戦闘拒否
〈アヤさんお願いしますよ、我々のために戦って下さい〉
丘の上には一本の大きな常緑樹が繁っており、その根元には制服を着た女子高校生の姿があった。仰向けにゴロリと寝転び、両手を枕にして何もない空を眺めていた。
「だからぁ、ヤダって言ってんじゃん」
〈それではあなたをこの世界に呼び寄せた意味がなくなってしまいます〉
「呼ばれてねーし」
立花彩は多くを語らない。難しい話は苦手だが、それほど難しくない話も得意ではない。
〈あの時、私達があなたを招かなかったら、あなたは事故に巻き込まれていました〉
「その恩着せがましいような言い方やめてくれる? あんたらがピカピカ光って私の前に出てこなかったら事故だってなかったんだし。どう考えたってあんたらが悪いでしょ。もしかして私が頭悪いからってバカにしてる?」
〈そういう喧嘩腰の言い方は良くないです。因果の始まりが我々の側にあったとしても、あの時我々があなたを呼び寄せる判断をしなければあなたは死んでいたかもしれません。あの時にあなたが事故に巻き込まれて死ななかったと言うことは、取りも直さずあなたがこの世界に必要とされていたからです。あなたはこの世界の要求に応えなければいけません〉
彩は断定的なモノ言いが嫌いだ。が、反論の仕方が分からない。自分が何を言えば良いか思い浮かばないので、まるで無言の抗議をしているかのように見える。
〈あなたが戦ってくれないと、私達はこのまま衰弱して消えていくしかありません。これでは何のために精神を離脱せしめたのか……〉
しゃべっている、いや、意識を発しているのは小さな光点だった。彼らは実体のない意識体として存在していた。意識を直接相手の思考と同調させる方法でもコミュニケーションをとれるのだが、脳への負荷が大きく危険であることが解り、一度翻訳した状態で聴覚を振動させることで会話を成立させている。
彼ら意識体は不老不死であり、彼らを害する存在はこの世界に存在しないと考えられていた。それが想定外の敵の攻撃に遭い、この世界を混乱させていた。この世界では不可侵と思われた彼らの敵は、時空間に裂け目をつくり別次元から侵入してきた。侵略者はシールドを持ち、あらゆる精神攻撃を跳ね返した。だが肉体を持つ侵略者にとって物質的な攻撃は非常に有効と思われた。しかし彼らは侵略者に対抗し得る肉体をとうの昔に放棄してしまっていたのだ。
この緊急事態に対処すべく考えだされたのが、隣接する別次元より実体を持つ知的生命体を“傭兵”として連行し、敵の掃討に当たらせるというものだった。これは比較的容易であり、且つこの精神世界の汚染も最小限に抑えられるという、実現可能な最善の策として実行に移されることになった。計算通りであれば、彼らは何の苦もなく侵略者を一掃出来るはずであった。が、一つだけ彼らの想定外な事態が起こった。
呼び込んだ傭兵が戦いを拒否しているのである。
「あいつらを私がやっつければ、あんた達は助かるんでしょ?」
〈そうですよ〉
「それで私はどんな良いコトがあるの?」
〈あなたには特にメリットはないです。だからこうしてお願いしてるんです〉
スジは通っているような気もするのだが、どうにも納得がいかない。労働に対して対価が存在しないというのは結局タダ働きということだ。サービスでありボランティア活動だ。なぜ知らない世界に無理矢理連れ込まれて、しかも光の点相手にボランティアを要求されなければならないのか。
「思うんだけどぉ、私って被害者じゃん」
〈なぜそう思われます?〉
「いきなりこんなとこに拉致られてさ、私達のために働け、とか。これって奴隷とかってヤツなんじゃん」
〈そうではありません。あなたは“招待された協力者”です〉
「ふ~ん」
彩は“騙されてる”と思いながら、もうこのやり取りが面倒になってきていた。
「じゃあその“協力者”が協力を断わったらどうするの」
〈それは困ります〉
「それだけ?」
〈はい〉
逆ギレして“もう元の世界に還さない”とか言うかと思ったのが、肩透かしを食ったようだ。ただひたすら丁重に頼み続ける光の点からは誠実さは伝わってくるのだけど、それでも自分に“やらなければならない”という使命感とか“助けてあげよう”という同情心とかは涌いてこなかった。それでも興味を持てて試しにやってみよう、と思われるような内容であれば少しは検討の余地もあるのかも知れないが、彼らが彩に求めてるのは“戦闘”だ。
しかもその戦う相手といったら……
「やっぱりやだ。やらない。別に私じゃなくってもイイじゃん」
〈そこを何とかお願いしますよ、アヤさん。あなたじゃないと困るんです〉
「何で私? 誰だって戦えるでしょ、あんなヤツら。そうだ、指の人呼べばイイじゃない」
彩はガバッと上体を起こし、足元に転がっているモノを指差した。それは第一関節あたりからスッパリと切断された指だった。切断面には骨も肉も見えているが、血は流れていない。皮膚の色も黒ずんだりすることもなく、たった今も生きているように見えた。
「この人呼ぶんでしょ? だったらこの人に戦ってもらえばイイじゃん」
〈今呼んでるところですが、彼にはあなたのサポートをしてもらう予定です〉
「ええ、何で?」
納得はいかないが、それ以上問い詰める気にもならない。後から来るのは自分の後輩だ。だから自分は色々指図して、面倒なことは後輩にやらせればいい。何だかんだ言っても、この指の人が来ればそういう話にもっていけるだろう、と思い、彩は想像に頬を緩めた。
「あー早く来ないかなぁ~指の人!」
彩は足元の指を拾って指先を地面に擦り付けた。
〈ダメですよ、そんな乱暴しちゃあ。きっと痛がってますよ、指の人〉
「今からちゃんと言うこと聞くように……何て言ったっけ? いにしゃちう゛だっけ……」
彩が言葉を選んで何かを言おうとした時、突然持っていた指先が弾かれたように宙に舞った。
驚いて顔を上げると、目の前には一人の男の後ろ姿があった。




