8.たいへんなへんたい
タイトルどおりのおはなし
さて、アンが馬鹿な騎士と、エリベルがキャラ被りの骸骨と、ぷるるが同種族のスライムとそれぞれ戦いを始めていた頃―――
ファーブニル第六十層『紳士の間』にて―――
「うーん、みんなどこ行ったのかなぁ……」
とぼとぼと一人で歩きながら、トレスは周囲を見渡す。
転移門を潜ったら、みんなが居なかった。
絶対にみんなでお父―さんを見つけてやるんだ!と意気込んでいたのに、出鼻をくじかれた気分だ。
さみしいし、心細い。
その後、皆はどこだろうと、適当に歩いてる内にこの大広間に出たのだ。
がりがりと、地面や壁を棒(その辺で適当に拾った)で擦りながら、きょろきょろと辺りを見る。
「はぁ~……。どうしよう。ここがどこかも分かんないし、ドスお兄ーちゃんがいてくれたらなぁ……」
トレスは火力特化のゴーレム・ホムンクルスだ。
属性も火一つで、土や風といった感知に優れた属性は使えない。
皆とはぐれてしまった時には不便だ。
そもそも、トレスの能力自体、集団戦でこそ力を発揮するのだし。
「ぷるるー、アンさーん、みんなどこ行ったのー」
ナチュラルに探し声から省かれている某賢者。
「うー……どこぉ……」
「ふぉっふぉっふぉ、これは、これは可愛らしい侵入者ですなぁ……」
声がした。
トレスはそちらを見る。
すると、先ほどまで薄暗かった広間が、急に明るくなった。
思わず目を細めてしまうが、視線はそらさず声のした方を見る。
そこには燕尾服の老人が立っていた。
シルクハットにモノクルという、出で立ち。
確かハザン帝国ではこういう服装があったと、トレスは思った。
自分の着ているアオザイ風の衣装とはまた別のベクトルで珍しい衣装だ。
燕尾服の老人は、胸に手を当て優雅に一礼した。
「初めましてお嬢さん。私の名はオーテル。ファーブニル第六十層の階層主を務めております。以後、お見知りおきを………はぁ」
その礼儀正しい仕草に、思わずトレスも名乗りを上げる。
「えっと、私はトレスって言うんだよ。初めまして、階層主さん」
ぺこりと、トレスはお辞儀をする。
きちんと挨拶をしなさいと言う父であるアースの教えを守っているのだ。
ちなみに、今はトレスは仮面を被っていない。
正確には、横にずらして装着している。
縁日の少年たちが被るような格好だ。
その為、そのぎこちない笑顔が、老紳士の瞳に映り込んだ。
そして、なぜかトレスが名乗りを上げた次の瞬間燕尾服の老人は血を吐いた。
「ぐっはぁっ!!」
叫びながら、その場にうずくまる。
え、なに?とトレスの頭に疑問符が浮かぶ。
「え、ど、どうしたの、おじさん!?」
敵なのに、その余りに予想外の事態に、つい敵を心配するような発言をしてしまう。
燕尾服の老人は口元を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「………………良ぃ」
「は?」
「はぁはぁはぁ……。なんと可愛らしく、愛くるしく、愛おしげで愛すべき少女なのでしょうか。私、感動のあまり血を吐いてしまいました……はぁはぁはぁ」
「………へ?」
「トレスちゃん、と言いましたか?貴方は世界で最も重要なものとはなんだと思いますか?」
「へぁ?」
その余りに予想外な質問に、トレスは硬直してしまう。
だが、そこは子ども。
質問された事には素直に答えてしまう。
「えーっと………眷属かなー」
トレスにとって一番大切なもの。
それは眷属だ。
父であるアース、うっかり姉のウナに、頼れるお兄ちゃんのドス、その在り方に尊敬を抱くアンに、一応ぎりぎりでド変態のエリべル、大切な事を教えてくれたベルク等々。
トレスにとっては眷属こそが、この世で最も大切で重要なものだ。
ぶっちゃけ、それ以外はどうでもいい。
だが、
「違います!」
くわっとオーテルは目を見開く。
ものすごい気迫だ。
思わず、トレスはたじろいだ。
「え……、ち、違うのー?」
冷や汗をかきながら、トレスはオーテルに質問する。
家族以上に大切なものなど、この世にあるのだろうか?
