距離を取って一息。
「手詰まりか?」
熔岩の障壁を解き、ロブンが姿を現す。
「確かにあなたの術式の多彩さ、精度は、僕の出会った魔術師の中では最も優れている。でも、それだけに残念だ。もし、貴方が僕と同格の階級であったなら、もっといい勝負ができただろうに……」
轟っ!とロブンの周囲に、さらに大量の熔岩が出現する。
この期に及んでまだ増えんのかい、とエリベルは毒ずく。
災害指定種だと思っていたが、魔力量だけなら、その中でもトップクラスだ。
「さあ、見せてくれ。貴方の強さの全てを。僕が捨てきれない“甘さ”を下らないと一蹴して見せた貴方の強さを、もっと……もっと―――っ!」
ボゴボゴボゴボゴボゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
更に質量を増す熔岩の軍勢。
今度は躱しきれない。
障壁を展開しようとも、速力をあげて逃げ切ろうとも、それよりも早く熔岩の渦はエリベルを飲み込むだろう。
絶体絶命。
全く、とエリベルは溜息をつく。
「アンタが、何にそんなに拘ってるかは知ったこっちゃないけど……」
エリベルは杖を構える。
周囲に出現するいくつもの魔術陣。
「――――悪いけど、勝つのは私よ」
なぜなら、準備は整ったからだ。
青白い魔術陣は瞬時に広がり、エリベルだけでなく、フロア全体を埋め尽くす。
それは、デス・ロードであるロブンですら、見たことが無い文様だった。
「――――なんだっ!?これは、一体!?」
ロブンの驚きなど気にせず、エリベルは“詠唱”を開始する
「―――“天地乖離す明星ノ理”、“七夜の果て十二の神々は国を興す”」
「―――詠唱!?」
この一瞬を争う魔術戦の中で、時間のかかる詠唱を行う。
ロブンはその意味を完全に理解した。
つまりは、切り札。
詠唱を破棄して、魔術を発動できる彼らにとって、わざわざ詠唱をしなくてはならない程の極大魔術の行使。
「―――“動かざるは至天の理”、“離れざるは辺獄の念”」
展開される魔術陣の輝きが増す。
まるで、それは星々の様にフロア全体を輝きで満たしてゆく。
「………そうか、それが貴方の切り札なんだね」
成らばすべきことは、決まっている。
こちらも、極大の魔術を持って、打ち破るのみ。
ボコボコと現れる熔岩が彼の身に集まってゆく。
そして、それは一匹の巨大な巨人となった。
「―――“ムスペルヘイム”」
攻防一体の極大魔術。
ロブンの切り札。
法王級の更に上。聖王級魔術。
そして―――
「―――“新たな理を持って、我はこの世界の嘆きを救う”」
巨人となったロブンの拳が、エリベルに放たれる。
当たれば確実に蒸発してしまう程の破壊力。
だが、
「―――私の勝ち。禁術“聖域干渉”発動」
エリベルはぱちんと指を鳴らす。
その瞬間、エリベルに向かっていた巨人の拳が消滅した。
「――――なっ!?」
信じられないモノを見る様にロブンは、目の前の光景に絶句する。
それだけではない。
次々と、自分を覆っていた熔岩の鎧が、まるで氷の様に溶けて消滅してゆく。
「これは……一体……っ!?」
数秒も掛からない内に、ロブンは元の姿へと戻ってゆく。
そして、気付く。
自分の中に、フロア全体に、得体のしれない感覚が渦巻いている。
「解析に大分時間が掛かったわね。まあ、それでも、何とかなったからいいか。詠唱を終える前に、さっさとケリをつけるべきだったわね。………もう、アンタに勝ち目はないわよ」
ぼりぼりと、頭皮の無い頭を掻きながらエリベルは言う。
「くっ……千轟火球!」
ロブンハ素早く術式を構築し、反撃を行おうとする。
だが、
「な、なぜだ!?なぜ魔術が発動しない!」
魔術を発動させようとしても一切発動しないのだ。
自身の魔術回廊は正常に作動している。
魔力の動きも感じられる。
にも関わらず、その魔力が魔術という現象となって現れない。
「発動してるわよ、ほら」
エリベルがそう言った瞬間、彼の周りに無数の火球が出現し、その全てが爆発した。
「―――なっ!?ぐあああああああああ!」
回避もままならず、彼は全身にその爆発を浴びる。
「がはっ…………何だ!?貴方は一体何をした!?」
煤だらけの、ボロボロの体になりながら、ロブンはエリベルに問う。
「別に……大したことじゃないわ。ただ、アンタの魔力と魔力回路を解析して、その干渉権と支配権を私に移すようにアンタの体の仕組みを組み替えただけよ」
「なん……だって……?」
その言葉に今度こそロブンは言葉を失った。
自身の魔力と、その発動を相手に支配されるなどと、信じられる筈が無い。
「複合属性の干渉作用。そこに気付き、その術式をくみ上げたのは流石だけど、その本質はその一歩先にあるのよ」
すっとエリベルは右手を突き出す。
それだけで、ロブンは十メートル以上吹き飛ばされた。
いや、正確には違う。
エリベルの魔力は感じられなかった。
彼が自分から後方へ吹き飛んだのだ。
――――これは、僕の術式!?
