9.賢者と死皇
ファーブニル第九十層『死皇の間』にて―――
そのフロアには、凄まじい光景が広がっていた。
火、水、風、土。
凄まじいまでの魔術の応酬。
火球が飛び交い、豪風が舞い、津波が起こり、床が割れる。
あらゆる魔術が空間を埋め尽くしていた。
「千豪火球!」
「―――っ!千群氷柱!」
ロブンが百の火球を放てば、エリベルがその倍の氷玉で迎撃する。
かつて賢者と呼ばれたアーク・スケルトン。
死の皇と呼ばれるデス・ロード。
奇しくも、お互いに魔術を極めたもの同士。
魔術に理解が深いものであれば、固唾を吞んでその光景に魅入っただろう。
詠唱の介する余地はなく、まるで手足を振るうがごとく魔術が飛び交う。
魔術の極致とも呼べる、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
ズドン!ズガガガガッ!ゴキゴキグシャッ!
氷柱が溶け、火球が消える。
互いの魔術を相殺し合い、一瞬の静寂が訪れる。
土埃や蒸気がまじりあった煙の中から二人の死人が現れる。
黒いローブに大鎌を手にする、ファーブニル第九十層階層主ロブン。
白いローブと、身の丈ほどもある長い杖を構える、賢者エリベル・レーベンヘルツ。
力は互角………では、無い。
エリベルの方が押されている。
デス・ロードとアーク・スケルトン。
災害指定種と将級指定種。
その差が如実に表れていた。
かつては、全属性を霊王級まで極めた賢者と言えど、それは過去の話。
魔力の出力において、エリベルはロブンに圧倒的に劣っていた。
肉体的なスペックが違うのだ。
先ほどの魔術にしてもそうだ。ロブンの火球を相殺させるのに、エリベルはその倍の数の氷柱を必要とした。
それは、すなわち両者の魔力量、出力に大きな開きがあるという事だ。
「ふぅー……」
「どうした、もう息切れか、自称賢者よ?」
「ア゛ァ゛ッ!?随分カチンとくる物言いね?この、クソ髑髏が」
「いや、見た目はお互い様だろうに……」
見た目はお互いまるっきり同じだ。
そのままブーメランで自分に返ってくるとは考えないのだろうか?
「何言ってんのよ!?全っ然違うでしょうが!?アンタ、目ん玉ついてんの?その目は節穴かしら?歯並びに、白さ、造形、どれをとっても私の方が美しいわ!」
………鏡を見せた方が良いのだろうか?
ロブンの眼には、どう見ても同じ骸骨――せいぜい背格好が違うくらいか――が吠えているようにしか見えない。
だが、その余りに堂々とした物言いに、思わず「え、もしかして余の方が間違っているのか?」と思ってしまう、ロブン。
「………お互い、目玉など付いておらぬだろうに……」
「あ、そうだったわね」
………何なんだ、このアーク・スケルトンは?
悠久の時を生きてきたが、アンデッドになってもこれほど感情豊かな者を見るなど久方ぶりだった。
大抵の魔術師はアンデッドになった際、その負の属性につられ性格が陰鬱で、感情を削り取られるものが殆どだ。
実際、ロブンがこれまで出会った元人間のアンデッド達は等しく、その精神性を著しく欠いていた。
これほど、打てば響く相手も久方ぶりだった。
その為、ついその会話につられてしまう。
「―――しかし、驚いたぞ?まさか、余と同じ四重属性持ちだったとな。賢者を自称するだけの事はある」
自称じゃないんだけどね、とエリベルは呟く。
「………アンタこそね、まあデス・ロードとしては及第点って所かしらね」
エリベルはそう言いつつも、内心ではちょっと焦っていた。
魔術は基本四大属性と呼ばれる四つの属性がある。
火・水・土・風の四つだ。
大抵誰でもいずれかの属性を持ち、珍しいもので二重、稀に三重、そして極めて珍しいが、四大属性全てを扱えるものが存在する。
このデス・ロード―――ロブンは、その極めて珍しい全属性適応の魔術師だ。
そして、魔力量も高く、術式の精度も極めて高い。
確かに、強敵だ。
第九十層の階層主だけのことはある。
次の攻撃に備え、障壁を張ろうとするが、相手の魔力が穏やかであることに気付く。
「たかがアーク・スケルトンと侮っていたな。生前は、さぞ高名な術師であったのだろうな」
どうやら、相手は会話をするつもりらしい。
好都合だ。
「そう言う、アンタもね。まさか、こんなところで会えるなんて思わなかったわ『千魔技巧』さん」
「――――っ!」
それはかつてのロブンの二つ名だった。
人間だったころの正体を看破されロブンの眼窩の炎がかすかに揺らめく。
「………気付いていたのか?」
「ええ。これでも、歴史には詳しいのよ。これだけ情報がそろっていれば、そう難しくないわ。確か……四百年前だったかしらね。四重属性を持ちかつ、火と土、この二つを法王級まで極めた天才と言われた魔術師―――『千魔技巧』ロブン・フレイズ。有名だったわよ?何冊か本になってたし、劇も有名だったしね。ねぇ、あの劇の物語って事実だったの?正体を隠して亡国の御姫様を助けた挙句に、その告白を無視して去って行ったって話。私、アレ結構はまったのよねー」