少しだけ、トレスは彼の答に興味を持った。
すると、オーテルは待ってましたと言わんばかりに両腕を広げた。
「この世で最も重要で大切なもの――――それは幼女です!!」
「―――――は?」
直立不動のまま、オーテルは宣言する。
どーん!と背中にそんな効果音が見えるようだ。
はぁはぁと息を荒げて、オーテルはトレスを見る。
心なしか、先ほどよりも血色がいい。
否、気持ち悪い。
鳥肌が立った。
「幼女!それこそが、この世界で最も重要で大切なもの!!愛くるしいその姿、キュンとする仕草・表情、穢れを知らぬ無垢な瞳に未発達なツルぺたボディー!どれをとっても、素晴らしいことこの上ない!これ以上に重要な事などあるでしょうか、答えは否!!!!」
「…………」
「この世の至高であり究極!それが幼女―――つまり、貴方の事ですよ、トレスたん♪」
やばい、気持ち悪い。
思わずトレスは吐き気がした。
ヤバい。なんだか良く分からないが、この人はヤバい。
胸のむかむかを必死に押さえつける。
なんとなく、この老人は似ている。
自分のダンジョンに居る某変態賢者に。
「つきましてはトレスたん。とりあえず、私と一緒にお風呂に入りませんか?」
とりあえずの使い方がおかしい。
あ、無理だ、これ。
「やっ!」
即決。
次いで、トレスの周囲に無数の光球が出現する。
とりあえず、身の危険を感じたトレスは躊躇なく『極日線』をぶっ放した。
「む……?」
光球から放たれる無数の熱戦。
それらは全て、寸分たがわず目の前の変態と言う名の老紳士に撃ち込まれた。
ズドドドドドドドッッッ!!!
轟音と爆風。
もうもうと立ち込める土煙。
死ね。消えろ。
「ふー!ふー!」
息荒げに、警戒を怠らずに前を見る。
これほど死を願った敵は、あの赤毛の女冒険者以来かも知れない。
だが―――。
「イイッ!実にゥイイッ!美幼女から発せられる愛の籠った熱!!!嗚呼、私は今日という日に感謝をします!幼女最高おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
なんか叫びながら燕尾服の老人は無傷で現れた。
いや、無傷ではないのか?
その鼻からは、一筋の血が―――鼻血が流れている。
多分、『極日線』のダメージじゃない。本人の興奮作用によるものだ。
変態だ。
大変な変態だ。
「やーっ!!!」
絶対的拒絶。
この老人は近づけてはいけない。
絶対に。
ズドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!
