12.VSレイギン 不撓不屈
アンさんのターン
ファーブニル第八十層『青騎士の間』にて―――
ガキィィィィンッッ!!
剣撃の響く音が広間に木霊する。
迎え撃つはファーブニル眷属にして第八十層階層主レイギン。
対するはアース眷族筆頭アン。
互いに一歩も譲らぬ攻防を繰り広げていた。
「フハハハハハ!!良い!実によいぞ、アンとやら!ソナタは実に良き手練れだ!」
レイギンは両手で持った大剣を振り回しながら、実に機嫌よく喋る。
だが、饒舌な喋りとは裏腹に、その剣筋には些かのブレもない。
剣同士が衝突する度に激しい火花が散る。
「この階層を任されて、四百年。これ程の使い手と会いまみえたのは初めてだ!」
『……そもそも、このような深層に侵入者など来たのですか?』
レイギンは上機嫌に語るが、アンはそれに対し冷静に突っ込む。
アンの記憶では、確かあのエリベルでさえ、最終到達階層は五十三階層だった筈だ。
それから二百年は経っているとはいえ、これ程の規模のダンジョンの深層にそうそう侵入者など現れるだろうか?
「…………あ、そう言えば、いなかったな……」
しゅんとなるレイギン。
馬鹿である。
考えてみれば、先ほどの地龍とやりあったのが初めてだった。
うーん、階層主になる前の戦歴はカウントに入れていいのだろうか?とレイギンが首をひねった瞬間―――。
『ハァッ!』
一瞬の隙をついての突き。
狙いは首。
「甘いっ!」
だが、レイギンはこれを寸での所で躱す。
ガシャンと音を立てる鎧とは裏腹に、機敏な動きだ。
バックステップを取りつつアンから距離を取る。
「今のは危なかったな!だが、そう簡単に、やられはせんぞ!ハハハハハ―――ってうおおおおおおおおおおおお!!」
余裕綽々の態度を取ろうとしたのも束の間、アンは一気に間合いを詰め、レイギンに肉薄する。
超近接に置いてはレイギンの持つ大剣では小回りが利かない。
アンの持つ地龍の剣の方が速い!
だが、レイギンもさるものだった。
またしても、ギリギリのところで、身を捻って何とかこれを躱す。
甲冑とは思えぬほどの動き。
だが次の瞬間には距離を詰められアンの剣が身をかすめる。
それを数合繰り返したのち、レイギンは叫ぶ。
「ちょっ、まっ、せっかくの戦いなのにうぉっ!こう会話とか、なんか色々ぬおおおおおおお!?おま、ちょ、待って、おおおおおおおおっ!?」
ギィィイイン!!とレイギンの剣がアンの剣撃を防ぐ。
容赦がない。
会話など不要だとばかりに、剣戟を叩き込む。
隙あらば、斬る。
隙が無くても斬りこむ。
見ている者が恐怖する程に、今のアンは怖かった。
『……会話?アース様を侮辱し、あまつさえ傷つけた貴方と何を話せと言うのですか?大人しく死んで下さい。目障りです』
ゴゥ!とアンから大量の魔力と殺気が迸る。
あふれ出た魔力は、そのまま剣とマントに吸収される。
剣とマント。
そのどちらも、素材は地龍の鱗と皮だ。
魔力を注ぎ込めば、注ぎ込むほどに、その斬撃、防御力共に劇的に上昇する。
既にアンは、戦いながらも、少しずつ魔力を剣に込めていた。
そして、一気にその力を解き放つ。
『はぁっ!』
気合と共に一閃。
強化した斬撃をレイギンに叩きつけるが、レイギンはそれを難なく受け止める。
(―――ッ!?強化された斬撃をいとも簡単に!?)
そこでアンは違和感に気付く。
『―――斬撃の威力が……落ちている?』
ぎりぎりと鍔迫り合いをしながら、アンは即座にその正体に気付く。
握りしめる地龍の剣。
その魔力が、剣撃を打ち込むたびに減っているのだ。
『いや、これは―――魔力が消失している!?』
今までの知識、そして経験から、アンは答えを導く。
レイギンは正解だと言わんばかりに吠えた。
「その通り!この剣、そして我が鎧は魔力を吸収、無効化する!将級までの攻撃魔術ならば反射も可能!その剣、中々の業物と見たが、魔力による強化など、我の前では意味を成さぬ!我を切ることが出来るは、己が力のみ!」
ぺらぺらと自分の秘密をあっさりばらす。
圧倒的な、己の力への自信か、もしくは単なる馬鹿か。
おそらく後者だろう。
とてもではないが、会話の駆け引きが出来る相手には見えない。
レイギンは、アンの剣を弾き、そのまま大剣を叩き込む。
―――させるか!