「…………昔の話だ。それに、かの姫君には婚約者がいた。一介の魔術師風情が立ち入っていい事ではない」
「マジで!?じゃあ、事実な訳!?うっはー!凄いわね、アンタ!」
「別に凄くもない………」
「じゃあ、他の物語は?エルド荒野での災害指定種討伐の話とか、アイレン峠の虐殺とか、ボウフェーの対岸とかは?」
「………すべて事実だ。というか、良く知っておるな。三百年以上も昔の話だぞ?」
「ふふふ、私を舐めないでもらえるかしら。当時は、頻繁に劇を見に行ってたのよ(一人で)!その中でも、『千魔技巧』の話は有名だったわ。個人的に、歴史書とかでも調べたしね」
「………そ、そうか」
ちょっとひいた。
いくら、生前のこととはいえ、これ程詳しく自分の事を語られると、何と言うか妙な気分になる。
正直、むず痒い。
「でも、ある時突然失踪したって書物には書いてあったけど、まさか反転してファーブニルの階層主なんてしてるなんてね。意外だったわ。まあ、そのおかげで、こうして本人と会話が出来てるんだから、有り難い話だけどね」
「―――――っ!」
エリベルは何の気なしに言ったが、その瞬間、ロブンの纏う空気が変わった。
「……あれ、どうしたのよ?」
「………許せぬか?」
「何がよ?」
「………余は元人間だ。その元人間が魔物に、ダンジョンに、魔物に組することが、許せぬかと聞いておる」
どこか、自虐的な響きを含みながらロブンは言う。
突然、そんな事を問われエリベルは首をかしげる。
「何よ、アンタ。もしかして、魔物と手を組んでダンジョンの階層主なんてやってることに負い目を感じてるわけ?」
「…………」
沈黙。
それは肯定と同義だった。
「馬鹿じゃないの?」
「………何だと?」
何だ、そんな事か。
エリベルは、実にあっけらかんと言い放つ。
「別に人間がダンジョンに協力したって何がいけないっていうのよ?魔物と人間がセックスして混血が生まれる事だって、この世じゃいくらでもある“ありふれた事”でしょう?まさか、アンタそんな“小さい事”を気にしてるわけ?九十層なんて深層の階層主をしてるくせに?ばっかじゃないの?」
それを言えば、自分は協力どころか、率先して魔物と共にダンジョンを作っている元・人間の筆頭格だ。
そのエリベルからしてみれば、そんな些細なことを気にしているロブンの方が異常に見える。
「――――――っ」
ロブンは絶句した。
その価値観の有り様に、ロブンの眼窩の炎は大きく揺らめいた。
揺さぶられる。肉体ではなく、心が、精神が。
ロブンは確信する。
このアーク・スケルトンは持っているのだ。
数百年間、自分が悩み続けた答えを。
「………一つだけ、問いたい」
「何よ?」
「………君は人と魔物、どちらが正義だと思う?」
「そんなの知らないわよ。少なくとも、現実世界の勧善懲悪なんて、私は信じてないわ。争いなんて、主張の対立から起こるものだし……。あ、でも、私にとって一つだけ絶対的な悪が存在するわね」
「ほう……それは何だ?」
これ程の者が、悪と断言する存在とはなんだろうか?
「リア充」
断言。
アレはダメだ。
あれだけは許せない。
あの桃色の空気がどうしても許せない。
決して自分が生前結婚できなかったからとか、そう言う理由では断じてない。
ないったらない。
「………………は?」
思わず、ぽかんと口を大きく開けるロブン。
「―――クハッ……」
「ん?」
「クハハ、クハハハハハハハハ!!!」
爆笑。
ロブンは久方ぶりに大いに笑った。
腹に手を当て、思いっきり笑う。
「何がおかしいのかしら?」
「いや、何でもない。ただ納得しただけだ。理解したよ。あの少女は本当に、良い者達を選んでくれた………これならば、もう迷いなどない。余は……、いや僕は安心して使命を全うすることが出来る」
「?」
エリベルは首をかしげる。
この骸骨は何がそんなにおかしいのだろうか?
自分はただ、自分の考えを言っただけだというのに。
だが、まあどうでもいい事だ。些細な事だ。
なにせ――――たっぷり会話をしてくれたおかげで、こちらの準備も整った。
「格下だの、たかがアーク・スケルトン如きなどと言った事は訂正しよう。全力だ、僕の全身全霊を持って、貴方をもてなすとしよう………ぬぅぅん!」
言うないなや、ロブンの周囲にはドロッとした熔岩の塊が現れた。
その圧倒的な熱量は周囲の大気を歪ませ、まるで陽炎のようにロブンの体が揺らいで見える。
トレスの『極日線』に似ているが、感じる熱量は桁違いだ。
「へえ、“火”と“土”の掛け合わせね。中々の精度だわ」
その光景を驚くことなく、エリベルは観察する。
「成程、ここからが本番って訳ね……」
再び杖を構えるエリベル。
ここまではお互い小手調べ。
ここからが、魔術師の本当の戦いだ。
一話にまとめきれなかった……すいません。
ちなみに、ロブンの生前を一言で表すなら、無自覚系主人公です。
死ねクソ。




