13.VSレイギン 蟻ノ一噛
ぎりぎり間に合った……
やっぱり、アンさんの戦いはシリアスになりがち
ファーブニル第八十層『青騎士の間』にて―――
アンは酸弾を発射する。
高速で打ち出される酸の塊。
だが、レイギンはこれをあっさりと躱す。
―――躱した……。やはり、“魔力”を無効化することは出来ても、“酸”そのものは無効化することは出来ないのですね。
それは先ほどのレイギンのヘルムをかすめた時にも確認できている。
もしも、あの鎧が魔術そのものやそれに付随する現象なども無効化するのならば、そもそも今の一撃は躱す必要すらない。
躱す必要も、弾く必要もない筈だ。
その確証を得るために、無駄撃ちを承知でアンは酸弾を放ったのだ。
酸そのものはアンの体内で生成されたものであって、それ自体は魔術ではないのだから。
そして、もう一つの確証も得た。
『……その鎧、中身が無いのですね?』
それはレイギンの正体だ。
正体と言えば、聞こえが悪いかもしれないが、要するにどんな魔物なのか。
それが理解できた。
「ほう……気付いたか」
そう言って、レイギンは兜を外した。
そこには何もなかった。
ただの、がらんどうな空洞が広がっていた。
『リビングアーマー……死して、その魂と魔力を鎧に宿した魔物ですか』
「いかにも、まあ正確に言えばその上位種だがな」
『やはりそうでしたか』
先ほどからのやり取りの中、レイギンはやけに回避する場面が多かった。
アンの斬撃も、先ほどの酸弾も。
あれ程の鎧に身を守られていきながら、なぜその鎧を使って防御しないのか、違和感を感じていたが、その正体は鎧そのものだからだったからだ。
『なるほど………私の予想が外れていなくて良かったです』
「む?」
レイギンは首をかしげる。
自分の正体がしれたところで、一体何の意味があるというのか?
『ハァッ!』
再びアンは床を蹴る。
間合いを詰め、レイギンに肉薄し、手に持った双剣を振るう。
『レヴァーティン斬撃拡張最大強化!』
次いで、アンの手に持った疑似聖剣レヴァーティーンが光る。
レヴァーティンの能力、斬撃の巨大化だ。
巨大な光の柱ともいえる刃は、そのままレイギンへと振り下ろされる。
「無駄な事だ!」
レイギンは手に持った大剣でそれを受け止める。
剣と剣がぶつかり合った瞬間、みるみる光の柱は小さくなってゆく。
魔力の無効化。
斬撃に宿る膨大な魔力が消失しているのだ。
「これで――」
『それで、終わりではありません!』
次いで横なぎに、もう一方の地龍の剣が迫る。
無論、こちらも魔力を注ぎ込み、純粋に切れ味と硬度を増している。
レイギンの持つ剣は一本のみ。
こちらは防げない。
「―――甘いぞ!」
『なっ―――!?』
ガシィィィイ!と、なんとレイギンはその刃を手で“掴んだ”。
真剣白刃取りの片手版。
膨大な戦闘経験、そして恐ろしい程の反射神経と動体視力。
それが可能にした荒業。
ギギギギと剣と剣がぶつかり合う音が、籠手と剣が擦り合う音が響く。
「何か策があるように見えたが、まさか勢い任せの突進とは―――」
『いいえ、これからですよ―――“酸槍”!』
「ぬ!ちぃっ!」
超至近距離からの酸槍。
貫通力を増した酸の槍がレイギンのヘルム目がけて迫る。
だが、レイギンもさるもの。
剣を受け止める力は些かも緩めぬまま、肉体の軸をずらして、これを躱す。
だが。
「ちっ、避けきれんか」
酸の槍が肩をかすめる。
ほんの僅かだが、甲冑の肩当から酸の煙が上がった。
――――ここだ!
ここで、アンが勝負を仕掛けた。
パッと、右手に持っていた地龍の剣を手放した。
「なっ!?」
流石にレイギンも、予想外だったか、地龍の剣を受け止めていた籠手のバランスが崩れてしまう。
そして、そのズレはもう片方。鍔迫り合いをしていた剣同士にも響く。
アンは、そのまま劣化版聖剣レヴァーティンを両手で持つ。
『斬撃最大強化!』
消えかけていた光の剣。
そこに再び魔力を流し、斬撃を拡大、強化する。
バランスが崩れた今の状況であれば、大剣の無効化スピードよりも、アンの強化の方がわずかに勝る。
レイギンの剣を弾き、そのままアンは斬撃を叩き込む。
先ほどの、酸槍がかすめた肩当へと。
『たとえ、魔力を無効化する鎧であっても!この距離ならば!』
ゼロ距離。
肩当に当たる瞬間、更に膨大な魔力を注ぎ込み、レヴァーティンを強化。
そのまま、叩き込む。
ガキィィィィィイイイイイイッッッ!
