適性
優二は子供の頃、比較的利発な方であった。よく本を読んでいた。知識欲が旺盛で、自分の知らない様々なことを図鑑や百科事典で調べる子供だった。その代わり運動は苦手であった。あまり体が丈夫ではなかったし、勝ち負けのある球技なども好きではなかった。
それでも思春期になると、自分のひ弱さや運動に対する消極的な姿勢を歯痒く思うようになり、腹筋や腕立て伏せなどの筋トレで体力づくりをするようになった。一応成果は上がった。筋肉も付いて風邪も引かなくなった。ただそれは、“下”が“並”になっただけで、決してスポーツマンになったわけではない。大学に進学する頃には勉強の方が中心の生活になって、いつしか筋トレもしなくなっていた。
大学を卒業後は大手電機メーカーの営業としてそれなりの実績もあげたが、やはりどこか消極的なところがあり、お世辞にも活発とは言えない青年だった。普通の女性と普通に職場結婚して子供ももうけ、後は普通に定年まで働き続ければ良かったはずであった。だが、業績悪化から気が付いたらリストラの憂き目を見ることとなっていた。良い職にも恵まれず、蓄えも食い潰して、妻子も家を出ることとなった。元来が消極的で控え目だった彼は、いよいよ世間でも目立たない弱者、敗者となっていった。
もう輝ける未来は無い。このまま年を重ねて寿命が尽きるまで生きるだけ。
そんな優二が、今は異世界で侵略者と戦っていた。
それはしかし、戦いというにはあまりにも原始的で、しかも一方的過ぎた。次から次へと敵を踏み潰していく。
最初は足元から手当たり次第に踏み殺していたが、徐々にやり方が変化していった。思い切り踏みつけるとその生物は内蔵を撒き散らす。すると青緑色の体液が飛び散り、優二の靴を汚すのだ。彼は踏みつける強さを加減して、なるべく圧殺するように心掛けた。幾分ペースは遅くなるが、この後も同じ靴を履き続けるとなると、やはり汚したくはなかった。
半数くらいを血祭りにあげた時、優二は思い立ってその生物を掴んでみた。気持ち悪かったが、革製のグローヴをはめているので素手に比べれば抵抗が少なかった。それをそのまま地面に叩き付けると、しばらくはもがいていたが、すぐ動きが止まった。想像以上に脆い構造になっているらしい。今度は更にその生物を、地面にいる他のヤツにぶつけてみた。予想通り、二匹とも死んだ。
「この方が効率が良さそうだ」
優二はその生物を両手で捕まえて、手当たり次第に投げつけた。他のヤツに当れば二匹死ぬし、あたらなくても投げた一匹は確実に死んだ。まだ100を超える数が狭い範囲に固まっている。それほど狙いをつけて投げる必要もない。敵の数は見る間に減っていった。
〈ユージさんは観察力や発想する力がアヤさんよりも優れているようですね〉
「私よりは余計」
見るからに頼りなさそうで、使い物にならないかも知れないと多寡を括っていた彩だったが、優二の意外な積極性は評価せざるを得なかったし、よもや手で掴むなどとは予想だにしなかったことである。
彩がこの世界に現れた時、光の点と侵略者はちょうど交戦中だった。参戦を促されたが、相手が未知の生物であるため、踏みつけることさえ躊躇われた。地面を掘り返し、泥の中から出てきた小石を投げつけて応戦した。敵は怯むが、石は少ないしコントロールも良くないので、劇的な効果はあがらなかった。何匹かを斃すと、敵は徐々に撤退を始めた。もちろん彼女は追撃しなかった。こうして散々な彼女の初戦は幕を閉じたのである。
目の前の戦いは続いている。まるでゴムボールで遊ぶ子供のように、優二は敵生物を投げつけて殺していた。敵はもうとうに撤退の様相を呈していたが、彼は一匹たりとも逃がすつもりはなかった。知性体であるここの住人、ホタルの光を脅かすような侵略者である。知能が高いとは思えないが、この経験から何らかの対策を講じて反撃をしてこないとも限らない。自分の存在と戦闘能力という情報ををヤツらの“巣”に持って帰らせるのは得策ではない。ここはどうあっても全滅させなければならないと思った。
敵の数はもう30ほどにまで減じていた。圧倒的な勝利である。敵生物は物理的な攻撃能力を一切持っておらず、優二の攻撃に対して文字通り手も足も出ないのだ。それはあまりにも一方的過ぎて、まるで虐殺を愉しんでいるかのごとく見えるのだった。少なくともその行為は“戦争”とは言い難いものだった。
優二はそこで突然動きを止めた。しばらく何事か考えるようだったが、傍らの背の高い草に手を掛け、それをおもむろに引き抜いた。それはススキのような植物であった。草丈は1.5メートルくらい。薄い葉は皮膚を切りそうであったが、彼は革のグローヴをしていたため容易に引き抜くことが出来た。掘り起こされた根には土が固まって着いている。
〈アヤさん見てて下さい。ユージさんが面白いことをしますよ〉
光の点は優二が何をしようとしているのか既に見当がついているようである。
優二はその草をハンマーのように地面に叩きつけた。下敷になって敵生物が潰される。彼は何度も草を振りかぶって叩きつけた。直撃でなくとも、跳ね飛ばされて命を奪われるものもあった。敵は次々と潰されていき、もう既に壊滅状態だった。
〈あれは何をやってると思いますか?〉
光の点が彩に訊く。彩は自分が試されているようでムッとした。
「草を武器にしてやっつけてるんでしょ」
〈違います。ユージさんはアヤさんに“戦い方”を教えているんです〉
光の点は彩を諭すように言った。