キィィィィンと左手に持った劣化版聖剣レヴァーティンでレイギンの剣を弾く。
更に、お返しとばかりに、“酸弾”を打ち込む。
高速で打ち出された酸の塊はレイギンの兜をかすめ、そのまま天井に激突した。
「ぬおっ!これは酸か!?兜がジュッってなったぞ!フハハハハ!びっくりしたわ!」
慌てふためいた様子のレイギンだが、それは本心ではなかろう。
現に、彼は間違いなく初見の筈のアンの酸弾を、いとも容易く避けた。
『―――ちっ!』
一方で、アンは見た目こそ、平静を装っているが、内心は穏やかではなかった。
―――魔力の無効化とは、何とも厄介な……。
おまけに、高速の酸弾を至近距離で防ぐほどの反射神経に反応速度。
………やり難い相手だ。
ちらりと、アンは部屋の隅で横たわるアースを見る。
あちこち傷つきボロボロだ。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
そもそも、本来であれば、アースを見つけた時点で、アンの目的は達成している。
直ぐにでも、転移門でホームへ戻りたいのだが、それが出来なかったのだ。
アースに次いで、己の腕に付けられた腕輪を見る。
『転移の腕輪』。
突入前にエリベルから渡された転移術式が込められた魔道具。
あらかじめ、転移先の座標が指定された転移術式が込められており、魔力を注ぎ込めば転移門が出現するという、破格の魔道具だ。
ちなみに、この腕輪もアースの血と牙から作られている超稀少品だ。
アンを含め、エリベル、トレスはこの腕輪を装備している。
ぷるるは、残念だがスライムだから、装備は出来なかった。
本来の手筈では、アースを見つけ次第、この腕輪を使い、ホームであるダンジョン深層へと戻る手筈だった。
実際、アンは分断されても、他の者の心配をしつつも、本来の目的であるアースの奪還の為に、直ぐにこの腕輪を使おうとした。
だが、出来なかった。
腕輪の効力そのものが発動しなかったのだ。
あのレイギンと言う階層主の鎧や剣、そして魔力を無効化するというこのフロアが原因ではない。
そもそも、それが原因ならば、アンはとっくにアースと共に部屋を脱出して、通路に出てから、魔道具を使用すればいいだけだ。
それに、先ほどからの戦闘でもわかったが、この部屋やあの鎧は、魔術の発動そのものを無効化することは出来ない。
鎧や剣、壁に衝突した瞬間に、魔力を無効化している。
この理屈で行けば、例え転移門が閉ざされようとも、発動そのものは可能な筈なのだ。
だが、現実として腕輪は作動しなかった。
―――何者かの介入。おそらくは、道外しですか。……どうあっても、アース様をこのダンジョンから逃がさないつもりですか……。
未だ姿を現さないその魔物に、アンは歯噛みする。
だからこそ、アンは階層主との戦いに興じている。
確実に敵を葬った後で、安全にアースと共に帰還する方法を探る為に。
無論、階層主以外の魔物が、いつ現れるとも分からない。
戦いながらも、アンは常に周囲にも警戒を配っていた。
だが、
「我を相手にしながら、よそ見とは随分余裕ではないか!」
『ちっ!』
ギリギリのところで、その剣を受け流す。
そのまま、流れるようにカウンターをいれるが、あっさりとレイギンはこれを躱す。
さらに、剣を持っていない方の“手”を、アンに叩き込んだ。
「透撃っ!」
『―――なっ!!?ガハッ……!』
ズゥゥゥンッ!と体の芯に響くような思い一撃。
斬撃による攻撃ばかりを警戒していた為に、判断が一瞬遅れた。
『ぐっ……衝撃を……ガハッ!……直接……?』
「ほう、今の一撃でこの技の特性を見抜いたか。素晴らしい!ますます持って素晴らしいぞ、アンとやら!」
レイギンのそれは歓喜の声。
自らと戦える猛者への称賛の声だ。
『ハァ……ハァ……』
一方で、アンは歯噛みする。
悔しいが、この階層主―――レイギンは、強い。
感じられる威圧感、おそらくは災害級。
アクレト・クロウ。その長である、ヘレブと同等かそれ以上の実力者。
アンはあの時の戦いを思い出す。
死に掛け、血反吐を吐いたあの死闘を。
あの時は、結果として痛み分けに終わったが、あれはヘレブの油断と、数々の偶然と奇策の上に成り立ったからそこの奇跡の様な結果だ。
だが、今回は話が違う。違いすぎる。
この魔物はヘレブとは違い、純粋な近接戦闘特化の魔物だ。
アンとて、同等の災害指定種ではあるが、遠距離攻撃の手段を持たず、近接戦闘型の魔物とはいえ、その階級はアン個人では将級。
子蟻達との能力があまりにかけ離れている為に、忘れがちだが、そもそもアンは“個”ではなく、“数”の魔物なのだ。
圧倒的な力量差を覆す程の、数の暴力こそがアンの強みだが、配下の子蟻達が一匹もいないこの状況ではその強みは生かせない。
新たに生み出す時間もない。
そもそも、そんな隙をこの魔物が与えてくれるとは思えない。
――――根本的な地力が違いすぎる。
この数合のやり取りの間で、アンは確信していた。
このままでは、間違いなく自分が負ける、と。
―――だが、それはあくまで“今のまま”ではという意味だ。
今までのやり取りの中で、得た情報。
そして、今自分が持つ手札。
魔力の残量、武器の消耗具合。
それらを再確認してアンは思考する。
考えろ。
勝つための方法を。
その手段を。
そして―――導き出す。
勝利のための方程式を。
圧倒的不利なこの状況を覆す希望を。
余りにも、か細い、僅かながらの可能性を。
『見ていて下さい、アース様………』
剣を構え、アンは目の前の敵を見据える。
『私は必ずや、貴方に勝利を捧げて見せます!』
もう二度と、大切な誰かを失わぬために。
―――今度こそ、私は貴方を守り抜いてみせる!