レヴァーティンの剣先が、レイギンの肩へと斬りこまれた。
「ぐあっ……がああああああああああああああああああああああ!!が、あああ甘いわああああああああああああああああああ!!!」
だが、レイギンもそのままでは終わらない。
空いた右手を懐へと回し、レヴァーティンを掴む。
『ぐっ!』
更に、持っていた剣を捨て、その手をアンの脇腹へと当てる。
「―――透撃!」
ズン!という鈍い音。
『がはっ!』
内部が逆流するかのような激しい痛み。
そもそもにして、アンの肉体は通常の蟻と同じで外骨格の造りだ。
内側は他の魔物よりも弱い。
既に、数発の透撃によって、アンの体内はボロボロになっていた。
『ぐうあああああああああああ!』
だが、離さない。
両手で持ったその剣を。
レヴァーティンの刃は既に鎧の胸の位置まで達している。
レイギンの魔術無効化が発動し、既に光は収まり、ただの剣へと戻っている。
それでも、アンはその手を離さない。
「その手を、離さんかあああああああああああああああああ!!!」
二度目の透撃。
再びアンの体内がぐちゃぐちゃにかき回される。
『ぐぅ……ぅぅうううおおおおおおおおおおおお!!』
そして、ついにアンはその手を放す。
丸腰。
だが、次の瞬間、アンはレイギンの肩口に思いっきり、喰らいついた。
牙でその鎧に食らいつく。
じゅうううううと鎧から煙が上がる。
「っ!――――いい加減離れんか!!!」
その余りの迫力にひるみながらも、レイギンはアンに裏拳をたたき込んで、引っぺがす。
ろくに受け身も取れず、アンはそのまま床をバウンドする。
「はぁ……はぁ……何と言う執念だ。敵ながらあっぱれだったぞ」
相手がどれ程の覚悟をもって今の一撃に掛けたのか、それはこの傷を見れば明らかだ。
だが、ここまで。
刃は相当に鎧に食い込んでいるが、絶命には至らない。
レイギンは、刺さった刃を抜こうとして気付く。
「ぬう?……これは酸か?」
どうやら、先ほどの噛みつきの際に酸を流し込んでいたようだ。
おかげで、鎧も剣も中途半端に溶けてくっ付いた状態になっている。
「ちっ」
簡単には外れないと見るや、レイギンはすぐさま手刀で劣化版レヴァーティンを根元から叩き折った。
『ハァ……ハァ……くっ』
アンはその光景を黙って見ていた。
劣化版とはいえ、レヴァーティンをいともたやすく折る程の膂力。
刀身が埋まったままの状態で、レイギンはアンの方へと向かう。
「今のやり取りは素晴らしかった。これ程の気迫を持って向かってきたものは生前から数えても、お主が一番だろう」
掛け値なしの称賛。
武人としての最大の賛辞だった。
ゆっくりとその足がアンの方へと向かう。
その途中で手放した大剣を拾う。
「だが、ここまでだ」
そのまま、レイギンは大剣をアンへ目がけて振り下ろす。
だが、アンはこれを紙一重で躱す。
「ほう、避けたか……」
そのまま、アンはゴロゴロと地面を転がる。
『はぁ……はぁ……』
そのまますばやく起き上がり、距離を取る。
丸腰だ。
地龍の剣は随分離れたところにある。
『く、あれさえ……あれさえあれば!』
そう言って、アンは地龍の剣の方へと向かっていく。
「ほう、まだ諦めぬか!見事だ!だが、もう勝負はついている!」
レイギンも追従する。
アンよりも早く、床に落ちた地龍の剣へと。
『地龍の剣!あれさえ、あれさえあれば、まだ私は闘える!』
叫びながら、アンは地龍の剣へと走る。
だが―――アンが手を伸ばすのよりも先に、レイギンが到達する方が早かった。
「終わりだ」
『――――あっ』
そして、砕かれる。
レイギンは手に持った大剣を思いっきり、地龍の剣へと叩きつけた。
パキンという乾いた音。
レヴァーティンが折れてしまった今、アンが持つ唯一の武器。
それが、無くなった。
希望が消えた。
そう、レイギンは思っているだろう。
そう思わせる様に、“誘導”したのだから!
だから、そこに隙が生じる。
そう、アンにはまだ蟻としての最大の武器、“牙”が有る。
そして、本当の“切り札”は地龍の剣じゃない!
『はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
叫び声と共に、アンはレイギンへと突っ込んだ。
「何!?」
これにはさしものレイギンも瞠目した。
武器を失い、なぜこの蟻は突っ込んでくるのかと。
その一瞬が命取りだった。
レイギンはアンの接近を許してしまった。
そのまま、アンは牙を突き立てる。
レイギンに―――ではない。
突き立てるのは、その鎧に突き刺さった“レヴァーティン”だ。
刃を突き立てる。
次いで、そこに魔力を流し込む。
『――――斬撃強化発動!』
「なっ―――!?」
レイギンの内側から光が溢れ出した。
「ぐあああああああっ!?」
『………はぁ……はぁ……鎧が本体である貴方が、魔力を無効化するという特性を持っているなら、貴方自身もその力によって消滅してしまう筈……』
ぐっと、アンは顎に力を籠める。
今度は絶対に離さぬように。
『ならば、その力は、鎧の“表面部分”のみ作用しているのではないか、そう考えましたが―――どうやら、当たりだったみたいですね』
表面ではなく内側。
鎧の内側からの攻撃。
ゼロ距離の更に一歩先。
ある意味では、透撃の意趣返しともいえる、最大の一撃。
中に突き刺さったままになっているレヴァーティンの刃による斬撃強化と拡張による内部からの破壊。
それこそがアンの本当の切り札だった。
「ぐっ……まさか、あの時の酸槍!あれも……っ」
ぎりぎりで避けられたと思った。
その結果、肩当に当たったのだと、そう思っていた。
だが、違った。
『ええ、ああすれば、貴方は必ず避けると確信していましたから……ねっ!』
あれも布石。
すべてはこの為。
魔力を注ぎ込む。
己の牙を中継して、レヴァーティンの刃に。
剣は折られていても、その機能はまだ使える筈。
だって、この剣は―――アース様の造った武器なのだから。
折られた程度で、その機能を停止させるほど軟な作りにはなっていない筈だ。
信じろ。
己の武器を。
その強さを。
『斬撃拡張……!』
ズンッ!
再び、発動する光の斬撃。
それが、鎧の隙間から溢れ出す!
――――倒れろ。
「ぐぅああっ!はな……れろおおおおおおおおおおお!!」
透撃。
アンの肉体に鈍い痛みが走る。
だが、思った以上にダメージは無い。
代わりにビキビキと体表の甲殻にひびが入る。
力点がずれて、その衝撃が体表を伝わっている。
ギリギリなのだ。
レイギンも、既にぎりぎりなのだ。
―――レヴァーティン斬撃強化!
カッ!
再びの閃光。
「なめ……るなあああああああああああああ!!」
ここでレイギンは、透撃による攻撃手段を捨て、手に持った大剣をアンに叩きつけようとする。
その首を切断するために。
――――レヴァーティン斬撃……最大強化!!!
『ぬあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!』
―――倒れろ。
レイギンは振り下ろす。
手に持った大剣を。
「があああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
アンは避けない。
いや、避けることが出来ない。
だから、先にレイギンを倒すしかない。
斬撃最大強化―――!!
『ああああああああああああああああああああああああああああっっ!!』
倒れろ!!
瞬間、レイギンの体を、内側から巨大な光の柱が貫いた。
ぴたりと、アンの首筋へと向かっていた大剣が―――止まった。
それと同時に、アンの牙も刃から離れる。
アンも、限界だった。
そのまま、アンはレイギンに寄り掛かる様に倒れた。
「―――ふむ」
どんっとレイギンは、アンを押す。
それは力の入っていない僅かな押しであったが、アンにそれに抗う力は無かった。
そのまま慣性に従いアンは床に倒れる。
その姿を、レイギンは静かに見つめて、呟いた。
「――――見事だ」
ビキビキと、レイギンの鎧が音を立てて崩壊していく。
僅差。
わずかな差で、レイギンの崩壊が早かった。
『ハァ……ハァ……』
「………アンと言ったな」
レイギンは手に持った剣をアンに放り投げる。
『これは―――?』
何のつもりですか?アンはそう問おうとしたが、その前にレイギンが答えた。
「魔剣リディルと言う。貴様の剣の片方折ってしまったし、もう一方は我の体と共に崩壊するだろう。これからは、それを使うがいい。中々のじゃじゃ馬だが、お主なら使いこなせるだろう」
『………なぜこれを私に?』
レイギンは己の胸をとんと、叩く。
「天に昇るのは、この魂一つで十分。武器など不要」
それに、とレイギンは続ける。
「我は満足だ。階層主として、武人として、全力の戦いにこの身を投じることが出来たのだ。これ以上は望むのは贅沢と言うものだ。それに、階層主を倒したら、褒美があるのはお約束であろう?」
フハハハ!とレイギンは笑う。
そのまま、レイギンはどこか明後日の方角を向いた。
「………ファルよ、悪いが先に逝く。向こうで、待っているぞ、フハハハハハハ!」
その言葉と共に、レイギンは光の粒子となって消えた。
一瞬だけ、その光の中に黒髪の青年の姿が見えたような気がした。
真っ直ぐで、それでいてどこか抜けている、そんな青年の姿が。
―――この日、アンは一つの“偉業”を成し遂げる。
災害指定種の“単独撃破”。
明確に定められた魔物の階級。
それを、アンは打ち破った。
それがどれ程の“偉業”なのか、アンはまだ気づいていない。
戦いが終わった。
『ハァ……ハァ……アース様、申し訳ありません、手こずってしまい……』
そう言って、アンは後ろを見る。
守るべき自分の主君の姿を。
だが。
『…………………え?』
振り返った先、部屋の隅。
そこには―――誰もいなかった。
アースの姿が、無かったのだ。
『………………アース様?』
アンはきょろきょろと辺りを見渡す。
『どこに、おられるのですか?』
ファーブニル第八十層『青騎士の間』
勝者 アン