自分で魔術を発動させ、それを自分に向けて放った。
馬鹿みたいに聞こえるが、それが起こった事実だ。
そして、なにより信じられないのが、自分で魔術を発動させたという実感が無いのに、認識が出来てしまうという点だ。
そんな彼の戸惑いなど気にせず、エリベルは説明を続ける。
「属性や魔術の干渉作用は自身の術式だけにとどまらない。その本質は、“自分以外”の存在への干渉。建物であり、自然であり、そして敵対者自身。私はこれを“聖域干渉”って呼んでるけどね。その点で言えば、うちのウナちゃんはある意味、私達の中で一番魔術の本質に近い部分に居るかもね。まあ、水属性は他者への干渉力が一番強いからなんだけど………」
「馬鹿な!」
ロブンは力の限り叫んだ。
「たとえ、貴方がどれほどの力を持っていようとも、会ったばかりの僕の術式に介入し、あまつさえ、その支配権を奪い取るなんて出来る筈が無い!」
あり得ない。
ロブンはそう断言する。
エリベルの行った行為は、いうなれば、相手の肉体をバラバラに砕いて殺した後に、再び縫い直して、元通りの生きた状態に戻す行為に等しい。
それ故に、相手の全てが彼女の思うがまま。
それがどれだけあり得ない事か。
どれほど常軌を逸しているか。
同じく魔術師であるロブンにはよく理解できていた。
だからこそ、信じられる筈が無かった。
でも、
「何言ってるのよ?」
それこそ、なんてことの無い様にエリベルは言う。
「それが出来るから―――私は、“賢者”って呼ばれてるのよ?」
「――――っ」
絶句。
その余りの格の違いにロブンは魔術を発動させるのも忘れて、その場に立ち尽くした。
いや、そもそも魔力、魔術の支配権を相手に奪われている為、発動自体が出来ないのだが。
そして、“彼自身”の魔術が発動する。
彼自身の魔力によって。
「はい、おしまい」
ぱちん、とエリベルが骨だけの指を鳴らす。
直後、数百の魔術の奔流がロブンを飲み込んだ。
「ぐあああああああああああっ!!!」
その全てが、彼自身の魔力の暴発によるもの―――いわば自爆だ。
「全く嫌になるわね。生前なら、この程度。詠唱も、長ったらしい解析もせずに、即興で出来たっていうのに……」
ボロボロになった階層主を眺めながら、エリベルはそう呟いた。
「――――ははっ、完敗だな」
「ん、生きてたの?」
なんてことの無い様に、エリベルはロブンの方を見る。
頭部は半分砕け、全身を形作る骨もボロボロだ。
それでも、彼は生きていた。
「ああ、生きてるよ。中途半端に歳を重ねてるせいかな。見た目よりも、ずっと丈夫な体なんだよ」
「へぇ……興味深いわね。この騒動が終わったら、解剖させてもらっていいかしら?」
「えっ!?か、解剖!?か、勘弁してくれないか?僕には階層主としての使命が―――」
そこまで言って、ロブンは、はっとなる。
自分は今何と言おうとした?
その戸惑いを、エリベルも感じ取ったのだろう。
少々不愉快そうに眼窩の炎が揺らめいた。
「………なによ、アンタ、引け目感じながらも、きっちり眷属としての誇りがあんじゃないのよ」
「あっ………」
「アンタが何に負い目を感じてるのかも、何を思って死人になったのかも、誰の為にダンジョンの眷属になったのかも、そんなの私は知らないし、知りたくもない。そんな事に、私は微塵も興味なんてないしね」
でも、とエリベルは言う。
「アンタが、ここまで生きてきた事にはきちんとした理由がある。意味がある。役目がある。考え続けなさいよ。悩み続けなさいよ。悩んで、考えて、苦しんで、後悔して、思考しなさいよ。それは、私達の義務であり、幸福なのよ」
考え続け、悩み続け、苦悩し続け、それで答えが出ずとも前に進む。
それこそが、心を、精神を持つ者の義務であり幸福。
それが、エリベルの考えであり、根幹。
「はっ、答えがあるかどうかも、分からないのに、悩み続けろか……。貴方は本当に、容赦がないね……肉体もボロボロで、その上精神面までボロボロだ」
ロブンは最初、エリベルの事を自分の価値観を吹き飛ばしてくれる主人公の様な存在だと期待した。
でも、違った。
そんな、生易しい存在じゃない。
もっともっと苦しんで、考え抜けと提言する悪魔のような存在だった。
でも、
「……それでも、僕は……貴方に出会えてよかった。こんな状態で言うのは癪だけど、貴方は本当に……魅力的な人だ……」
遥かな昔。
自分がまだ人間だった頃に、仲間と共にとった行動。
それによって、信じていた仲間に裏切られて、絶望して、それでも甘さを捨てきれなかった。
何が正しくて、何が間違っていたのか。
答えは出ない。
模範解答なんてないのかもしれない。
そもそも、答えなんてないのかもしれない。
それでも、彼は前に進むだろう。
―――あぁ、喜んでいいよ、ファル。この人達なら、きっとお前を………。
そして、ロブンは意識を失った。
それを眺めながら、エリベルは呟く。
「魅力的な人……ねぇ」
ふぅ、と溜息をつく。
「………あのバカも、少しくらいはそんな気の利いた言葉をくれないもんかしらね」
ボロボロになった天井を見上げながら、エリベルは不意にそんな事を思った。
ファーブニル第九十層『死皇の間』
―――勝者 エリベル・レーベンヘルツ
主人公以外が俺TUEEEEする作品。
それが、「地龍のダンジョン奮闘記!」
………あれ?おかしいな?どうしてこうなった?




