大虐殺
辺りに人影は見えない。いるのは優二と彩の二人だけだ。しかし、彼らのいる空間がざわめきだして動揺しているのが分かる。光の点が言う敵襲が、この世界のどこで起こっているのかは不明だが、尋常では無い雰囲気から、それが比較的近距離であることが分かる。
その世界の慌ただしさ、緊張感に反して、彩は全く平静を装っていた。いや、その表情には何かを期待するかのような不敵な笑みさえ見て取れた。
〈攻撃が始まったようです。ユージさん、アヤさん、応戦よろしくお願いします〉
「応戦って言ったって、武器はどこにあるんだ? 何か戦車とか兵器は…」
それを聞いていた彩が、堪え切れずに吹き出す。
「武器とかないの。素手で戦うんだよ。頑張ってね、おぢさん」
「何だと?」
辺りを見渡しても、草原が続くだけで本当に何も無い。こんなところにいきなり敵が現れて、しかも素手で戦わなければいけないという。格闘技どころか、運動らしい運動をしたのは十年以上も前の話しだ。普通に一対一でやっても勝てるような気がしない。
気が付けば周りの空間が微妙に明るくなりだした。丘の下の谷になっているところに淡い光が瀰漫している。どうやら多くの光の点が集まりだしているらしい。まるで雪が積もるように光が深さを増す。
〈今敵を誘導しています。敵は我々が集まっているこの場所を目指して移動してくる筈です〉
「ちょっと待てよ、まだ心の準備が出来てない。大体俺は戦うことを引き受けたおぼえもないし、実はとっても平和主義者なんだ。第一俺は凄く弱い。つまり君達の要望には応えられないし、君達の役には立たない。残念だが他をあたってくれないかい」
周りの切迫した雰囲気からするとどうも断われないんじゃないかという気もする。だが、自分は間違いなく戦えるような人間ではないし、戦えば負けるし、何しろ死にたくない。どうにかしてそれを理解してもらおうと必死に説得してみるが、どうも優二の願いは聞き届けられそうも無かった。
〈大丈夫ですユージさん、あなたなら出来ます〉
「そうそう、おぢさんなら大丈夫。絶対出来るって。私の分まで頑張ってね!」
〈アヤさんもお願いしますよ〉
「ヤダ」
いよいよ丸腰で戦闘に参加させられるというこの切迫した状況下に置かれて、なぜこの女子高生はこんなに脳天気でいられるのだろうか。ちょっとおかしい子なのだろうか。いずれにしても戦いになった時には足手まといにはなっても、戦力になるとは思えなかった。最初から戦う場合は自分が一人で戦わなければならないものと、優二は覚悟を決めていた。
「くそっ、敵ってのはどこから来るんだ。方角は分からないのか?」
〈今出現ポイントの敵が消えようとしています。そろそろ現れるでしょう〉
意味はよく分からなかったが、どこから来るのかは問題にされていないらしい。戦いを頼むくせに、戦う本人に敵の動向を教えることが出来ないというのは随分馬鹿げた話しだ。自分はこの世界の地形さえも把握出来ていないというのに……。優二は未だかつて味わったことの無い焦燥感に身を焼かれていた。
〈来ます! 正面中央です!〉
敵出現の知らせに、優二は緊張した。緊張しながら“光の点が正面って、どこが正面だよ”などとどこか他人事のようなツッコミを考えていた。だが正面中央というのがどこかは、その後の流れですぐに知ることが出来た。谷に瀰漫していた光の靄が、中央から左右にサッと分かれていったのだ。
その光が移動した後の空間にはモヤモヤと黒い影が揺らめき、徐々に実体化するようであった。その数およそ300。
「ホラ来た! おやぢンガー発進!」
「お前、知ってやがったな…」
それはまさに思い込みだった。戦う相手は“人間”と信じて疑わなかったのだ。まさか光の知性体を脅かす敵が、こんな見るからに下等な生き物だったとは……。
〈彼らは我々に精神攻撃を仕掛けてきます。彼らはこの空間に自らの“場”を造り、我々の形成する“場”を侵蝕します〉
「ヤツらはどんな攻撃をする?」
〈あなた方は頭痛がするかも知れませんが、それは至って軽いものです。ほとんど精神攻撃は効かないと思って貰って大丈夫です〉
「それ以外は?」
〈物質的な攻撃力は皆無です。防御力もほとんどありません〉
優二は安心した。これなら戦えそうだ。一人でも何とかなるだろう。
「ヤツらを踏み潰した場合、体液が強酸とか、そんな心配は?」
〈それも大丈夫です〉
「分かった、じゃあちょっと“仕事”してくる」
彩はやっぱり戦闘には参加しないようだった。それも止むを得まい。あんな見た目の生物、普通の女の子だったら触るどころか近くに寄るのも嫌に違いない。
300匹の敵兵達は一旦一所に集まると、徐々に左右に散開する姿勢を見せた。その動きはかなり鈍く、優二が丘を降りて近付いて行くまでもほとんど移動していなかった。
あらためて観察すると、それはネズミくらいの大きさであることが分かった。が、足は8本ある。とりあえず試しに一匹の頭を踏み潰した。全くと言っていい程手応えが感じられない。しばらく足をばたつかせてもがいていたが、やがて静かになった。青緑色の体液が流れ出していた。
「これでいいのか?」
彼は丘の上の光に訪ねようと大きな声を出した。
〈はい〉
驚くほど至近距離から返事が聞こえた。光は彼から30センチも離れていないところにいた。
〈彼らが“場”を形成してからだと厄介なことになります。なるべく短時間で掃討していただけると大変有り難く思います〉
「了解した」
優二は群がる侵略者に踊りかかった。
大虐殺が始まった。




