翻弄
彩は自分の無力さに嫌悪感を抱いていた。それは今に始まったことではない。
子供の頃から、頭の良い兄と活発で明るい姉と事ある毎に比べられて、いつも悔しい思いをしていた。高校生になる頃には姉を凌ぐほどの容姿を身につけるようになっていたが、既に性格は歪みはじめていた。両親も親類もみんな一流大学出で、職業も大企業か公務員ばかりだった。
良い学校に入りなさい。大きい会社に就職しなさい。お金持ちと結婚しなさい。そんなことを子供の頃からずっと聞かされて育った。兄と姉は「はい」と言う。自分は「違うんじゃないか」と思う。いつしか両親の言うことには悉く反抗する子供になっていた。だからと言って何らかの理想、希望、夢のようなものがあった訳ではない。それは単なる反発であって、両親の想いとは別に彼女の求めるものがあるというわけではなかったのだ。しかし彼女はその現状さえも自分の中で整理できている訳ではない。ただ、何か釈然としないものが自分の胸の中で燻り続けているような、カタチのはっきりしない苛立ちを感じているのだ。
高校に進学してもはっきりとした将来像も描けず、勉強をするにもモチベーションが上がらない。自然成績も下がり生活も乱れがちになっていった。まわりの大人達はそれをあからさまに非難した。大人の言った通りにしていれば、自分も立派な大人になって、何不自由無い輝かしい未来に辿り着けたのかも知れない。果たしてそれが正解なのか? それを拒否した自分の生き方は不正解なのか?
ただ反抗するだけで具体的な生き方が見つからない。そんな自分の弱さが歯痒かった。
その彩は今、緊急事態に於いて自分よりも遙かに高い適性を顕している優二に対して、軽い嫉妬と焦燥を感じていた。彼は300にも及ぶ敵を全て蹴散らし、この世界の住人である光達から惜しみ無い称賛を浴びていた。ただ踏み殺し、投げて、叩き潰す。それは取るに足らない簡単なことだった。こんなことは誰だって出来るのだ。
でも、自分は出来なかった。
彩は素直に優二を労う気持ちになれなかった。
〈素晴らしい戦いぶりでした。彼らはユージさんの出現に取り乱して、攻撃する余裕も無かった〉
「どうやらそうらしい。頭痛もちょっとだけだった」
〈彼らは一兵も還らないことを訝しんで、この次はかなり警戒することでしょう。すぐに攻め寄せては来ないと思います。それまでゆっくりと体を休めて下さい〉
優二が光と話していると、丘の上からゆっくりと彩が降りてきた。無表情で、誰が見ても機嫌の悪そうな顔付きだった。
「私に戦い方を教えるつもりだったの?」
「おっ、分かったか。無理して戦えとは言わないけど、ああやれば近付いてきたヤツを追い払うことくらいは出来るだろ。触ったり踏んだりするのは嫌なんだろうからさ」
優二に“お前も戦え”と言われるかと思っていた彩は一瞬鼻白んだ。
「私を心配してわざわざ考えてくれたってわけ?」
「いや、そんな恩着せがましいつもりはないけどさ……」
一仕事終えて称賛を浴びてちょっと得意な心境だったのが、なぜか突っかかってくる彩に釈然としないものを感じた。そもそも、自分はこの女子高校生の代りを勤めて働いたのだ。感謝されはしても、決して嫌われるようなことはしていないつもりだ。なぜにらみつけられなければいけないのか?
「だったら私が今一番心配してることが分かる?」
なぜそのような質問をぶつけられるのか分からず、優二は黙り込んだ。
「何で黙ってるの? 考えて無いでしょ? 大人ってホントずるいんだから」
「この後どうすればいいかとか、いつ元の場所に帰れるかとか……」
「ふん、違うわ」
彩は優二を見下すような皮肉な笑みを浮かべて言った。
「こんな状況で、いつおやぢが私を襲ってくるかを心配してるの!」
「ばっ、バカヤロ!」
優二はうろたえた。まさか彩が自分をそんな目で見て警戒していたなんて思ってもみなかったことだ。確かに優二が彩に襲い掛かったところで、物理的に彼を止めるものは無さそうではあったし、決してありえない想像というわけではなかったが。
「実体のない光とはいえ、こんな衆人監視の状態で襲ったりするか」
〈私達はお二方の関係には一切干渉致しません〉
「あー! 話がややこしくなるからちょっと黙っててくれないか」
〈はい〉
自分には全くそんな気はない。ないのだが、そのような指摘を彩から受けたことで、まるでそういう人間であるかの如くに決め付けられたような気がした。誤解を解かなければいけない。いや、誤解ですらない。それは彩の被害妄想だ。そして優二はその妄想の被害者だ。
「とにかく、俺はそんなことはしない。元の世界には君と大して年の違わない娘もいるんだ」
「へぇー、おぢさん娘がいるんだ」
彩の態度がわずかに軟化したようだ。どうやらココがアピールするところらしい。
「そうさ、今中学2年生だ。来年は受験勉強さ。これから大変な時期なんだ」
「ふーん。じゃあいなくなったら心配するね」
「ああ。こんな情無い父親でも心配してくれるさ。もう随分会ってないけど……」
「えっ、何で?」
「別れたカミサンと住んでる。会うのは年に数回だけさ」
まだまだいじめ足りない彩ではあったが、こんな話を聞かされてしまうとちょっと良心が咎めた。そう、彩にもまだそのくらいの良心は残っていた。ちょっとしんみりした、彩が苦手なイヤな感じの空気になってしまった。
「戦勝祝いといきたいもんだが、ここにはビールは無さそうだな。とりあえず少し休むか」
優二は彼が現れた丘の上に向かって歩き出した。別にどこも草が生い茂っていて同じような感じではあったが、その付近では敵兵の死骸から不快な匂いが漂い出していた。彩も優二について戦場を後にした。




