覚悟
「そう言えば君の名前を訊くところだったな」
優二は緩やかな丘を登りながら、光の点に向かって言った。
〈私達には個別の名称も全体の名称もありません。私達は私達です。個は全体であり、全体は個です〉
「じゃあどうやって区別すればいい?」
〈区別の必要はありません。私は他の光と同じです。情報も能力も思考も全てを全てが共有しています。私がユージさんと話していることは他の全ての同胞にも伝わっていますし、私がユージさんに伝えていることは全ての同胞の意思でもあります〉
それは容易に理解出来る話ではなかったが、その通りに受取る以外に解釈のしようが無かった。
〈私達は元々実体を持っていましたが、徐々に霊化する者が現れだしました。もちろんその時代の全てが霊化を成し遂げたわけではありません。実体を持つものは減少の一途を辿り、この世界は霊化した意識体のみの世界になりました。私達はまだ進化を続けています。私達同士が融合することで進化が加速します。我々はいずれ一つになってこの地を覆うでしょう。生物の繁栄は数を増やすことでしたが、霊の繁栄は融合によって数を減ずることです〉
何が何やらさっぱりだったが、何しろ自分達人間に比べると、全く違うカタチの進化を体現している知性体なのだということは辛うじて理解出来る。
彩は元いた木の根元に座った。つられた様に優二もそこへ腰を降ろす。
〈私達が一つになり、本来の不可侵な存在へと進化する過程で、かの敵が現れました。彼らは我々の構築し得た“場”を侵蝕し無化してしまいます。今回の戦闘でも3体の同胞が犠牲になりました〉
それは優二にとってあまりにも意外な言葉であった。敵は全て斃し、圧倒的な勝利をあげたつもりでいたのだ。まさか犠牲者が出ていたとは……。優二の暗い表情から彼の気持ちを感じ取った光は、慌てて話を続けた。
〈今回の犠牲に関してユージさんが気にする事は何もありません。犠牲になったのは敵兵の出現ポイントでのことです。この場所で迎え撃つために敵兵を足止めさせて時間稼ぎをしていた者が消去されました。この犠牲は当初から予測された範囲内でのものです。ユージさんのお陰でそれ以上の犠牲を出さずに済んだことは非常な幸いです〉
犠牲は自分のせいではないと言う。それを聞いて優二の心は軽くなった。そう、自分は最善を尽くして戦ったのだ。
「とりあえず話はわかった。いや、分からないけど……とにかくそういう事だ、まだ戦わなくちゃいけないんだろ?」
〈はい、敵はいずれまた攻めてきます〉
「ところで……」
優二は座っている彩を見た。厄介な話であるのは確かだが、これは自分のこれからにも関わってくる話である。なぜこうも無関心でいられるんだろうか。それとも自分がここに来るまでの間に、今のような説明は全て聞いてしまっていたのだろうか。
「あの程度の作業で良いなら、しばらくここで君達のために戦ってもいいと思ってる。ただそうなるとこの世界での滞在期間ってのも自然長くなってくるだろう? 住む場所とかはどうも期待出来そうもないが、とりあえず食糧がないと戦うどころか、この世界で生きられない。そのへんはどうなってるんだ」
するとそれに彩が間髪を入れずにこたえる。
「さっきぶっ殺してたでしょ、アレを食べるんだよ」
「何ぃ、アレを食うのか?」
あの八本足の気色の悪い生物をどうやって食えって言うんだ。優二はここで戦いを続ける事を撤回するしかないと思った。好き嫌いは少ない方だが、アレはちょっと食えない。
〈アヤさん、あまり嘘はつかない方が良いと思います〉
優二の驚いた顔を見て彩が笑い転げる。からかわれた悔しさよりも“機嫌が悪いよりはマシか”という思いの方が強かった。こんな状況でふざけられるのも、それはそれで彼女の強さであり才能なのだと思った。
〈この世界にあるあなた方の体にとって必要な栄養素を、我々の意識によるコントロールにより分子レベルであなた方の体に直接融合させます。これは我々が肉体から離脱した時に得た技術です。また、排泄も体全体から自然に行なわれます。尤も、あなた方の世界で摂取してきたものに関しては通常の方法により体外に排泄されます〉
「ふーん、じゃあ最低一回はウンコしなきゃダメなんだ」
優二は彩の顔を見た。
〈アヤさんはもうお済みです〉
「へえ、どこでやったの」
「そんなの言うわけないだろ、ばーか」
さすがに多少は恥ずかしいらしい。
「とりあえず食い物の心配はしなくて済むってことだけど、飲み食いの楽しみがないってのも辛いもんだよなぁ。ちゃっちゃとやること済ませて帰らないとな」
帰ったところで何も良いことはないのもわかってはいるが、だからといってこの世界が彼にとって元の世界よりも魅力があるかどうかといえば、それはちょっと難しい。楽な仕事で多大な感謝を受ける、っていうのが唯一の魅力かも知れない。
「彩ちゃんはどうする? 戦いたくないんじゃすぐ帰らせて貰うか?」
「彩ちゃんって呼ぶな!」
「じゃあ何て呼ぶ。彩っぺか?」
「……。彩さん、だ」
その不毛な会話に光が割り込む。
〈帰って貰うわけにはいきません。アヤさんにも戦ってもらわないと〉
「だそうだ、戦ってくれだと」
「ヤダ」
彩が戦いを拒否するのは良く分かる。だがここの住人が執拗に彩を戦わせようとする意味は良く分からない。が、優二にはどちらでも良かった。とにかくこの世界でそれなりの実績を上げ自信をつけ、その自信を元の世界に持って帰れたら、自分はもっと積極的な生活がおくれるようになるのではないか。彼がこれからの展開に望んでいることはそんなことだった。