とりあえず、先ほどの五倍の『極日線』を打ち込む。
なんというか、さっさと消毒してしまいたいという使命感に狩られたのだ。
「ん~~~~~イイ………」
だが、悲しきかな。
はぁはぁと息を荒げながら、再び煙の中から現れる紳士と言う名の変態。
見れば、なぜか燕尾服が少しはだけている。
蝶ネクタイは外さずに、なぜかワイシャツのボタンだけが脱げ、干からびた胸板がちらちら見える。
正直、目の毒だ。
消えてしまえ。
死ね、通報されろ、消毒だ。というか、誰か助けて。
そう思い、トレスは再び『極日線』を打ち込もうとする。
だが、その前にオーテルは手で制した。
「おやめなさい、トレスたん。そんなもの何発撃とうが、私を喜ばせるだけです。はぁはぁ」
そもそも、とオーテルは続ける。
「トレスたん、流石に貴方も気が付いているでしょう?」
そう言われて、トレスはぴくりと反応する。
図星だ。
気持ち悪さとは正反対に、トレスは冷静に現状を分析していた。
先ほどから打ち込んでいる『極日線』が、全く効いていない。
いや、正確に言えば違う。
おそらく、あの老人に届いてすらいないのだ。
なぜなら、無駄にはだけている燕尾服やシルクハットにすら、穴や焦げ目すら付いていないのだから。
ぱんぱんとホコリを払いながらオーテルは語る。
にこやかに、鼻血を垂らしながら。
「貴女の攻撃は、私に届かない。そして、貴女にはその理由すら気付いていないのでしょう?」
うぐっとトレスは息を吞む。
悔しいが図星だ。
「それは即ち、戦力差―――私とあなたの絶対的な実力の差を示しています。諦めなさい。貴方に勝ち目はありませんよ?」
つかつかと構えも取らず、オーテルは間合いを詰めてゆく。
トレスは油断なく、その姿を見つめる。
やれやれと、オーテルは首を振った。
「それに、いくら侵入者であっても、幼女を傷つける事など私には出来ません」
ですから、とオーテルは続ける。
「――――諦めて、私と一緒にお風呂に入りましょう?はぁはぁ」
イエス、ロリータ!ゴー、バスルーム!
息も荒げに老人と言う名の変態は語る。
世が世なら間違いなく事案発生、即通報、逮捕。
アウトと言うか、アウトだ。
存在そのものがアウトだ。
なんで、ファーブニルはこんな変態を眷属にしたのだろうか?
もしかしてファーブニルの眷属はみんなこんな変態だらけなのだろうか?
だとしたら、怖い。
ファーブニル怖い。
恐るべきダンジョンだ。
「いやーっ!!!」
明確な拒絶。
「ぐぅううう!つれない!でも、それも良いですのう!!!」
ぷるぷるとトレスの言葉をかみしめる様にうずくまるオーテル(へんたい)
通報したい。
殺したい。
「仕方ありません。貴方が諦めるまで付き合いましょう。その後で、お風呂、それと膝に座らせて頭なでなでからのくんかくんか、そして添い寝とフルコースで楽しませてもらいましょう!ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
「きゃあああああああああああ!!!!!」
その余りに無慈悲な提案に、ついにトレスは叫ぶ。
殺す。絶対に殺す。
主に精神安定的な意味で。
早くこの状況を何とかして、父を見つけてダンジョンに帰らなければ。
トレスの頭の中はそれだけだった。
アースのダンジョン深層にて―――
「ふぅ……エリベル様は無事かのう。ちゃんとアースと合流してるじゃろうか……?」
椅子に深く腰を掛け、ベルクは目の前の端末を操作する。
ベルクはエリベルより、自分たちがファーブニルに突入してる間の深層の管理と、いくつかの“仕事”を任されていた。
『――転移門ノ障害箇所断定シマシタ。修復ニ入リマス』
極彩色の球体より、合成音声的なアナウンスが流れる。
エリベルがダンジョンの防衛用に作った魔術玉“疑似迷宮核”――通称ギジーだ。
エリベルがどう術式を組んだのかは、ベルクですら分からないが、この迷宮核、急速に進化を続け、ついには人工的な知能まで身に着けてしまったのだ。
「そうか、ではそちらの修復は任せるぞい。儂は引き続き、“術式準備”と“追跡”に入る。向こうに出鼻は挫かれたが、こちらもやられっぱなしではいかんからの」
『――了解シマシタ。コチラノ作業ガ完了シ次第、ソチラノ補助ニ移リマス』
「頼むぞい。エリベル様に深層を任された分、きっちり頑張らなければな」
カタカタと、端末を操作する音だけが、深層に響いた。
予想以上にファーブニルの眷属達が濃くなった……
やっぱ変態ってすげぇ




